週刊READING LIFE vol,116

「なんでなん」を繰り返しても寂しくて、「いいじゃん」と思うことにした 《週刊READING LIFE vol.116「人生万事塞翁が馬」》

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2021/02/22/公開
記事:森本雄大(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「は? なんで俺だけこうなるん?」
 
幼心に、僕は心の中で叫んだ。
自分だけ不幸な運命に苛まれたような、そんな感覚がしばらく消えることはなかった。
 
大好きな場所や人と離れる。
それだけで胸が締め付けられて、気持ちがおかしくなりそうだった。
 
僕は今こそ千葉県で暮らしているが、6歳までは和歌山県で暮らしていた。
父の実家は地元で名の知れたお寺で、僕もお寺の文化に揉まれて育った。
 
面白い父と優しい母。
 
おかしな風習があったりもしたけど、家は裕福で不自由はない。
幼稚園には仲のいい友達がいて、時間を見つけては家に呼んで遊んだ。
 
父は陽気な人で、休日には僕の好きだった遊戯王カードで遊んでくれたのを覚えている。母はそんな父と価値観が合わなかったようだが、僕はそんな父が好きで、和歌山での日々に心底満足していた。
これからも当たり前のように、ずっとこの生活が続くのだと思っていた。
けれどもそんな思いは、ある日突然消え去ることになった。
 
「え? 何? わからんわからん、どゆこと?」
 
いきなりの母の言葉に、僕は全くついていくことができなかった。
何度も確認し、パニックになりかけた。
 
「だから雄大、明日からお母さんと千葉に行こうね」
 
母が低いトーンで僕に語り掛けてくる
 
「お父さんとはもう会わないから」
 
(なんだ? お母さんは一体何を言ってるん?)
 
いまいち状況が呑み込めなかったが、雰囲気から何かが起こるのだろうということは感じた。
どうやら僕は生まれ育った場所から離れないといけないらしい。
父親ともう会わないというのは全く理解できなかったが、雰囲気に押されてとりあえず飲み込んだ。きっとまた少ししたら帰ってこれるだろう。
そう思わないと、この不安に飲み込まれてしまいそうで怖かった。
僕はただ震えた。
 
そうこうしているうち、本当に和歌山を離れる日が訪れた。
不安を抱えて、飛行機で千葉に飛び立つ。
母方の祖父母に迎えられ、これから一緒に暮らすことになった。
 
千葉につくと保育園にも入り直し、なんだかんだで友達もできた。
 
(いつになったら戻れるんかなぁ)
 
そう考えているうちに、時間だけが過ぎていく。
待てども暮らせど、和歌山に戻るという言葉が母の口から出ることはない。
 
後から理解したが、両親は離婚していた。
 
離婚ってものをするとどうやら、一緒に住まなくなるらしい。
自分が好きだったものを全て取り上げられて、もう取り出せない箱の中にぶち込まれたような感覚だった。
 
(なんでなん? なんでお父さんともう会えんの? おかしいやろ……)
 
いくらそう思っても、消えてしまったものは元に戻ることはなかった。

 

 

 

千葉に来て何もかもが変わった。
変化の海の中を、僕は必至で犬かきで泳いだ。
 
「雄大くん、アカンっていうの面白いね!」
 
「え? そうなん? ようわからんわぁ」
 
千葉に来て生活が大きく変わった。
方言も違えば、生活様式も違う。
 
「アカン」とか「せやねん」って言えば、友達からは面白がられた。
何となくそれが恥ずかしくて、気づいたら「そうじゃん」とか言うようになっていた。
食事も何かと味が薄くなったような気がする。
何もかもが新しくて、ついていくのに精いっぱいだった。
 
友達も、文化も変わった。
けれども何より戸惑ったのは、家族環境の変化だった。
 
父と離れた代わりに、僕は母方の祖父母と一緒に暮らした。
母は仕事で忙しかったので、僕は根っからのじいちゃんばあちゃんっ子になるしかなかった。
そしてそれが何より、まぁ大変なことだった。
祖父が何とも厳格な人で、少しの事でも容赦なく怒られたからだ。
 
「じいちゃんの言うことが聞けねぇのか!」
 
口癖のように言われすぎて、多分耳にたこができた。
習い事の帰りに説教されて口答えすると、その場で車から降ろされて置いて行かれたこともあった。
またなんやねんと思いながら、僕は泣きながら歩いて帰った。
 
