週刊READING LIFE vol.87

「喩え」は異なる立場の人を結びつける通訳者《週刊READING LIFE Vol,87「メタファーって面白い!」》


記事:深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
会社での改善活動発表会でのことだ。
 
「インバータ機なのに、吐出側のバルブを絞っていたので、絞り損失が発生していました。そこで、バルブを全開にすることで、○○%の省エネを実現することができました」
 
意気揚々と成果を発表する発表者。でも、話を聞いている経営幹部や他の部門の人達は、ポカーンとしているぞ。頭の中は「?」で一杯なのに違いない。だって、昔の私もそうだったから。
 
「インバータ?」
「吐出って何?」
「絞り損失?」
「なんでバルブを全開にすると省エネになるんだ?」
 
そんな疑問が頭の中をグルグルと駆け巡っていたからだ。
 
省エネ、ゴミの削減、排気や排水の処理といった工場の環境対策に関わる仕事がしたくて就いた仕事だったが、飛び交う専門用語が分からなすぎて、苦痛だった。私は工業高校や大学の工学部の出身でもなかったから、そもそも基本的な原理原則も知らなかった。そんな私に、上司は「原理原則は本で学び、現場で自分の目で確認するとよい」とアドバイスをしてくれた。
 
だから、私は専門書を読み漁り、資格試験を受けながらモーレツに勉強した。そうしてやっと、皆が言っている言葉の意味が少しずつ分かってきた。原理も覚えた。でも、「そういう原理だから、こうなるんだ」という所まではなかなか腑に落ちなかった。何だかイメージができないのだ。
 
イメージしやすくなるように、何かに喩えるとしたら?
 
いつしか、そう思うようになった。
 
インバータ付きポンプの出口のバルブを絞って流量を調整している状態って、どう喩えようか? 流量を調整するんでしょ? じゃあホースで庭に水まきしている様子を思い浮かべてみよう。
 
蛇口全開で水を出した状態で水まきしているけれど、水量が多すぎるんだよね。で、ホースを踏んづけて水の出を弱くしているような感じかな。でも本当はどうするのがベストかって言ったら、踏んづけるんじゃなくて、全開になっている蛇口をひねって、ちょうどいい水量にすりゃいいんだよね。
 
そうイメージすると、いきなり腑に落ちた。試しに新入社員に、この喩えを使って説明すると、「めっちゃ分かりました」と言ってくれた。
 
このホースの喩えは、専門的な角度から見ると必ずしも正確に表現しているわけではない。けれども、自分の中で、「絞っていると無駄」というのがイメージできれば、それでいい。それに、「だから省エネになりました」という話を聞かされる側は、必ずしもその分野の専門家じゃないのだから、「正確さ」よりも「わかりやすさ」の方が大事なのではないか?
 
わかりやすく喩える……、それが私の信条にもなっていった。
 
とかく、専門性がある分野ほど、話が難しい。普通に専門用語が飛び交う。なんでそんなに専門用語を使うのかというと、楽だからだ。微妙なニュアンスも含めて一言ですむ。それを噛み砕いて説明しようとすると、かえって難しいのだ。専門用語を使っている当人達にとっては当たり前すぎることだから、逆に説明しづらいのだろう。
 
だから、イメージしやすい喩えを使える人というのは「本物」だと思う。本質を理解していないとできないことだからだ。それで私は、「喩えて言うなら……」と考える癖をつけて、自分自身の理解を深めるようにしようと思ってきたし、実際にそうすることで、相手にも伝わりやすくなるのを感じてきた。
 
そして、この「喩え」が単に「表現上のわかりやすさ」にとどまらないことに最近気づいた。
 
ある講座に参加していた時のことだ。中盤にさしかかって、皆少しお疲れモードになっていた。私も肩や首がバリバリに凝っている。
 
「じゃあ、ちょっと体ほぐしましょうか」
同じ講座を受講していた整体トレーナーの女性が音頭を取ってくれた。
 
「ではまず、足の付け根を意識して、そこから上体を前に倒していきますよ。足と上体の角度が直角になるまで倒しましょう」
「次に平泳ぎをしているように、腕を動かしましょう」
 
