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週刊READING LIFE vol,119

アラフィフのおばさんがスノボに挑戦した結果《週刊READING LIFE vol.119「無地のノート」》


2021/03/15/公開
記事:武田かおる(READING LIFE 編集部 公認ライター)
 
 
翌朝、筋肉痛で思うように体が動かなかった。ベッドから降りるのも一苦労だった。
それだけではなく、朝からつわりのような吐き気が続き気分が悪く食欲もなくなってしまった。

 

 

 

私はその前日、生まれて始めてスノーボードというものに挑戦した。
あんな風に、気もち良さそうに風を切って滑ってみたい、スキーと違うあの独特の感じを味わってみたいと、ずっとスノボに憧れを持っていた。
 
アラフィフの私が学生の頃はスキーしか選択肢がなかったような気がする。ゲレンデにはユーミンの音楽が流れていて、『私をスキーにつれてって』の映画が流行っていた時代。今のスキー板と比べてやたら長いスキー板だった。よく友達と泊りがけでスキーをしに行った。スキー場に泊まり込んでバイトもした。いわゆるリゾートバイトだ。
 
けれど、思い返してもそのころスノボをしている人は周りにいなかった。
 
調べてみたら、スノーボードが普及し始めたのは1990年頃かららしい。ちょうどそのころから働きだして、スキーをする機会もなくなって、ウインタースポーツから遠ざかっていた。
 
あれから時が経ち、私も結婚し子どもが生まれた。息子が学校のスキープログラムを通じてスキーに夢中になり、最近、家族でたまにスキーに行くようになった。私はアメリカに住んでいるのだが、車で30分から1時間もあればスキー場に行ける雪深い環境に住んでいる。
 
下の娘もスキーを嗜んでいたが、今年からはスノーボードをやってみたいということでレッスンを受けるようになった。
 
私も今年はスノボに挑戦してみたいと思っていた。特に昨年からのコロナ禍で、もう約1年ほど家を中心とした生活が続いている。コロナが始まって以来、収束まで終わりが見えない中で、これから時が経つのが長くなるだろうと思っていた。だが、この1年、意外に早く時が過ぎた。
 
外出や行動に制限がかかる日々。早く過ぎ去ってくれるのは嬉しい。だが、家で何もしなくても時間がすぐ過ぎる。だからこそ、コロナ禍にこれをしたと言える何かを始めたい、そう考えていた。その一つがスノボへの挑戦だった。

 

 

 

そんな中、小学生の娘の友達数人と、そのお母さんたちとスキーに行くことになった。参加者の一人のお母さんはスノボをすると言う。そしてその方も初心者ということなので、私もスノボに挑戦してみようと思い立った。
 
正直、私は子どもたちに何かあったら助けに行く立場なのに、そこでやったことのないスノボに初挑戦するのもどうかという思いもあったが、挑戦してみたい気持ちがどうしても勝ってしまった。
 
前日、私は困ったときのYOUTUBE頼りでスノーボードのレッスン動画を見てみた。初心者の若い女の子がインストラクターの指示で、メキメキ上達する姿を見て希望が湧いた。そうしてイメージトレーニングをした上で、当日に臨んだのだ。
 
だが、翌日、いきなり戸惑った。昨日観たYOUTUBEに出ていた若い女の子は、「自己流で今まで滑っていた」と言っていたが、私は自己流どころか、ボードの上に真直ぐ立つことすらできないのだ。それだけではなく、ボードがまるで暴れ馬のようにちょっとの傾斜に反応して動き出し、全く自分の意思でボード自体をコントロールできないという事態に陥った。
 
私はスキーは上手ではないが、中級のゲレンデは滑れる程度だ。スキーのレッスンは小学校のスキー教室で習った程度で、ほぼ自己流でやってきた。だからスノーボードもなんとかなるだろうとちょっと高をくくっていたところがあった。だが、当たり前だがスキーとスノーボードは全く違うものだった。
 
何度も何度も豪快に雪で覆われた地面に体を打ちつけて転びながらゲレンデを降りた。自分が転ぶのはいいが、小さな子どもがいるところに叫びながら滑り込んで、彼らに当たって怪我をさせないかヒヤヒヤした。
 
周囲の見知らぬ人が、私を見るに見かねて、立ち方とか方向転換とか、いろいろアドバイスしてくれた。だが、人によって言うことが違うし、余計わからなくなった。娘も自分がレッスンで習ったことを私に教えてくれるのだが、これがまたさっき見知らぬ人が教えてくれたのと違っていて、さらにわからなくなった。
 
結局、何度も何度も豪快に転け続けた。一緒にスノボに付き合ってくれたお母さんと、
「今日は怪我がなくてよかった。そして、次はレッスンを受けたほうがいいね」という結論に至り、その日は終了した。

 

 

 

そうして、その翌日、冒頭のように体がおかしくなってしまったのだ。初めてのスノボが、翌日アラフィフの体に与えた影響は想像を超えていた。スノボをする人が皆、翌日気分が悪くなるわけではないし、体中が筋肉中になるわけではない。年だからだろうかとかいろいろ考えた。だが、幸い時間差で来た吐き気もその翌日にはもとに戻っていった。怪我をしなかったのは本当にラッキーだった。
 
