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週刊READING LIFE vol.70

新世代の情報入力《週刊READING LIFE Vol.70 「新世代」》


記事:大矢亮一(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

突然だが、皆さんはブラインドタッチができるだろうか?
ブラインドタッチとは、コンピュータ(やワープロ、タイプライター)で文章入力を行う際に、主な入力デバイスとなるキーボードのキー配列を見なくても、ある程度のスピードでキーを打つことができる技術だ。
実は最近、このブラインドタッチについて衝撃的な体験をした。
私は都内にある某ビジネススクールで講師をしている。その生徒は、企業からの次期幹部候補生が出向扱いで通う、少数精鋭のビジネススクールだ。
その生徒の中に、実家が有名な縫製工場を営んでいるため、次期経営陣となることが約束された二十代前半の女性が受講生として参加していた。仮に彼女をマリさんと呼ぶことにする。
マリさんはまだ大学を卒業したばかりで、実家の縫製工場へ就職が決まっているが、まずは会社で仕事を始める前に、ビジネススクールで実践的な経営や業界についての知識と技術を研鑽するために、私が講義を持っている某ビジネススクールで勉強をしているという。
私の講義の内容は『Tリテラシー』というタイトルで、その名の通り、情報技術に関する基礎的な知識を身につけてもらう講義だ。
その講義の中で、受講生の皆さんに簡単なレポートの提出をお願いした。すると、その講義の終わった後にマリさんが私のところにやってきて、こう尋ねた。
「先生、パソコンを使えるようになった方がいいですか?」
最初、何を言われているのか瞬間的に理解できなかった。
「一応、ITリテラシーという講座だから、ぜひパソコンは使って講義を受けてくれると嬉しいのだが、パソコンはあまり使わないのかい?」
すると、驚くことに彼女はパソコンを使わないどころか、持ってもいないと言う。
正直、びっくりした。
「でも、大学で授業のレポートや卒論を書くのにパソコンやワープロを使ったでしょ?」
マリさんに尋ねると、彼女曰く、大学時代レポートや卒論は全てスマホで書き、スマホから大学のサーバへファイルで提出していたので、パソコンやワープロは使わなかったと言う、だから持ってもいないと。
内心、驚きを隠せない私は、さらにマリさんへ質問した。
「スマホで卒論とか、物凄く大変じゃない? そんな大量の文章をスマホで書いたんじゃ、ずいぶんと時間もかかったし、苦労したでしょ?」
するとマリさんは事もなげにこう言った。
「スマホの方がノートをとるよりも早くて簡単なので、別に問題ありませんでした」
実際にマリさんにスマホを使ってレポートをどのように書くのか、目の前で実践してもらったのだが、これが驚いたことに文字の入力と変換のスピードが恐ろしく速い!
フリック入力と呼ばれるスマホへの文字の入力方法は、例えば『あ』と言うボタンを押さえると、『いうえお』の四文字が上下左右にそれぞれ表示され、それを押すことで文字が選択されスマホへ入力される。単語を形成すれば変換の候補が表示されるので、それを選択するとスマホに文章が入力されて行く。
このフリック入力と呼ばれるスマホへの文字入力のスピードが、パソコン歴三十年の私のブラインドタッチよりも明らかに速いのだ。
これはなかなか衝撃的な体験だった。
瞬時に彼女へのアドバイスが思いつかず、とりあえずマリさんには、レポートの提出をスマホで行うことを許可した。
しかし、なんともモヤモヤした気持ちのままだった。そこで、色々と関連ニュースを調べてみた。すると、新世代の情報入力事情が見えてきた。
やはり、昨今コンピュータへのキー入力、ブラインドタッチが使えない若者が急増していると言うのだ。
これには大きくスマホの普及率が影響していると言う有識者の意見も多い。
スマホ普及率は2012年ごろの約30%程度から急速に右肩上がりで、2019年には85.1%を超え、いわゆるガラケーと呼ばれるかつて主流だった携帯電話は2014年ごろにスマホと普及率が逆転し、今や10%の大台を切る。
それに比べOECD経済協力開発機構による2018年の調査では、自宅・学校でのノートP C使用率が日本は先進国の中で最下位であり、ブラジルやモロッコ、メキシコや南米ドミニカよりも下の約10%以下。
マリさんにも聞いた話だが、彼女が例外なのではなく、家にパソコンやワープロを持たず、また、インターネットの回線(元々は固定電話の回線をネットワークの回線として利用する)を自宅に引いていない二十代は結構多いと言う。
もちろん経済的な事情もある。安くなったとはいえ、パソコンは最低でも数万円から十数万円はするし、インターネットの回線を利用するためには月数千円の出費がかかる。それに比べ、スマホがあれば、コンピュータの代わりになり、インターネットへの接続も固定回線を必要としない。ウェブサイトの閲覧やメールは最低限スマホで出来るし、最近ではメールもほとんど使わず、メールの代わりにLINEでやり取りをすることが標準になっているそうだ。
私がよくインターネットを使う理由の1つに検索がある。Googleに検索キーワードを投げて、候補に上がってきたウェブサイトの情報をいくつか読む。ところが、マリさんたちはわからないことをググる(Googleへ検索すること)よりも先に、Youtubuでキーワードを検索し、出てきた動画を適当に見て、わからないことへのあたりをつけると言う。ウェブサイトで検索すると言う行為すら新世代の手法は変化しつつある。
ワープロソフトの定番、マイクロソフト社のオフィスシリーズであるWardや表計算ソフトのExcelもスマホ版があるし(一部機能はパソコン版に劣るものの、スマホでそれらソフトを利用する人たちは、そこまでの機能を必要としていない)、YoutubeやNetflixで映画や音楽も楽しめる。スマホがあればすべて事足りてしまう。
就活の履歴書作成も、面接へのエントリー登録もすべてスマホ。そんな時代なのだ。
文字や文章の入力もキーボードでパソコンに行うより、スマホでフリック入力した方が速いのだから、もはやブラインドタッチはフリック入力でできれば良いのだ。
そんな衝撃の体験をしてから、世の中を観察してみると、新世代の情報入力事情がよく見えてくる。
キーボードやフリック入力を使わない情報の入力方法もある。最近では、デジタルペンを使って手書きで文字入力をすることもできる。
もはや紙とペンを持ち歩かない学生だって多い。
また、音声入力も以前とは比べものにならないくらい進化している。
スマホについた音声認識センサーを使えば、ワープロソフトへの文章入力をフリック入力すら使わず、音声で書き込んでいくことができる。もしもスマホ側の聞き取りに間違いがあったときだけ、部分的にフリック入力を使って訂正すれば良い。それも精度が上がってきているおかげで、修正しなければならない箇所は多くない。
甥っ子の小学五年生は、フリック入力すら使わず、音声入力だけで検索からYoutubeでの動画探しまで何でもこなす。
マリさんからパソコン(キーボードをブラインドタッチで)を使えるようになった方が良いか問われてからひと月ほどあれこれ情報入力事情を観察してみた私は、おおよそマリさんの今の情報入力に不便が無いなら、このまま講義の課題提出などで別段パソコンを使うよう強制する事もなかろうと思った。
確実に時代は変わりつつあり、情報入力の技術も進化を早めている。
新世代の情報入力、おそるべし。

 
 
 
 

◽︎大矢亮一(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京在住。今もまだ何者でもない。

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2020-02-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.70

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