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週刊READING LIFE vol,120

「言って後悔するか、言わなくて後悔するか」究極の選択《週刊READING LIFE vol.120「後悔と反省」》


2021/03/22/公開
記事:九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
言って後悔するのと、言わなくて後悔するのと、どちらかを選択しないといけないなら、
絶対、言わなくて後悔するほうがましだと思っていた。
なので、いつも言わない選択をする。
だから、言いたくても言わなかったことが、山ほどお腹にたまっている。
恐ろしいほど膨大な量だと思う。
 
言わなかった理由は、言いにくいことだからだ。
こんなこと言えば相手が怒るだろうとか、気を悪くするだろうと推測するから、言えなかったことや、言った私が嫌なやつと思われたくないから言わなかったことだ。
 
でも、思っているのだから、思いは残る。
消えない。
むしろ、逆に膨らんで自分で抱えきれなくなってしまうほどだ。
 
思っているのに吐き出さないものだから、不満は募る。
言わなかった自分自身に対してイライラする。
行き場のない怒りのエネルギーに、気がつかないようにしていた。
 
怒ってはいけない。
人の悪口を言ってはいけない。
自分が嫌なことを人にしない。
道徳観念が、頭をよぎる。
 
こんなこと思っちゃいけない。
お世話になっているんだから、我慢しなくちゃとか、私がちゃんとすれば関係はよくなるとか、怒らない解決方法ばかりを考えていた。
 
無難な人生、完全な事なかれ主義だ。
争いというものが嫌だった。
子どものころ、ドッジボールという遊びがあるのが、まったく理解できなかった。人に大きなボールを投げつけて当てて、恐怖と痛い目に合わせて、何が楽しいのだろうかと思っていた。
体育の球技としてするのもどうかと思うが、お楽しみ会のような娯楽の時間に、ドッジボール大会とかするのが、信じられなかった。楽しみどころか、私には拷問でしかない。
あてられるのが恐くて逃げ惑う。そんな私が、人にボールをあてられるわけもなく、何にも楽しいことなんてなかった。
 
中学では、バドミントン部だった。
競技なので、相手に勝つためには、相手が拾いにくい球を打たないといけないが、相手の打ちやすいところにしてしまう。
言ってしまえば、意地悪なところを狙っていけばいいのだが、そんなことをするのが申し訳ないと思ってしまう。
バドミントンだけでなく、どの競技も同じだが、相手が不利になるようにしむけていかなければならない。それができなかった。
 
こう書くと、いい人そうに聞こえるが、そうではない。
私は京都人で、相当いけずだと思う。
気が弱い、ともいえるのかもしれないが、争いを好まなかったというのがしっくりくる。
 
漫画やアニメや映画も、戦いものは全く関心がなく、むしろ見たくなかった。
お金を払って、不安や恐怖や心配を感じる意味がわからない。
 
喧嘩や争いを避けるために、怒らないし、相手が気を悪くするようなことは選択してこなかった。
 
抱えきれなくなって、思いの強いエネルギーが爆発する。
からだに蕁麻疹が出てきた。
気のせいと思おうとしても、蕁麻疹は消えない。
 
自分が怒りを抑えていることさえ、気がついていなかった。
ストレスだろうというのは推測がついたが、何のストレスかわからなかった。
あまりにも長い間、同じ状況だったので、それがあたりまえになっていたからだ。
夫を扶養していた。
家事も私がするのを求められるどころか、掃除ができていない、料理がまずいと言って、深夜に2~3時間説教されることが少なくなかった。
働いて帰ってきたのだ、早く寝かせてほしい。
言い返そうものなら、10倍にも100倍にもなって返ってくるので、決して言い返さない。
そのほうが早く終わるからだ。
 
心の中では、「働いていないくせに」と思っている。
でも、そんなこと言おうものなら、男性である彼のプライドを傷つけ、怒り狂って半殺しの目にあう。
 
ずっと繰り返し思っていても、決して言わなかった。
そんな目にあっていて、なんで別れなかったの? とよく聞かれる。
 
私と結婚してくれる人は他にいないと思っていた。
一人になるのがこわかったのだ。
一人になるぐらいなら、こんなことされても私を求めてくれる人と一緒にいたほうが幸せだと思っていた。
完全な共依存だった。
 
ある日、週末の集まりに誘ってくれる人があった。
思い切って、参加してみた。
私を受け入れてくれる場ができた。
いろんな集まりに、出かけるようになった。
仕事以外に私の居場所ができて、楽しくなってきた。
 