しばらくして、また家族でスキー場に行くことになった。今度は娘と一緒にスノボのセミ・プライベートレッスンを受けることにした。
 
インストラクターはマスクとヘルメットで目しか見えないが、白人の若い大学生ぐらいの男の子だった。キャムという名のインストラクターは非常にスパルタだった。私がアラフィフとかそういうのも多分マスクとヘルメットで見えないのだろう。全く容赦がなかった。
 
滑り方だけではなく、ボードを片足だけ外して移動するときも、両足が離れすぎているとか、細かく指摘してくる。
 
「もっと胸張って、自信持って!」
 
「腰が引けてる。上半身は真直ぐ力を抜いて!」
 
「重心が右に行き過ぎている」
 
「ボードごとジャンプして、方向を90度変更して」
 
初心者のアラフィフのおばさんに、キャムは休むことなく指摘やアドバイスを繰り返す。
 
「そんなのできません」
 
なるべく言われたことを実践してレッスンについていったが、さすがにボードごとジャンプなんてできなかったからだ。
 
「こうやってやってみて。できるはず」
 
インストラクターは私にもう一度やってみせた。私の場合、ボードが重くて一回で方向転換は無理だから、少しづつ方向を変えた。松岡修造張りのスパルタ教育に泣きそうになりながらも、練習を繰り返した。あっという間に1時間が過ぎた。気がついたらレッスンの最後には真っすぐ立って、ターンして自分で止まれるようになっていた。
 
レッスン終了後、インストラクターは私をほめてくれた。私は、こんな下手くそなアラフィフに我慢強く指導してくれた青年に感謝した。
 
私は考えた。いかに今まで私は自分の中に過去の経験や知識が刷り込まれていて、それがスノボで滑る際の障害になっていたかを。
 
まず、自分がアラフィフであるということで、もしも転けた場合、打ちどころが悪いと骨折してしまうかもしれない。更年期の年頃だし、健康診断でビタミンD欠乏症予備軍と診断されたこともあるので、骨粗鬆気味だとさらに骨折しやすくなる。
 
だから転けるのが怖い。転けたときに最小限の怪我になるように腰を引いてしまう。
豪快に滑って転けないようにするには、お尻をついて止まるのが一番だが、止まり方がわからないから尻を地面につくのが手っ取り早い。だからまた腰が引けてしまって、上半身をまっすぐにできない。転けたときに、すぐ手が出るように、体中が緊張しているから、上半身がリラックスできない。
 
こうやって、いろいろな経験や知識が私のスノボの上達にブレーキを掛けていたのだ。
 
人は赤ん坊の時、無地のノートの状態だ。経験や知識が無いので、あくまでも真っ白なノートだ。ただ、できるのは、相手が誰であろうと欲望を満たしたい時や不快な場合に泣くだけだ。
 
しかし、成長するにつれて、熱いものに触ったらやけどするとか、こうしたら親に怒られるとか、犬に噛まれたら痛いとか、経験の中でいろいろ培ったものが無地のノートに記録されていく。それは、危険から身を守るためには必要なことである反面、年をとってから新しいことに挑戦するときに、私のように障害となってしまう場合があるのだ。
 
スキー場でも、幼稚園児ぐらいの子が自由自在にボードやスキーを操って、結構なスピードで滑っているのをよく目にする。子供の方が、私のような転けたら骨折するかもというような不要な恐れや緊張がないので、早くインストラクターの言うことを習得できるし、自由にリラックスして滑ることができるのだと思う。
 
今回、スノボのレッスンを受けてみて、インストラクターのキャムは消しゴムの役割をしてくれたような気がした。私の経験や知識が埋め尽くされたノートの余分な緊張や恐れにつながる知識の部分を消しゴムで根気よく消してくれて、一旦白紙に戻してくれた。そして、再度必要な情報をまた書き込んでくれたような気がしたからだ。
 
まだまだ練習は必要だけれど、もっと挑戦してみたい、もっと上達したいという前向きな気持でインストラクターにお礼を述べた。
 
年を重ねると、何かを新しく始める際、過去のいろいろな経験や知識などがあなたの挑戦やその上達を邪魔するかもしれない。若い時に物事を始めるのと、年をとってからはじめるのとは、ここが大きな差になると思う。けれど、あなたのノートに埋め尽くされた、その挑戦を阻害しようとする知識や経験を根気よく消してくれて、新しい正しい知識を書き込んでくれる先生に出会うことができたら、その時あなたの挑戦は成功し、楽しみに変わっていくのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
武田かおる Web READING LIFE 編集部 公認ライター

アメリカ在住。
日本を離れてから、母国語である日本語の表現の美しさや面白さを再認識する。その母国語をキープするために2019年8月から天狼院書店のライティング・ゼミに参加。同年12月より引き続きライターズ倶楽部にて書くことを学んでいる。
『ただ生きるという愛情表現』、『夢を語り続ける時、その先にあるもの』、2作品で天狼院メディアグランプリ1位を獲得。

WEB READING LIFEにて、「国際結婚ギャップ解消サバイバル」連載中。
http://tenro-in.com/international-marriage-gap/153851

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2021-03-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,119

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