私は彼女の指示に従って腕を動かす。
「今はね、空気をかいているでしょ。今度はね、水の中にいるイメージをしましょう。はい、水をかくように腕を動かしますよ」
 
ふむふむ。水泳をしているようだ。なんだか腕が動きやすい感じがする。
 
「じゃあ今度は砂の中にいきますよ。はい、砂をかいて」
 
すると不思議なことに、腕に負荷を感じる。実際には空気中で腕を動かしているのに、砂の中にいることをイメージしただけで、なんだか重い。
 
「はい、ではもっと負荷を上げますよ。はちみつの中に入ります。はちみつ、一生懸命かいて下さい」
 
頭の中に、はちみつの、あのネットリとした絡みつく様子をイメージしながら腕を動かす。すると、さっきよりも腕が重たい。えっ、なんで?
 
最後にもう一度水の中をイメージして腕を動かすと、めちゃくちゃ軽く感じるのだ。やってる動作はどれも変わらないのに、イメージだけでこんなに違うとは!
 
「腕の付け根どこにある? 脇に目がついていると思ってごらん」と言われただけで、腕を大きく動かせるようになったりする。
 
「腕を大きく動かしましょう」とか「肩甲骨を意識して動かしましょう」って言われるよりも数倍分かりやすいし、効果がある。喩えを使ってイメージしやすくすると、頭で分かるだけでなく、どうやら体も反応するようだ。イメージの力って侮れないのだ。
 
さらに、喩えを使ってイメージしやすくすることは、聞く人の感情にも影響を与えることができる。
 
「何だか最近何やっても上手くいかない感じがするんですよね。そもそも私は何がやりたかったんだろう? って迷いが出てきちゃって……」
そんな悩みを相談した時、もしこんな風に言われたらどう感じるだろう?
 
「そういう時は、こう考えるといいんですよ」といって、何やら難しげな心理学の理論を持ち出されたら? 私だったら、「はぁ、そういうものなんですね……」と思うだけで、自分の中のモヤモヤは解消しないだろう。
 
「ネガティブに考えない方がいいですよ。できる! って思えば叶いますから」と言われたら? 「できると思ってやったら、本当に叶った」という経験が無ければ、「えー? 本当ですか?」って思ってしまうかもしれない。
 
けれども、「実は私もね」と自分の経験談を交えて話してもらったら、とてもイメージしやすいし、受入れられる。誰か他の人の経験談でもいいし、著名人の言葉やストーリーでもいい。そういう喩えがあると、相手の言いたいことが頭で分かるだけでなく、感情が揺さぶられる。だから、相手の言いたいことが伝わってくるのだ。
 
「喩え」って通訳者みたいなものだ。
 
相手が自分と同じ世界にいて、同じ経験をしているなら「喩え」なんて要らないかもしれない。けれども世の中の人は、皆違う。親と子供、先生と生徒、医者と患者、技術部門と事務部門……。皆、それぞれの立場があり、背景がある。それぞれの異なる立場にいる人を結びつけるのが「喩え」を使ったコミュニケーションだ。そして、その根底にあるのは、「相手の立場に立って考えること」だ。
 
どう言えば伝わるだろうか? どんな風に喩えれば望む結果が得られるだろうか?
 
相手がどんな人なのかを思い浮かべながら、あの人だったらこういう風に言えば分かりやすいかなと考えるのは結構楽しい。「すごい良く分かりました」と言って貰えると嬉しい。そして何より、喩えを考えることで自分自身の理解が深まるのが楽しいのだ。
 
これからも、「喩えて言うなら……」と考える癖を持ち続けていきたいし、もしも相手の言うことがよく分からなかったら、「それはこういう風に言えますか?」と問うてみるのも面白いかもしれない。そうすることで、自分の世界と相手の世界を繋げ、お互いをもっと理解し合えるようになるだろうと思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県出身。
2019年末に20年以上の会社員生活に終止符を打ち、2020年に独立。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。
もともと発信することは好きではなかったが、ライティング・ゼミ受講をきっかけに、記事を書いて発信することにハマる。今までは自分の書きたいことを書いてきたが、今後は、テーマに沿って自分の切り口で書くことで、ライターズ・アイを養いたいと考えている。

この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いてます。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-07-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.87

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