週刊READING LIFE vol,112

過去のやり直し方《週刊READING LIFE vol.112「私が表現する理由」》


2021/01/25/公開
記事:佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「やり直したい過去はありますか?」
 
あなたはこう聞かれたら何と答えるだろう?
 
「子供のころにもっと勉強しておけばよかった」
「10年前に付き合っていた彼女との関係をやり直したい」
「転職した時に、もう1社内定が出たほうにしておけばよかった」
 
こういった自分自身の過去の行動や判断で後悔していることは誰しもあるに違いない。
ではいま私が同じ質問をされたら何と答えるかというと「ありません」と言うことができる。
なぜなら過去のすべての体験があって初めて今の自分が出来上がっているので、どれが欠けていたとしても今の自分ではなくなる可能性があるので、すべての過去が必要だったと考えているからだ。つまり今の自分を完全に肯定しているので、過去に後悔がない状態になっているということだ。
 
しかし数年前はこうはいかなかった。
私はコンプレックスも多かったし、死んでしまいたいと思うほど自分を追い詰めた経験もあり「なんで俺の人生はこうなんだ」と自分の人生を否定的にしかとらえることが出来なかった。

 

 

 

2010年、私は人生のどん底にいた。
 
新卒で入社した大手人材会社を辞めて独立起業したが、わずか1年で会社を潰してしまい、収入はゼロになっていた。それどころか借金を数百万円抱えていて、返済する目途もまったく立っていなかった。
自分はつくづくお金に縁がないと自分の境遇に心底嫌気がさしていた。
 
私は幼少期、比較的裕福な暮らしをさせてもらっていた。しかし大学生の時に父親が自己破産し、そこからはお金がない生活を強いられることとなった。
大学生の時は最大アルバイトを5つ掛け持ちして生活費と学費を自分で稼ぎながら、大学に通っていたので、およそ一般的な大学生が経験するであろう楽しみは味わったことがない。
 
なにせ新卒で会社に入社する前日の3月31日までアルバイトをしていたくらいなので、卒業旅行もいかなかったし、卒業式にすら出席しなかった。
とにかく働かなければ生活できなかったのだからしかたない。
 
また実家は父親の自己破産にともない、住んでいた家と土地、そして財産は全て没収され、私以外の家族は住んでいた町から出て、郊外の小さな一軒家を借りて隠れるように暮らしていた。
 
その時までお金のことで家族の言い争いなんてなかったのに、家に電話をかければ必ず何かしらのトラブルが発生していて、父親と兄からも以前のような明るさが消えていた。
 
私は東京に一人暮らしだったので、ただ家族の人生が落ちていくのを見ているしかなかった。というより、私は自分の生活をすることで精一杯で、とても実家の家族のことまで気にかけている余裕がなかった。
 
そしてこの状況になった「お金」というものに執着し「絶対に金を稼げるようになってやる」と心に決め、将来起業してお金に困らない人生を歩むと決心した。
 
会社に入社した後も仕事で成果を出すために死ぬ気で働いた。仕事をしながらビジネススクールに通って知識も身に着けた。そして起業するために仲間と一緒にビジネスアイデアを考えついに起業することができた。
 
しかし起業しても商品は売れず、また自分の想定の甘さもあり、やることなすこと全てが裏目に出た。その結果会社は半年と立たずに資金難になり、私は銀行からお金を借り、存続させようとしたが、結局は事業を軌道に乗せることが出来ずに、数百万の借金を残し廃業することになった。

 

 

 

この時に「やり直したい過去はありますか?」と聞かれていたら「あるにきまってる。全部やり直したい」と答えただろう。起業する前、大学生の時、いやもっと前の小学生くらいから全部やり直したかった。それくらい自分の人生には後悔しかなかった。
 
そんな自分がなぜ今自分の人生をやり直したいと思わなくなったのか?
結論から言ってしまえば、自分の未来にどうしても叶えたい目標を持つことが出来るようになり、過去の辛い経験をポジティブな未来のゴールが上書きをしてしまったのだ。
 
