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週刊READING LIFE vol.83

30年越しの卒業式《週刊READING LIFE Vol.83 「文章」の魔力》


記事:浦部光俊(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「30年以上かかったけど、ようやく義務教育卒業ですね」 そう言ってもらえているような気がします。書くことを始めて約半年がたった今、僕はやっと義務教育を終えることができた、そんな気がしているのです。
 
もちろん、中学校を卒業したのは30年以上前のこと。その後、高校はもちろん、大学も卒業、留学もしました。就職して、転職もしました。仕事では海外にも行かせてもらいました。いろいろな経験を積ませてもらって、これならなんとかやっていける、そんな自信を身につけることができました。そのおかげで、今はフリーランスで会計コンサルタントをやらせてもらっています。
 
今の状況には満足していますし、チャンスを与えてくれた周囲に感謝もしています。自分の力で生きていく力を身につけられた、とても幸せなことです。でも、振り返ってみると、僕が今までやってきたことは、まさしく自分の力で生きていく必要最低限の力を身につけることだったんだな、と思ってしまうのです。それだけしかやってこなかったんだなと。
 
そして、今、やっと新しい一歩を踏み出そうとしている自分がいます。その一歩を踏み出す勇気をくれたのが、書くことだったんです。
 
書き始めた最初のころは、自分が思っていることをなんとなく書いていました。読者は自分。誰かに読んでもらうということは想定していませんでした。
 
学生の頃、大好きだった海外への貧乏旅行。現地で雇ったガイドに連れていってもらったマッサージ店は、いかにもそれ系のお店。自分はちゃんとしたマッサージが受けたくて、こういうのは嫌いなんだと伝えると、金のことばかり言っていたガイドの態度が一変、すっかりうち解けることができました。現地の人しか知らないような場所に連れて行ってもらったり、家族と一緒にピクニックに連れて行ってもらったり。心って通じ合うんだな、そんな当時の出来事を思い出しながら書いているのは楽しいものでした。
 
働き始めたころのつらかった思い出も、言葉にしてみると、あの時の先輩の言葉はこんな意味だったんだな、自分にも至らない点がたくさんあって本当に申し訳なかった、なんて冷静な気持ちになれました。
 
昔感じたことや、今までなんとなく頭の中だけでぼんやりと考えていたことを整理しながらまとめていくと、意外な自分が発見できたり、ずっとモヤモヤとしていた感情に整理がついたりして、とにかく良いことずくめでした。
 
でも、そんな時間は長くは続きませんでした。次第に書くことがなくなっていくのと、やはり誰かに読んでもらいたいという気持ちが強くなってきて、そのままの自分では満足できなくなってきたからです。
 
「自分の思いを伝えたい」 「誰かの心を動かしたい」
 
そんな風に思い始めた僕は書くために必要な技術を学び始めました。そこで、改めて気付かされたのは、自分には決定的に欠けている点があるということでした。
 
それは、「読んでもらう」 という姿勢です。
 
それまでの僕は、自分が書きたいことを自分のために書いていました。自分がわかればそれで充分、という姿勢です。そこでは、言葉にしきれないことがあったとしても、それはそれでかまいません。読者である自分が、その足りない部分を補って読むことができるからです。
 
でも、誰かに読んでもらうとなると話は全く違います。わからないところばかりの文章など、誰も読んでくれません。読んでもらうためには、相手にわかってもらえる言葉で語らなければいけないのです。当たり前のことですが、どんな立派な考えも伝わらなければ意味がないのです。僕は大きな壁にぶつかりました。言葉が出てこないのです。自分が伝えたいことって何だろう、いざ真剣に考え始めると、よくわからないのです。
 
仕事中、質問をしてくる部下に「もっと端的に言って」 話しかけてくる子供たちには「それはどういう意味かな」 といった言葉を投げかけていました。伝えたいことをはっきりと、分かりやすく表現するように言ってきました。でも、いざ自分のこととなると、途端にわからなくなってしまったのです。
 
どうしてだろう、と原因を振り返ってみると、思い当たるところがあります。それは僕のコミュニケーションのスタイルでした。
 
幼いころ、人との衝突を極端に嫌がる性格の僕は、自分をわかってもらうためにきちんと説明するということを避けてきたように思います。白黒をはっきりさせて、衝突を繰り返しながら、理解を深めていくというコミュニケーションは僕にはとてもストレスの大きいものでした。喧嘩して分かりあえた、なんていうのはドラマの世界。僕には考えられませんでした。
 
とは言え、いつも黙っているわけにはいきません。なんとか、自分の思いをわかってもらう方法がないものか、しかも相手と衝突することなく。そんなことを考えた僕が身につけていった技術、それは、とにかく相手の言うことをいったん受け入れてみる、という方法だったのです。なにをして遊ぶか、友達との衝突を避けるため、まずは友達のやりたいことをやる。勉強の進捗について学校の先生との衝突を避けるため、まずは先生の言うとおりの成績を出す。自分の言いたいことを伝えるのはその後からでした。
 
この方法は効きました。ひたすら相手に合わせる時間にストレスを感じたのは確かですが、その後がとにかく楽なのです。満足している相手は、こちらの言い分をすんなりと受け入れてくれます。
 
