週刊READING LIFE vol,102

好きなことじゃないと、勉強なんて続くわけがない《週刊READING LIFE vol,102 大人のための「勉強論」》


記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「健康保険では、被保険者が出産した場合、出産育児一時金として42万円が支払われるが、双生児を出産した場合はその倍額が支払われる」
 
「電話再診では、再診料と外来管理加算が算定できる」
 
ああ……。
まだ完璧じゃないんだよね。
 
マークシートの〇と×を鉛筆で塗りつぶしながら、提出期限が迫っているのにやっぱり覚えきれてなかった、追い込みが足りなさすぎると後悔していた。
もっと真面目にやればよかったと後悔していたけど、もうすぐ受講期限が来てしまう。
 
(これ以上、どうしようもなかったんだよ)
 
そう自分に言い聞かせながら、通信講座提出用の答案を作る。合ってないかもだけどとりあえず全問書こう。そうじゃないと受講料がもったいないよ。
試験をパスしたい気持ちと、そこまできちんと仕上げができていないんじゃないかという不安とがないまぜになりながら、私は問題を解いていた。

 

 

 

10年前のことだった。
子育てが一段落して、扶養内で非常勤の仕事を週3回していた。しかし非常勤の勤務は雇用期間が終わった後に契約終了してしまうため、そこからまた職探しをしないといけない。年齢を重ねた挙句に、なんの保障もなく求職市場に放り出されるのが嫌で、私はちゃんとした仕事に就きたいと思っていた。
 
(どうしたら、安定した仕事に就けるのだろうか)
 
いろいろ考えてみた。
家庭に入っていた間に、世の中の雇用のシステムが大きく変わってしまった。「聖域なき構造改革」のために、新卒で正社員として就職してもいったん辞めてしまったら、その人を二度と正規の職には戻さないようなしくみの世の中になってしまっていた。「既婚女性を活用しよう」なんてかっこいいこと言ってるけど、実態は全く逆で、単に齢を食ったおばさんなんてお呼びじゃないのが日本おじさん企業ムラだ。主婦が再就職をするということは、そういう世の中に挑んでいかないといけないことになる。
 
椅子取りゲームのように厳しい女性再就職市場でも、ごく少数の人が正規職をつかんでいる。私はそういう人の努力パターンを研究することにした。
 
まずはアルバイトとか契約社員で入って、そこから正社員登用を勝ち取ったパターン。
資格を取得して、それを手に正規雇用されたパターン。
自分で起業してしまって、自分で自分を経営者=正規職にしてしまうパターン。
 
……みたいなものはあるけど、どうせだったら揺るがない何かがほしい。
周りに振り回されないものといったら、資格ではないか? そう考えた私は、家庭と仕事と両立できる資格取得について調べ始めた。そして、「これなら私にもできるんじゃないか?」と思えるものを見つけた。
 
医療事務だ。
新聞の広告などにもたくさん講座のご案内が入っている、あれだ。
 
通信教育で学習ができて、講座修了認定試験もあって、それに合格するときちんとした資格として医療機関への就職が有利になるというものだ。
医療機関なんて石を投げれば当たるくらいたくさんあるし、全国共通なのでつぶしが利く。これにしよう。私は早速、大手の医療事務の通信教育講座に申し込んだ。
 
教材が届いた。
学習方法としては、提出日までに1回分の問題を解いて答案を出す。
それが最終週になると、資格認定試験の提出があり、そこを8割以上正解すると資格認定となる。
 
家でできるし、結構簡単なんじゃない?
医者って誰でもかかってるもんね? 病院の用語って耳にしたことあるじゃない?
始める前はそう思っていたが、実に甘かった。
 
医療事務は、片手間に取れる資格ではないのだった。
用語を覚え、計算をして点数を出す。その仕組みが実に細かいのだ。
例えば、「注射に使った薬液から点数を出せ」みたいな問題があるとする。
何の薬液を何本使ったか?
いつ使ったか? 朝か? 夜か?
外来か? 入院か?
それによって全く違う回答になる。数学みたいに答えは一つなんだけど、そこに行きつくまでのパターンを何通りも考えないといいけない。すごく頭を使う資格だと思う。
 
(こりゃ、あなどれないなあ)
 