「あなたは一人じゃないよ」
そう言ってもらった。
泣きそうになった。
 
私は、別れて一人になっても、楽しいかもしれない。
そう思い始めて、別れることを決心した。
 
「別れたい」
という言葉がなかなか言えなかった。
相手の望んでいないことを言ってこなかった私にとって、それはエベレストよりも高いハードルに感じた。
 
1ヶ月経ち、2ケ月経ち、心の中では、毎日いつ言おうかと思っている。
でも、言えない。
 
仕事から帰宅すると、彼はリビングで集中して好きなことをしていた。
私がリビングにいると、集中できない、と怒られた。
何も話しかけてもいないのに、一緒にいて怒られるって致命的だ。
 
「一緒にいてイライラするなら、一緒にいないほうがいいと思う」
と言った。
彼が手を止めて、目を上げた。
「一緒に住まないほうがお互いにいいと思う」
と私は続けた。
「今さら何言ってんの」
と彼に言われた。
「あなたは私と一緒にいないほうが幸せなんだと思う」
そう言うのがやっとだった。
 
でもまあ、自分としては、よくやった方だと思う。
本音を言えば、
「馬鹿にするな。私の家で私がくつろいでどこが悪い。あんたが出て行け」だ。
 
結局、最後まで、彼に怒ることも、思っていることのすべてをぶちまけることもできなかった。反省すべきことがあるとすれば、勇気を出して言えばよかったということだ。
 
きれいさっぱり別れることができ、私は新しい生活をスタートさせた。
もう二度とこんなふうになりたくない。
どうしたら、同じ轍を踏まないように変われるだろうか。
 
いろんなことをやってみた。
住んだことがないところへ引っ越しをした。
ファッションも変えてみた。コンサバティブで可愛らしい服装から、キャリアウーマンのようなかっこいい感じのものに変えた。
髪型も変えてみた。ロングヘアをバッサリ切った。
 
メイクレッスンも受けた。リーダーシップのあるメイク方法を学んだ。
話し方を変えるためにボイストレーニングも受けた。
心理学も学んでみた。
断捨離もした。
 
いいと思われるものは、積極的にした。
 
私を救い出してくれた人に、恩義を感じていた。
この人がいてくれたから、今の私が存在する。
一緒にいれば私はよくなれると思っていた。
そうやって、いつのまにかまた支配されていた。
私は、その人のご機嫌を伺って、怒られないようにどうすればいいのかという思考になっていた。
判断の基準が、その人がいいと思うかどうかだった。
私の感情がわからなくなっていた。
 
私はどうしたいのか。
私は何を好むのか。
何を思い、何を考え、何を感じているのか。
完全に見失っていた。
 
お金を貸してほしいと言われた。
恩義があるので、すぐにその大金を手渡した。
相手にとって知られたくないことだろうと思って、誰にも話さなかった。
しかも、人がよすぎる私は、返済がいかに困難かを説明されると、お世話になったから返さなくていいと言ってしまった。
ほんとに返ってこなかった。
まあ、それは私が言ったのだからしかたがない。
でも、耐えられなかったのは、その人が、かなりの大粒の宝石をつけていたり、好きなことを始めたり、羽振りのいい買い物をしたり、たくさんの人にお土産を買ってあげたりしているのを目の当たりにすることだった。
 
私が買えなくて我慢しているものを、目の前で自分や家族のために買っている姿を見るのが辛くてしかたがなかった。
 
ある日、初めて行くお店で、髪を切ってもらっているとき、何気なく「いま何が欲しいですか? 」と聞かれた。
「お金」と迷いなく言った。
自分で言って、はっとした。
全然私のことを知らない、髪を切ってくれた彼女に、大金を貸した話をした。
「その人、大丈夫ですか? あなたはいい鴨になってますよ」
と彼女に言われた。
「とてもお世話になったので……そんな人じゃないです」
と言うと、
「困っているなら、返してほしいって言うべきです。本音を言わなきゃダメです。
本音を言えば、真実がわかるから」
 
私は本当に困っていたし、お金がないのはその人にすでに伝えていた。
でも、その人が返してくれる気配はなかった。
返してほしいって言ってみるしかなかった。
 
こわかった。
話をすると、言いくるめられてしまいそうで、帰り道、スマホでメッセージを打った。
「お金を返してほしいです」
送信した。
おそろしいほど勇気がいった。
 
