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週刊READING LIFE vol.84

「楽しい仕事」をしている人に共通する「最近買ってよかったもの」の特徴とは?《週刊 READING LIFE Vol.84 楽しい仕事》


記事:タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「最後に何か質問ありませんか?」
また来た。この時間。
一瞬会場がしんと静まる。
気まずい。
この気まずさが本当に嫌だ。
僕は質問をするのが苦手なのだ。
早く、早く誰か質問してくれないだろうか。
 
質疑応答では必ず質問をしなければならない。
どうも世の中ではこのような不文律があるようだ。
質問をしないとやる気がないとみなされる。
本来はそんなのはおかしい話で
内容を理解していれば質問が出ないことだってあるとは思うのだが
どうやら世間ではそうではないらしい。
仕方がないからこっちも話を聞きながら
必死に質問を考える。
そうすると今度は話が頭に入らなくなる。
そしてますます質問が浮かばなくなる。
僕はいつの間にか質問に対して苦手意識を持つようになっていた。
 
「うーん、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかなあ」
あるとき、しゃべりを仕事としている友人に聞いてみたところ、
そんな答えが返ってきた。
「多分、相手もレスポンスがないのが不安なだけだから
自分の本当に知りたいこととか気になっていることを
そのまま聞けばいいと思うよ。
まあそもそも質問の有無で相手を値踏みする人なんて
どうでもいい人だと思うけど」
そんなものだろうか。
僕は半信半疑になりながらも、
ひとまずは自分の知りたいことについて
掘り下げてみることにした。
自分の知りたいこと。なんだろう。
ひとつだけ心当たりがある。
「どうしたら楽しく仕事ができるのか」だ。
 
僕は仕事ができない。仕事のセンスが全くない。
その証拠に僕は社会人として働き出してから
15年間で2回クビになっている。
クビになる、というのは
多くの人にとって一生に一度あるかどうかの大イベントであり、
ましてや複数回クビになるというのは相当のことである。
いわば仕事できない界のエリートだ。
そんな僕にとって仕事は苦しいものであって
決して楽しいものではない。
仕事が楽しくて仕方がないという人の気持ちなんて
全くわからないし、
できれば仕事なんかしないで
のんびりと一生を過ごしていきたいと思っている。
 
とはいえ、生活をするためにはお金が必要だ。
不幸中の幸いとして、
自分が仕事をできない原因の一つが
注意欠陥多動性障害であることが判明したため
現在は服薬治療を続けることにより
以前よりはマシな仕事をできるようになっている。
しかし、それはマイナスがゼロになっただけ。
仕事を淡々とこなしているだけであって
決して「楽しい」という感情は浮かんでこない。
もちろん、仕事が楽しくなければいけないわけではない。
しかし週に40時間以上、生活の大半で仕事をしているわけである。
その時間が「楽しくない」のはあまりに悲しすぎるではないか。
だから聞きたいのだ。
「どうやったら楽しく仕事ができるのか」と。
「楽しい仕事」というのは存在するのかと。
 
ただこの質問をしてしまうと高い確率で
精神論や根性論で返ってきてしまう。
これは困る。
なぜなら我々ADHDの人間は
精神論や根性論ととても相性が悪い。
雲を掴むような曖昧なアドバイスよりも
具体的なアドバイスが欲しいからだ。
だから質問も具体的な「モノ」を
引き出す質問じゃなければならない。
そんなわけで編み出した質問が
「最近買ってよかったものはなんですか?」という質問だ。
これなら具体的な「モノ」で回答が返ってくる。
あえて「仕事」に限定しなかったのは
仕事論に話題を持っていきたくなかったからだ。
そんな話は聞きたくない。
シンプルに「モノ」だけを伝えてほしいのだ。
 
