週刊READING LIFE vol,117

「若者を舞台に立たせよう!」《週刊READING LIFE vol.117「自分が脇役の話」》

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記事:久一 清志(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「採用活動は、営業である」
モノを売ることとの違いはあるものの、自分の顔を売り、認めてもらう点は同じである。
学生が数ある企業の中で、自分の将来を見据えて、社会人として初めての会社を選び、決断する。
採用担当者にとって、選ばれること。選んでいただけることは最高の喜びであり成果である。
しかし、選ばれなければ、成果はゼロなのである。
モノの販売に例えると、何一つモノやサービスを売ることができなかったということになる。
業績に直結する営業活動は、戦略を立てて行動し、業績を上げ続けることに注力しているのである。
人事の採用活動も同じである。採用計画が決まれば、計画通りに採用することが使命であり、売上なのである。
 
2020年の採用活動が始まった。
私は危機感を持っていた。その理由は2つあった。
前年以上に売り手市場になるということと、採用活動のルールが廃止されることだった。
今までにあったのスケジュールは解禁され、企業は自由なかたちで活動ができるようになった。
採用の市場と、学生の動向をいち早く察知して具体的にどう動くか。
2021年春に卒業する学生を対象とした採用活動は、変化への対応が鍵になると考えていた。
 
私は人事を担当している。
特に中小企業は、危機感を持って早期に取り組まないと厳しい結果になることが予測できた。
積極性のある学生は、自ら学んで行動を起こす。反対に消極的な学生は迷い、行動に起こすまでに時間を要する。文系学生の多くは、キャリアセンターの指導を仰ぎ、就職活動を進めていくのが実態である。
予め、学生の特性を理解している大学は、校内での就職指導を積極的に行なう傾向が見られた。
 
私は新しい戦略を打ち出す必要性を強く感じ、対応策を練った。
知恵を得るために、採用活動の支援セミナーを探して受講することにした。
大手企業が主催するセミナーでは、一貫した最新の情報をあらゆる側面で学ぶことができた。
採用環境の変化。大学と学生の動向。前年との比較と傾向。学生の特性などである。
結局、テーマ毎にわかれた数あるセミナーを全て受講した。
戦略を立てる上で非常に有益な情報を得られたからである。
 
採用支援セミナーで学んだことは、企業と学生の乖離を少なくすることだった。
アンケート結果によると、学生が就職活動の中で最も退屈な時間は、「人事担当者による長い会社説明」と記されていた。つまりは、私が今まで行なってきた会社概要の説明は、学生にとって時間の無駄だったのである。会社案内やホームページなどを見ればわかる内容であるからである。他にも学生の視点は、プレゼンテーションや会社の堅苦しさや暗い雰囲気、社員の態度にまで及び、評価がされていた。
 
私は、学生の行動や心理といったものを視野に入れて活動をしていなかった。
会社のことばかりを伝え、学生の求めているものに注力していなかったのである。
採用のマーケティングというものを全く理解していないことに気がついた。
 
学生が求めているものは、リアルな情報。
やりがい、おもしろさ、将来が想像できる会社の情報。実際に働くイメージができる情報を求めていたのである。具体的には、「社風・社内の雰囲気」「入社後の待遇」「入社後のキャリアモデル」「求める能力・人材像」が上位に及んだ。入りたい会社は、安定性、給料待遇、休日、休暇の順に並ぶ。最も訴求力の高い話し相手は、入社2、3年目の若者社員。次に、入社4、5年目の若者社員。そして、社長や経営者とされた。
 
企業訪問の満足度は、社員の魅力、会社の雰囲気と和やかさ、就活生への対応と丁寧さであった
人間関係が良さそうということも評価していた。
学生が企業を訪問しやすい曜日もデータで示されていた。火曜、水曜、木曜であった。
 
私は、学生心理と企業心理の乖離を知り、頭を打った。
戦略は、過去のすべてを変えることに決めた。
 
今年の採用戦略が定まった。その内容は、初めて行なう楽しみなものになった。
私は20年に渡り、自身の勤める中小企業の核となって採用活動に努めてきた。
今まで執り行ってきた活動を新しい戦略に変えるためには、私が変わらなければいけないことに気がついた。
戦略は、主として人事以外の若者社員で作り上げる方法である。
いわゆる、リクルーター制度である。
学生は緊張する。社風や仕事の内容、また聞きづらい福利厚生・働き方などの質問もある。
若者社員と気軽に幅広く話し合える場を設けることで、双方の理解を深めることができる。
また各大学のOBや役員、中間層の幹部にも協力を仰ぎ学生が望む相手と直接に対応できるようにする。
さらには、人事の窓口も若者に変える。この体制を確立して、私は脇役に徹することに決めた。
 
