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週刊READING LIFE vol.83

「文章」から吹く風《週刊READING LIFE Vol.83 『文章』の魔力》


記事:菅恒弘(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
小学生だった頃、よく詩を書いていた。
正確に言えば、宿題や授業中に先生に書かされていた。
当時30歳前後だった先生は、とにかく血気盛んで怖く、そんな先生に書けと言われれば、クラスメートの誰も逆らうことはできなかった。
 
そんなある日、先生が「○○さんの詩が新聞に載ったぞ!」と発表し、クラス中が沸いた。
それがどれだけの快挙なのか理解できていなかったけれど、新聞にクラスメートの名前が載っているという事実だけでも、何かとてつもないことを成し遂げたかのような衝撃を受けたことを覚えている。
さらに、その後も快挙は続いていき、次々にクラスメートの詩が掲載されていった。
 
後々分かったことだが、先生は生徒たちに書かせた詩を、「小さな目」という子どもが書いた詩が掲載されるコーナーに、せっせと新聞に投稿してくれていたのだ。生徒たちには言わずに、担任をしている2年間でクラス全員を掲載させようとしていたらしい。
先生の投稿し続けたしつこさと、半ば強制的に詩を書かされ続けた生徒たちの頑張りで、その野望は無事に果たされることになった。
 
読書感想文や作文を書くのが苦手だった当時の私は、もちろん詩を書くことも苦痛以外の何ものでもなかった。ただ、新聞に詩が掲載されたことは、何か書いたことで褒められたり、喜ばれたりした初めての経験となった。
 
そんな経験をしたにも関わらず、そんな興奮は時間の経過とともに忘れ去られ、その後はすっかり文章を書くことも読むこともない日々を送ることに。はっきりとした理由は分からないけれど、どちらかと言えば文章を読んだり、描いたりすることに対して苦手意識を持っていて、文章に接することを避けている感じだった。
 
そんな状況にも変化が訪れる。
 
最初の変化は、大学生時代から本を読むようになったこと。
そのきっかけは1冊の本との出会い。それは辻仁成著の「ピアニシモ」だ。
 
今からやく25年前、大学からの帰省は、各駅停車と快速電車を乗り継ぐ約3時間の道のり。その道のりの暇つぶしとして、特に作者のことも知らず、賞を取った作品とも知らず、何気なく選んだその本。電車に乗ってページを開いて読み始めるとその文章に衝撃を受けた。
まずは比喩や修飾表現の多さに、読み進めるのにも、何を書いているのか理解するのにも時間がかかる。「こんな文章があるんだ……」と衝撃を受けた。
さらに衝撃を受けたのは、思春期に持つような、どうにも言葉に表現できない鬱積したものや孤独感やモヤモヤしたものを感じさせることだった。
お気楽大学生なはずが、なぜかある時期、孤独感に苛まれていたこともあって、小説の内容はもちろん、その文章の持っている力に大きな影響を受けてしまった。孤独感は増幅されてしまい、どんどん落ち込んでいってしまうという、負の連鎖を生んでしまったのだ。
文章には人の感情を揺さぶるほどの大きな力があることに気がついた、初めての経験だった。
 
もう1つの変化は、文章を書く必要が出てきたこと。
そのきっかけは、社会全体や地域の課題を解決するために事業に取り組んでいる社会起業家と呼ばれるような人たちを支援する団体の立ち上げ。
 
活動を続けていくためにも、多くの人に活動に賛同してもらい、仲間になってもらう必要がある。そのためには、団体の存在意義や事業による成果、活動にこめた思いを伝えるなくてはいけない。さらに自分の団体だけでなく、まだまだ世間的には存在が知られていなかった、社会の様々な課題の解決にチャレンジしている社会起業家の存在を伝え、より多くの人に伝え、興味・関心を持ってもらうことが必要だった。
 
そのために自分の団体や社会起業家について、イベントでプレゼンしたり、ホームページやSNSで文章を書いて情報発信をすることが増えていった。
プレゼンではどんな人が聞いているのか、話している内容を理解してもらえているのかを確認しながら、話す内容を変えたり、言葉使いを変えたりといったこともできる。
一方で、文章となるとそうはいかない。誰が、どんなシチュエーションで読むのか、事前の知識があるのか、理解してもらいながら読み進めているのか、そんなことが全く分からない。
とにかく思いや事業について詳しく説明しようと書くと、文章が堅苦しくて読む気になれないと指摘される。少しくだけた感じで分かりやすいさを重視して書いてみると、それでは本来の思いが伝わらないと言われる。
もう、どう文章を書いて伝えることが正解なのか、完全に見失ってしまっていた。
 
すると、
「あれ? そもそも団体の活動自体に価値がないのかも?」
「結局は単なる自己満足になっているんじゃないだろうか?」
と、ネガティブなことも考え始める。
 
すっかり自信を失い、活動自体にも迷いを感じていた頃、1冊の本との出会いがあった。
 
それがステファン・エセル著「怒れ! 憤れ!」だ。
まさにその名のタイトルの通り、怒ることの意味、その大切さ、そして怒りをどうやって大きなパワーに変えていくかを語った本だ。
著者は、フランスのレジスタンス活動に参加し、ナチス・ドイツの強制収容所にも収監された経験を持ち、戦後は外交官、さらに晩年まで国際的に困難な状況にある人たちの支援活動に取り組む生粋の活動家。著者を活動へ駆り立てたものは、一部の強者が権利や富を搾取し、多くの弱者が生んでしまう社会に対する怒りであり、個人的な不平・不満といった感情的な怒りではなく、弱者のための怒り、より良い社会を実現していくための怒りだ。
本の書かれている文章は、活動家としての著者の人生に裏付けられている言葉だからこその信念があり、簡潔で力強い。この本を書いた当時は93歳という高齢であったにも関わらず、その文章には力が溢れている力強さに加えて、次世代の若者へ怒ることの大切さを説き、怒ることを後押しするような優しさも感じられる文章だった。
 
