週刊READING LIFE vol.79

世界一安全な場所がテロ現場に化さないために《週刊READING LIFE Vol.79「自宅でできる〇〇」》


記事:[名前](READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)記事:武田かおる(READING LIFE 編集部 ライターズ倶楽部)
 
 
小学4年生の娘は黙ってキッチンに入ってくると、目に涙を浮かべながら、緊張した面持ちで言葉を一言ずつ絞り出すように私に話した。いつもは踊ったり歌ったりしながらキッチンに入ってくる娘。朝起きたときから寝るときまで、ずっとおしゃべりしていている娘が先日の夜は別人のようだった。
 
「ママ、さっきね、Zoomの画面が真っ黒になってね……」
 
私は、一瞬まさかと思った。急にZoomでのオリエンテーションが終わったのはそのせいだったのか……。娘の言葉を遮るようにして私は言った。
 
「Aちゃん(娘)、大丈夫? 怖かったね……」
 
私はそう言って、娘を強く抱きしめた。

 

 

 

新型コロナウイルス禍で、様々なビジネスが苦境を強いられている一方で、業績を上げている企業もある。その代表的なものの1つは、オンライン会議システム「Zoom(ズーム)」だろう。オンライン会議のシステムはGoogleミートやスカイプミーティング等他にもあるが、Zoomはテクノロジー音痴の私でももとても使い易くできている。私が最初にZoomを利用したのはちょうど昨年の今頃だった。その時はオンラインの会議システムと聞くだけで、新奇なものという印象で抵抗があったが、会議を主催する人からメール等で送られたリンクをクリックするだけで、簡単にオンライン上の会議に参加できた。
 
新型コロナウイルスの影響で、多くの方がリモートでの仕事が強いられている中で、Zoomのシステムを利用したり、実際に使ったことがなくても、その名前を耳にしたりしたことがある人は多いのではないだろうか。
 
最近では、新型コロナウイルス禍で人々が自宅で過ごす時間が多くなった。YouTubeは動画のストリーミングの量が増えたことに対応するため、3月末から初期設定の画質を落としていると聞いている。一方でZoomの会議に関しては、あくまで個人的な印象だが、他のオンライン会議システムに比べて、新型コロナ禍の影響で利用者数も増えているだろうが、画像や音質も比較的安定してるように思えた。
 
自宅待機勧告、ソーシャルディスタンスを保つため、家族以外の人と会うことがはばかられてしまった今、それぞれが自宅にいながら、オンライン上で人と出会えてコミュニケーションが取れるZoomは公私ともに大活躍だ
 
友達と会えなくなってしまった子供たちのために子供同士のZoomのおしゃべり会を企画したり、夜はママ友達でZoom飲み会もした。また、私はアメリカ在住で、自分の住む地区の女性の会に所属している。活動として、毎月様々な講師の方をお迎えして講演会やレクチャーを開催しているのだが、新型コロナウイルス禍では、Zoomでの会に切り替えて、会員を始め地域の日本人の方々のために、お医者様から新型コロナウイルスについてのお話をしていただいたり、日本にいらっしゃる薬膳料理の専門の方にお願いして、Zoomを用いて免疫アップのための食事についてお話をしていただいたりした。
 
3月末から子供たちが通う学校も休校になったが、4月の上旬からZoomを利用して、子供たちも先生やクラスの友達とオンライン上でつながることができた。ずっと会えなかった先生やクラスの友達と会えるだけでも、退屈な子供たちの自宅生活に新しい風を送ってくれた。4月の半ばからは、毎日午前中はZoomでの授業、午後からは体育や図工などの専門科目もオンラインで受けられるように、学校側が環境を整えてくれた。最近、ようやく子供たちもこのオンライン授業のペースに慣れてきたところだった。学校に行けなくても、学校に通っているのと同等に自宅で学ぶことができるのは素晴らしいと思った。さまざまな制限がかかる中で、学校や学校の先生方の努力に頭が上がらないと思った。
 
こんな風に、Zoomを使わない日はないぐらいに、Zoomが生活の必需品になっていった矢先に、昨日の事件が起こったのだった。

 

 

 

