週刊READING LIFE vol,100

ゴールに向かって《週刊READING LIFE vol,100 「1分」の使い方』


記事:杉下真絹子 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
長い人生の中で、1分という時間をどのように使ってきただろうか。
今や平均80年以上生きる私たちのスパンから見ると、それはあっという間なのかもしれない。
 
しかし、いきなり1分間みんなの前で事前準備なしの自己紹介だったり、何か発表するとなると、スポットライト浴びせられての60秒という時間はとても長く、永遠に感じることもあるだろう。
 
そう思うと、【1分間】がどれだけ価値在るものになるかは、その長さでは判断できないのかもしれない。
 
ちょうどそのことを感じたのはつい先日10月上旬、息子の保育園の運動会だった。
 
そこでは今でも運動会の定番である曲(ネッケの「クシコスポスト」という作品らしい)が流れていて、思わず子供の頃の私がこの曲を聞いて、ドキドキ緊張していたことを思い出していた。
 
そして、次はいよいよ最後のメイン競技、赤組と黄組対抗リレーだ。
 
今年の運動会で、息子は対抗リレーのアンカーに抜擢され、大役を挑むことになっていた。
 
年中・年長混合メンバーで各10人づつの合計20人の子供たちが赤組と黄組に分かれて入場門から入ってきた。
 
息子は、赤組の先頭で軽い準備運動のペースでジョギングし、黄組の先頭にいるアンカーとちょうど舞台の真ん中で会う形で赤・黄組2列並んでスタート地点に入ってきた。
 
よーく見ると、なんだか息子の顔がいつものほんわかと違う。
 
少しの緊張と本気の気合が入り混じっている面(つら)してる!
こんな顔した彼を初めて見た。
 
会場正面の撮影スペースにいた私は、携帯カメラを左手に持ち替え、アンカーのタスキを斜めがけしている息子に右手で大きく手を降ってみた。
 
ら、いつもの少し柔らかくててれ顔になり、3秒ほどだけどママに向かって手を降り返してくれた。
 
そうこうしているうちに、かけっこの曲が流れ、対抗リレー開始のアナウンスだ。
 
まだ親と一心同体のような子供も多い年頃だからか、会場を見守る親御さんたちのドキドキ感も半端なく会場を埋め尽くしていた。
 
さあ、一番手の赤組・黄組のお友だち二人がスタート地点に立った。
 
「位置について、よーい、ドン!」
 
パンッ! というピストルの音と同時に、対抗リレーが始まった。
 
最初は黄組が優位に立っていたが、次の走者にバトンを渡すときに、バトンを落とし、順位が逆になり、赤組が有勢になった。
 
そんなことを言って息子の赤組はホッとしてられない。
あっという間に、また黄組が追い抜いてきた。
 
この頃の子供の成長や体力はまだまだ個人差があるため、走者が変わると、赤組が抜かし、黄組が抜かされ、またその逆もあり、大人は見ていてハラハラドキドキの連続。
 
ちなみに私たちは、2020年春に東京から鹿児島県の屋久島に引っ越してきたため、島の保育園の運動会に参加するのは今回が初めてだったが、色々と地域性やおもむきなどその違いが見えてきてなかなか面白い。
 
第一に、屋久島では子供たちが運動会で走る距離が長い。
保育園・幼稚園レベルのかけっこなのに、その距離は、軽く100メートル超えていたように思う。
東京で通っていたいくつかの園では、近くの小学校の体育館を借りることが多いからか、走れる距離も限られていた。
 
第二に、「競争させる」雰囲気がムンムンしている。
子供たちにあまり優越つけない傾向が最近見られる都会の園に比べて、屋久島では演技や競技に秀でてる子がいれば、他の子どもとブレンドさせて薄めるのではなく、さらにその子を引き立たせ競争に持っていく傾向にあるような気がする。
まさに、牛乳や砂糖を入れブレンドするのではなく、とことんブラックコーヒーのまま引き立たせ攻めていく感じだ(笑)。
 
過去には、屋久島の全島集めた「小学校対抗リレー」や「保育園/幼稚園対抗リレー」というものがあったそうだが、あそこの小学校、ここの園には足が速い子がいるとか多いとかの話題も出て、みんな秋の大運動会には島中が盛り上がることもあるそうだ。
 
この競争は子供だけの話ではない。
親御さんの対抗リレーや地区対抗の駅伝大会もすごいらしく、大人が完全にヒートアップし、毎年けが人が続出するらしい(この園でも去年の運動会であるお父さんがリレーの際に骨折したらしい!)
 
