週刊READING LIFE vol,100

前菜とデザートはハズすな!《週刊 READING LIFE vol,100 「1分」の使い方》


記事:神谷玲衣(READING LIFE 編集 部ライターズ倶楽部 )
 
 
自分で言うのもなんだが、私はかなりのダメ妻、ダメ母である。
なにかに集中すると、他のことなど片っ端から忘れてしまう。特にこうして文章なんぞ書いていると、ゴハンが出てくるまでかなり時間がかかるし、もの忘れに至っては、あり過ぎて枚挙にいとまがない。だけど自分のお財布とか携帯とかは忘れないのだから、都合よく嫌な仕事だけ忘れてるんじゃないかとも思う。まあとにかく、世にいうバリキャリフルタイムワーママなどと対局にいるのが、自分なのだと思っている。
だが、ありがたいことに、それなりに夫婦仲は良いと思うし、子供もすくすく育ってくれていると思う……たぶん。それはわがオットや娘の資質というだけではなく、ちょっとした工夫があるからかもしれない。
 
その工夫とは、名付けて前菜デザート作戦! いやまあ、そんなに大袈裟に「作戦」と名前がつくほど大したことではないのだが、私が日々、そこだけは気をつけようと思っているところをあらわしている。料理人が気を使うのは、前菜とデザートだというところから名付けてみた。
レストランに入って、最初の前菜が美味しいとその後に続く料理にも期待が持てるが、一口目が美味しくないと、その後出てくる料理の味に対して不安を抱くのではないだろうか? デザートもしかりで、最後がとっても美味しいと、そのレストランに対する評価はとても良いイメージで終わるだろうが、せっかくお料理が美味しくても、デザートががっかりだと、それまでの美味しさまでぶちこわしになってしまう。
それと同じで、家族が玄関を出る時に、妻や母が「行ってらっしゃい!」と明るく送り出すことができたら、送られるほうの家族も気持ちの良い一日のスタートを切れると思う。そして、疲れて帰ってきた時に、「おかえりなさい!」と笑顔で迎えられたら、それだけでも元気が出るのではないかと思う。他のことがダメダメでも、「行ってらっしゃいとおかえりなさいを大切にする」というこの一点を、私はかなり重要視しているのだ。平均点が低くても、ポンコツでも、そこだけはこだわっているところだ。
 
それは、まだ私が子供だった頃の、母のくせが原因かもしれない。母は当時ブティックを経営していた。バブルの時代背景もあり、小さい店ながら、繁華な街なかで結構繁盛していた。私は中学生くらいから店に出入りをしていたので、母の接客をずっとそばで見ていた。その当時はそんなことがわからず「また長話して!」と思っていたのだが、母はお客様が帰ろうとすると、必ず一声かけて送り出す。お客様によっては、またそこから会話が始まってしまうことも少なくなかった。
「では、スカートのお直し急がせますね」とか、「明日は雨らしいですねぇ」とか、会話自体はどうってことないのだが、その一言に振り向いたお客様がまた言葉を返してくださり、会話が途切れないことも多かった。当時母がそんなことを知っていたわけはないと思うのだが、最後の印象がCS度(Custamer Satisfait=顧客満足)を左右する、というのを体験から知っていたのかもしれない。
 
お客様がお帰りの際、一般的には「ありがとうございました」の言葉を背中で聞きながら店を出ることが多いと思う。しかし、最後に一言かけると、もう一度振り返ってくださることになる。すると、そこで再びアイコンタクトと笑顔を添えてお見送りができるのだ、という知識やテクニックではなく、母は自然にやっていたのだと思う。
母のことを「話が長いなあ!」と見ていた私も、気づけばそんなことが当たり前に身についていた。ながいこと講師をしていたのだが、生徒さんと言えどもお客様である。気分良く講義に参加していただき、リピートしてもらうためにはそうした接客は当然だった。毎日毎日たくさんの方と接するうちに、そうした態度は私に染み付いてしまったのかもしれない。
 