私が住む州では町によって中学の始まる学年が異なるのだが、私の住む町は5年生から中学に進学する。娘は現在4年生で、今年の9月からから中学に進学する予定だ。先日は、9月から始まる中学校の新入生とその保護者対象に、入学に際してのオリエンテーションがZoomで行われた。主催者は中学校だった。例年、夜6時半ごろから中学校の講堂でオリエンテーションが行われる。だが、今年は、現在の状況を鑑みてZoomでオリエンテーションが行われることになった。自宅にいながらにして、校長先生のプレゼンテーションや話を聞けるのであれば、コロナが収束した後も学校の説明会やオリエンテーションなど今後はZoomで開催してくれたら便利だなと考えていた。ざっとオリエンテーションの参加者をZoomの画面で見たところ、150人あまりが参加していたようだった。
 
オリエンテーションは校長先生が学校生活の概要を話し、後、第二ヶ国語の先生(スペイン語や中国語)それから、選択科目の詳細などの説明があった。
我が家の長男は既に中学の最終学年で6月に卒業予定なので、私は従来と内容が変わっていないかだけを確認しながら話を聞いていた。オリエンテーションも終わりに差し掛かった時、特に例年から大きな変更はなさそうだったので、それまで画面に映し出されるプレゼンテーションも見ていたが、私はパソコンから離れてキッチンで用事をしながら校長先生の説明の音声だけを聞いていた。
 
質疑応答は無かったが、急にオリエンテーションが終わったように思えた。それは、あまりにも唐突な終わり方だった。
 
「あれ?」っと思った。もしかしたら、主催者側の先生が間違って私のアカウントをオリエンテーションから退出させたのかのかもしれない。あるいはインターネットの接続が切れたのかなと思った。
 
娘は別室でZoom上のオリエンテーションに参加していた。娘に、
 
「オリエンテーションはもう終わったの?」
 
と聞いてみた。娘は「よくわからないけど終わったみたい」と答えた。
 
しばらくしてから冒頭に記載したように、娘が静かにどうしていいのかわからないという様子でキッチンに入ってきた。しばらくもじもじしていたのだが、ゆっくりとZoomでのオリエンテーションで起こったことを私に話してくれた。
 
娘によると、急に画像が真っ黒になって、学校が表示しているプレゼンテーションの画面ではなく、ハッカーによりわいせつな画像が表示されたということだった。
 
それは紛れもなく、以前にインターネットのニュースや記事で読んだ、「Zoombombing (ズーム荒らし)」だった。記事によると、ハッカーがZoomでのイベントを乗っ取り、性的画像を表示したり、人種差別を含むヘイトスピーチなども行うことがあるということだった。
 
私が「Zoom荒らし」について聞いたのは3月末だった。それを聞いた時怖いなと思った。4月初旬にZoomからEメールがあった。「4月の最初の週末よりセキュリティ向上のためシステムを変更したため、既に予定して取得したZoom会議のIDやパスワードの設定をやり直してほしい」ということだった。
 
大きな変更点としては、参加者がZoomでの会議に参加する前に、一旦「待合室」に入った後、会議主催者が事前に把握している参加者かどうかを確認した上で、参加者は会議への参加が許可されるというものだった。私のようなテクノロジーの素人でも理解できたセキュリティ面での改善だった。だから、今回のオリエンテーションも、そういったセキュリティに対応した上での開催だと思っていた。
 
学校関係のイベントで「Zoom 荒らし」が起こったことが私は非常にショックだった。娘は精神的にタフな方だ。飼い猫が死んだときも、前向きに考えてすぐに克服した。私のほうがペットロスをいつまでも引きずっていたほどだ。朝から晩まで一人でおしゃべりしている元気で明るい娘が、Zoom荒らしにあった夜はすっかり口数が減ってしまった。相当な精神的ショックを受けたのではないかと私は心配になった。なぜなら私自身も高校生の時に、電車の中で見知らぬ男の下半身を露出されたことがあり、その後気分が悪く食事が取れない、一人でいるとその時の映像がフラッシュバックするなど恐怖とショックでしばらく立ち直ることができなかったからだ。
 
娘の場合は、私の心配が杞憂であるようにと願っていた。
 
しかし、翌朝、「怖い夢を見た」と私に訴えた。娘は一人でいると、「昨日見た映像が何度もフラッシュバックする」と言った。夢の内容を教えてほしいと聞いてみたが、娘は話したくないと言う。ますます私は心配になった。

 

 

 

