週刊READING LIFE vol.121

音楽理論の基礎は、「○×(マルペケ)」の理屈で身につけられる!《週刊READING LIFE vol.121「たとえ話で説明します」》


2021/03/29/公開
記事:白銀肇(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
高校1年の1学期。
音楽の授業で赤点をとった。
この出来事は、当時通っていた高校では相当に珍しかったらしい。
担任の先生に「音楽で赤点取った生徒なんて、十数年ぶりだ」とまで言わしめた。
 
高校を卒業するまで、まぁ、とにかく成績は低かった。
英、国、数、社、理、といった主要5科目の成績表の評点は、3〜4のあたり。
かろうじて、国語、社会のあたりが5、もしくは6、といった具合。
ちなみに、当時通っていた高校の成績表は10段評価。
だから、5段階評価に置き換えれば、評点は常に2、時々3、みたいなものだ。
成績が良かったのは、頭をそんなに使わない体育ぐらい。
とにかく、学業というものは、小学校の頃からいつも普通以下で、要領も悪かった。
 
このとき、主要科目の赤点はなんとか回避したのだが、音楽だけは免れなかった。
通信簿の音楽には、「2」と記されていた。
黒い文字だらけの通信簿に、この一文字だけが鮮やかな赤色。
それだけ音楽の授業は不得意科目だった。
 
ちょっとした自分の中の不名誉。
 
しかし、その不名誉を2学期に一気に覆した。
成績表は、2から、「8」となり、音楽は、不得意科目ではなく得意科目になったのだ。
 
特別に猛勉強した、とか何かの教室に通い出した、ということは一切していない。
2学期のある授業がきっかけだった。
 
その授業の内容は、いまでも鮮明に覚えている。
わかりやすい例えで説明されたその授業内容で、それまでまったく理解できなかった音楽知識に親しみを持てるようになった。
 
そして、このことは、単純に成績挽回の話だけではない。
この出来事があったおかげで、自分の趣味が広がり、38年経ったいま、その趣味が救いになったりしているからだ。
 
 
 
高校の芸術系科目は、選択式だった。
毎年4月に、美術、書道、音楽の3科目のうちから1科目を希望する。
小学校の頃から絵を描いたりするのが好きだったので、その流れからすると、本来なら美術を選択するところ。
だけど、高校入学した4月、芸術科目の選択は一番苦手な音楽を選んだ。
 
当時、私は「シンセサイザー」という楽器に、ものすごく惹かれていたからだ。
 
「シンセサイザーが欲しい!」
「シンセサイザーを手に入れて、絶対弾きこなす!」
 
そのためには楽譜も読めるようになりたいし、音楽の知識を身に付ける必要があるだろう、という思いに駆られていた。
それが、音楽を選んだ大きな理由だった。
 
音楽に対する知識は、この当時はまったくなかった。
 
楽譜はまったく読めない。
音符の意味すら覚えられない。
並んでいる音符の諧調を読み取ることすらおぼつかない。
長調とか短調もさっぱり理解できない。
そもそもハ長調の「ハ」ってなんやったっけ? という始末。
これくらい、おそらく小学校からやっているはずなのに、何ひとつとして覚えていない。
中学生のとき。「YMO」というバンドに出会うまでは、音楽にはさほど興味がなかったからだ。
覚えよう、という気がなかった。
 
 
 
シンセサイザーとの出会いは、このYMOの音楽だった。
いまの若い世代の方は、あまり聴き慣れないバンドかもしれない。
「イエロー・マジック・オーケストラ」というバンド。
坂本龍一さん、細野晴臣さん、高橋幸宏さん、という超有名どころミュージシャン3人ユニット。
テクノ・ポップと銘打った新しいジャンルを立ち上げた。
シンセサイザーという、当時マニアックな電子キーボードを一気にポピュラー音楽の世界に広げ、いろんな音楽ジャンルに影響をもたらした世界的な伝説バンド。
 
中学生のとき、このYMOを聴き、とにかく衝撃を受けた。
そして、曲もさることながら、一番にハマったのが、このシンセサイザーが奏でる「音色」だった。
特徴のある電子音。
単なるピコピコとした音だけはない、聴いたことない電子的だけど壮大な音色。
「無限の音が創れる」と言わしめた楽器。
キーボード楽器でありながら、宇宙船のコンソールパネルのようにツマミやダイヤルが並んだ、近未来的な外観。
謎めいた感じ。
その雰囲気に虜になった。
 
音楽知識まったくゼロ。
もちろん、ピアノなんか習ったこともない。
他の楽器もまったく興味はない。
だけど、このシンセサザーの謎めいた不思議な雰囲気にだけ、なぜか引き込まれてしまった。
 
