週刊READING LIFE vol.121

絶不調はテトリスのように《週刊READING LIFE vol.121「たとえ話で説明します」》

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2021/03/29/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「こんにちは! 絶不調」
 
そうか! 私、今、絶不調なんだ……!
 
ふと目に入った雑誌の特集のタイトル。
 
真っ黄色の表紙にスヌーピーのイラストの薄い冊子を手に取った。
シンプルな文字で「THE BIG ISSUE」と刷られた表紙の特集タイトルに今の自分の状態を自覚したのだ。

 

 

 

お気に入りのカフェで席についた時のことだ。
気持ちの良いオーナーのことが大好きで、いつもならカウンターに居座り、テキパキと給仕をするその無駄のない動きを眺めながら、ハーブティーを飲むのが習慣だ。
 
でもその日は、春休みを満喫中の息子を同伴していていたので、オーナーの邪魔にならないように窓際のソファ席に陣取った。
 
公園に面して明るく開放感のあるテラスを眺めることなく、活字中毒の息子はすぐに手持ちの本を読みだした。いつものことながら、会話することもなく読書に没頭する姿をやれやれ、と見やる。手持無沙汰なままカフェにおいてある書棚を眺めた時、明るくて黄色い表紙に似つかわしくない『こんにちは! 絶不調』という文字に吸い込まれたのだった。
 
絶不調はずっと隣に座っていたのに挨拶されるまで気づかなくて、不意打ちをくらったように居心地が悪い。
 
ああそうか。息子が小学校を卒業する前あたりからもう1か月以上も同居していたことに気づかされた。自分がやりたいことや仕事が立て込んで息をつく暇もない日々。キチキチと詰まっていく予定に、ちょっとしたミスが重なっていった。そのミスを補うために奔走していると、別のところで新たにミスをする。
 
その重なるミスやうっかり忘れがたまりにたまって、自分の心が重くなりイライラする。普段、当たり前にできることができなくなり、ポンコツと自分を笑いのネタにしながらもいつまでも立て直らない自分のペースにもどかしさを感じていた。
 
例えるならば、不朽の名作ゲーム、『テトリス』のゲームオーバー寸前の状態。
 
最初はほんのちょっとしたミスなのだ。カーソルがうまく動かなくて、埋まるハズの隙間がそのままになってしまった、とか、押すボタンを間違えて変な形のまま下までブロックが着地してしまったとか……気づいてすぐに修正すればすぐにリカバリーできるのだが、そういう時に限って全然違う形のブロックがやってきて修正ができないまま、空いた隙間だけがぽっかり孤立する。それを気にしていたら次にも同じようなミスをし、ミスが重なるごとに、修復不可能になっていく。
 
妙に軽快なあの音楽だけがむなしく鳴り響き、ゲームオーバーになるのだ。
 
不調もテトリスの穴のようにすぐに気づけばいいのだけど、気がついたらアリジゴクのアリのようにはまり込んで抜け出すことができなくなるのだなあ。
 
自分が今、絶不調であることを急に自覚してしまい、明るかったカフェが一気に色あせていくような感覚に陥った。救いを求めるように、冊子を手に取り、ページをめくる。
 
『こんにちは! 絶不調』の特集は、各分野の著名人に、絶不調の時には、どんなことをしてリズムを取り戻しますか? というインタビューで構成されていた。問われた人のほとんどが、「無心で手を動かす」「なんでもいいから無心で動く」というような回答をしていて興味を引いた。
 
確かに不調になってきたとは、いろんな物事に目が行き、一つのことに集中できず、どれもが中途半端になる気がする。何人もの人が無心でと言っているということは、不調を抜け出すいい方法なのかもしれない。
 
思い返してみると、私は不調になってくると片付けが出来なくなる。テーブルに散らばっているものがもとに戻せなくなり、そこここにものがあふれかえる。そこに、我が子達が、おもちゃや勉強道具などを出してきて収集がつかなくなってくる。
 
片付かない、モノがあふれかえる、その有り様をみてイライラが降り積もる、モノが転がっているから掃除もできない……負のスパイラルに陥るのだ。
 
今は絶不調なんだ、と自覚したことでなんだか少し吹っ切れた。
それを打開していくためになんかしていくしかない。
 
帰宅してから、自分の中で、『テトリスのブロックの隙間』になっていることをリストアップした。まずは息子の部屋だ。ただでさえ、片付けがあまり得意ではない息子の部屋に、小学生で使ってきた荷物と、中学入学後に使い始める教科書や参考書類が置かれ、足の踏み場もなかった。
 