はじめに、セミナーで知り得た情報と資料を、窓口となる人事の後輩に渡して説明をした。
次に役職者の集まる会議において、採用戦略としてリクルーター制度を導入することを説明して協力を求めた。ところが、会議での反応は散々たるものであった。終身雇用の体系で出世してきた役職者たちに、理解を得られなかった。大学卒ではない役職者は、就職活動の実経験がないため、理解するという前に必要性がわからないのである。選考で学生と接する立場であれば、理解は得られるものと期待していた。しかし、実際に選考にたずさわっている代表者でさえも、売上至上主義の考えを主張し、完全に否定したのである。
 
「採用は人事の仕事」
 
古くて堅い頭は柔軟性に欠け、時代の変化には無関心で、思考は停止していた。
 
私は燃えた。
呆れている時間はなかった。社内での協力体制を整える為に、独自で対策を考えた。
若者を囲い込むための対策である。その対策は、個々に理解を求めてお願いするだけに過ぎなかった。
理解のない上司を持つ若者たちをいかにして説得するかを試された。
ここで功を奏した。この20年来、若者たちの採用に関わってきたのは私だからである。
この事実は強みになった。若者たちの理解は早く、協力を得られる体制は整った。
しかし、私がその若者たちを採用した時の対応を新しく変えることが今回の課題である。
新しい戦略を正しく伝え、実践してもらうことが要点になった。
 
けれども、1つだけ変えたくはない対応があった。
その対応とは、学生と同じ目線、対等の立場で接するという姿勢である。
どうしても企業側は、上からの目線で学生を見てしまう傾向が強く、間違う。
私たちの姿勢は、同じ目線か、又は、より低姿勢の目線である。
学生を選ぶのではなく、選んでもらうのである。
この姿勢はだけは頑なに貫き通してきた。
 
私は1度、大失敗を犯した経験がある。この姿勢を間違ったことが原因であった。
その失敗は、バブル経済が崩壊した頃、就職氷河期と呼ばれた時期に起こった。
就職難で困っている学生が、中小企業にも殺到した。
その時に、私は左手でうちわを仰いでしまったのである。
落とすための試験をし、上からの目線で対応した。
その結果、ひとりも採用をすることができなかった。
さすがに、目が覚めて、頭を冷やし、反省した。
その甲斐あって、翌年からは、採用できなかった年は1度もなくなった。
結局、採用活動は人と人との縁であり、お見合いであると悟った。
 
私はこの失敗談を交え、12名の若者たちに、個々に時間を作ってもらい説明をした。
リクルーターになってもらえるように協力を求めた。
若者社員は、誰一人として反対することはなく、理解を示してくれた。
「同じ目線が入社の決め手となった」といってくれた社員もいた。
今までやってきて良かったと感じられる実感があった。
唯一、心苦しかったのは、理解のない上司に隠れて活動しなければいけないことであった。
私自身も個々に説明したのは、同じ理由からであった。
 
若者たちは、自身の持つ仕事の合間を縫って積極的に対応してくれた。
自分たちで考えて工夫をしながら、採用活動を進めた。
活動日は、火水木曜日と定めて、午前と午後の1日2回の機会を設け、学生の希望に応じて個別に対応した。
アプローチの方法は、大手就職支援サイトの年間パッケージを利用した。
一番高額で費用が掛かる投資は、効果が大きく、多数の学生と接点を持つことにつながった。
その他にも、学生求人サイトと自社のホームページも併用をした。
影響力の大きい順番に並べてみたが、有料支援サイトの効果は絶大であった。
 
私は、客観的にみていても、性別を問わず、みんなが楽しんでいるように見えた。
会社の長所や短所、社風。仕事の内容などを感じたままに話してくれているようだった。
私は、良いことも悪いことも包み隠さずに、学生に話してあげて欲しいとお願いしていた。
話してはいけない内容は何1つなかった。
実際には、私は同席していないため、何を話しているかはわからなかった。
あえて、その環境を準備したのである。
また、学生の希望があれば、代表者にも対応を依頼した。
その対応は、数ある企業の中から、当社を第一志望にさせる動機に大きく結びついた。
 