そして僕は会う人会う人にこの質問をぶつけてみることにした。
すると意外にどんな人でもこの質問には喜んで答えてくれた。
さらによく見ると、質問に対する反応も共通していることに気づいた。
まず、この質問を聞いた瞬間、だいたいの人が
うーんと唸りながら虚空を見つめ、
自分の記憶を辿りながら少しずつ、少しずつ言葉を紡いでいく。
そのうちに、だんだんと顔の緊張が解けていき、
眉間にあったしわがなくなり、
下を向いていた口角がだんだんと上を向いていく。
たどたどしかった言葉もいつの間にか滑らかになり、
最後にはとても楽しそうに話しているのだ。
 
興味深いことに、この質問の答えは
その人の表向きのキャリアからはわからない
価値観や生き方などを反映していることが多かった。
昨年、縁があって何人かの業界のトップランナーの方と
お話しさせてもらう機会があった。
いわゆる「楽しい仕事」をしている人たちだ。
その時に雑談のような形でこの質問を投げかけたのだが
本当に多種多様な答えが返ってきた。
 
たとえば、ある企業の元社長だったYさんはこう答えている。
「うーん、花を飾るための花びんかな」
Yさんは日本の従来の結婚式に疑問を抱き、
「自分たちのための結婚式」をコンセプトとした
結婚式の新たな形を提唱し、
これまでウェディング業界の中で戦ってきた女性だ。
「もらって嬉しいのって、花なのよね。
花ってその人のセンスが出るからそれが面白くって」
Yさんは持ち前の人懐っこい笑顔をたたえながら嬉しそうに答えてくれた。
Yさんはお会いした時期とほぼ同時に社長業を辞めている。
そして旅に出る、とのことだった。
おそらくこれまで走り続けてきた中でも
生活の中に何らかの美意識を残していて、
そこから新しいインスピレーションが生まれたのだろう。
 
また、ノンフィクション作家のKさんはこう言っていた。
「そうだなあ。欲しいものってあんまりなくって。
買うんだったら自分で作っちゃったほうが早いし」
Kさんは国連職員を辞めて、ノンフィクション作家になったという
変わった経歴を持っている。
パリで国連に勤めていた時、多様な価値観を持つ人に出会い
自分の好きなことをやったほうが良いと思い、作家に転身したのだそうだ。
「最近は丸鋸を買って、子供と一緒にいろいろ作るのが楽しいんですよね」
確かに彼女のSNSには、自分で丸太小屋を建てている記事があった。
既成概念に囚われない、彼女らしい答えなのかもしれない。
 
「最近面白いアプリがあって」
放送作家のTさんはこんな話をしてくれた。
「飲み会の時に、このアプリを使うと女の子が来てくれるんですよ。
素人の」
ああ、なんだっけ、それ。ギャラ飲みだ。
「なんか登録してて近くにいる子が来てくれるらしいんですよ。
すごいシステムですよねえ」
何かすごく面白いものを見つけた、という感じのキラキラした目で
僕に熱く語ってくれた。
Tさんは様々なヒット番組を生み出してきた放送作家だ。
とにかく面白そうなことはやってみる。
やってみたいことは言ってみる。
企画なんて通らないのが当たり前なので
迷わず手を挙げてみる。
そんなポジティブな人だから
何かを面白がる感度が高いのだろうか。
 
こうしてみてみると、「楽しい仕事」をしている人の答えには
いくつかの共通点がある。
まず、「仕事とは直接関係のないもの」であることだ。
Yさんが花びんを売ったりとか、
Kさんが丸鋸で作品を書いたりとか
Tさんがギャラ飲みアプリで人脈を作ったりとか
そういう事ではないという事だ。
つまり道具で仕事が楽になるとか
効率が上がるとか
そういった話とは全くベクトルが異なっているのだ。
もう一つは「そのもの自体は何もしない」ということだ。
花びんも丸鋸もアプリも、
それ自体で何か劇的な変化を及ぼすものではない。
むしろそれによって作り出された体験が
その人の「買ってよかった」という感想に紐づいているのだ。
そして最後に、これが最も大切なのかもしれないが、
「日常に潜むちょっとした楽しみを大切にしている」
ということがわかるかと思う。
部屋の中に花を飾る。
手作りのおもちゃや家具を作る。
アプリで女の子が本当に来ると言う事実に驚く。
そんな誰にでも起こるような日常を「楽しい」と感じることができる。
きっとそれが「仕事を楽しむ」コツなのかもしれないと気づいた。
楽しい仕事があらかじめ用意されているわけではない。
また、何らかの道具が仕事を楽しくしてくれるわけではない。
自分自身の感性が、
「楽しい」仕事を作っているのではないだろうか。
日常生活を「楽しい」と思える。
そんなところから「楽しい仕事」が生み出せるのだろう。
 
