二度のメンタル不調を経験して初めてわかった大切なこと《週刊READING LIFE vol.120「後悔と反省」》
2021/03/22/公開
記事:垣尾成利(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
心を病んだことが2度ある。
小学校の頃からずっと武道をやっているので、自分では精神面は鍛えられていてちょっとやそっとのことで心が折れることなんてない、困難にも前向きに立ち向かっていけると思っていた。
実際、社会人になって会社勤めを続けているが40歳になるまで幾度となく厳しい上司にあたり、苦しい思いをしたこともあった。
それでも乗り越えてこられたから、自分は大丈夫、そんな自信があった。
しかし、今は思う。
自分は弱い、人は弱いと。
ちょうど10年前、東日本大震災の年だった。
感情の起伏の激しい上司のいる部署へ転勤となってすぐ、心折れてメンタル不調に陥ってしまった。
今ならパワハラだと定義付けられるようなことが毎日のように続いた。
何もしていなくても怒鳴られる、何かをしていても怒鳴られる、どう答えようがどう振る舞おうが、その先には上司の怒りしかなくて、何が正しくて何が間違っているのか、私はどうすれば良いのか? が全く分からず途方に暮れ、精神的に追い込まれ弱っていった。
いつも笑って仕事をしようと思っているけれど、笑えない。
ずっと警戒モードで上司の顔色を伺いながら、恐怖におびえる毎日を過ごしていた。
悪いことをしたのなら、怒られても納得いくし考えを改めて軌道修正することもできるが、八方塞がりの真っ暗闇、どうにもできないでいた。
そんな日々が続いたある日、朝一番から怒号が飛んだ。
「いますぐ辞表を書いて辞めてしまえ!!」
その勢いに、ギリギリ耐えていた私の心は根元から折れた。
力なく座り込むしかなくて、茫然と意識は遠退いていく。
周りの仲間は遠くから心配そうに見ているが、手を差し伸べる者はいない。
近寄ろうものなら、巻き込まれるのがわかっているからだ。
その日を境に心身に異常が出始めた。
職場が近付くと体が震え始め、鼓動が速くなり全身に力が入る。
悲しくはないのに涙が溢れて止まらなくなる。
一駅、また一駅、職場が近付くにつれその度合いが増していく。
駅に着いても今度は足が前に進まない。
恐怖で足がすくむのだ。
気持ちを振り絞って一歩一歩前に進む。
職場のドアを開ける。
手が震え、背筋に緊張が走る。
上司と目が合うだけでキリキリと胃が痛み始める。
席に着いても何もできないでただ震えていた。
もう既に壊れていたのだが、自分は精神的に強いと信じていたものだから、そんな状態になっていても自分の不調を認めることができずにいた。
リアルに殺されるかもしれない危険に満ちたお化け屋敷の中を、なんの武器も持たずに一人で歩くような恐怖に押しつぶされながら毎日会社に行った。
幸い、職場の同僚は心配してくれ、よく相談にも乗ってくれたし励ましてくれたから、どうにかこうにか乗り越えていけたのだった。
でも、本当はさっさとギブアップしたほうが良かったと、ずっと後になってからそう思った。
二回目、心折れた時に、あの時無理したのが原因だなと感じたのだった。
二回目のメンタル不調に陥ったのは今から2年半前のことだ。
前とは状況は違ったのだが、あの時の心の傷口が開いてしまったのがわかった。
しまった、と思った時はもう遅かった。
あの時と同じように、不安でいっぱいになり、体が震え、鼓動が速くなり、全身に力が入る。
加えて締め付けられるような強烈な頭痛に悩まされた。
ひとつひとつの症状が、前回と同じだと気付いていたのだが、取り巻く環境はそんなに追い込まれた状況ではなかっただけに自分でも戸惑った。
でも、体が訴えかけてくるSOS信号は、ダメだ、危ない、前と同じ道を辿っているぞと伝えてくる。
私は鈍感だった。
頭痛に耐えているうちに実はとっくに心が折れていたのだ。
いよいよおかしいと思った数日後、布団から起き上がれなくなっていた。
それでもまだ会社に行かなくちゃ、なんて思っていたのだから自分に何が起きているのか、全く状況を理解できていなかったわけだ。
