週刊READING LIFE vol,120

自分の罪と向き合い続けたことで得られた本当の幸せとは《週刊READING LIFE vol.120「後悔と反省」》

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2021/03/22/公開
記事:竹内将真(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
誹謗中傷が原因で命を絶ったというニュースを目にすると、背けてはならない自分の罪と向き合っているかのような感覚を覚える。もし、加害者側に立っていたら私は今頃どうなっていたのだろう。連日ニュースで報道され、家の前には多くのカメラマンや記者たちが張っていて、家には落書きをされたり、石を投げ込まれたり、近所の人たちは私の悪い噂(「いつかやると思っていたんだよね」というような)で盛り上がり、長年住んでいた大好きな街から追い出されてしまうのだろうか。それこそ、誹謗中傷のターゲットが私になる気がする。逮捕されて、素顔を白日の元に晒すことになってしまっていたかもしれない。そう考えると身の毛のよだつ思いがする。インターネットはその匿名性ゆえ、誰もが気軽にコメントを残せる。ポジティブなもの、ネガティブなもの、特定の人に向けた心無いコメントもまで、多種多様な言葉が今この瞬間にもネットの世界では飛び交っている。
 
「言葉は人を殺す刃物だ。誰もが扱えて、簡単に人を殺せてしまう」
 
こんな簡単なことになぜ私は気づかなかったのだろうか。その事実に気づくことができた、いや気付かされたのは「あなたの言葉には棘がある」と伝えられたからだ。言葉を話すようになって20数年経っているが、そんなことを言われたことはなく、私が言ったことで相手を怒らせた経験など一度もなかったから、まさか自分の言葉が刃物になっているとは思いもよらなかった。とてもびっくりしたのを今でも覚えている。
 
しかし、このことを伝えられていなかったら、今頃、もっと多くの人の心に刃物を刺していたのかと思うとゾッとする。あの言葉がなかったら、私は今こうして変わることはできなかっただろう。私をダークサイドから救ってくれたあの言葉は、仏様のような温かさを持った言葉だった。言葉は使い手によって救いの手にもなるのだと思い知らされた。
 
その時の話を少ししようと思う。
 
その当時は今ほどネットの誹謗中傷は社会問題とはなっておらず、掲示板サイトなどを見ると、知らない誰かが芸能人や身近な人の粗や失敗を探してはこれでもかというほど攻めていた。
 
朝、目を覚ますと一件のLINEの通知が入っていた。頭が起ききっていないまま、その通知の内容を見た。「今日時間ある?」
 
淡々と書かれたその文面にはある種の恐怖感が潜んでいた。ただ事ではないと私の第六感が告げている。何か話したいことがあるのだろうか。それとも純粋に遊びの誘いだろうか。さまざまな憶測が私の頭を駆け巡った。
 
既読を付けてしまったので、返信が遅いと勘ぐっていることを相手に知らせてしまうことになる。素早く「空いてるよ」とだけ簡単に返事をし、相手からの返事を待つことにした。
 
「じゃあ、17時に近くの喫茶店で。話したいことがあるの」
 
返事はすぐ来た。どうやら遊びの誘いではなかったようだった。話したいことがある。一体何を話したいのだろうか。最近は別に仲も悪くなかったし、今まで通りの関係が続いていたと私は思っている。特に恋愛的に燃え上がるような出来事はなかったが、その一方で喧嘩もなかった。何を話すことがあるのだろうか。返事をもらってから一日ずっと考えていたが、全く見当もつかなかった。
 
定刻通り近所の喫茶店に来ていた。この喫茶店は2人の思い入れのある場所で、初めて2人で食事をした場所もこの喫茶店だった。それから何度も訪れ、笑い合ったり、将来のことを考えたり、時には喧嘩したこともあった。マスターとも仲が良く私たちの関係を親のように見守ってくれていた。
 