資格取得の勉強はなかなかはかどらなかった。仕事をして家事もしてというところから来る肉体的な疲労を計算に入れていない。そして、昔のように集中すると覚えられる頭じゃなくなっていた。1度読んだだけじゃ到底無理。何回も読むんだけど頭にすっと入ってこないのだ。齢を取るとはこういうことか。私は苦笑いした。
 
さらに学習が進まない原因があった。
当時次男を中学受験させるべく塾に通わせていた。気分屋の子どもなので、気に入らないことがあるとすぐにサボる。それでも小学校から帰ってきて一生懸命に塾に行っていたこの子のことが気になって仕方がなかったのだ。
 
それと長男の中学生活も気になることだらけだった。
中学ではクラス替えが毎年あるのだけど、どうも新しい環境になじむのが苦手なのか、長男は浮かない顔をしていることも多かった。
 
そんな子どもたちのことが気になり、学習に集中できるようでできていなかった。主婦が個室の部屋なんてもらえないのでダイニングテーブルで勉強することになる。家族が周りでウロウロしていたら更に集中できない。なかなか進まない中、答案添削の提出期限だけがどんどん迫ってくる。ドロップアウトしようかなと思ったりもしたけれど、最後まで出さないといけないなという義務感があった。やりかけたのだから最後まで答案は出して、資格試験認定の答案も出そう。そう決めて、慣れない計算をして答えを埋めた。細かく書き込んで、「もうこれ以上書けない」と思うくらい真面目にやってみた。祈るような気持ちで答案をポストに投函した。
 
(どうかお願いします!)
 
しかし、結果は不合格だった。
 
まあそりゃそうだよね。自分自身が手段としてしか考えていないんだもん。仕事と家庭のいろんなことに疲れて、勉強する気になれない日もたくさんあったし、確実にものにしているという手ごたえも最後まで感じられなかったし。仕方がない。
 
(やっぱりだめだったな)
 
普通資格を目指したなら、それが取れるまで何年も、何回もチャレンジするものなのだろうけど、私は医療事務の資格取得にとても消極的だったと思う。不合格になってから今までに、そのテキストを開くこともしていない。
興味が無いのに義務感だけで引っ張っていただけの通信講座だったからとても疲れた。もうこの資格を取ることはしない! と決めていた。
それから今まで、「資格を取ってから就職しよう」ということはしていない。

 

 

 

その後、いくつかの職を経て今の職場に出会い、そして採用されている。
「この資格を取らないといけないから勉強する」必要は当分なくなった。これからは何か、自分の身になることをやってみたい。
そんな時に目に飛び込んできたのは、ライティングのゼミのお知らせだった。
 
(これ、気になる。やってみたいかも)
 
そう考えた私は、職場から近い池袋の天狼院に出かけてみた。
重たいドアを開けて、しばらく本を眺めていると、
「何か気になる講座はありますか?」
と店員さんが話しかけてくれた。
「書くことってずっと前からきちんとやってみたいと思っていて、気になります。ライティングゼミの広告も見ました」
「これは、自分が書いた文章を人様に読んでいただけるようになるためのゼミなんですよ」
店員さんの解説はとても不思議だったけど、お店の感じもとてもいいし、こういう感じだったらやってみようかな。そう感じてその場で手続きをしてしまった。
 
それから1年余りが過ぎた。
最初は2000字のことを書いて出すだけでも、うんうんうなりながらやっていた。そこからわずかではあるけど、進歩とか手ごたえはあった。筆力を上げるのは大変だけど、何かわからないけど楽しくなってきた。そして自分が書くものがWebに載ることも嬉しかった。今年になって、企画が通って連載も持てるようになったことも、自分のモチベーションを大いに上げた。
 
「何かのために勉強しなくちゃいけないから勉強する」ことはとても苦痛だ。
気が進まないまま勉強しても苦痛だし、自分の身につかなかったら何のための勉強かわからない。
仕事などでどうしてもその資格が必要なら取らなきゃいけないけど、基本勉強は自分1人でするものだ。自分が好きなこと、少しだけ得意かもしれないこと、そんなことを伸ばしていけるなら理想的だ。
 
自分もまだまだ発展途上だけど、好きなことだからライティングは続けたい。
好きなことならたぶん続けられそうな気がするのだ。
あと1年後、どんな景色を見ることができるのか、楽しみである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都豊島区出身。現在は団体職員。「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月より天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月より同ライターズ倶楽部参加。2020年9月よりREADING LIFE編集部公認ライター。気分次第で書ける書けないを直したいと思っている。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-11-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol,102

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