例えるならドラえもんに出てくる「のび太」をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれない。
のび太の人生ははっきり言ってドラえもんがいなかったら最悪な人生になるはずだった。知っている人も多いと思うが、ドラえもんはのび太の子孫であるセワシ君(のび太の孫の孫)が、あまりにものび太の人生が酷すぎて、子孫にまで相当な迷惑がかかっているのを見かねて、のび太を助けるために過去に送り込んだものなのだ。
 
のび太は勉強ができない、運動もダメ、さらにイジメにまであっている三重苦の生活を送っていた。これで自分の人生をポジティブに考えられたら、のび太はある意味歴史に名を刻むほどの偉人になっていただろう。ただ当たり前にそうはならなかったので、セワシ君は見かねてドラえもんをのび太のもとに行かせたのだ。
 
そしてドラえもんが来てくれたおかげでのび太の人生は大きく変わることになる。
色んな道具でジャイアンやスネ夫にやり返すのは、まあ漫画なので置いておいたとして、のび太の人生を大きく変えた最も重要なアイテムは「タイムマシン」だろう。
 
のび太はドラえもんのおかげで未来の自分を見ることが出来るようになった。ドラえもんが来ない未来では将来はジャイ子と結婚して散々な人生を送るのだが、ドラえもんが来たことによって未来を書き換え、映画にもなっているがのび太は将来憧れの女性であるしずかちゃんと結婚をすることができる。
そしてのび太は未来を変えられることを知り、現在の辛い状況を乗り越える原動力としていくのである。
 
実は我々の人生もこのドラえもんの「タイムマシン」を持てるかどうかが非常に重要な要素なのだ。

 

 

 

私は現在コーチとしての活動を行っている。
コーチングでクライアントにポジティブな未来を感じさせることは重要な技術の一つだ。究極言ってしまえばコーチの役割はクライアントにポジティブな未来を見せることだと言っても過言ではない。つまりコーチはクライアントにとってのドラえもんであり、タイムマシンの役割を果たすことなのだ。
 
私がコーチングする人の多くは、自分の過去に何かしらの後悔をしていて、それが理由で現在の自分を肯定的に捉えることが出来ない状態になっている場合が多い。
そしてこの後悔が痛みとなってその人を刺激し、自己肯定感を下げ、現在の自分の足枷となり前に進む力を弱めているのである。
 
ではどうしたらいいのだろうか?
 
まず大事な点は将来に自分がどうしても叶えたいゴールを想像することである。
 
10年前の私にとってのコーチ(タイムマシン)はある経営者との出会いだった。
私がもう会社経営に完全に自信を失っているときに、たまたまある経営者と出会った。彼はコンサルティング会社を経営していた。始めは私の扱っている商材を買ってもらおうと営業に行ったのだが、彼は私自身の話しに興味を示し、私も当時誰かに話しを聞いてほしいという気持ちもあり、これまでの自分の話しを洗いざらい全部話した。
 
そして話し終わったときに彼は「あなたはビジネスの本質が分かっていないんだね」と言った。「いまあなたの話しを聞いたけど、結局あなたが本当にやりたいことはお金を稼ぐことだよね。つまりお金を稼ぐために起業したということだよね。でも残念ながらビジネスの本質はそこではないんだよ。ビジネスとはむしろ逆で、自分と自分の家族以外の誰からに貢献して、その対価としてお金をいただく行為なんだよ。つまり自分が誰かに貢献することが先で、お金はその結果としてもらえるものなんだよ」と言ったのだ。
 
この言葉に私は衝撃を受けた。私は自分がお金に苦労してきたので、お金に苦労しないようにお金を稼ぐ能力を身に着けたいと考え、その手段として起業をした。
 
つまり、お金を稼ぐために何を売ったら儲かるかを考えてビジネスを見ていたのである。別にそれでも悪くないように感じるかもしれない。しかし大きな間違いは、ビジネスの目的がお金をもらうことになっていて、お客様に貢献することに対して目的を持てていなかったことが問題なのだ。
 
そして私はこの時に初めて、自分が本気で「誰に、何をしたいのか?」を考えるようになった。
 
そんな時に私は知人から仕事を手伝ってくれないかと相談を持ち掛けられた。その仕事が障害者支援の仕事だった。そして私は初めて障害者の人たちが置かれている現状を目の当たりにした。
 