少しして、彼女がやってきた。「おまたせ」と普段と何も変わらない表情で、落ち着いたトーンで話しかけてきた。「よかった、特に機嫌が悪いわけではないみたいだ」と思い、少し安心した。少し不機嫌な様子をしているかと思っていたが杞憂だった。
 
コーヒーとココアを注文し、飲みながら彼女が話を切り出すことを待った。こういう時に限って店内に客がおらずまるで森の中にいるような静寂が私たちを包んでいた。その一方で私の鼓動は大きく、速く、刻まれていく―
 
「ところで話ってなに?」
 
静寂に耐えかね切り出した。これ以上沈黙が続いたらこちらの身が持たない。早く話の内容を聞いて安心したかった。
 
「別れよう」
 
考えていた悪い予想がピタリと命中した。「話したい」と言われたとき、そんな予感はしていたが、ありえないと思い頭の奥底にしまっておいたはずだった。順調だったと思っていたのは私の方だけだったようだった。
 
「突然すぎるよ。またなんで。冷めたと思った?」
 
必死に食い下がった。しかし、そんな私の感情とは裏腹に彼女は淡々と続ける。
 
「あなたといる時間は楽しいよ。もちろん私だって別れたくない」
 
「じゃあ、なんで」
 
「それを今から話すから聞いて。少しね、精神的に疲れてしまったの。あなたの言葉から受けていたダメージが蓄積されてキャパオーバーしてしまうって言ったらわかるかしら。あなたの言葉にはね、棘があるの。鋭く長い棘が」
 
私を見ている彼女の眼差しは、私のような被害者を増やさないために伝えなければという覚悟が込められていたような強い眼差しをしていた。
 
「言葉に棘があるなんて初めて言われたよ。どこに棘があるっていうんだい?」
 
今までそんなことを指摘されたこともなかった。友人とも普通に会話していたし、機嫌を損ねたことなんて今までに一度もなかった。
 
「でしょうね。いやわからなくて当たり前なのかもしれない。幼い頃から無意識のうちに使っているものだからね。指摘されなければわからないでしょうね。無意識かもしれないけれど、あなたの言葉には棘があるの。まずそれだけはわかってほしい。何気ない一言で相手を傷つけてしまうことができるの」
 
彼女はまるで教師が生徒に指導するかのような思慮を込めた口ぶりで続ける。
 
「あなたの発言を聞いていると、多分なんの気もなしに言っているのだと思うのだけれど、私の心にチクチクと針を刺されているかのように感じるの。何気ない一言でもそう。ああ、この人って私のことを考えて発言していないんだなぁって。親しい間柄の私にでさえ、このような発言をしているのだから、色んな人に無意識のうちに針を刺してしまっているかもしれないと思ったの。だから、一番身近な存在の私が人柱となって、これから先の犠牲者を無くさなきゃいけない。だから、こうしてあなたに伝えようと思って呼び出したのよ」
 
キャスターが連日話題になっている自殺のニュースが遠くから聞こえた。その内容が私の中に今まで犯してしまった罪として残る。笑ってくれるからいいやと思って相手を貶して笑いを取ったこともある。相手の気を引きたくて、あえてマイナスのことを言ったこともある。思い返してみると、これまで生きてきた中で多くの罪を犯していたのだった。言っている本人は何も気づかない。その場では面白いと思われて有頂天になっているし、相手から思い通りの反応が返ってくるから嬉しいと思う。しかし、それは言った本人だけであって、言われた側の心には深い傷となって、いつまでも残るのだ。
 
相手の気持ちに立って考えてみればわかることだ。だが私は子供でもわかることがわかっていなかった。
 
「ごめんなさい。そんなこと気づいてもいなかった」
 
私は謝ることしかできなかった。もうそれは取り返しのつかないものだから、ただ誠意を込めて謝ることしかできなかった。
 
「やっぱり気づいてなかったわね。謝らないで。今日気づけたのだから、これから変えていって欲しい。私からの最後の頼みだと思って、これ以上私のように悲しむ人を作らないでほしい」
 
