憂鬱な雨の実験と感動《週刊READING LIFE Vol.68 大人のための「自由研究」》
記事:なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
うわーずぶぬれだ。横殴りの雨に履いてるズボンもぐっしょりだ。ズボンびったり張り付いて気持ち悪い。そんな時に限って満員電車だわ、電車止まって缶詰になるわ、ついてない……。
そんな時ないだろうか。私はある。結構ズボンを履く頻度の高い私はある。電車が遅れなくても、横殴りの雨にびっしょりズボンがびたっと足に張り付いてどうにもいい気分じゃない、ってよくある。いっそ雨の日にはズボンを履くの止めようかと思ったことさえある。それが、あるズボンで解決したのだ。むしろスカートでなく、雨の日はズボンでしょう、と宣言したくなるくらいのズボンに出合ったのだ。
私はズボンを数本持っている。綿素材100%、ポリエステル地100%の保温効果のある物、夏用のちょっと8分丈くらいの綿とポリエステルが混ざった物。色々な素材があるが、私は肌触りのいいものを重視して買っていた。特に素材にはこだわっていなかったが、綿よりポリエステル地多めの方を好んで履いていた。なぜか。乾きやすかったからだ。
私は1人暮らしの期間が6年程あったが、仕事をしているので洗濯は週末にまとめてしていた。ベランダはさほど広くない。1週間分の洗濯物、シャツなど上に着るものを洗い終わった後、下に履くズボンなどを洗っていた。2回に分けて洗濯していたが干す時間はどうしたって重なる。そうなるといかに物干し竿を有効活用するかが重要になる。そこで乾きの速いポリエステル素材の出番だ。この素材は小スペースでも、陽が無い日でもある程度の風があれば乾く。綿100%の物の半分くらいのスピードで乾く。そしてポリエステル素材は皺になりにくい。多少重ねても綺麗な形をキープしてくれる。何度かズボンを洗っているうちに私の中で出た結果だ。
だから自然とポリエステル材を含んだズボンを履くことが増えていった。乾きが速い、これは私にとって重要視していたことだった。そして乾きが速くて嬉しいもう一つのことがあった。特に夏場に必要なことだ。夏はズボンを履いているとだんだん蒸されてくる。裾を膝までたくし上げたい気分にさえなる。ところが、いい大人としてそれはできない。もっと通気性の良い物があればいいのになと思っていた。
ある時他の用事でユニクロに立ち寄った。必要な買い物を済ませて何気なくズボンコーナーを覗いてみた。婦人物、紳士物様々な素材や種類のラインナップ。その中で目を引いたのが紳士物の『感動パンツ』。謳い文句に通気性良く汗をかいてもサラッと快適というようなことが書かれていた。紳士物ではあったが求めている物にピタリと当てはまる。買ってみることにした。
このズボンは生地が薄かった。婦人物には多分無いだろうと思われる薄さだった。足にピタッと付く婦人物でいうところのレギンスの様な感じだ。レギンスは曲げ伸ばしができるよう伸びる生地が使われているが、このズボンは伸びない仕様。このフィット感が思いのほか心地いい。そして肝心の通気性は、とても快適だった。仕事中もズボンに熱がこもらないので蒸れない。常に肌がサラッとしていた。
そして、時は訪れた。最大の実験の機会が訪れた。
いつも通り仕事をして、くたくた状態の帰り道。その日は一日雨だった。傘をさしても会社から駅に着くころには横殴りの雨にズボンはびしょぬれだった。早く帰りたい。朝だけでなく帰りも満員の電車に乗り込む。順調に発車。いつも通り駅をいくつか過ぎて、そこで電車は減速した。そして停まった。ホームのない場所で停まった。止まるまでの時間は15分程だっただろうか。そしてよくある停まった理由のアナウンス……。
こんな雨の日に最悪だ。雨でびしょびしょだし、ズボン張り付いて気持ち悪いし……? あれ? 張り付いてない。このズボン張り付いてない! 殆ど乾いてる。こんなこと有り得ない! 電車に乗った時は確実にびしょぬれで張り付いていた。それなのに! かなりの驚きだった。電車の中は冷え冷えとしていた。他にも雨に濡れた人がたくさん乗っており、湿度も高い。それなのに私のズボンは、雨? いつ降ったの? と言うくらいサラッとしていた。そう、この日私は、あのユニクロで買ったズボンを履いていた。
汗が乾く、通気性がいいなんてレベルじゃない。水をかけてもこのズボンは20分もすれば乾くということだ。それが例え湿度の高い空気の中にあったとしても。
そう言えば、このズボンを何度か洗濯した。洗って洗濯機から出して外で干して。確かに他のズボンに比べ乾くのがとても速かった。それでも30分後にチェックするわけではないし、他の洗濯物も一緒に、数時間経って全部乾いてから取り込むぐらいだ。それがこのズボンはもっと早く乾いていたのか。ようし、それならば。
更なる実験を試みる。洗濯機をドラム式に変えた。ズボンを洗う時はズボン用の洗濯ネットを使っていた。ズボンをくるくる巻いて入れるタイプの洗濯ネットだ。この洗濯ネットを使うと巻かれた内側が中々乾かない。なので、ドラム式であってもある程度乾かしてから結局外でも干すことが必要となる。さて、このズボンを同じように洗濯したらどうなるだろうか。
洗濯ネットに巻いて入れ、洗濯スタート。そして肝心の乾燥が始まる。洗濯機の中で軽快にグルグル回る洗濯ネット。ピーピーピーと終了を知らせる合図。
ドキドキの一瞬だ。洗濯機の扉を開けて洗濯ネットを取り出す。洗濯ネットからズボンを取り出す。さあ、どうだ。
乾いてる! しかも皺もなく綺麗な形も保っている! アイロン必要なし。実験は成功だった。このまま取り出してすぐに履いて外に出られるではないか。こんなズボンがあるなんて、知らなかった。
晴れた日、通気性がいいので中に熱がこもらず快適。雨の日、びしょぬれになってもすぐに乾く。なんと、どんな日でも対応可能なズボンだ。
取り敢えず1本だけ買ってみたズボン。紳士物だったし合うかちょっと不安もあり、1本だけ試してみようと買ったズボン。あまりにも使い勝手がいいので、探してみた。残念ながら季節ものらしい。このズボンは夏にこそ威力を発揮するものとして作られているようだ。
その翌年、1本をかなり頻度高く履いて擦り切れる部分も出てきた。なるほど、限界まで通気性をあげるために生地が薄いためか。摩擦にはあまり強くない様だ。とはいえ、夏用ズボンにも関わらず私は季節問わず愛用した。それほどまでに履き心地が良かった。それほどまでに通気性が高かった。そして私はこのズボンを幾度となく洗濯した。日中に干さなくても夜寝ている間に洗濯から乾燥まですれば翌朝には綺麗なズボンが履ける。これはとても大きいことだった。今までのズボンには無い画期的なズボンだった。だからもう1本欲しかった。
夏まで待った。待ちに待った夏、ユニクロに行くとあった。あのズボンが出迎えてくれた。思わず店員に、このズボンがいかに良かったかを話していた。そして1本買った。それが今年の夏の出来事である。それからまた、去年と同じように何度も履き、何度も洗濯し履き続けている。
◽︎なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京都在住。2018年2月から天狼院のライティング・ゼミに通い始める。更にプロフェッショナル・ゼミを経てライターズ倶楽部に参加。書いた記事への「元気になった」「興味を持った」という声が嬉しくて書き続けている。
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