当時なそんな調子だった。
だから、少しでも自分のこの望みに近づこうと思い、音楽を選んだ。
 
そして、その3ヶ月後、「赤点」というカタチで、早くも惨敗したわけだ。
 
わかってはいたけども、正直やはりショックだった。
それは、成績の中身ではなく「シンセサイザーを手に入れて、弾きこなす」という望みが少し遠のいたように感じたからだ。
 
「自分には、やはり無理なのかぁ」
そんなことを思ったりした。
 
 
 
「2学期の授業は、ギター演奏からやろうと思います」
2学期最初の音楽の授業、音楽の先生がそう言った。
 
「ギターを実際に触る前に、少しだけ『コード』について勉強します」
ギターをより上手に楽しく演奏するためにも、コードの構成や理論を知っておく必要がある、ということだった。
 
音楽無知の私でも、コードという名称は、知っていた。
この当時は、バンドブームで、洋楽邦楽問わずミュージックビデオ(MV)が流行りだしたころ。
ギターをやり始めたりする人も多く、音楽談義や、ポピュラー音楽のコード譜雑誌の貸し借りとかが盛んでもあったからだ。
 
1学期の授業は、教科書の歌を歌ったり、歌詞のない楽譜を階名で歌ったり、長調や短調といった理論、という堅苦しい授業ばかりだった。
それが、2学期の授業は、ギターとコードをやる、という。
まさに流行のものを音楽の授業でやるようで、なんか親近感を覚えた。
 
そして、自分のなかでこのコードの授業が見事にハマった。
 
 
 
「コードの基本である三和音、これは全て○×(マルペケ)の組み合わせで覚えられます」
コードの授業で、先生がそう説明した。
 
「強いて言えば、基本である三和音のコードは、○×、×○、〇〇(マルマル)、××(ペケペケ)、という構成の4つだけさえ覚えたらいい!」
 
ややこしい音楽用語は一切使わず、コードの構成を○と×だけに例えて教えてくれたのだった。
 
そして、この○と×の意味。
これは、音楽用語でいう長音と短音のこと。
「長音」「短音」といわれると、なんか堅苦しいが、○と×だったら、とても親しみやすい。
音の積み重ねの構成が、長音であれば○、短音であれば×、ということだった。
 
そして、この長音と、短音の構成を理解する上で、音の並びを数値で見ろ、と教えてくれたのだった。
この「音の並びを数値で見る」という教え。
これをきっかけに、それまで読めなかった楽譜や、音符のことが理解できるようにもなった。
 
 
 
一般的な音階は「ドレミファソラシド」。
下の「ド」から、上の「ド」まで8音ある。
しかし、それぞれの音階の間には「半音」というものがある。
音階に#(シャープ)や、♭(フラット)という記号がつく音のことだ。
 
ピアノとかの鍵盤楽器をイメージしたら、わかりやすいと思う。
半音とは、ドレミファソラシドと並ぶ白鍵(全音)の間にある黒鍵のことだ。
ちなみに、鍵盤で見たら、ミとファ、シとド の間には黒鍵がない。
これは、この音階の間は半音だからである。
 
先生が言う「音の並びを数値に」というのは、全音である白鍵の並びを1度としたとき、半音を0.5度として考える、ということであった。
 
「ドミソ」の場合。
このそれぞれの音の間を数値で表すとこうなる。
・ドとミの間は、3度。
・ミとソの間は、2.5度。
→ミとファの間は半音となるので、0.5度 + ファとソの間は全音だから2度 =2.5度
 
こうした音の開き具合を○と×で示したのだ。
・音の間が全音3度となるものが、長音= ○(マル)。
・音の間に半音が絡み2.5度となるものが、短音=×(ペケ)。
 
「この、ドミソの三和音のように、○×となる構成が『メジャーコード』といい、日本語的には『長三和音』、そして、この逆、×○となる構成が『マイナーコード』といい、同じく『短三和音』と言う」
 
さらに、
「〇〇となる構成は『オーギュメントコード』といい、『増三和音』、××となる構成は『ディミニッシュコード』といい、『減三和音』という。三和音のコードは全てこれが基本だ」
と、このように、コードを構成する音間の距離を数値に捉えて、その数値を○や×に置き換えた。その上で、その○と×の構成でコードが出来上がっている、と説明してくれた。
 
散々わからなかった音楽用語で使われる「長」とか「短」といった、ことばの意味を、数値に置き換えて初めて腑に落ちた。
音間を数値で捉える感覚、そしてそれを○×で表現する。
私にとって、これはとてもとっつきやすい理解の仕方だった。
 
今までわからなかったことに、この理解の仕方を当てはめてみたら、どんどん自分で理解できるようになっていった。
「そうか、そういう理屈で成り立っているんだ!」
こんな調子でわからなかったことが、氷解するように理解できていく
 
