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週刊READING LIFE vol.70

新世代的思考への挑戦《週刊READING LIFE Vol.70 「新世代」》


記事:井村ゆうこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

2019年12月某日。私はパソコンの画面をにらんで頭を抱えた。仕事で管理しているwebサイトに新しいページを追加しようとしているのだが、うまくいかない。検索と実行を何度も繰り返したが解決策が見つからない。いよいよ自力で対処することをあきらめ、プログラミングに詳しい知人にSOSを送る。ありがたいことに返信をくれた。何度かメッセージのやり取りをしていくうちに、私たちは気付いた。同じ言語で話していないと。プログラミング素人の私に、プログラミング玄人の知人は懸命にわかりやすく説明してくれようとした。初めて平仮名を習う子どもに「あいうえお」から教えていくように。しかし、私は子どもですらなかった。まだ「ママ」と「パパ」の違いもわからない赤ちゃんだった。知人の発する言葉が全く理解できない。これ以上、人の時間を奪うわけにはいかない。問題は解決できなかったが、お礼と謝罪の言葉を送って、私はパソコンを閉じた。もう限界がきている。プログラミングの知識なしで、仕事を続けていくのは難しい。はじめるしかない、プログラミングの勉強を。
もう逃げられないことを、私は悟った。

 

 

 

2020年の幕開けと共に、私はオンラインのプログラミング個人レッスンの受講をはじめた。目標は、webサイトを自分ひとりの力で作り上げるスキルを習得すること。プログラミング言語だけでなく、写真加工・画像作成ツールによる素材作成能力も身につけ、かっこいいwebサイトを作れるようになろうという目論見である。
受講スタイルは、web上のテキストで自習した後、講師からマンツーマンの指導を受けるというものだ。講師は複数いて、年齢も性別も経歴もバラバラだ。はじめてのレッスンは、自分と同年代であろう女性の講師を予約した。「初心者歓迎」の若葉マークに安心感を覚えての選択だ。webページを作る上で、欠かすことのできないプログラミング言語、HTML( Hyper Text Markup Language/ハイパーテキスト マークアップ ランゲージ)の入門レッスンを受ける。
 
「とにかく書いてください」
開口一番、講師が私に告げる。
どうやらHTMLタグと呼ばれる、文章の構造を定義するための記号を書いて覚えろということらしい。100以上ある記号をひとつひとつメモして、自分のリストを作れというのだ。英単語を覚えるような要領ですかと質問すると、その通りですと返ってきた。超デジタルな世界かと思いきや、意外にアナログだなとの感想を覚えつつ、A型の几帳面さを発揮して使用頻度が高いものからリスト化していった。手元に自分だけの辞書ができたような気がして、満足感と達成感を味わった。
 
2回目のレッスンは、20代の女性講師を予約した。プロフィールの写真が他の講師と比べて断トツに若々しくて爽やかだ。コメント欄の「何でも遠慮なく聞いてください」という言葉に勇気づけられる。この日は、HTMLを使った簡単な課題の添削をしてもらった。プロフィール写真そのままの、はつらつとした笑顔で、とてもよくできていますと合格点をくれる。ほめられて調子に乗った私は、手書きのリストが完成したことを報告した。
 
「私は、リストは必要ないと思います」
爽やかでキッパリとした声が耳に届く。ふくらんだ風船から空気が抜けていくように、私の満足感と達成感がしぼんでいく。
 
「必要ないんですか? でも、リストがあったらすぐに必要なタグを見つけられると思うんですが……」
リスト作りに費やした時間が全て無駄だったとは認めたくない私は、抵抗を試みる。
 
「調べればいいんです」
スイカに躊躇なく包丁を入れるように、私の言いわけはキレイに切り落とされた。調べる? と思わず口にした私に、丁寧に説明してくれる。
プログラミングの世界は変化の速度が激しい。昨日使っていた知識が、今日はもう古くなっていることもよくある。時間をかけてリストを作ったとしても、実際に自分がwebサイトを作ろうとしたときに、役に立つ保証はない。リストを作るよりも、最新の情報を調べる方法を身につけることが重要だ。
講義の後半、若い講師の先生はひたすら「情報の調べ方」について教えてくれた。
「わからないことが出てきたとき、まずはご自分で調べてみることをおすすめします。調べて、調べて、調べても解決しないときは、いっしょに方法を探しましょう」
 
