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週刊READING LIFE vol,102

勉強は答えを探し続けること《週刊READING LIFE vol,102 大人のための「勉強論」》


記事:名前:篁五郎(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
僕は勉強が嫌いな子どもだった。
 
親からはしょっちゅう勉強をしろ! と言われて、公文式やら学研ゼミやら勉強する環境を進められたが全く手を付けずに呆れさせていた。
 
しかし、本を読むのは好きで図書館や本屋に放課後入り浸っていた。本や漫画に思い切り目を近づけて読んでいたせいか、小学校四年生でメガネを付けないと生活に支障をきたすくらい視力は落ちてしまった。
 
「本や漫画は読むのにどうして勉強しないのか?」
 
こんな質問を親が学校の先生にされたのは一度や二度ではない。しかしその質問には答えられなかった。なぜなら自分でもわからなかったからだ。机に向かうのは嫌いでもない。字を書くのも嫌ではない。問題が解けたときは嬉しい。
 
でも、勉強と聞くとどうしても身体が拒絶をしてしまい五分と集中力が持たなかった。
 
そんな人間だったからか大学入試も突破できず、いわゆる底辺を彷徨うことになる。
 
幸いにして親がコンビニ経営をしていたおかげで仕事にはありつけた。だが、それは自分が勉強という課題から逃げてきたセーフティーネットではなかった。
 
親がコンビニ本部と契約解除で商売ができなくなると否応なしに世間に放り出された。学もなく親の下で甘やかされていた30歳過ぎた大きな子どもを雇ってくれる会社などない。かろうじて販売経験を活かした派遣の仕事があるくらい。
 
つまり、勉強から逃げてきたツケが重くのしかかってきたわけだ。
 
販売員の仕事は基本的には立ちっぱなし。客がいなくても誰かに見られているからシャンとしていないといけない。それが甘やかされて仕事をしていた自分にはキツかった。
 
二言目には愚痴しか出てこない。
 
そんな自分は間違いなく周りから浮いていただろう。今の僕が当時の僕を見たら
 
「甘えるんじゃない! このクソガキ」
 
そんな風に怒鳴っていたかもしれない。そうして甘えたクソガキは色々な理由で職を転々とする。履歴書を書くのが億劫になるくらい職場を変えてきた。
 
僕くらいの年代はいわゆるロスト・ジェネレーションと呼ばれる世代の初めの頃。大学を卒業しても不景気で就職先がなかった。せっかく入った企業も今でいうブラック企業で転職をしている人も多い。
 
そんな世代だから世間から見捨てられていたような気分で生きていた者も多いだろう。理由は違えど僕もその一人だ。同年代の苦労を目の当たりにして自分も世間で仕事をしていく内に甘えが消えていき、同時に社会の冷たさというのを体感していった。
 
そして、世間に期待をしない一人のおっさんになっていった。
 
その頃だったと思う。僕が唯一師匠と呼ぶ西部邁(にしべすすむ)を知ったのは。きっかけは、漫画家の小林よしのりやネットの匿名掲示板・2ちゃんねるで思想やら政治を語るコミュニティに入り浸りをしていた。そこで出てくる名前にしょっちゅう師匠の名前が出ていた。そのときはもの凄い人だとは思わず、「ふーん」程度にしか追わなかった。
 
しかし、師匠の著書『思想の英雄たち』(ハルキ文庫)を手にしたときに変わったんだ。
この書籍は西洋の思想家を体系立ててまとめていて、いわゆる「保守」と呼ばれる思想の原点を探っていく内容だった。
 
保守と聞くと否定的な意味に取られることが多いが、実は保守をすることこそ難しいと師匠は説いていた。そのことも書かれていたが当時の僕にはよく理解できていなかった。
 
でも、この西部邁という人は凄い! そう思って意味もわからず『思想の英雄たち』を繰り返し読んでいた。
 
そのままストレートに弟子入りしていたら良かったのかもしれないが、僕は回り道をしてしまう。
 
『思想の英雄たち』を手にしてから恐らく10年くらい経った後に師匠の教えを受けられることになった。それは僕が現在、天狼院書店で連載を持っている鎌倉文学館館長・富岡幸一郎先生が編集長を務める雑誌『表現者』(MXエンターテインメント)で塾を開催すると知ったときだ。
 
これはチャンスと思い、迷わず応募して塾に潜り込むことに成功。遂に直接教えを受けられることになった。『表現者』も毎号買って、隅から隅まで読み尽くした。僅かながら自由に使えるお金から捻出して師匠の著書も買った。
 
事務所から余った本をくれると言ったときは五冊も六冊も持ち帰って全部目を通した。
 
塾の講義も目の前で聞き、懇親会で師匠の真正面に座り、一言寺裏聞き逃すまいと耳を傾けた。師匠の話は至極当たり前のことばかり。「こうせい」「ああせい」みたいなことは何も言わなかった。
 
首を傾けたまま長時間著書を書いていたせいで脊髄の神経が骨を圧迫して寒さや暑さを感じにくくなっており、治療で病院に行っても埒が明かないから整骨院にも行ったら、某赤い政党と繋がっていて口論になったなんていう笑い話や映画の話(師匠は『映画評論』に連載を持っていた)とおおよそ思想とは関係ないことばかり話していた。
 