彼女からの慈悲だった。彼女の辛さは想像もつかない。激怒もできたはずだ。しかし、それをやらなかった彼女の優しさが私の心に染み渡った。「悲しむ人を増やさないで」。その言葉が私の頭に残り続けている。
 
言いたかったことを言えてすっきりしたのか、背をぐっと伸ばし、「それじゃ」と言って彼女は店を後にした。その顔は、話し合う前とはまるで別人のように生き生きとしていた。
 
それ以降、私は言葉に対してより気を遣うようになった。この歳で気づいたのは遅すぎるかもしれない。もっと幼い時に気づくべきだったと何度も思った。なぜこんなことに気づかなかったのだと何度も自分を責めた。あの日から私は罪という名の思い十字架を背負った。
 
言葉というものは誰にでも使うことができる。言葉は世界で一番簡単に扱える凶器なのだ。ただ声かテキストがあればいいだけなのだから。
みなが同じように言葉を話すわけではない。同じような言い回しをして言葉を話すわけではない。今まで育ってきた環境も吸収してきたことも全く違うのだから同じわけがないのだ。だから聖人のような優しい言葉遣いをする人もいれば、私のように人を不幸にする言葉遣いをする人もいる。
 
しかし、言葉遣いは生活の中の意識1つで変えることができると私は思っている。ただ言葉というものは性格と同じで、長い年月をかけて作り上げられたものなので、簡単に変えることは難しい。ずっと意識するようにしているが、親しい間柄の人と話すときになるとすぐ今まで通りの言葉遣いをしてしまう。今まで通り鋭い言葉を放ってしまうこともある。難しいことではあるが、常に「相手を気遣った言葉を使う」と意識するということが大切なのだと思う。
 
「同じ過ちは二度としない」と心に強く決め、それを日常生活において実践していく。石が上流から下流に流れるときに角が取れて丸くなっていくように、言葉の棘も長い時間をかけて少しずつ取っていくしかないのだと思う。
 
言葉に気を遣うようになって、少しずつ周りが変わり始めた気がする。会話の中で、聞き手が楽しそうに笑いながら話すことが増えたのだ。今まではどこか愛想笑いだったのだが、心から笑ってくれているのだと思うようになった。その姿を見ると、少しでも相手にいい影響を与えられているのかと思いこちらまで幸せな気持ちになる。あの時伝えてくれた彼女が見ていた世界はこんなにも温かい世界だった。棘を放っていたときはどこか、冷たい空気感を感じることが多かった。だが、今はどうだ。私も相手も心から通じ合っているではないか。自分の意識と言葉ひとつでこんなにも楽しい時間が過ごせるようになるのか。にわかに信じがたいことだった。
 
私たちが楽しそうに話していると、それに釣られて別の人も「入れてくれよ」と会話に参加してくる。2人で話していたのが3人へ、3人から4人へ、というように、徐々に人が増えていく。みなに共通しているのは、心から幸せを感じられているのだろうということだ。おそらく幸せは誰もが欲しがっているので、感じられる場所に人は集まってくるようだ。言葉は幸せを運び、人を連れてきてくれるのだ。
 
気遣う言葉は相手を幸せにさせる。「言葉で人を傷つけてしまった」という後悔と反省がなければこの事実に気づくことができなかった。私のこの罪は生涯消えることはない。一度犯してしまったという事実を深く受け止め、これからの生活に活かしていかなければならない。いつかまた彼女に会った時、「変わったね」と言われるように、私の言葉で相手を幸せにできるように毎日言葉を磨いていくつもりだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
竹内将真(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県在住。宗教、思想、哲学、アート、詩など、目に見えないものや感性を問うものが好き。大学時代は東洋思想を専攻。また祖母の影響で神社/寺社へ10年以上通い続けている。最近は仏教を学び始め、その中で言葉と他者に対する向き合い方を考え続けている。
将来は、目に見えないもの・感性を刺激するものたちを多くの人たちに伝えていきたいと思っている。

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2021-03-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol,120

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