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週刊READING LIFE vol.79

しなやかな強さを手に入れる「ほどほど修行」《週刊READING LIFE Vol.79「家でできる○○」》


記事:菅恒弘(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「どうやったら、こんな過酷なことに耐えられるんだろう」
 
そんな単純な疑問がきっかけだった。
 
10年ほど前から始めたトレイルランニングとウルトラマラソン。
若い頃は陸上部ということもあり、どちらかというと体力には自信があった。ちょうど同じ頃にチャレンジした初マラソンでは、予想タイムを大きく上回る約4時間で完走。やっぱり体力があるなと過信して、その勢いのままにフルマラソンの約2倍の距離を走るウルトラマラソン、そして山野を駆け巡るトレイルランニングにも手を出すことに。
 
すると、それまでの自信があっけなく打ち砕かれた。
ウルトラマラソンもトレイルランニングも、とにかく辛いの一言。長時間の運動とタフなコースに意識は朦朧とし、足は痙攣し始める。「いつリタイアしようか」、そんなことを考えながら走ることも。これまでランニングの大会で経験したことがなかったリタイアも経験することに。
限界を超えた体と折れそうな心を繋ぎとめて、なんとか完走できたとしてもそのダメージは甚大だ。帰りの電車の中で気を失うように寝てしまい、乗り過ごしたことも一度や二度ではない。
 
そんなギリギリの戦いをしている私の横を、軽々と走り抜けて行く人たち。年齢や性別に関係なく、時折笑顔を見せながら、過酷なレースを楽しんでいるかのようだ。
さらに世の中には、数千メートル級の山を駆け登ったり、160kmの山道をノンストップで走ったり、数日間かけて400km以上も走ったりと想像もできないようなレースに、プロランナーだけではなくアマチュアランナーも挑戦し、完走している。
 
なぜ、そんな過酷なレースを楽しむことができるのだろうか?
 
そんな疑問を持っていると、ある先輩ランナーが教えてくれた。
「レースに耐えられる体力はもちろんだけど、何よりもメンタルが大事なんだよね」と。
 
起伏の激しい山道や長時間走ることに耐えられる体力・筋力はもちろん必要なのだが、それよりも重要とされているのが精神力。
トップの選手でさえ、体力的に限界を迎えると、何度も「もうリタイヤしよう」と考え、時には「この崖から落ちたら、もう走らなくてもいいんだろうな」と、そんなことを想像するまでになるそうだ。そんな悪魔の囁きに惑わされず、ひたすら前に進み続けるためには、なによりも強い精神力が必要とされる。
 
そこでふと、以前読んだプロランナーの記事を思い出した。そのランナーは、精神鍛錬に座禅を取り入れていたのだ。調べてみると、トップランナー以外にも、プロスポーツ選手やビジネスマンも、メンタルトレーニングの一環で座禅や瞑想を取り入れているとのこと。
そこで早速チャレンジしてみることにした。
 
座禅は意外にも簡単に始めることができる。
必要なのは、あぐらを組むことができる静かな場所。ネットを検索すれば、座禅のやり方を解説しているページをいくらでも見つけることができる。
 
あぐらを組み、姿勢を正し、呼吸に神経を集中する。目は半眼にして約1メートル先に目線を落とす。とりあえずネット情報を元に自己流で始めてみたものの、どうもしっくりこない。本当にこれで大丈夫なのだろうかと思うこともしばしば。
 
そこで禅寺で開催されている体験会に参加してみることに。
正しい座禅の方法を指導してもらい、さらにお寺という普段とは違った空間での座禅は、いつもの家での座禅とは一味違った特別な体験。
そんな体験にすっかりはまってしまった私は、それ以降は旅先で座禅の体験会に参加することが趣味になってしまった。
体験会の効果もあり、姿勢や呼吸もすっかり安定してくると、始めた頃は5分でさえ長く感じた時間も、次第に慣れてきて30分くらいは苦もなくできるようになってくる。
 
実際に座禅の効果はあるのかというと、正直なところ劇的な変化があるわけではない。レースはやっぱり辛いし、心が折れそうになることも。ただ、リタイア率は下がっているので、ある程度効果はあったのかなと感じている。
 
一方で、想定していなかった効果も。
それは仕事面での効果。1日15分、頭の中を空にして座る時間を作ることは良い気分転換になる。特にあれこれと頭を悩ませていることがある時には、そのことをひと時でも頭の中から消してしまうことで思考がすっきりすることも多い。
そんな経験から、仕事で煮詰まってしまっている時、うまくいかずにストレスを感じている時は、なるべく時間をとって座禅をするようにしている。
 
そんな座禅を続けるための便利アイテムがある。
それは座禅用座布団の坐蒲。普通の座布団とは違って、丸くコロッとした小さな座布団で、あぐらを組む時にお尻に敷くもの。坐蒲をすることで、あぐらが辛いという人でも、比較的無理なくできるようになる。
もう1つは座禅用アプリ。鐘の音で時間を教えてくれるタイマーや座禅をした履歴も管理できる。毎回、座禅を始めるまでの作法や姿勢、呼吸方法の説明もしてくれるので、正しい姿勢で座禅に臨むことができる。
 
そんなアイテムを使いながら、毎日短時間でも続けるようにしている。
もちろん、できない日もあるが、できないことがストレスにならないように、あまりこだわらずに続けている。
 
座禅でメンタル面の効果を感じ始めると、次は体のことも気になり始める。
体力・筋力はトレーニングの強度を上げることでなんとか対応できるものの、40歳を過ぎると明らかに回復力が落ちてきていた。仕事でも多少は無理をすることはできるけれど、翌日以降の疲れ方は以前と比べ物にならないくらい後を引いてしまう。
食事も脂っこいものが翌日に影響したり、食べる量も減ってくる。
健康診断でも「要観察」と指摘される項目は増えるばかりだ。
 