この本との出会いは、活動を見つめ直し、さらに真剣に取り組んでいこうと思わせてくれた。
活動することに意味があることを再確認させてくれて、そっと後押ししてくれるような感覚を持ったことを覚えている。その後も、自分の考えや活動に悩み、迷いが出てくるときには、必ず読み返す本となっている。
その文章には、感情だけでなく、行動にまで影響を与えるほどの力を持っていたのだ。
 
さらに、団体の活動や価値を伝える文章も、気がつけば著者の力強くも優しさを持った文章を真似るほど影響を受けてしまっていた。
その甲斐もあってか、以前に比べ団体の活動や社会起業家の活動を伝える文章が読みやすく、分かりやすくなったと言われるようになった。そして、私が書いた文章がきっかけになって、新しい発見や出会いに繋がったと言ってもらえることも。
 
そう、今までは文章読むことで感情や行動に影響を受ける一方だったが自分が、文章を書くことで、ほんのわずかだけれど、誰かの感情や行動にも影響を与えることができたのだ。
この経験は、小学生の頃に自分の書いた詩が新聞に掲載された時と同じように、どこか高揚感を感じる経験となった。
 
そんな経験から、文章には人の感情を動かし、行動も変えてしまうような大きな力を秘めていると感じている。
ただ、どんな文章が大きな影響を与えるのかは、その時の自分の置かれている状況や環境によって変わってくる。ある時には感情を揺さぶられるような文章でも、異なる場面・時間で出会った時には同じ感覚を味わうことはできない。
そう考えると、まさに文章との出会いは一期一会であり、そんな出会いに巡り会えることは本当に貴重なこと。
文章との出会いには、人や学びとの出会いと同じように、人生に大きな影響さえ与えてしまうこともある。それほど文章は大きな力を持っているんだろう。
 
さらに、文章を書くことにも大きな力が秘められている。
もちろん、自分の文章が多くの人に読まれることもなければ、大きな影響を与えるようなことはできない。でも、たまたま読んでくれた人にちょっとした気づきや感情の揺れといった、小さな影響を与えられるかもしれない。
 
そして同時に、それは自分自身の可能性も広げているはず。
文章を書くことで、自分の考えをより深く理解し、より正確に誰かに伝えることができるようになる。それは思考を深め、自分を理解してくれる人を増やしていくことであり、人生の可能性を押し広げてくれる力を持っている。
 
もちろん、話す言葉にも同様の力があることも確かだ。
ただ、発した瞬間にその場から消えてしまう言葉と比べて、形として残る文章には比べ物にならない大きな力があると感じている。
 
そうやって自分の思考を深めながら苦労して生み出され文章が、誰かに理解してもらうことで、他の誰かの人生を変えるほどの影響力はなくても、自分の人生をちょっといい方向に変えることができるはず。
そう考えると、文章を生み出すことは苦しくても、その苦しみを乗り越えることもできそうだ。
 
そんな大きな可能性と力を持っている文章は、必ずしも良い方向にだけ働くものではない。
簡単に人を傷つけたり、惑わせたりしてしまうことも。
 
以前よりも、自分の文章を簡単に多くの人に発信できてしまう現代では、文章の持つ力の大きさを忘れてしまいがちなのかもしれない。キーボードをたたくだけで、スマホをタップするだけで生み出される文章は、原稿用紙や便箋に1文字1文字、丁寧に書いた文章とは違って、いとも簡単に生まれては、あっという間に消費されている感じだ。
 
ただ、そんな気軽さとは裏腹に、その文章にも時おり大きな力を宿すことがある。大量に発信され、大量に消費される文章だとしても、それを読んだ誰かにとって、見過ごすことのできない、大きな影響を与えてしまうような文章になりかねない。実際にSNSを中心に、そんな文章を見かけることが増えてきて、それが原因で必要のない衝突や悲しい出来事が起こっている。
 
文章は、誰かを前向きに後押しするような「追い風」になることもあれば、誰かの心をくじき、足を引っ張るような「向かい風」にもなる力がある。同時に、そんな文章を生み出している自分自身にとっても、自分の可能性を広げるような「追い風」になることもあれば、自分の負の感情を増幅してしまうような「向かい風」になってしまうことも。
そんな風に、文章には正の力と負の力がある。
 
簡単に文章を生み出し、発信できる今だからこそ、そんな文章の持つ力を正しく理解しておく必要があるはず。
多くの文章との出会いで、自分の感情が揺さぶられ、行動が変えられたこと。自分の書いた文章で、誰かに喜んでもらえたり、自分を理解してもらえたり、読んだ人の感情をちょっとだけいい方向に変えられたり。そんな文章の正の力を忘れずにいることで、間違った方向に文章の力を使うことはなくなるはず。
 
キーボードをたたく、まさに今、文章の持つその大きな力を、誰かにとっての、そして自分にとっての「追い風」にすることができるのか、「向かい風」にしてしまうのか、そんなことを問われているように感じてしまう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
菅恒弘(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県北九州市出身。
地方自治体の職員とNPOや社会起業家を応援する社会人集団の代表という2足のわらじを履く。ライティングに出会い、その奥深さを実感し、3足目のわらじを目指して悪戦苦闘中。そんなわらじ好きを許してくれる妻に感謝しながら日々を送る。
趣味はマラソンとトレイルランニング。

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2020-06-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.83

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