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週刊READING LIFE vol,119

とある中二病の無地書籍(マイブック)《週刊READING LIFE vol.119「無地のノート」》


2021/03/15/公開
記事:黒崎良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
比喩でも何でもなく、無地のノートを探すのは意外と難しい。
 
文房具屋さんにある、いわゆる「ノート」には、必ずといっていいほど罫線、あるいはマス目が書かれている。
本当にまっさらな紙は、これまた比喩でもなく「チラシの裏」か、ただのメモ帳くらいであろう。
 
さもあらん。無地のノートはすこぶる使いにくい。そもそも罫線がないノートに、平行かつ均等な文字列を書くことが、至難の業である。特に字が下手な自分にとっては死活問題だ。下手すりゃ死人が出る。
 
失礼、意味不明すぎた。
とにかく、少なくとも私には、まっさらな無地の紙にきれいに文字を書くことなどできないのである。
したがって、ノートは罫線あるいはマス目があってしかるべきなのだ。
 
ここら辺の主張は多かれ少なかれ、皆さんもご納得していただけるのではないだろうか。
 
作文用紙しかり、大学ノートしかり。
自らの手で、見やすくきれいに文字を記すには、無地のノートはあまり適切ではない。
 
ところが、ここに、その適切ではない、“ほぼ”無地のノートがある。
いや、ノートというのは少し違う。
サイズは文庫本くらい、というより大きさ、形は、そのまんま文庫本である。
 
その名も『マイブック』。サブタイトルには「2008年の記録」と書かれている。
 
表紙をめくると、著者近影のところには「あなたの写真を貼ってください」の文字が四角で囲まれており、著者名も自分の名前を書くために空欄となっている。
1ページごとに日付が記されており、365日、それぞれのページがある。
 
実はこれ、新潮社から出版された「文庫のようなノート」である。ちゃんと新潮文庫のデザインとなっている。
 
コンセプトとしては、「その年のあなたが作る本」とのこと。
日記のように使ってもいいし、手帳として使ってもいい。
 
「毎日使い続けて完成させたなら、きっとかけがえのない一冊になっているはずです」
 
とは説明文の1節であるが、2007年12月の私は、その帯にある「自分の本」とでかでかと主張するゴシック体の文字に惹かれていた。
 
見た瞬間に「自分の本」という言葉が頭の中でエコーした。
 
自分の本。いい響きだ。特に文で食って生きたいと思っていた13年前の若者にとって、この響きは甘美な響きであった。
 
私はさっそくそれを購入し、これに日々、何かを書こうとしたのである。
 
そう、「書こうとした」のである。
 
だが、そのときの私は失念していたらしい。私自身に毎日何かを続けるだけの根性というかマメさというか、そういう勤勉な姿勢が備わっていないことを。
 
いわゆる三日坊主であるということを。
 
案の定、ページの大半は白紙である。まったく、13年前の私は、一体何を考えていたんだか……いや、何も考えてなかったのか。
 
しかも、僅かに書かれているページには、謎の文章群が存在していた。
 
私は古いアルバムを開くような思いで、この本のようなノート、『マイブック』を読んでみることにした。
 
それがいけなかった。
 
アルバムもそうであるが、昔の文集などは禁断の書である。
特に13年前といえば、私が働き始めたくらいである。胸に希望を秘め、若さと情熱であふれていた時代である。たぶん。
 