散々わからなかったこと、一気にがわかるようになる。
自分の知った見方で、どんどん理解ができる。
ことばの理屈も理解できる。
腑に落ちるようにして、理解していくから頭に残る。
そうやって理解していけること自体が、そんな自分になれたことが、もう楽しくて仕方がない。
 
まさに、プラスのスパイラル。
受け身だったものが、能動的になっていく。
わからないことは、自分で本を調べたり、見聞きしていく。
こんな調子で、自分の中に、音楽の知識がどんどんストックされていく。
 
「これまで、なんでこれがわからなかったのだろう」と思えるぐらい、この授業を皮切りに、今までわからなかったともの全てを挽回した。
 
今であれば、このような内容は、ネット検索、YouTube他SNSとかですぐ検索できて、手に入れられことだろうな、と思う。
いろんな教え方、ノウハウ、いろんな情報がある。
でも、当時はそんなもの一切ない。
さしずめ、この授業内容を今風に表現すれば、サムネイルタイトル「音楽理論の基礎は、「○×(マルペケ)」の理屈で身につけられる!」といったところだろうか。
 
こうして2学期の成績は一気に挽回。
結局、高校の3年間、芸術系の選択は全て音楽。
そして、通信簿の評点は、高1のこの2学期以降から崩したことはなかった。
 
 
 
高校2年生のとき、ついに念願のシンセサイザーを手に入れた。
初めての楽器。
そして、独学で練習し始めた。
キーボード楽器だったら、やはり両手で弾けたほうが断然カッコイイ。
ピアノを習うのは、お金もかかる。
とにかく自分でやれるところまで、やってみよう、と練習を続けた。
とにかく楽しかった。
コードの授業以降、音楽の知識は問題なし。
どんな本や楽譜を見ても理解もできる。
 
ただ、聴くだけだった音楽が、自分でも演奏できるようになることが嬉しくてたまらなかった。
そして、この気持ちが、やがて他の楽器への興味へとつながったり、バンド組んだり、とその興味の範囲が広がっていった。
自分の趣味、楽しみが、ひとつ増えた。
こうして趣味が増え、親しむことができたのも、あのコードの授業があったからこそ。
 
家庭のことや、仕事で忙しくなるまで、これは続いた。
 
 
 
2017年、ふたたびバンドを組んだ。
メンバーは、当時勤めていた会社の人たち。
年齢も、私よりも年上であり、上司にあたる人もいた。
平均年齢は50代半ば。
最年長は75歳。
 
「若いころ、バンドやっていた」
そんな話で盛り上がりあがったのがきっかけだった。
 
会社に入り、家庭を持ち、子育てや生活を支えていく流れのなかで、やがて楽器を置いていった。
みんな同じ境遇だった。
私も、子供が生まれ始めてしばらくしてから、楽器を触る機会は減り、その趣味は途絶えていった。
 
「懐かしさ半分、遊び半分でちょっとやってみようか」
20年前の楽しかった刺激をふと思い出し、気楽な気持ちで、そのバンドはスタートした。
やり始めたら、だんだんとみんな目の色が変わっていった。
かつて味わっていた自分たちの楽しい世界を取り戻し、だんだん夢中になっていく。
遊び半分のつもりが、本気の遊びとなった。
 
自分の趣味ってなんだろう?
40代の頃、そんな思ったことがあった。
そのとき、楽器やバンドを趣味とは思わなかった。
それはいまの趣味ではなくて、かつての趣味、だけでしかなかった。
振り返ると、そんな頃になるまで、仕事をはじめ、いろんなことに追われて、趣味どころではなかった。
自分を見失っていたところもあった。
 
再びバンドをやり始めたとき、ただ単に、過去の趣味だけを取り戻しただけではなかった。
楽しいと思えることに、素直にのめり込むことができる「自分そのもの」を取り戻した感覚だった。
「あぁ、かつてこれで自分は楽しんでいたなぁ」と。
ここまで来ての人生に、素直な自分に気づけたことは大きかった。
 
 
 
バンドの新曲を覚えるために、譜面を見る。
譜面の音符を見る前に、五線譜の上に書かれているコードネームを見て、ざっと弾いく。
音符を見て所見演奏する、といった技術はないが、コードネームを見だけで初見演奏はなんとかできる。
こんなときは、高1のときに出会ったこの○×理論が、いつも頭のなかに浮んでいる。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
白銀肇(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

京都府在住。
2020年6月末で29年間の会社生活にひと区切りうち、次の生き方を探っている。
ひとつ分かったことは、それまでの反動からか、ただ生活のためだけにどこかの会社に再度勤めようという気持ちにはなれないこと。次を生きるなら、本当に自分のやりがいを感じるもので生きていきたい、と夢みて、自らの天命を知ろうと模索している50代男子。

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2021-03-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.121

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