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週刊READING LIFE vol,120

投手交代からみえる後悔と反省《週刊READING LIFE vol.120「後悔と反省」》


2021/03/22/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「そんなのおかしいよ!!」
2008年5月19日(現地時間)、世界最古のボールパークとして知られるボストン・フェンウェイパークの観客席で、私は、知り合ったばかりの地元小学生からそう言われた。フィールドでは、24歳に為る若き長身サウスポー(左腕)投手が、ノーヒットノーラン(無安打無得点試合)を達成しそうな勢いで投球を続けていた。
 
私が気になっていたのは、7回終了時に投球数は既に100球に迫ろうとしていたことだ。次のイニングから継投となると信じ込んでいたのも事実だった。
小学生が付けていたスコアブックを見ながら、私がふと、
「次は誰が投げるのかな?」
と、問い掛けると、小学生が、
「ジョン(レスター。投げている長身左腕投手)は、ヒットを撃たれていないんだよ」
と、言ってきた。
私は、彼のスコアブックを指さし、
「もう、100球近いぜ。交代だよ」
と、反論した。
それもそのはず、メジャーリーグ(MLB)では投手の肩を消耗するものとして考えられているからだ。先発投手は、100球を目途に交代することになっている。シーズン前半では、それがもっと少なく見積もられている。投げ過ぎを避けるためだ。
「でも、ノーヒットだから出てくるよ、必ず!」
と、彼は語気を強めて私に言ってきた。
そこで私は、前年(2007)日本シリーズで、完全試合寸前なのに継投となった試合のエピソードを、その小学生に話した。しかも、投手交代を告げた監督の采配が、日本では名采配とする向きがあることも付け加えた。
 
冒頭の少年の言葉は、そうして発せられたのだ。
勿論、私は返す言葉もなかった。私だって、少年と同じ気持ちだったからだ。
ボストン・レッドソックス監督のテリー・フランコーナは、ノーヒットを続ける投手を交代させる気等、さらさら無かったようだ。その証拠に、ブルペンに残っていたリリーフ投手を、8回が終わるのを待たずにベンチに引き上げさせていたからだ。
それはまるで、
「今日の試合は、全てジョンに任せた。勝とうが負けようが、責任は全て俺が取る。気が済むまで投げて来い」
と、言わんばかりだった。
 
フェンウェイパークのマウンドに最後まで上がったジョン・レスター投手は、見事に“ノーヒットノーラン(与無安打・無失点試合)”を達成した。
レスター投手が、前年に悪性リンパ腫に蝕まれていたことを知る観客は、万雷の拍手と歓声で、その偉業を讃えた。
そして、大きな夢が実現する現場に立ち合えた喜びを共有した。
私は一人、ジョン・レスター投手だけでなく、テリー・フランコーナ監督に感謝した。
 
2007年、日本シリーズ第5戦で、中日ドラコンズの山井大介投手は、シーズン中の不調を挽回するかのように快投を披露していた。対戦相手のファイターズは、山井投手の内外角を突くシュート・スライダーを撃ちあぐねていた。
気が付くと山井投手は、一人のランナーも出さずに8回を終えていた。
満員のナゴヤドームの観客や、テレビ中継を観守る日本中の野球ファンは、史上初の日本シリーズでの完全試合を観届けようと、固唾(かたず)を吞んで期待に胸を膨らませていた。
ところがだ、9回のマウンドに山井投手の姿はなかった。リリーフエースとの交代を、監督の落合博満が主審に告げたからだ。
ドームの中は勿論、日本中から落胆の溜息が漏れた。テレビ画面に映る落合監督は、平然といつもの表情と観て取れた。
それはまるで、ファンの期待等どこ吹く風といった、どこか嘯(うそぶ)いている様にも感じられた。
「俺は、勝つ為だったらどれだけ非情に為ることが出来る」
とでも言いたげな様子だった。
 