お礼を述べて通信を切る。時計を見ると、終了予定時刻を15分もオーバーしていた。
 
新世代。この言葉を聞いたとき思い浮かんだのが、この若い講師の先生だった。
受講前、プロフィール写真からは爽やかではつらつとした印象の他に、どことなく頼りなさを感じたことを、私は白状しなければならない。中年の傲慢さで若さをなめていたのだと思う。まだ経験の浅い、若い子で大丈夫かしらと。
彼女のプロフィール写真にもう一度目を向けてみる。爽やかではつらつとした印象は変わらないが、新たに「しなやかさ」が加わって見える。
 
自分より年上の人間にも臆することなく、意見を率直に述べることができる、しなやかさ。
経験豊富な先輩講師の方針を否定しても、受講生の利益を優先する、しなやかさ。
自分の持っている知識を常にアップデートさせながら、価値提供を続ける、しなやかさ。
 
彼女からは、自分の今持っているものに執着したり、自分が今置かれている現状に固執する姿が思い浮かばない。必要なものは、必要になったときにその都度調達し、余計なものは持たない。住み始めた部屋が居心地悪ければ、より快適な部屋に引っ越すだけ。そのためにも荷物は少ない方がいい。そんな風に生きているように感じられて仕方がない。実にしなやかで、そして軽やかだ。
私が彼女と同年代だった頃は、もっと執着も固執もしていた。せっかく取った資格なんだから、もっと活かさなくちゃ。もっと上を目指さなくちゃ。どうせ新しいところに行ったって、苦労はきっと同じ。だったらここにしがみつくしかない。実に頑固で、融通も機転も利かない。
車やブランド品など、ものを所有する代わりにシェアすることを選び、大企業が絶対的安全な就職先だとはとらえていない。彼女の生き様が、令和の時代に生きる若者の象徴のように、私には感じられた。古くて固い「旧世代」とは違う、しなやかで軽やかな「新世代」に。
 
平成29年に告示された新学習指導要領において、小学校では2020年から、中学校では2021年からプログラミング教育が必修化されることが公表されている。狙いは「プログラミング的思考」を育むこと。プログラミング的思考とは、いったいどういうことなのか。
 
プログラミングとは、人間がコンピューターに実行する内容を順番通りに指示するものだ。コンピューターはひとつでも順番が違えば正しく実行してくれない。順序立ててものごとを考えられなければ、正しく指示することはできない。指示の仕方がわからなければ、わかるまで調べることが求められる。そのとき、自分の既に持っている知識が古くて使いものにならないか検証し、最新の知識に更新することも必要になる。試行錯誤の連続だ。そうやってさまざまな問題を解決し、最終的に正しい指示を完成させる。
順序立ててものごとを考え、試行錯誤し、問題を解決する力。それこそが、プログラミング的思考と言えるだろう。
 
若い講師の先生が私に教えようとしているのは、正にこの「プログラミング的思考」なのだ。もし彼女が、ただ与えられた業務をこなそうという姿勢ならば、「プログラミング」を教えていればいいはずだ。生徒が自分で答えを探すまで待つより、どの記号とアルファベットで書いたら、こう表現できます、こんな表示になりますと、ダイレクトに教えてしまう方が、きっと楽に違いない。
でも、しなやかに、軽やかに生きる「新世代」の彼女は、待ってくれる。私のように出来の悪い「旧世代」が新陳代謝を繰り返して、新しく生まれ変わるのを。
 
答えを求めて検索すると、何通りもの解答が目の前に並ぶ。どれが最新でどれがいちばん自分にとって必要な答えなのか、どう判断したらよいのか。そう問う私に、彼女が答える。
「自分がいちばん納得した検索結果を採用すればいいのです。正解はひとつだけではありません」
 
4月、娘が小学校に入学する。
娘は小学校でたくさんのことを学んでいくだろう。ものごとを順序だてて考え、迷いながら進み、自分なりの答えを見つけていくようになるはずだ。娘は若い講師の先生と同じように、「新世代」の人間として生きていくに違いない。
 
私もまた、しなやかに、軽やかに、彼女たちを追いかけ、追いついていきたい。

 
 
 
 

◽︎井村ゆう子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
転勤族の夫と共に、全国を渡り歩くこと、13年目。現在2回目の大阪生活満喫中。
育児と両立できる仕事を模索する中で、天狼院書店のライティングゼミを受講。
「書くこと」で人生を変えたいと、ライターズ俱楽部に挑戦中。
天狼院メディアグランプリ30th season総合優勝。
趣味は、未練たっぷりの短歌を詠むことと、甘さたっぷりのお菓子を作ること。

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2020-02-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.70

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