しかし、そうは言っても家族となると話が別だ。夫婦であれ親子であれ、そこには家族ならではの甘えや生々しい感情が入り、いつもいつもパーフェクトの態度、というわけにはいかない。けんかをするときも不機嫌なときもあるが、そんな時、ふと思い出す話がある。
 
韓国の富裕層家庭の奥さんは、日中は、美しくいられるように運動やエステなどで美くしさを保つ努力をし、夫の帰宅時には綺麗な姿でニッコリと機嫌よく迎えることに命をかけているそうな。
その話を聞いたとき、独身でバリバリ働いていた私は「アホくさ!」と思ったのだが、いまではその話を別な側面からとらえることができる。確かにこの話に出てくる奥さんは、「美」だけに価値観をおいたお飾りの人形のように感じられるが、一方、「夫を気分良く迎える」という内面のコントロールに関してはプロフェッショナルな気概さえ感じられる。
 
妻が夫に経済的に依存していて、「養われている」という引け目や負い目から、女がこんな風に男におもねる生き方をしなければいけないなんて、ケシカラン! という見方もあるだろうが、私は逆だと思う。女は強いのだ! 女は太陽なのだ! と、らいてう先生も言っていたではないか!
 
つまり、家庭内での女の立場や影響力は強大だからこそ、女が家でニコニコ笑っていれば家庭は安泰! なのではないだろうか。もちろん、女がめちゃくちゃ自分勝手で、自分だけが満足でニコニコし、家族は泣いている、ということではない。普通に家庭生活が営まれるなかで、さらに妻や母がニコニコしてご機嫌でいられる、ということが、その家庭を平安に存続させるかどうかの鍵を握っていると思うのだ。もちろん妻が家庭内で笑顔でいられるためには、夫の努力も欠かせないだろうし、子供との関係も良好でないと難しい。私だっていつもパーフェクトなんてことではまったくないし、もちろん失敗するときもあるが、それでも努めて、せめて出掛けと帰宅時には笑顔でいようと思うのだ。
 
そんな風にしている私をみて育った娘は、小さいときから「行ってきます」や「おやすみなさい」の時に、「ママ、宇宙一大好き!」と言ってくれるのが習わしになっている。朝、玄関を出る前にギューッと抱きしめて、私が「行ってらっしゃい」と言うと、娘のそのフレーズが返ってくる。その言葉を聞くと、私も一日幸せな気分でいられて、家中に良い循環が起こるような気がする。
逆に今、絶賛反抗期中の娘と朝っぱらから言い合いになり、娘がぷいっとふてくされて出ていってしまい、私も鬼の形相で見送ってしまうと、一日が曇ってしまう気がするのだから、こんな小さなことが私の気分に与える影響は計り知れないものなのだ。だから、今私ができることは、せめて家の中を平和に保つこと。そう思って、まずは見送り、出迎えの合計1分ほどの時間を大切にしている。こうした毎日毎日の、ほんの1分ずつの積み重ねが人生の大きな差を生んでいくのかもしれないのだから、そう考えるとあだやおろそかにはできない。
 
小さな変化が世の中を変えるのだとは、よく言われることである。逆に言えば、小さなことを変えられなければ大きなことも変わらない。「世界平和は家庭から」というとクサイ言葉に聞こえるだろうが、きっとこういうことなのかもしれないと思いながら、今日も私は玄関に立つ。とりあえず、前菜とデザートが美味しければ、人生はそこそこ幸せなのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
神谷玲衣(READING LIFE 編集 部ライターズ倶楽部 )

イタリアでファッションバイヤーとして勤務。帰国後は、16年間、カラーコンサルティング、人材育成事業などの講師として、専門学校、大手企業、ホテルとフリーランス契約。夫の転勤でドイツとアメリカで子育てをする。2020年9月から天狼院ライターズ倶楽部に参加。

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2020-10-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol,100

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