Zoom荒らしは、会議を邪魔するだけでなく、自宅で行われるテロ行為だ。新型コロナウイルスが蔓延している中、「世界一安全な場所は自宅だ。だから家にいよう」と多くの人が声をあげている。その世界一安全な場所と言われている自宅で、性的な画像に遭遇したり、ヘイトスピーチを聞いたりすることで、実際に怪我や命を落とす人はいなくても、精神的に深い傷を負うことがあるからだ。被害がひどい場合は、トラウマになり長期間精神的な症状を訴える場合もあるだろう。
 
現在、新型コロナの影響で学校も休校になり、友達とも自由に会うことさえできない中、それだけでも子供たちは大なり小なり精神的にストレスを強いられているだろう。秋から始まる中学校での新生活を楽しみに過ごしている子供たち、ワクワクした気持ちでオリエンテーションに参加していた子供たちもいたと思う。娘もそのうちの一人だった。Zoom荒らしの犯人は、ピンポイントで中学のオリエンテーションを狙ってZoom荒らしを行ったのだろうか。ターゲットは誰でも良かったのだろうか。どちらにしても、許せない行為である。そのターゲットになってしまった4年生の子供たちが本当にかわいそうでならなかった。
 
翌日、学校の代表者から、先日の件についてセキュリティの面で遵守されてない部分があっというお詫びと説明があった。現在、警察による調査が続いているそうだ。Zoom荒らしをする人はどこにでもいる可能性があるので、自分の知らない人達や大勢の人が参加する会議では、今後も参加者側も気をつけておく必要があると思った。

 

 

 

自宅で会議や説明会に参加できるのはとても便利だ。新型コロナウイルス禍でリモート勤務や社会的隔離が推奨される中、オンライン会議システムのZoomはビジネスだけでなく、ソーシャルの面でもコミュニケーションツールとして救世主の役目を果たしていることは間違いない。だが、世界一安全な場所と言われている自宅がテロ現場と化さないためにも、Zoomを利用する場合は使い方を学ぶのと同時に、セキュリティの仕組みについても十分理解し、万が一、そういう事態に遭遇したときの対応についても知っておくことが非常に大切だと思った。
 
日米に共通して、学校も長期休校になり、リモート学習として、Zoomや他のオンライン会議システムの活用が加速し、それらを利用する人たちも低年齢化している。それに伴い、オンライン会議のシステムを運営する側も、様々なセキュリティシステムを導入してより利用者が安全にシステムを利用できるように改善していくだろう。だが、コンピューター上でもウイルス駆除ソフトを利用しても、また別のウイルスが発生するように、新たなZoomのセキュリテイシステムを破ってハックしてくる「Zoom荒らし」なども起こりうるのかもしれない。特に中高生や小学生や幼い子どもが利用する場合は注意をし、「Zoom 荒らし」についてや、起こってしまった場合に備えて、その対応なども子供たちに教えておく必要があるだろう。それは、自宅のコンピューターやタブレットなどのオンライン上が、学習の場となりつつある今、ハッカーが突然画面を操作しはじめた場合のオンライン上の避難訓練になるのではないだろうか。
 
娘によると、学校が共有していたパワーポイントの画面が、ハッカーの性的画像に切り替わる前に、画面が一瞬真っ黒になったらしい。これが、Zoom荒らしに共通するのかはわからないが、不自然に画面が切り替わったりした場合は、すぐにZoomから退出する、どうしていいかわからない場合は、使用しているデバイスを伏せてその場を去る。子供の場合は信頼できる大人に通報するなどの対応ができると思う。おそらく、Zoomの主催者は、状況に気がついたらすぐにその会議やイベント自体を打ち切ることになるだろう。
 
あれから娘はZoomを利用するのが少し怖いようだが、少しずついつもの様子に戻りつつある。また、学校は別のオンラインシステムを使って授業が再開できるように早急に対応してくれ、私もほっとしている。あの日、オリエンテーションに参加していて、「Zoom 荒らし」が表示した画像を見てしまったお子さん達がトラウマになっていないことを心から願っている。
 
現在のような制限のかかる状況下で生活を送る中、利便性を追求するためZoomを始め、日常の生活の中に新しいテクノロジーやアプリを利用することが不可欠となり、それらが導入されるスピード、利用者の低年齢化は今まで以上に加速するだろう。だが、ナイフが便利な道具であると同時に、使い方を間違えたら凶器になるように、新しいテクノロジーも利便性の裏にあるリスクやそのためのセキュリティのシステムも考慮しながら、それらをうまく使いこなしていくことが重要になっていくのだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
武田かおる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

アメリカ在住。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語を忘れないように、2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得する。

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2020-05-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.79

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