私は、この采配の評価や、ましてや、賛否をいう立場ではない。
実際、現場を任されているプロ野球の監督は、チームを勝利に導くことが絶対目標となる。丁度、企業や事業所の経営者が、利益を出すことに邁進するのと同じだ。
そこには、感情も私情も挟み込むことは許されない。
落合監督の采配は、責任者として決めていたルーティンに従っただけなのかもしれない。また、勝利、それも“日本一”の称号を目指す為に念には念を入れたともとれる。
これが、営利事業ならば、もろ手を挙げて賞賛すべき判断といえよう。
しかし、これはプロ野球なのだ。
プロ野球団の経営は、フロントが担っている。監督は、任されたチームを勝たせるための方策を施すことが求められている。
がしかし、プロ野球の顧客は、一般のファンなのだ。その中には、応援するチームに夢を託し、明日への活力としている人が居る。そして、プロ野球の世界に憧れ、目指す子供達も居る。
落合博満監督だって、子供の頃はそうだったはずだ。
 
これにより、プロ野球の監督には、勝利を目指すだけではなく、ファンに夢を抱かせる責任があるように思う。
そうなると、完全試合を目前にした投手を交代させるとは、決してファンと夢を共有する行為とは思えない。
もし、山井投手が交代を要請してきたら、
「何言ってるんだ! 勝負の責任は俺が取る。完全試合をやって来い。史上初の称号を、取れるチャンスじゃないか!」
と、檄を飛ばしてほしかったと私は思う。
ましてや、一流の成績を残せてこなかった山井投手なら、余計にそう思うのだ。仮に、ヒットを撃たれたり点を取られたり、最悪、敗戦となったとしても、山井投手には『日本シリーズで惜しくも完全試合を逃した投手』として、ファンの記憶に深く刻まれたことだろう。
現に、山井大介投手が、その後リーグ最多勝のタイトルを獲得したことを知る者は、一部のドラゴンズファンだけだろう。2021年も、44歳に為る山井投手が現役生活を続けていること等、今となっては誰も興味を示さないのではないかとも私は考える。
 
記録にも記憶にも残らなかった山井大介投手。
落合監督には、山井投手に対しせめても“史上初”の称号を与えることが出来なかったことと、ファンの記憶に残せなかったことを後悔して頂きたいものだ。
 
ただ、恐ろしいことに、日本シリーズでの投手交代について、落合博満氏は後日インタビューに答えている。それは、衝撃的内容だ。
他の野球選手の様に、喜怒哀楽を表に出すことが少ないのが落合氏の特徴だ。インタビューアーに対し落合氏は、いつもの平然とした(一部ではふてぶてしいと取られている)態度で、
「あの時は『どうする?』と投手コーチに聞いたんだよ。そうしたら、『山井が無理だって言ってます』と伝えて来たんだ。だから交代させたのさ」
と、よどみなく答えていた。言葉に詰まらなかったということは、平素からその質問に対して答えを用意しているか、考えを巡らせていると思われる。
私は、このインタビューを聞いた際、完全な言い訳にしか聞こえなかった。そこには、理想的な指揮官の姿はなかった。
私が欲しかったのは、言い訳ではなく夢となる言葉だ。心折れそうになる部下を、激励して英雄にさせるポジティブな光景が見たかったのだ。
残念ながら、落合氏は後悔していないようだった。後悔どころか、自らの決断に固執しているようだった。
私は、日本シリーズでの落胆も、聞きたくなかった言い訳も、忘れてしまおうと後悔した。
 
