週刊READING LIFE vol.86

綾野剛を追いかける《週刊READING LIFE Vol.86「大人の教養」》


記事:石野敬祐(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「人間観察バラエティ モニタリング」というテレビ番組がある。ざっくり言ってしまうと「もし芸能人が変装して潜入していたら、気付く?気付かない?」みたいなドッキリ検証の番組だ。
 
先日、新型コロナ影響で4月だかに一度放送されたものがもう一度放送されていた。そのもう一度が、僕がこの番組で一番気に入っている回のものだったので興奮した。
 
それは「綾野剛が仕掛け人側になり、『モニタリング』の収録にカメラマンとして参加したら、モニタリング出演者たちが気づくか」というものだ。
 
綾野剛といえば、産婦人科を題材にした「コウノドリ」の主役としても知られている、実力のある俳優さんだ。最近始まったところだと、歌手・役者の星野源とともに「MIU 404」という警察者のドラマでダブル主演をしている。
 
自分のことを東京スカイツリーの展望台ぐらいの棚にあげて、かつファンの人に睨まれるかもしれないことを承知でいうと、綾野剛の顔の作りとしてはそこまで特別イケメンではないと思う。最近だと吉沢亮とか新田真剣佑とか(最近いろいろあったみたいですが)、同年代(?)でも木村拓哉とか福山雅治とか、そんな人達はやっぱりイケメンだと思う。顔で戦ったら100戦全敗という変な自信はある。だが、綾野剛とだったらまだ2~3割ぐらいなら勝ち目があるんじゃないかと思ってしまう。
 
でも人間としてみたら、男としてみたら、人間として全く勝てる気がしない。それをまざまざと見せつけられたのが、このモニタリングの番組だった。
 
「モニタリング」と綾野剛との関係はこれが初めてではない。「コウノドリ」の撮影現場に、女性お笑い芸人近藤春菜(角野卓造じゃねーよ、でおなじみ)が変装して入ったとき、綾野剛に一瞬で見抜かれるというところからスタートしたらしい。その後、俳優笹野高史の潜入を気づけず悔しがる綾野剛、という回もあってからのそのリベンジに燃える綾野剛、という位置づけのものだった。
 
結論だけいうと、綾野剛の完全勝利だった。最初はマスクとかメガネをしていたものの、最終的にはマスクも眼鏡もなく、もちろん特殊メイクであったり変装など全くしていないそのままで出演者に接近して撮影などもしているにも関わらず、10人近くいる「モニタリング」出演者は彼に気付かなかったのだ。
 
もちろん、それは綾野剛という俳優の力というものがあるだろうとは思う。「俳優が気持ちを作ったら変装なんてしなくても気付かれない」と言っていた。ただ、それだけではないと感じた。
 
綾野剛は、ただカメラマン役として変装して潜入するということをしなかった。
 
他の回を見ていたりしても思うのは、本番の1時間とか前にきて段取りを確認して変装などをして、ドッキリ現場に入っていくという感じのように見える。(時間は勝手なイメージ)
 
綾野剛は収録の5時間前から現場入りをした。現場セットを確認するのはもちろん、カメラマンとしての動きを本当のカメラマンの方々に教えてもらないながら学んだ。「天あけ」ってなんですか? とかわからないことは素直に聞く(番組の上に文字をいれたりするのでその部分に顔などがかからないようにすることのようだ)。カメラを動かすときにはどうするんですか? などと本当のカメラマンの動きをイメージしながら、特に求められていないことも質問する。一緒にやるカメラマンたちの名前もきちんとメモし、○○さんはこれどうされてますか? などと名前を呼びながら話をしたりする。普通のテレビのカメラマンたちが普段どのように動いているか、話をしているかはしらない僕なのに、すごくカメラマンぽいな、などと感じてしまった。
 
で結果は先程の通り、完全勝利だったと。
 
それだけなら、なんてことのないこのバラエティ、面白かったなという話だが、それだけではないのが綾野剛だった。
 
途中でカメラマンとの打ち合わせなどのところで、彼がこんなことを語っていた。
 
「カメラマンが居なかったら、僕たち俳優は一切存在しない職業なので」
「カメラマンは恋人だとおもっているんです、俳優は」
「カメラマンが恋人で、照明さんが存在を照らしてくれて、音声さんが呼吸を撮るって考えています」
※記憶ベースなので表現は正確でないかもしれません
 
実力俳優である綾野剛に見事に騙されているのかもしれない。ただ、彼の姿勢には誠実さを感じたし、超絶かっこいいと思った。正直、彼がどのような経歴の人で、どのようなことをしっているのかわからない。ただ、その収録では他のプロのカメラマンたちと一体感をもって仕事を遂行した。
 
テーマとして教養についていろいろ考えていたが答えが出ていなかった僕。なぜかこの綾野剛をみて「彼には大人の教養があるんじゃないか」と思ってしまった。
 
教養というと、知識があるとか問題解決につながるかどうかが重要だとか、いろんな定義があり意見があるのは知っている。ただ、教養という言葉を辞書で調べると「品位・品格」みたいな言葉も含まれている。
 
僕の中で、教養とは品位・品格があった上での知識・経験などの形ではないかと綾野剛から考えさせられるようになった。ちょっと乱暴かもしれないが、雑学王とかクイズ王とかうんちく王でも教養を感じない人がいるのは、その品位・品格の違いではないかと思う。
 