風邪をひくと「なんだだらしないな!」と言われるし、とにかく嫌で嫌で仕方が無かった。
 
大好きだった父はもういない。和歌山の生活が恋しい。
周りの友達は両親がいて、ちゃんとした家に住んで、兄弟もいる。
そんな皆が羨ましくて仕方がなくて、隠れてまた泣いた。
 
隣の芝は青いどころか、光り輝く宝石みたいに見えて仕方がない。
何もできない自分が嫌で、ただ運命を恨むしかなかった。

 

 

 

「雄大、今度サッカー見に行ってみようか? テニスも行く?」
そんな僕を見かねてか、母が色んな助け舟を出してくれた。
僕がやりたいといった習い事を沢山やらせてくれたり、友達と遊ぶことは何よりも大事にしてくれた。そんな生活を送っていると、気持ちに段々変化が出てきた。
 
(いや待てよ、段々楽しくなってきたかも?)
 
自分の運命を嘆いていたが、生活に慣れると色々なことが面白くなってきた。
和歌山にいるときはお寺中心の生活だったから、ある意味触れる世界が限定的だった。
でも千葉での生活はどうだろう。
 
友達がたくさんできて、毎日色んな遊びができる。
友達とゲームをしたり、普通に勉強したり。
習い事も沢山やらせてもらった。
サッカーやテニス、水泳、書道、英会話、公文……。
全体的にセンスがなく、一番うまくいったのは書道だった気がするけど。
 
そんな中で自分の向いてることややりたいことも段々わかってきたように思えたし、そんな生活が何より楽しかった。
 
中学ではバスケを始めて、初めて打ち込めるものができた。上手くはなかったけれど、仲間と一つの目標を目指すことは胸が熱くなり、これまでにない経験ができた。
 
和歌山にいたらきっと今頃お寺の手伝いをして、お坊さんになるための修行が始まっていたかもしれない。
そんな人生と今の人生、どっちが良かったかと言われたら、むしろ今の人生なんじゃないか。
 
「まぁ良かったんじゃん?」
 
「千葉に来てよかった?」という母の問いに、気が付くとこう答えられている自分がいた。
自分の人生なんて、どこでどう転ぶかわからないんだ。
だから今は、今の人生を全力で楽しもう。
そう思えてきた。

 

 

 

「人間万事塞翁が馬」
 
中国に伝わることわざで、人間の幸不幸は予測できないって意味らしい。
不幸が幸福になったり、幸福が不幸に変わる瞬間なんていつだってある。
 
だからいつも、目の前のことに全力で向き合うことが大事なのかもしれない。
 
環境が変わるということは、色々なものを手放すことだ。
家庭の変化だけでなくて、進学・就職・転勤だってある。
人生の色んな所で、大きな変化は訪れることだろう。
 
でもその変化は、本当にただ手放すだけのものなんだろうか。
昔はわからなかったけど、今なら胸を張って違うと言える気がする。
 
和歌山を離れることになったとき「慣れ親しんだ故郷を失った」と思っていた。
友達も父親も、全て置いてきた。もう戻らないと思った。
 
けれども今大人になって、父親に会うようになって、決して失ってなんかないんだって気づいた。
僕にはただ、和歌山と千葉っていう二つの故郷があるだけ。
父親とも一緒に住んでいないだけ。その代わりに出会えた今の人生がある。
 
それに気づけたから、もう恨む必要なんてないんだって。
自分はきっとこれでよかったんだって。そう思えた。
 
これからも色んな節目に、大きく人生は変わるんだろう。
できるものなら、変わらないほうがきっと楽だ。
 
でもそれで、自分のもう一つの人生を見過ごしていたとしたらどうだろう。
それってもしかしたら、すごくもったいないんじゃないだろうか。
 
手放せば何か新しいものが入ってくる。
そしてその新しいものは、自分にとって大切なものになるかもしれない。
 
「なんでなん」を繰り返した日々が教えてくれた。
嘆いても何も変わらないんだって。
 
だからこれからも笑って、変化を楽しんでいこうと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
森本雄大(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

千葉県在住。
社会人3年目を迎え、自分探し中の青年。
高校の部活での挫折体験から、大学では心理学部に進む。
等身大の自分を表現できる文章に魅力を感じ、ライターズ倶楽部に入部。
「悩んでいるのは自分だけじゃない」と感じてもらえる文章を書くのが目標。

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2021-02-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol,116

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