そして、何よりも屋久島で足が早いと大人も子供も人気者になるらしく、その栄光をみんながずっと称えてくれるらしい……。
 
そんな屋久島での対抗リレー、保育園と言えども、なんだか練習の頃からお互い競争心が生まれている感じが伺えた。
 
いい意味での競争心が生まれるように、最後まで勝利がわからずハラハラドキドキのドラマになるように、先生たちも組分け(メンバー選定)こだわっているのが見える。実際に、本番でも走者が変わると、赤組が早かったり、黄組が早かったりと追い抜き追い越しで、最後までどちらが勝つのかわからなかった。
 
そして、いよいよクライマックス。
赤組アンカー息子の出番が来た。
息子がバトンをもらった時点で、すでに黄組のアンカーが先を走っていた。
 
結構な距離があったので、私含め見ている観客の誰もが、これはどちらが勝つか大体予想していた。
 
しかし、
走り始めた途端
 
チームのために【絶対に諦めない】
そんな完全モード全開の息子の姿がいた。
 
その全開モードもあってか、前を走る黄組のアンカーとの距離をどんどん縮めていく……。
 
ええ~?! まじ?
足はやっ。
 
去年東京の園の運動会で見せた走るフォームといい走りっぷりといい、全く違う。
 
あれだけ離れていた距離をぐんぐん縮め、追いついた!
そして、あっという間に追い越した~!
 
最後はゴールのテープをガッツポーズでブッちぎり、赤組を勝利に導いたのだ。
 
ゴールのテープを持っていた先生方も、あまりにドラマチックな展開に、驚きを隠せず、よろめいていたのだ。
 
その感動の動画を帰宅してからも子供たちと見ていたのだが、その長さは、息子がアンカーで走る姿を動画20秒。その前のかけっこの動画40秒であることに気がついた。
 
2つの走る競技合わせると60秒、たかだか1分という長さ。
 
しかし、息子にとってこの1分間という体験を通して本人の中に大きな自信と達成感が生まれ、新しい自分を見つけたのは明らかだ。
 
それはある意味、この瞬間に全集中力を注ぎ、一ミリたりとも妥協せず、そして最後まで諦めないことで生まれた賜物(たまもの)なのかもしれない。
 
ほんの1年前の運動会に参加していた息子の姿からは想像ができなかったことだ。
 
もちろん悠くん、その時だけ頑張ったのではないことを、ママは知っているよ。
 
運動会本番までに、5歳の小さい選手は、実は様々な努力をしていたのだ。
走るための本をパラパラめくってスタートの練習をしてみたり、テレビで陸上選手のフォームを見て真似てみたり、動画では走る前の準備体操をチェックしてみたり……。
 
園から帰宅したある日
「ママ、足がはやいと【杉下悠 せんしゅ(選手)】って言われるんだって。ぼく、杉下悠選手って呼ばれたい」
今思うと、彼は本気でそう言っていたのだ。
 
そんな小さな積み重ねとその思いがあって初めて、与えられたあの本番で成果が出せたのだろう。
 
チームのために、お友だちと一緒に頑張る。
まさに、今年の年長さんが掲げた運動会の合言葉【ONE TEAM】を見せてもらった瞬間でもあった。
 
負けた黄組のお友だちの中には、悔しくて悔しくて、大泣きしている子もいた。そして、チームみんなで頑張ってきたからこその悔し涙は、とても美しく輝いて見えた。
 
子供の運動会というものは、親にとっても涙に溢れるのだ。
運動場に現れた子供を目で探し追いながらも、
「ヨチヨチだったあの子が、今はこんなことができるようになった」
とここに至るまでの子供たち一人ひとりの成長の過程が走馬灯のように蘇ってくるからだ。
 
息子やお友だちの頑張りぶりを見て、たかが1分、されど1分、と時間の価値や無限の可能性について、改めて考える運動会となった。
 
何よりも、パパやママたち、先生たちに感動をありがとう。
 
そして、【足がはやい】だけで注目度が半端ないこの島で、あの活躍で息子は来年の運動会が来るまでの1年の間、人気者になれるのかもと思うと、まだ屋久島新座者の杉下家にとって、何気にほっとしてる今日このごろ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
杉下真絹子(READING LIFE編集部公認ライター)

大阪生まれ、2児の母。
90年台後半より、アジア・アフリカ諸国で、地域保健/国際保健分野の専門家として国際協力事業に従事。娘は2歳までケニアで育つ。
その後方向転換を果たし、2020年春に子連れで屋久島に移住。
現在【森林の中でウェルビーングする】をキーコンセプトに、森林浴・森林セラピーを中心に活動を展開中。

関西大学卒業、米国ピッツバーグ大学院(社会経済開発)修士号取得、米国ジョンズホプキンス大学院(公衆衛生)修士号取得。

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2020-10-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol,100

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