働き始めてからも基本的には僕のスタイルは変わりませんでした。面倒くさいなと思うことがないわけではありません。ただまずは、そこをぐっとこらえて、相手の言うことを受け入れてみる。ごちゃごちゃ言わずに、まずは目の前の仕事を片付ける。この人の言いたいことはこんなことなんじゃないだろうか、この人が知りたいことはこんなことなんじゃないだろうか、いつも相手のことを考えて仕事をしていると、だんだんと相手との信頼関係ができてきます。すると、次第に相手もこちらのことを受け入れてくれるようになってくるのです。そんな風にして僕は相手との関係を作っていくことにエネルギーを使ってきました。目指していたのは、よく知っている間柄だから通じる言葉、説明しなくてもわかってもらえる関係、そんなものが前提となっているコミュニケーションでした。
 
ここに落とし穴があったのかもしれません。良い人間関係が必要ないというわけではありません。お互い、分かってもらえるという安心感の中で生きていくことは、日々のストレスを減らしてくれるし、物事を効率的に進められます。ただ、思うのです。僕は、わかってもらえる、という雰囲気に慣れすぎてしまったのではないかと。曖昧なままでも構わない、いや、むしろ曖昧なくらいが丁度いい、と考えるようになってしまったのではないかと。
 
考えてみるとそれも仕方なかったのかもしれません。一人の人間が世の中に出て、それなりにやっていくには乗り越えなければいけないことがたくさんあると思います。まずは、挨拶や物事の進め方といった基本的な社会のルールから覚える必要があります。それだけで1年も過ぎてしまうでしょう。その後、仕事を自力で回せるようになり、自分のことは自分で支えられるようになったかと思えば、部下がつき、家族を持ちと、自分以外のことにも責任を持たないといけなくなっていきます。その間にもビジネスの環境が変わったり、同期との競争や、部下からの突き上げなど、対応しなければいけないことには限りがありません。
そこで求められるのは、社会という荒波を乗り切る技術、みんな、その技術を身につけようと必死に努力をしています。
 
僕も同じでした。ぼくにとってその技術、どんどんと押し寄せてくる波を乗り切るために、僕が身に着けた技術は、相手を受け入れることだったのです。そして、その結果として、僕は、「自分の考えを自分の言葉で伝える」 ということから少し遠ざかってしまったのでしょう。
 
最初にいいました。僕はやっと義務教育を卒業できたと。ところで、義務教育の目的ってなんでしょうか。僕なりの答え、それは、身を立てられるようになるための知識・技術を身につけることです。そして、今、僕は感じているのです。自分の力で生きていく力を身につけられたと感じているのです。そうです、僕の義務教育期間は終わったのです。それはとても幸せなこと、感謝すべきことです。そう思うと、相手を受け入れるという僕が選んだ道も悪くはありません。その結果として、自分の言葉を見失っているのだとしたら、取り戻せばいいだけなのです。社会で生きていく道が見つけられたら、次は、自分らしさを見つけていけばいいのです。それが、義務教育を終えた人たちが歩む道なのではないでしょうか。
 
書くことを始めるまではそんな風に思うことはありませんでした。「受け入れる」 という技術のおかげで僕の毎日は、そつなく過ぎていきました。そこに小さな不満があったとしても、それはそれとして受け入れて生きていました。自分の過去を振り返ることはあっても、その本当の意味にたどり着くまで考え抜くということはありませんでした。良くも悪くも、それなりのゴールにたどり着いた達成感を感じていました。
 
ある日、偶然、出会った書くという世界。そこで僕はもう一度、まるで初めて世間に出たときのように戸惑いました。言葉を失いました。そして、考え抜かされました。自分がいままで歩んできた道について。なにを目指してきて、何を得たのか。
 
僕がたどり着いた答え、それが、僕は義務教育を卒業できたんだということでした。必要最低限の知識は身につけらのだから、もう次のステップに進んでいいんじゃないかということでした。自信が持てました。自由を感じられました。わからないことばかりかもしれないけれど、新しい一歩を踏み出そうという勇気をもらいました。
 
書くこと、それは僕の目の前に新しい世界を開いてくれました。そこになにがあるのか、今はまったくわかりません。でもそんな不安さえ今の僕にとっては心地よい刺激。いつの日か、僕にとっての書くということの意味が分かった時、僕はいったいどんな世界を見ているのでしょう。それが楽しみで仕方ありません。
 
最後に。こんな素晴らしい世界があることを教えてくれた三浦さんをはじめ、天狼院書店の皆様には感謝の言葉しかありません。この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
浦部光俊(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

プロフィール 1973年 静岡県生まれの46歳
慶應大学法学部政治学科卒業、オーストラリアシドニー大学Asian Studies修士過程終了
米国公認会計士試験に合格後、大手監査法人で、上場企業の監査から、ベンチャー企業のサポートまで幅広く経験する。その後、より国際的な経験をもとめ、フランス系金融機関に転職。証券、銀行両部門の経理部長として、様々なプロジェクトに関わる。
約20年にわたる経理・会計分野での経験を生かし、現在は、フリーランスの会計コンサルタント。テーマは、より自由に働いて、より顧客に寄り添って。

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2020-06-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.83

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