そして何より、現在進行形で罹患している中二病の症状が、かなりひどかった時代でもある。
 
私は恐る恐る、ページをめくってみた。
 
1ページ目である「1月1日」のページには、オリジナルの小説もどきがシャープペンシルで書かれていた。
 
いや、いい。これはまだよいのだ。
内容は具体的には言えないが、これはよいのだ。
 
次のページから5、6ページは、タイトルだけの白紙ページだった。
このタイトルが、また痛かった。
痛かった、が、これもまたよいのだ。捨て置け。
 
しばらく自分が書いた文字がなかった。
が、ふとページの下、端っこを見てみる。
 
何かがあった。
文字ではない。
いわゆるイラストである。
 
ページの端にあるイラスト、と言って、もしかしたら自作パラパラ漫画か、と思いきや、さにあらず。
 
本当に、ただ、下手なイラストがそこにシャープペンシルで書かれているだけなのだ。
 
円の真ん中を黒く塗った奇抜なオブジェクトには、隣に「一眼」と書かれていたし、一本の線が引いてあって、隣には「斬」と書いてあった。
 
もう意味不明すぎた。
当時の私が何を思っていたか知らない。ただ、字と絵が下手だという自覚はあった。あったのに、これである。
 
上の謎のイラスト(らしい何か)だったら、別にいいではないか、と言ってくださるお優しいあなた。
 
申し訳ないが、ある程度マシだから具体的に報告しているのである。他にも、中二病になったことがある人なら経験があろう、あんな絵やこんな絵が描かれていたのである。いや、あれは絵なのか?
 
とにかく、もんのすごく“痛い”のである。
 
そしてそれからがすさまじかった。そのイラストもどきとともに、様々なことが書かれるようになる。
 
2月16日
「何事においても1期はすばらしい。あはは。あはは。あはははは。」
 
2月17日
「浮かぶ~浮かぶ~カモ浮かぶ~かも~かも~by子ども」
 
3月7日
「狐目ってなかなかいいと思うんだ。でも魚の目とか鳥目はイヤだよね。ではあなたは何目?」
 
3月27日
「にゃ~」
 
断言しよう。
私にはそのときの記憶が一切ない。
何をしていて、何を思って、こんなことを書いたのか、知る術がない。
 
カオスであった。これは開けてはいけないパンドラの箱だった。
ていうか「にゃ~」ってなんだよ! 「にゃ~」って!
 
他にもオリジナルキャラクター設定とか、詩っぽい何かとか……読んでいて体力が削られていくのを実感してしまった。モウヤメテ……
 
そして心身ともに削られた私は思う。
なるほど、これが「無地」の魔力か、と。
 
罫線やマス目は、いわば秩序である。
文章や文字をきれいに見せるこれらがあるのは、すなわち、誰かに見せるためである。
逆に誰かに見せる必要がなければ、そこに秩序は不要である。そのときの自分が分かればよい。
 
したがって、罫線やマス目は不要となる。
 
アイデアを考える際、無地の白紙のノートで考える人が多いのも、無秩序やカオス、自由な発想から、新たなアイデアは生まれることが多いからであろうか。もちろん、この限りではないとは思うが。
 
無地であること、白紙であることと無秩序はイコールではないが、それでも、あの無地の文庫ノートには、私の中のカオスを解放する何かがあった。
それを魅力というべきなのかどうかは分からないが、たぶん、当時の私にとって、それは必要なことだったのだろう。
 
この世は秩序で成り立っている。
みな、目安となる罫線や、マス目にそって生きている。
 
さもあらん。それらがなくなれば、この世を支配するのは混沌だ。
 
だからこそ、人は内なる混沌をどこかで解放せねばならない。
 
だが中二病しかり。
みんなが敷く罫線を逸脱する人は、いつだって異端者であり、異物であり、災厄である。
そして、どうにも恥ずかしいものである。
 
それを知っていて、それでもやるせない思いがあったとき、人は無地のノートに思いや考えを記すのではなかろうか、ってこれも結構恥ずかしいこと言っているな……
 
ともかく、人に言えない思いや考えを秘めているなら、無地の白紙に書いてみるのも一興かとも思う。それが恥ずかしいことならなおさらだ。
 
『マイブック』の記述は、7月19日で途切れている。まあ、私にしてはよく書いた方だろう。
 
タイトルには「雑司が谷霊園にて PM3:50」とあった。
 
「(前略)ちと考えたのだが、墓地が落ち着くのはそこに何も無いからなのかもしれん。多かれ少なかれ、日頃は「他人」を感じて生きているからか……そう、たぶんそこには何も無い。生者も死者も」
 
いや、もう、ホント何があったのか。もちろん記憶はなく、推察する術はない。
 
ただ、少し、ほんの少しだけ、よく書いてくれた、と過去の自分を褒めたい。
パンドラの箱に残ったのは、確か希望だったか……ああ、また恥ずかしいことを……
 
ちなみにこれ、今年版も発売中である。
みなさんも自らのカオスを、この無地のノートに解放してみてはいかがだろうか?
 
もっとも、後々になって読み返すことは、どうにもおすすめできないのだが……
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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2021-03-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,119

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