週刊READING LIFE vol.86

ブルーレットの代わりに石鹸を置くということ《週刊READING LIFE Vol,86 大人の教養》


記事:金澤 鮎香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「いやいや、どうしてこうなった?」
水浸しになったトイレを見て、唖然とする私。
 
トイレから水が溢れている。
トイレの床一面が水浸しである。
トイレが詰まった訳ではない。
トイレが悪い訳ではない。
 
トイレの上部分、水をためる蛇口の部分、例えば「ブルーレット置くだけ」を置く部分に石鹸が鎮座しているのだ。ちょうどその石鹸が穴の部分を塞ぎ、本来ならば流す水を溜めるタンクに水が流れていかず、結局水が溢れ出し、トイレの床一面を水浸しにしていた。
 
「いやぁ、ブルーレットとかって結局界面活性剤じゃん? 石鹸で代用が効くと思うんだよね」
悪びれもなく言うシェアメイト(シェアハウスの同居人)。紛れもなくこのトイレ水浸し事件の犯人であった。
「ブルーレットとかってすぐ無くなっちゃうし、コスパ悪いと思う。だから石鹸置いてみたの」
ちょっと置く位置ずれちゃって、溢れちゃった。ごめんね〜。あっはっはと笑いながら言う彼女。
石鹸をブルーレットの代わりにするなんて私には、死んでも思いつかない芸当だった。
そしてトイレの床は一面水浸しだ。大惨事だ。しかし彼女は何だか楽しそうだった。
 
「トイレを石鹸で水浸しにする」は「大人の教養」とは程遠いイメージかもしれない。だが、私にとって彼女のこの行動は、「教養」について考えさせられる良いきっかけとなった。
 
私はシェアハウスに住んでいる。2L D Kを2人でシェアするシェアハウスで、彼女は同居人、シェアメイトである。私より2歳年下で、知り合ったのは海外ボランティアを派遣している国際N G Oだった。
 
彼女は、私と色々な点で正反対だった。
まず彼女が理系であること。
私は根っからの文系で、文学部。白か黒かはっきりすることより人間らしいグレーな曖昧なことが大好きだ。「色々理由はあるけど、まぁこういうこともあるよね」と事象そのものをそのままで受け止めてしまうタイプ。
彼女はどちらかと言うと白か黒かはっきりさせたいタイプ。ある物事が起きたときに「それはなぜか」「何のためなのか」理屈をこねて考えるのが大好きなタイプだ。
 
そんな彼女は、様々な物事に対して「なぜなのか」を考え、その「なぜ」が分かったら「どうしたらいいか」を考えるのがすこぶる得意であった。
 
前述したブルーレット石鹸事件に始まり、お風呂場キムチ事件。
ふとお風呂に入ると、お風呂場にキムチの入れ物が置いてあった。蓋にはでかでかと「韓国白菜キムチ」中はキムチではなく何か半透明のドロドロした液体が入っていた。
「何だこれ」
正直気持ち悪い。笑 謎の半透明のゲル状の液体である。
「ねぇ。お風呂にあるキムチの入れ物に入ってるあれ何?」
恐る恐る聞いてみる。
「あ、あれね! 自作のスクラブ」
正体は砂糖とミネラルオイルを混ぜた自作のスクラブだった。彼女曰く、砂糖より塩の方が粒子が丸いので、肌に優しいらしい。保湿力もあるし、何より砂糖なので安い。市販の香料が入っているものが好きではないから、シンプルに自作したとのことだった。
砂糖とミネラルオイル、あと香り付けにたまに抹茶を入れるらしい。
「使い始めて実際肌すべすべしてきたの〜」
嬉しそうに「触ってみて」と腕を突き出してくる彼女。触ってみたが確かにすべすべだった。
そしてそれを食べ終わったキムチの入れ物を洗って再活用するセンス。決しておしゃれではないが、効率もよければ環境にもやさしい。
 
そもそも私にとってスクラブは「買って塗れば肌がすべすべするもの」であって「作るもの」ではなかった。
しかし彼女にとってはスクラブは、「余分な角質を取り、肌を保湿するもの」なので最低限の材料さえ揃えば、「作れるもの」なのである。
あるものがあった時に、「これは何のためのものなのか」「そのためにどんな作りをしているのか」「その作りは自分で再現可能か」彼女の中では、自然とそんな計算が働くらしい。
 
私はといえば、スクラブのデザインが可愛いかどうか、いい香りか、使い心地はどうか、口コミ評価は高いか位しか考えない。だが、そこには「塩の粒子は尖っているから、肌が弱い人はやめたほうがいい」みたいな豆知識は生まれない。
「このスクラブは肌に弱い人には向かない」と言った結果だけで捉えてしまい、他に応用が効かないのである。
 