どちらかといえば富岡先生と話していたときのほうがそういった内容が多かったと思う。
 
おまけだけど師匠が塾の飲み会で体調が悪かったのか「今日はお酒飲まないから」と宣言をしてずっとお茶を飲んでいつものように話していたときのことだ。
 
真正面に座った僕の飲んでいるハイボールのジョッキをジッと見ていたことがあった。
 
「なんだろ?」
そう思いつつハイボールを飲んでいると師匠が急に僕に向かって身を乗り出してジョッキを指さし
 
「ちょっとちょうだい」
 
とお酒を飲みたがっていたことがあった。
 
「これは気付かずにすいません。氷は入れますか}
「悪いね。入れて」
 
なんてやり取りをしたことがある。生の声での講義ももちろんだが、こうした酒場でのやり取りが自分の血となり肉となっていった。それを脳に植え付けてくれたのが著書と雑誌。興味深く読んでいたのが雑誌『表現者』(MXエンターテインメント)でのエッセイだった。
 
当時、師匠は奥さんが不治の病で長期入院をしており、お嬢さんと交代で看病しながら生活をしていた。奥様との思い出をエッセイとしてつづっており、独り者で妻も居ない自分でも夫婦の絆を感じさせるエピソードを読みふけっていた。
 
師匠が脊髄の神経が骨に食い込むまで熱心に執筆をしていたのは、奥様が亡くなる前に自身の最後になるかもしれない著書を読んで欲しかったからだ。
 
その代償は、ペンを握れないほどの手の痺れであった。師匠は自ら命を絶つ前に二冊の本を出しているが、自ら筆を執って書いたものではない。口述したものを書籍としてまとめたものだ。
 
パソコンの電源を一人で入れることすらできない機械オンチの師匠にとってペンを握れなくなるのは思想家・評論家として致命的状態である。それでも書き続けた。
 
その本を手に取ったときに僕は手が震えた。そして奥様との思い出のエッセイをまとめた本が出たときももちろんすぐに買った。読み進めていくと夫婦の絆はもちろん、自らの人生を振り返りながら自らを問い、世間に問いを投げかけていた。
 
奥様が師匠に「私を殺して」と懇願したときの心の葛藤や狼狽した己の姿、周りでの様子は鬼気迫る迫力でまるでその場にいるかのような錯覚に陥った。
 
奥様が亡くなった後、自らを「生ける屍」と呼び、身近な人が亡くなったときの虚無感、心境を隠すことなく書き綴り、残された時間でこう記していた
 
《私がやってみたのは、自分の体験のあれこれの種類を小刀を使って腑分けして、「死すべき存在がまだ生きている」ことの意味が、時間の経過につれ、また空間の拡張もしくは縮小に伴い、どんな風貌をパノラミックに展示されるものかを、いやその人生や時代の展示物の意味のそのまた意味を、さらには意味の意味の意味を…… というふうに、旅の神ヘルメスよろしく飛んだり跳ねたりしながら解釈することであった》(西部邁著・『生と死 その平凡なる非凡』(新潮社)より引用)
 
師匠は自らを振り返り、最後は自ら命を絶った。あれから3年、僕はまだ答えを出せずにいる。
 
もしかしたら答えは見つからないかもしれない。見つけた答えは間違えているかもしれない。
 
だって、問いを投げかけた師匠はもうこの世の人ではないのだから。
 
でも、残した著書を読み、自分なりに解釈を進めていきながら答えを探していくのだろう。
 
残した言葉が著書だけではない。TV番組にも出演していたときの言葉にもヒントがあるかもしれない。
 
師匠は「私は霊魂の存在を感じたことはない」と記していた。だからこそ「深く憶い(おもい)を致し、考え抜いて書き綴るのだ」と記している。
 
師匠が残した言葉を読み解くことが僕にとっての勉強だ。これは一生かけて続けて行くだろう。
 
さあ、まずはまだ読んでいない著書を探すことからだな。
 
 
 
 
プロフィール:篁五郎
現在、天狼院書店・WEB READING LIFEで「文豪の心は鎌倉にあり」を連載中。

http://tenro-in.com/bungo_in_kamakura

初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって打ち合わせに行くほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーのWEBライターとして日々を過ごす。

□ライターズプロフィール
篁五郎(READING LIFE編集部公認ライター)
現在、天狼院書店・WEB READING LIFEで「文豪の心は鎌倉にあり」を連載中。

http://tenro-in.com/bungo_in_kamakura

初代タイガーマスクをテレビで見て以来プロレスにはまって35年。新日本プロレスを中心に現地観戦も多数。アントニオ猪木や長州力、前田日明の引退試合も現地で目撃。普段もプロレス会場で買ったTシャツを身にまとって打ち合わせに行くほどのファンで愛読書は鈴木みのるの「ギラギラ幸福論」。現在は、天狼院書店のライダーズ俱楽部でライティング学びつつフリーのWEBライターとして日々を過ごす。

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2020-11-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol,102

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