動けないものだから仕方なく病院に行くことを伝えたのだが、結局その日から3か月、休職した。
この直前に友人からこう言われていた。
「仕事が忙しいとか関係なく、しんどいと感じているなら無理せず休め。壊れたって自己責任で誰もお前を守ってなんかくれないぞ。もし月曜、同じ症状があったら会社には行かないと約束してくれ」
この友人の言葉があったからこそ、病院に行き、休職することを選択できたのだった。
心療内科での診断は適応障害という病名だった。
このまま踏ん張っていたら鬱になってしまう直前の状態だ。
最初の一ヶ月は何できず放心状態で起きて食事をしてウトウトと寝てはまた食べての繰り返しだった。
心に少しずつエネルギーが貯まり、回復の兆しがうっすらと見え始めてようやく、自分の心身の状態を考えられるようになってきた。
そうか、前と同じだったんだな。前と状況は違ったけれど、追い詰められて逃げ場を失って崖っぷちに立っていたのか。体はいち早く危険を知らせてくれていたのに、気付かなかったなぁ。
友人の言葉が無かったら、きっと前以上に悪い状態になっていただろう。
友人が迷わず逃げろと言ってくれたから、二度目は休職という逃げ道を選択できたのだった。
一度目は自分の体の異変に気付くことなく、二度目は異変に気付いたにも関わらず自分で判断できず、メンタル不調にまっしぐらに突き進んでいった。
なんという馬鹿なことをしたのだろうと思った。
そんな状況なのに、二回とも一番に考えたのは仕事のことだった。
休んで申し訳ない、迷惑をかけてしまった、と罪の意識を感じていた。
でも、それは違ったのだ。
私が一番迷惑をかけた相手は家族だった。
妻は毎日放心状態でリビングにいる私を見て苦しいと泣いた。
その涙を見るまで、申し訳ないと思う相手、迷惑をかけている相手が家族だと理解できていなかったことを悔いた。
仕事は、生きていくために必要なお金を得るために必要だけれど、決して一番じゃない。
誇りを持って真剣に取り組むことは大事なことだけれど、優先順位は高くない。
一番大切なことは、自分自身が健康でいること。
そして家族を大切に思うことだ。
守るべきは、仕事における自分のポジションじゃなく、人生を共に歩み続ける家族のために健康でいることだ。
二度のメンタル不調に陥り、休職を経験して初めて、本当に大切にするものが何かがわかった。
大切なものを守るために、時には戦うことも必要だし、逃げることも必要だ。
でも、逃げることを選択するのは難しい。逃げることは負けを認めること、と思ってしまいがちだからだ。
でも、相手や状況によっては戦えない、戦わない方が良い局面は度々ある。
その時に逃げることができるかどうかで、身を守れるかどうかが変わってくることを理解できたことには大きな意味があった。
私はどちらかというと責任感が強く、できないことでもなんとかします、と言って背負ってしまうタイプで、その結果無理をすることがこれまでにも何度もあった。
その都度必死に取り組んで乗り越えてきたが、逃げた方が良かったと思うことも多かった。
大切なものが何か? を間違って捉えた結果メンタル不調に陥ったことで、出世街道の隅っこをのんびり走ることになったことは後悔していない。
後悔どころか、これから自分自身がどう生きていけば良いかを考えるための貴重な時間になったと考えている。
復職後の私は、健康に働き続けている人と、メンタル不調者の両方の目線を持つことができていて、どちらの立場の考え方も理解できることが大きな強みとなっている。
こう思えるのは、私は壊れてしまったと過去を見つめて立ち止まったままではないことと、あの時どうすれば良かったのか? の答え探しばかりをしていないからだ。
休職期間にしっかり立ち止まって、答えを見つけて復帰してきたからこそ、過去のマイナスな経験を強みだと言えるのだ。
過去を見つめて立ち止まったままでいることは、現実を受け入れられずに後悔し続けていることだ。
あの時どうすれば良かったのか? の答え探しばかりを続けることは反省を繰り返していることだ。