あとは何でも冷凍事件。
彼女は何でも冷凍する。生で食べるもの以外は全てひとまず冷凍する。擦り下ろしたニンニク、特売で安かったお味噌、キノコ類、野菜も生で食べないものは全て。
ひとまず冷凍し、味が落ちたり上手くいかなかったものは「なぜなのか」を考える。
「豆腐はうまくいかなかったんだよね」
解凍したらクシャクシャになってしまったらしい。いわゆる高野豆腐状態だ。
「水の粒子が冷凍して大きくなって、他の細胞を破っちゃうとうまくいかないみたい」
水分が多いものは冷凍に向かないんだな。高野豆腐が食べたくなったら自作しよう。
そう彼女は嬉しそうに言っていた。
 
もちろん「冷凍に向かない食材」なんて検索すればすぐ出てくるだろう。だけど、ググって得た知識と実際に実験してみて得た知識。どちらが血となり肉となり身につくか、もちろん後者だ。そして検索して「冷凍に向かない食材」と出た食材も高野豆腐のように用途を変えれば活用できるのだ。
とりあえず実験、試してみる。結果が出たらその原因を考える。
それを学業、仕事でやるのではなく、普段の日常生活で自然と当然のようにやっている。そして楽しそうである。
 
「これはなぜなのかな、何でできているのかな?」とまず思うこと。そして調べて、できるものは自作する。自作すると物事の仕組みも分かるし、知識も身に付く。
小さな積み重ねだけど、そうやって「知っているとちょっと得するかもしれない知識」が徐々に身について行く。
 
そもそも教養とは何なのか。何となく学歴があるとか、頭がいいとか色々な物事をよく知っている人とかイメージする。
何となくインテリだったり博識だったり、ちょっとお堅い賢そうなイメージ。
 
だが彼女と一緒に住んだことで、「教養」とは「好奇心」から始まるものなのかなとふと思った。
 
ある物事や事象に対して「何でだろう?」と感じられること。関心を持てる力。
「知りたい!」とそもそも思えるかどうか。
「教養」というとお堅いイメージだけど「好奇心」から生まれるものだと思えば、ちょっぴりワクワクする。
 
大学の時に教授から言われていたことを思い出す。
私は文学部西洋史学科卒なのだが、口酸っぱく言われていたことは突き詰めれば一つだった。
 
「良い仮説を立てれば、それで良い論文が書けますよ」
仮説とは、突き詰めれば「これはなぜだろう?」と課題を設定することだ。
その課題を自らの視点で考え、設定できること。
 
西洋史学科っぽいことを言うと、
オスマン帝国はなぜ崩壊したのか?
ルワンダの紛争はなぜ起きたのか?
 
哲学っぽくなってしまうが、分かりやすい例だと
戦争はなぜ起きるのか?
なぜ国家があるのか?
 
など。分かりやすくするために極端な例にしたが普段「当たり前」だと思っていることを「あれ? そういえば何でだろう?」と思えるかどうか。
 
文学部で学ぶことなんて一見役に立たないことばかりだ。過去の資料を漁り、過去の事象に対して「なぜこうなったのか」を考える。それを考えたからと言って分かりやすく答えがある訳じゃない。正解もない。正直学生の時は教師になるならまだしも、就活にも直結しないし「潰しが効かない学部に入っちゃったなぁ」と思ったものだった。
結局卒業して、大学で学んだことが直接は役に立たない職種に就職し、何となくこれまで来た。
 
だけど、シェアメイトの彼女と住んだことで、改めて大学で学んだ「なぜ?を考えることの大切さ」を思い出した。
思えば、文学部で学んだ答えのない出来事に対して、自分なりに「課題を設定し仮説を立てること」は社会人になった今、よく求められていることだった。
 
E Cサイトの売り上げを上げるためにどうするか?
お客様満足度を上げるためには?
 
何が問題なのか課題を見つけ、仮説を立て、改善策を実行する。
答えのないことばかりで、正直難しい。うまくいかないことの方が多い。
だけど結局、その「課題を設定し、仮説を立てること」の積み重ねでしか仕事が回らないことにも気づいている。だけど課題を上手く立てられるようになるには、それこそシェアメイトの彼女のように、日常生活から「好奇心」を持って、「なぜ?」を持てないといけないのだと思う。
 
普段の日常生活を送りながら「好奇心」を持ちながらワクワクしながらちょっとしたことに「問い」を立てられること。
「問い」を立てて、実際にやってみること。そこで得た知識や経験が、自然と「教養」になっていくのではないだろうか。
 
そしてできれば、ブルーレットの代わりに石鹸を置いて水浸しにしてしまうような楽しさで笑 前向きに! 「教養」を身につけるための「問い」を普段から立てて行きたいなと思うのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
金澤 鮎香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-07-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.86

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