そして障害者の方と話したときにある男性が私にこう言った。
「自分は障害者かもしれないけど、誰かに何かしてほしいわけではないんです。自分も誰かに何かしてあげたいんです」と。私はこの話しを聞いたときに衝撃を受けた。
 
「この人は自分が誰かに何かしてもらうよりも、自分も誰かに何かしたいということに対して仕事をする目的を持っている。これは私が教えてもらったビジネスの本質だ。しかしこの方は障害者だからという理由だけで仕事を見つけることが出来ずにいる。一方で私はこれまで本質的には自分が受け取れるお金のことばかり気にしていたのに仕事をすることが出来ていた。何かこの世の中は大きな矛盾を抱えているかもしれない。」
 
そしてこれは障害者だけでなく、高齢者も子育て中のお母さんも、外国人も、働きたい(人の役に立ちたい)と思っていたとしても働く上での制約のために働くことが出来ない世の中なのだということに気が付くきっかけを与えてくれた。
 
その時から私は「障害者でも高齢者でも主婦でも働きたいと願う人たちには、仕事に就く機会が平等に与えられる社会を創りたい」と考えるようになった。
そういった社会を創ることが出来たら、少なくとも今のような格差や差別、いじめなどが起こりにくい社会に近づくのではないかと思い、自分のやるべきことが急にはっきり見えた気がした。
 
そして私はこの将来の目的を見つけることが出来たときに、同時にこれまでの過去の経験のどれが欠けてもこの考えには行きつかなかったと感じた。
自分が学生時代にお金で苦労したのも、アルバイトに明け暮れて他の大学生を心底妬んだのも、起業して失敗し無一文になったのも、すべての経験があったからこの考えが腹の底から理解できたのではないかと感じたのである。
 
つまり私は自分の辛くて、できればやり直したい過去を、未来に対してポジティブでどうしても叶えたいゴールを見つけたときに「過去の経験=辛い」という記憶から「過去の経験=自分の本当の目的に気づかせてくれたきっかけ」という記憶に上書きされてしまったのである。
 
そして私はいまこうして自分の経験を仕事やコーチング、そして文章を通して人に伝えることを仕事にしている。
つまり私が今自分の仕事を通して世の中に表現しているのは「人は過去に縛られるのではなく、未来に対してポジティブな目標を持つことで、過去の辛い経験は上書きすることが出来る」ということなのだ。
 
またさらに言ってしまえば、未来に対してポジティブなゴールを設定するのに、過去に起こった出来事は直接的に因果関係が無いと考えたほうが良い。
過去に何を経験したとしても、たとえそれが消してしまいたいような辛い体験だったとしても、あなたが未来にポジティブなゴールを設定してはいけない理由には何一つない。
過去勉強してなかったから、これからも勉強できないという理由は実はほぼない。「やっておけばよかった」と過去をいくら後悔したとしても、突然勉強ができるようにはならない。
結局はこれから未来に起こしたいことに対してどう働きかけをするのかが大事なのだ。
つまりタイムマシンに乗って未来の理想的なゴールを見て、それを実現するように「今」を変えればいいのだ。
 
この考え方を身に着けることが出来れば、あなたは現在を肯定的に捉えられるようになり、未来に対しての行動に積極的になれる可能性が高くなる。
ぜひあなたも未来に対してポジティブなゴールを設定し、過去を悔やむのではなく、現在の自分を肯定し前を向いて生活してほしい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

静岡県生まれ。鎌倉市在住。
大手人材ビジネス会社でマネジメントの仕事に就いた後、独立起業。しかし大失敗し無一文に。その後友人から誘われた障害者支援の仕事をする中で、今の社会にある不平等さに疑問を持ち、自ら「日本の障害者雇用の成功モデルを作る」ために特例子会社に転職。350名以上の障害者の雇用を創出する中でマネジメント手法の開発やテクノロジーを使った仕事の創出を行う。現在は企業に対して障害者雇用のコンサルティングや講演を行いながらコーチとして個人の自己変革のためにコーチングを行っている。

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2021-01-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol,112

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