どちらも大切なことで、必要なことのように思うかもしれないが、過ぎてしまった過去から動けないでいることは正しい後悔、正しい反省とは言えないと思う。
「正しく後悔する」とは、起きてしまった事実を事実として受け入れて、失ってしまったものが何かを理解すること。
「正しく反省する」とは、答え探しを続けることではなく、次に活かせる手段や対処法を見つけることだと実感している。
過去を見続けず、前を向いて歩きだす気持ちを持つことができれば、後悔と反省は今後の人生に活かせる経験となる。
この経験は自分だけのものではなく、過去の呪縛に憑りつかれて身動きできずにいる人に寄り添うためにも大いに活かせる経験だ。
今や、メンタル不調者のいない職場なんてどこにもないくらいメンタルに傷を抱えている人はいる。
しかし、その人たちの気持ちを理解して寄り添える人の数は圧倒的に少ないのが現実ではないだろうか。
忙しいときや普段通りにいかず思い通りに仕事が進まないとき、メンタル不調経験者はその状況を自分の力不足、自分のせいだと感じてしまい、自分で自分を責めてメンタルダウンを引き起こしてしまう思考に陥りやすい。
なぜそう思うのか? 自己肯定感が低いことから自分に自信が持てず、その結果メンタル不調になってしまった人が抱える思考の闇の深さは、なった者にしかわからないものがある。
よく言う、頑張らなくていい、無理しなくていいといった気遣いの言葉も、メンタル不調経験者の立場では、一緒にいないでくれ、離れていてくれ、あなたは私たちとは違うから、と線を引いて受け入れない、冷たい言葉のように感じてしまうこともあった。
健康に働き続けている人の側からは見えない壁のようなものがあって、理解したいと思ってもわからない部分がどうしてもあるのだ。
その見えない壁が双方のコミュニケーションの妨げになってしまうと、お互いにとって良いことは何もなく、なんとなくギクシャクした関係になってしまう。
その壁を取り払うための努力はお互い様なのだが、メンタル不調者の側が乗り越えていくにはハードルの高い努力でもある。
乗り越えたいのに、気遣いがその努力に立ちはだかってしまうこともあるのだ。
「もっと普通でいいんです。ダメな時はダメと言うので、何も言わないときはみんなと同じように接していてください」と、それだけを伝えたいと思っても上手く伝わらなくてもどかしい思いもした。
努力し合っても埋めきれない、お互いの立場の違いから生まれてしまう溝のような隙間を埋めることは実に難しい。
私は今、溝のような隙間を埋めるために、両方の経験があることがとても役立っているなぁと実感している。
どんな経験も正しく後悔し、正しく反省し、乗り越え、前を向くことができたら、その経験は強みに変えられるよ、と実体験を通じて伝えられるからだ。
私は二度も心を壊し、メンタル不調に陥った。
これは大きなマイナスポイントだ。
しかし反面では貴重な経験で、私のストロングポイントになった。
メンタル不調を現在進行形で抱えている人にとって、病気の種類や度合いは違っても、その経験がある人が近くにいることは大きな安心感に繋がるのだ。
後悔も反省も必要なことだけれど、立ち止まってはいけない。
受け入れ、乗り越えられたら、その経験は大きな武器となる。
その言葉は経験者にしか語れない。
メンタル不調で苦しんでいる人、メンタル不調者を受け入れてどう向き合っていけばよいのかわからず戸惑っている人、どちらの立場の人も共通して持っておく必要があることはたったひとつだ。
二度のメンタル不調を経験して初めてわかったこと。
それは、一番大切なことは、自分自身が健康でいること、そして家族を大切に思うことだ。
人生を共に歩み続ける家族のために、正しく後悔し、正しく反省し、前を向いていこう。
□ライターズプロフィール
垣尾成利(READING LIFE編集部 ライターズ俱楽部)
兵庫県生まれ。
2020年5月開講ライティングゼミ、2020年12月開講ライティングゼミ受講を経て今回よりライターズ俱楽部に参加。
「誰かへのエール」をテーマに自身の経験を綴っていきます。
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