すぐ電話がかかってきた。
電車に乗っていて出られなかった。
電話をかけなおすのがこわかった。
どうしよう……
悩んだあげく、勇気を振り絞って電話をかけた。
 
直接言ってくれなくて水臭いなと思った、と言われた。
スミマセンとつい謝ってしまう。
 
返済できない理由を並べられた。
お金ができたら、あちこち返した後に、残ったら私に渡そうと思っていたとのことだった。
「私は後回しなんだな……」と思った。
 
とどめの言葉が忘れられない。
 
「知っていると思うけれど、私は買い物を我慢できない性質だから」
と笑いながら言われた。
 
それを聞いて、「私も我慢できないよ……」と泣きたくなるのと腹立たしいのとが同時に湧き起こってきた。そんなことを笑いながら言われる自分が、とてもとても悲しかった。
 
でも、反論できなかった。愛想笑いをしたり相手が望むであろう言葉を出さずに、黙っていることが、私のできた唯一のことだった。
強気で支配してくる人に、私は従ってしまう。
また、判断を委ねて、依存してしまった。
同じことを繰り返していることに気がついて、深く反省した。
というか、変わろうとずっと思ってきたのに、無意識にまた依存していることがかなりショックだった。
 
でも、もう返してもらわなくていいとか、相手の望むような対応をせず、希望を伝えて黙っていることができただけでも、私にとってはとてつもなく大きな一歩だった。
 
本音を言う、ということが、私には、想像以上に難しいのだ。
言って後悔するほうを選ぶということを、今までずっとしてこなかったのだから。
 
でも、本当に、言って後悔する?
とにかく、言ってみなければわからない。
 
1週間後、返金が振り込まれた!
勇気を振り絞って、言った甲斐があった。
いや待てよ、言ったことによって、マイナスなことはあっただろうか。
お金は返してもらったし、万々歳だ。
私のことを後回しにされることに気づき悲しかったけれど、真実がわかった。むしろ、自分を大事にするための行動をとることができたので、よかった。
いいことばかりではないか。
 
ボイストレーニング教室に通っているが、前から思っていたことがあった。
私は本気でよくなりたいと思って、熱心に通っていた。
レッスンの1回1回、成果を出してよくなって帰りたい。
みっちりレッスン受けたいのに、雑談に15分とか20分とか過ぎていくことが少なくなかった。
ダラダラするのが嫌いだ。
そんな時間があれば、すこしでも多くトレーニングしたいと思ってしまう。
1ミリでも多く、レッスンを受ける前の自分よりよくなっていたいのだ。
 
でも、先生やほかの生徒さんは機嫌よく話をされているので、ぶち壊すことになる。
思っていても、我慢していた。
雑談が長くて不満に思う自分が嫌で、レッスンに行く足が遠のいた。
いつのまにか1ヶ月レッスンを休んでいて、レッスンを受けたいのに行けないジレンマに
一体私は何をしているのかと思った。
 
先生に本音を伝えよう。
 
思っていることをそのまま伝えた。
返信がなかなかこなかった。
やっぱり気を悪くされたのかな……
 
夜遅くに、返信が届いた。
「ご不満はごもっともです。私の制御が足りず不快にさせてしまっていたことは、申し訳ありませんでした。反省しています。おかしいと思ったらどんどん意見を言ってください! 」
 
よかった。
受けとめてもらえた。
 
「ご不快なことを申し上げたようでしたら、申し訳ありませんが、先生のレッスンをちゃんと受けたい思いが強すぎて、その思いを汲み取っていただければ嬉しいです」
と私は返信した。
 
そうすると、先生から
「私は全く不快とは思っていません! 率直に言っていただいて本当に感謝しています! あなたの情熱を感じることができて、とても嬉しく思っています」
と返ってきた。
 
えっ、全く不快と思っていないの?!
驚いた。
 
嫌な思いをさせると思って、言わなくて我慢してきた2年半はなんだったのか?
こんなことなら早く言えばよかった。
言わなかったことを後悔した。
 
勇気を出して、本音を言おう。
そのほうが、思い通りになるのだから。
 
そうやって、私の人生を変えてみせる。
心に固く誓った瞬間だった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
九條心華(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

京都生まれ。READING LIFE 編集部ライターズ俱楽部で、心の花を咲かせるために日々のおもいを文章に綴っている。

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2021-03-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol,120

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