例えば先程の綾野剛の例だと、おそらく今回の番組を通じてカメラマンとしての振る舞い、テレビカメラの扱い方、画角の考え方などの知識・経験を学んだのだと思う。だからといって、それは教養があるとは言えない。それだと単に経験値のあるうんちくを語るだけの人でもできる。でも、綾野剛がもしこのことを語ることがあったとしたら、きっと教養がある人という感覚を受けるに違いない。
 
綾野剛に興奮しながら、品位・品格が教養に大事、みたいなことを書いてきたが、それだけなら多分教養でもなんでもない。やはり知識のような要素はあってこそだと思う。教養と知識の関係ってなんだろうと考えてみると、一つの考えにたどり着いた。
 
もう少し綾野剛の話で続けさせてほしい。
 
彼はもちろん俳優としてカメラマンを見ていたはずだ。最初に「カメラマンとは」みたいな辞書にあたったわけではないと思う。「俳優とカメラマンの関係」という教科書を読んだわけではないと思う。自分の体験から、カメラマンが恋人などという考えに至ったのではないかと思っている。
 
それを受けてこの「モニタリング」という番組でカメラマンの体験をする。そこでカメラの操作の仕方、カメラマンとしての動き方などを学んでやった。そして、先程は触れなかったが、綾野剛が取った映像は実際に番組の中で使われたようだ。それは単に綾野剛への忖度ではなく、使える映像を撮れたのだと思う。同時に10数台のカメラが回っていたので、単なるドッキリ企画として入るだけなら綾野剛が撮った映像を使わなくても良かったはずだ。多分普段からプロとしてやっているカメラマンの絵を使えばいいはずだ。それでも彼の撮ったものが使えたとしたら、彼の俳優としての経験とドッキリ現場とはいえカメラマンの動きを学んだ知識がつながったのだろう。それが新しい経験に繋がったと。
 
経験が知識によって裏付けられ、その知識が経験に結びつき……
ああ、サンドイッチになって、応用が効く、教養という広がりが出るのかもしれない。
 
思い返すと、昔大学1~2年を中心に受けた一般教養科目は何一つ僕の中での教養にできていない。理系なのに受けた法学も、ゲーテのファウストも、今何にも活かせていない。そもそも内容をほとんど覚えてもいないし……
ただ、僕にとって大学で一番の学びになり、教養になっている科目があると気付いた。
 
それはバレーボールだ。
 
小中高と体育の成績が良くて5段階評価の3、基本2だった僕だが大学2年でバレーボールにハマった。体育の授業に潜り(単位を取らず授業に出る)まくった。大学3年からサークルにも入らせてもらった。今までの経験のなさもあったが、全然うまくならなかった。
 
高校時代に県の代表だったという、知っている中で圧倒的にバレーボールがうまい後輩からいつも言われていたことがある。それは「いしのさん、一歩目!」というものだ。相手がサーブを打ったとき、レシーブしようと動く僕の一歩目が遅いということを指摘してくれていた。一歩目が遅くてボールをしっかりレシーブできる体制に入れず、結果僕がボールを弾いてしまっての失点が多かったのだ。サーブを打たれた瞬間に、彼から腰を押され無理やり一歩目が出るようにもされた。時間はかかったが、一歩目が少し出るようになり、下手なりにレシーブが多少できるようになった。
 
考えてみたら、昔習った物理でも地面に置いてあるものを動かすときの摩擦は、止まっている状態から動かすほうが、今も動いているものよりも大きいって言ってたな。タイミングが遅れるのは単に瞬発力じゃなかったんだなんて思ったりもしながら。
 
それがそれから20年近く経った今でも生きている。
といっても、バレーボールを続けているわけじゃない。仕事で、人生に生きているのだ。
 
「一歩目の姿勢」。
 
仕事で新しいタスクを与えられたときでも、好きな人ができたときでも何でも使えることだ。なにかきっかけがあるときに一歩目を出さないと、次に一歩目を出すことが大変になる。手を付けていなかった結果、想定外のことに対応できずに深夜までの残業につながったり、好きな人が他の人と結婚したり、みたいなことでの後悔もたくさんした。でもそれは、バレーボールで学んだ一歩目の姿勢で多くが解決できるものだったと、ある時気がついた。
 
他にも語りだすときりがないので詳細はやめておくが、バレーボールから戦略とか人事という考えにも至るようになったし、逆にその考えを持って他のスポーツも見ると監督の采配なども面白く見れるようになっているなど、人生で大切なことはバレーボールで学んだ、と言えるかもしれない。そして、そんな感じで人生(や仕事)に応用できるような知識・経験は、教養といえるのかもしれない。
 
一応、僕なんかにも教養の種はあった。ただそれでは綾野剛みたいにかっこよくなれない。
 
そう、綾野剛のようなイケメンな思いやり、プロとしての姿勢などがあって初めて単なる教養が昇華されるのだろう。
 
……ということは、教養以前に、僕は大人としてまだまだってことだな。
知識や経験に偏らず、周りとともに生きていくことを考えていく。
 
当分、綾野剛を追いかけ続ける。
いや、綾野剛さんを。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
石野敬祐(いしのけいすけ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

頑張る人が報われることを志向する人事コンサルタント。
みんなが幸せに近づくことに関する求道者としてありたいと考えている。
神奈川県川崎市在住。慶應義塾大学理工学研究科修了。

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2020-07-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.86

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