落合博満監督と、正反対の決断・采配をした人がいる。
2013年に楽天イーグルスを日本一に導いた、星野仙一監督がその人だ。星野監督は、“燃える男”“闘将”のニックネームが示す通り、喜怒哀楽を誰にでも解かる様に表に出す男だ。落合氏とは、正反対といってもいい。
その日本シリーズ最終戦、3点リードの最終回。星野監督は、好投を続ける先発投手に変えて、エースの田中将大投手をマウンドに指名した。
選手としても監督としても、日本一に為ったことが無い星野監督にとって、その瞬間は格別に気合が入る瞬間だったことだろう。星野監督は、感極まった表情で主審に投手交代を告げていた。
それもそのはず、田中投手は前日の第6戦で、160球もの投球をしていたからだ。
巷では、翌シーズンからメジャーリーグに挑戦するものとして、田中投手を観ていた。テレビでその光景を観ていた私は、
「オイオイ、来年から居なくなるからって、無茶な使い方すんなよ」
と、思っていた。私はすっかり、メジャーリーグの観客と化していた。
 
投手交代を告げる場内アナウンスに、観客は割れんばかりの歓声をあげた。そこには、田中投手が出てきたのだから『もう勝った』という安堵感は微塵もなく、念願の日本一の瞬間に相応しい投手がマウンドに上がったという共感があった。またそれは、セオリーを無視してまで、最高の演出をしてくれた星野監督への感謝でもあった。
田中投手は、最後の打者を見事に三振に切って取り、マウンド上で雄叫びを上げた。
まさに、『あるべき光景』だった。
 
後日、日本シリーズ最終戦の投手交代について星野監督は、
「(前日160球も投げていた)田中をあの場面で投げさせていいものか、最後まで悩んだ」
と、語っている。その姿は、いつまでも反省をしている様に観えてならなかった。
そこには、日本一を獲得する瞬間を、最高の舞台にするべく葛藤した、優しくも頼もしい情に溢れた『闘将』の姿があった。監督としてチームを日本一にするだけでなく、未曾有の震災から立ち直りつつある観客に対し、復興のシンボルを打ち立てようとした“心意気”を感じた。
しかも、それでも何の言い訳もせず、全部の責任を自身で被ろうと反省する、堂々とした男の姿でもあった。
 
スポーツの世界で、“もし”は禁句なのだが、私はこんなことを考えている。
もしかしたら、あの投手交代は、星野監督の田中投手に対する、感謝であり餞(はなむけ)なのではないかと私は思うところがある。
2013年シーズン、田中投手は24勝0敗という空前絶後の成績を残した。投手タイトルは、総なめとなった。
田中投手は、プレイオフも勝ち続け、日本シリーズ第6戦のマウンドに上がった。すでに、3勝していることから、ここで日本一となれば、大円団となるところだった。だから田中投手も、最後まで投げ続けることとなり、その投球数が160まで伸びてしまったのだ。
結果は、この年のシーズン・シリーズを通じて、田中投手唯一の完投負けとなった。これでは、球場のファンにとって、あるべき幕切れではない。
星野監督は多分、翌シーズンから本場メジャーで活躍するであろう田中投手を、『あるべき姿』で送り出そうとしたと思えてならない。最後の雄叫びの姿を観れば、
「どうだ、俺んとことのエースは凄いだろ」
と、星野監督も地元のファンも、メジャーリーグのファンに自慢出来る筈なのだ。
多分、星野仙一監督は、自分の采配を“情”に負けたと反省しているのではと、私は考える。
勿論、そんなことは無い。
そこに有るのは、ファンの思いを自身の責任で全うした、潔さすら残る反省だ。
 
星野仙一氏が急逝して早くも3年が経つ。
くしくも今年、田中将大投手は契約の都合で日本に活躍の場を移した。
心してほしいのは、現在の監督コーチ陣が、星野仙一氏の様な責任感が強く情の厚い男とは限らないことだ。
 
感覚の相違で、田中将大投手がいらぬ反省をすることに為らない様、私は切に祈るばかりだ。
 
そして、日本に戻ったことを後悔するようなことも無い様、切に願うばかりだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))

天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
現在、Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックを伝えて好評を頂いている『2020に伝えたい1964』を連載中
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する

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2021-03-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol,120

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