そんなこともあり、改めて食について色々と調べ始めると、「断食」というワードが目に入ってきた。
「断食」といっても、修行のような数日間に及ぶようなものは、さすがハードルが高すぎる。そこで、簡単に取り組めるプチ断食から始めてみることにした。
 
プチ断食とは、1日だけの断食のこと。
断食前日の夜の「予備断食」、断食翌日の「回復食」を入れても3日間で終えることができるので、週末に簡単に取り組める気軽さがいい。特別な施設に行く必要もなく、家でも取り組める。
前日夜の「予備断食」は、いつもよりも早めの時間に、量は半分程度。断食当日は水のみで過ごし、断食翌日は「回復食」として、消化の良いものを中心にして、1日かけてゆっくりと体を慣らしていく。
プチ断食の効果としては、胃腸の休息やデトックス効果。美肌効果やダイエットにも効果ありとされている。
 
実践してみないと効果が分からないということで、さっそく試してみることに。
実際にやってみると、思ったよりもつらい。
断食当日、お昼くらいまでは気にならないものの、夕方近くになると空腹が襲ってくる。固形物を食べたくなる誘惑になんとか耐えると、次は体のだるさを感じ始める。このだるさの原因は「好転反応」というもので、老廃物や毒素を排出するときに現れる現象。そのつらさを前向きに捉えて耐えるしかない。
この空腹感やだるさも、数回目には慣れてきて、「あ、またいつものやつだな」と、それほど苦にならずに乗り越えることができるようになってくる。
プチ断食の何より良いところは、断食後の食事の美味しさ。「回復食」なので、消化に良いもので量も少なめながらも、これが本当に美味しく感じる。この美味しさ味わうために、断食をしているといってもいいくらい。
 
以前は2週間に1度程度していたが、現在では月に1回程度。
効果としては、胃腸の休息になっているようで、「回復食」の期間が終わってからも体調はかなりいい感じ。少し内臓に疲れがたまってきたかなと思うと、またプチ断食をするといった感じで続けている。
ただし、このペースでのプチ断食では、ダイエット効果は見込めないようだ。
 
座禅やプチ断食に取り組んでいることを知っている友人からは、「まるで修行だよね」と言われることもしばしば。
ただ、自分では座禅やプチ断食をすることにはあまり執着せず、ほどほどに楽しみながらやるといった感じで修行感はない。そう、「ほどほど修行」といった感じだ。
 
どちらも特に事前の準備は必要なく、家で簡単にできてしまう気軽さが良いところ。座禅なら平日の夜、プチ断食なら週末を使って、じゃあみようかなといった感じでできてしまう。
 
そんな「ほどほど修行」を続けてみて、ある効果に気がついた。
それは自分自信を見つめ直す機会になること。座禅を組むことで自分自身の心に、プチ断食を通じて自分自身の体と向き合うことができる。
日々、心や体には微妙な変化が生じていて、時に危険を察知してアラートを出していることもある。そんなアラートは、最初はよほど注意していないと気付かないような小さなもの。座禅やプチ断食を通じて自分自身を見つめ直していると、そんな小さなアラートにも気づくことができる。絶えず落ち着かない心であったり、いつもより強く感じる体のだるさだったり、胃の痛みだったり。そんなアラートに気づくことで、自分の体調やストレス高まり具合を感じ取って、睡眠時間を確保したり、外食を控えたりといった対応を取ることができる。
 
「ほどほど修行」は、精神や肉体の鍛錬とまではいかないけれど、ついつい見過ごしてしまっている自分自身の変化を敏感に感じ取り、早めの対応を取ることができるようになる。そうすることで、少しずつではあるけれど、心や体を強くすることができる。座禅やプチ断食にはそんな効果があると感じている。
 
現代の多くの人たちはストレスフルな社会で生活している。
個人的な問題はもちろん、環境や貧困の問題、教育問題といった多くの社会的な問題に直面していて、どこかで不安を感じている。どの問題もその要因は複合的に絡み合って、簡単に答えが出せないようなものばかり。これからの将来を考えると、どうしても不安な要素ばかりが目についてしまう。
 
そんな状況では、困難や脅威に直面している状況に対してうまく適応する能力である「レリジエンス」、すぐには答えが出せない、対処しようがない事態に耐える能力、性急に答えを求めずに、宙ぶらりんの状態を持ちこたえる能力である「ネガティブ・ケイパビリティ」といった能力が注目されている。
ストレスに押しつぶされない復原力や回復力、答えがでない状況にもじっと耐えることができる強さ。それはまるで強風にも折れることがない柳のように、しなやかな強さを持った心身が必要とされる。
 
そんなしなやかな強さを持った心身を作り上げていくためには、自分自身の心と体を見つめ直し、少しずつ強くして行く座禅やプチ断食は効果がありそうだ。
 
ストレス社会を生き抜くために、書店並べられた数多くの自己啓発本を買ったり、高額なセミナーに参加することもいいけれど、まずは家で座禅を組み、プチ断食をしてみると、心も体もちょっと軽くなり、少しずつ強くすることもできるはず。
 
「ちょっとやってみようかな」、そんな軽い感じで、自分の家で「ほどほど修行」を始めてみませんか?
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
菅恒弘(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県北九州市出身。
地方自治体の職員とNPOや社会起業家を応援する社会人集団の代表という2足のわらじを履く。ライティングに出会い、その奥深さを実感し、3足目のわらじを目指して悪戦苦闘中。そんなわらじ好きを許してくれる妻に感謝しながら日々を送る。
趣味はマラソンとトレイルランニング。

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2020-05-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.79

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