「楽しい仕事」を自分で作る。
それを実践する思いがけない機会がやってきた。
新型コロナウイルスの影響でテレワークになってしまったのである。
これは困った。
職場の環境と自宅の環境では何もかもが違う。
机の大きさが違う。
画面の大きさが違う。
椅子の座り心地が違う。
ひとつひとつはちょっとしたことなのだけれども
それが積み重なると大きなストレスになる。
ただでさえ楽しくない仕事が
もっともっと楽しくなくなってしまう。
どうしたらよいだろう。
ここではっと思い返してみた。
「楽しい仕事」は自分で作る。
そのためには日常生活にちょっとした楽しみを加えてみればよい。
仕事の達人たちはそう教えてくれたではないか。
さっそく、僕は生活環境を変えてみることにした。
まず、通勤時間がなくなったおかげで
普段よりも時間にゆとりがある。
そこで僕はゆっくりとコーヒーを淹れる時間を設けてみることにした。
そのために購入したのが、
注ぎ口が細いカフェ用の電気ポット、ドリッパー、
そしてコーヒーミルだった。
コーヒー豆から粉をひいてドリッパーにセットする。
そしてひらがなの「の」の字を描くようにお湯をゆっくりと注ぐ。
その無心にコーヒーを淹れる時間が実に落ち着く。
仕事に対する不安も、まとまらない考えも
全てが鎮まっていき、まっさらな心が出来上がる。
そして仕事に取り掛かると、今までになかったような
集中力が発揮されているように思えた。
さらに僕は「お昼寝」の時間を導入することにしてみた。
そのためにいわゆる「人をダメにするソファ」を購入した。
ソファの本体がビーズクッションでできており、
人の体にぴったりとフィットするため
あまりの心地よさにそこから動けなくなってしまう恐ろしいソファだ。
このソファに寄りかかり、15分ばかり昼寝をしてみる。
すると、頭がパッと冴え渡り、すんなりと午後の仕事を
こなすことができた。
そのように仕事がスムーズに進むようになると、
コーヒーを淹れる時間やお昼寝の時間がだんだんと楽しみになってくる。
そして不思議なことに明日を迎えるのが楽しみになっていく。
今までよりちょっとだけ仕事が楽しくなってきたような気がする。
変えたのだ。
自分の力で楽しくない仕事を楽しい仕事に。
 
「最近買ってよかったものはなんですか?」
今僕がこう聞かれたら、おそらく
「電気ポットと、ドリッパーと、コーヒーミル、
そして人をダメにするソファですね」
と答えるだろう。
それはちょっとだけ「楽しい仕事」をしている人に
近づけた証なのかもしれない。
この質問はその人の人生を反映している質問だ。
そしてそれを語る人々の顔は皆一様に楽しそうだ。
それは買ってよかったものと同時に
人生の中で楽しかったことを思い出しているからなのだろう。
逆に言えば、今、人生に、仕事に楽しいことがないと
思っている人がいるとしたら、
最近買ってよかったものを思い出せば
それが何かのヒントになるのかもしれない。
それだけの力のあるものだと、僕は今確信している。
 
その上で、僕は最後に皆さんに問いかけようと思う。
「最近買ってよかったものはなんですか?」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1975年東京都生まれ。大学院の研究でA D H Dに出会い、自分がA D H D
であることに気づく。特技はフェンシング。趣味はアイドルライブ鑑賞。

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2020-06-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.84

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