もうひとつ良い点があった。
それは、若者が自らの言葉で感じたままを話せる点にあった。
自らが言葉を人に話す。その言葉の力により、自己認識される効果が得られるのである。
自らが発した長所は自信として身に染み付き、短所は伸び代に変える努力につながる。
また、自分自身を見つめて視野も広がる。社員としての自覚が芽生えて、より会社の長所や短所を探すようにもなる。短所は改善努力にもつながっていく。
さらには、会社の特徴を知れば知るほど、自身の仕事にも発揮できるのである。
特に営業職であれば、会社説明をするときに得意になれる。
若者社員にとっては、最善の学びにつながっていくのがわかった。
私も営業職の経験があるため、その効果を断言できた。
会社の理解が深い社員ほど、活躍している。活躍している社員は、自己肯定感が高く、辞めない。
自分の会社を誇れる社員に成長するのである。
若者の学びの場、やりがいを感じる場として採用活動の仕事は有効であった。
 
けれども、採用活動の環境は一変した。新型コロナウィルスの影響である。
危機感は、全くちがう危機感に変わった。
 
私たちは新たな課題を突きつけられた。
 
「新たな変化への対応」であった。
 
2月中旬から本格的に取り組み始めた採用環境は、季節の移り変わりと共に困難な状況へと変わっていた。
大手企業の説明会は、相次いで延期や中止の方向性が見られるようになった。
感染拡大の予防対策として、外出の自粛などが制限されたことにより、学生と対面で会うことが難しくなっていった。売り手市場と言われていた採用市場から、企業の採用意欲に陰りが見え始めた。
緊急事態宣言が発令された4月は、学生の活動による危険は避けられず、通信回線を通じた応対を余儀なくされた。お互いに不慣れな通信回線による応対に気を使ったものの、実際に話をしてみると意外と打ち解けて話しができた。
自粛期間による行動の遅れは、安全を配慮したかたちで継続して対応した。
選考を希望する学生も現れた。通信回線による面接にも初挑戦した。
パソコンさえも不得手な代表者は、強いられるかたちで通信回線による面接を行い、内定を出した。
けれども、学生から承諾を得られるまでには時間が掛かかった。仕方のないことであった。
なぜなら、学生にとって当年の就職活動は、全体的に遅れていたからである。当社が第一志望であれば問題はなかった。違っていれば他社の選考を受ける必要があったからである。
社会人となり、初めての就職先。学生にとっては、人生を決める大切な決断である。
その決断に時間が掛かっても当然である。だから、承諾までの期限を延ばした。
これも1つの姿勢である。縁があった場合は、納得して入社していただくためでもある。
コロナにより、新しい変化にも対応しながら、地道に活動を続けた。
 
私たちの取り組みは、少人数制の個別対応であるため、活動はしやすかった。
主に電子メールを用いて連絡を取り合い、つながりを保つように心掛けていた。
対面が可能になると、私たちの個別対応は、新型コロナウィルス感染拡大予防にもつながった。
少人数であること。大きめの部屋で、距離を保ち、換気をしながら進めたことで対面での現実的な応対が可能になった。学生には、来社時の対応を事前に伝え、理解をいただいた上での訪問を促した。
「安心感につながった」という感想もあり、好印象を持ってもらうことができた。
 
これらのすべての取り組みは、若者たちが考えて工夫し、挑戦してきたことである。
リクルーター制度による採用戦略への対応。新型コロナウィルス感染拡大予防の進む環境への対応。
1つ1つ、その対応を考えて行動し、工夫をしてきたのである。
例年は、多くても5名。平均すると3名程度の採用人数であるところを8名の採用が決定した。
その活動について、私は全くたずさわることはなく、傍観していた。
若者たちが前を向きに、積極的に行動した結果である。
 
若者たちに仕事を託し、見守ることで得た大きな成功事例である。
新入社員を採用できたことだけに限らない。
若者たちは、学生のニーズを理解し、考え、工夫して対応したこと。
挑戦したことで大きく成長した。会社を理解し、仕事を理解して学生に伝えた。
自己認識も愛社精神も強くなった。
当年の採用活動は、あらゆる変化に対応して大成功に終わった。
4月の入社時には、会社全体が幸せな気持ちになれた。
社内の活性化と若者の成長にも大きく結びついた。
そしてもうひとつ、忘れてはならないものがある。
私自身の成長である。採用活動の全てを若者たちに引き継いだこと。
長い間、踏み切れなかった。
環境の変化を捕らえ、学び、行動し、伝えることができた。
若者たちの取り組みを見守った。
 
職場で若者たちが仲良く活き活きとしている姿。
明るく笑顔で楽しそうに仕事をしている姿。
この姿は、今後の採用活動につながることを確信している。
今から来春の新入社員が楽しみでならない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
久一清志(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪生まれ。2020年11月ライティング・ゼミ「秋の集中コース」を受講。
継続してREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部での受講を決意し勉強中。

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2021-03-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol,117

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