息子に片付けを言いつけて、次の引っ掛かりを整理する。息子と保育園に入園する末っ子の書類の処理が引っかかっている。よしそれに取り掛かろう。それが終わったら、末っ子の入園のための縫物をしよう。
 
自分がやらなければならないことの整理ができるだけでも少しスッキリする。つもりに積もったテトリスの上の方が少し消えた気分。よしこの調子で取り掛かろう。
 
そう思いながら、身の回りを片付けて、他のことに意識がいかないように遮断して、無になれるような環境を作ってから取り掛かる。やり切ってしまえば、実はたいしたことがないボリュームなのだ。2時間ほどで終了。苦手な縫物も、雑誌に書いてある通りに無心になれる時間で少しスッキリする。テトリスのブロックがまた少し減ったような感覚。
 
そうこうしているうちに、息子が書類の束を持って現れた。それを二人で紐をかけ、積み上げていったら、1メートルほどの高さにまでなった。積み上げられた書籍類を眺めると達成感があってかなりスッキリする。テトリスで、何段かまとめて消せることができたような爽快感が沸いてくる。
 
ああああ、たったこの数時間でだいぶ心がスッキリするではないか……! ありがとう、絶不調特集!! 心がすっきりすると、頭も体も心なしか動きが良くなる気がする。
 
ふと気づいて時計を見たらもうすっかり夕方になっていた。軽い気持ちになって、夕飯の支度にとりかかった。今日はいつもよりも作業がはかどる。このちょっとした気持ちの差で日々の過ごし方が大きく変わるんだな。自分がどんな気持ちでいるのか、どんな状況なのか、少し俯瞰して自分の心身の動きを知っておくのって重要なんだ。
 
自分では淡々と過ごしているつもりでも今回の息子の卒業入学や、娘の入園が重なるなど、外から来る不可抗力に突然巻き込まれて心身が揺れることは大いにあるのだ。
 
「テトリスみたいに不調が視覚化されたら早い段階で対応できるのになあ……」
 
なんて思ってしまう。
 
今回はそんなにひどく落ち込んだりせずに、まだそんなに気持ちが落ち込みすぎていないところで浮上のきっかけを得られたので良かった。前に、ひどい絶不調だと気づいた時には、どうすれば不調から脱却できるのかわからず、先が見えなくて苦しんだ時期があったからだ。
 
それは、今から4年前のこと、末っ子の出産前後の時期だ。マタニティブルーも相まって、毎日闇の中をさまよっているようだった。それでも、その時に、自分が絶不調だ、ということは自覚ができなくて、テトリスのゲームオーバー寸前のところでおぼれそうになりながら、目の前のことを必死にこなすことしかできなかったのだ。
 
末っ子の妊娠は自分にとっては予想外のことで、ひたすら不安だった。上の二人は8歳と4歳で、毎日学校や幼稚園に行ってくれるし、少し手を貸すだけで大抵のことは自分でできるような年齢で楽になったなあと思っていたところだった。生活が安定していたからこそ、とても受け入れられるような心境にはなれなかった。男女一人ずついるし、両家の両親共に2人兄弟だったので、3人目は未知だったということもある。
 
私は、何の修行をし残してもう一度ゼロから赤ちゃんのお世話からやり直しをしなければいけないのだろう……。人生ゲームで「振り出しに戻る」が出て呆然としている、そんな気分だった。
 
次の子供が生まれるということを想定していなかったので、手元に何も残っていなかった。自分のママネットワークを駆使して、おさがりを集めまくった。洋服だけでなく、チャイルドシートやベビーカーまで、末っ子のために新調したものは何もなかったくらい沢山もらえた。
 
しかし、このおさがりが良くなかった。おさがりあるあるなのだが、サイズがまちまちで、収集がつかない。でも、整理整頓をすることもできずに、クローゼットのありとあらゆる隙間におさがりを詰め込んでみて見ぬふりをしていた。
 
今から振り返れば、心身ともに3人目の出産に対して不安すぎて、ぎゅっと狭いところに逃げ込みたい気分だったのかもしれない。家に閉じこもってずっとずっとそのまま、現実と向き合いたくなかったのだと思う。
 
あふれかえるクローゼットに息が詰まる思いをしながら、私は、モノを捨てることもできず、前に進むことも後ろに戻ることもできなくて苦しんでいた。
 
そうは言っても、案ずるより産むがやすし、という言葉通り、3人の子育てが始まったら、それはそれでどうにかなんとかここまで来ている。けれど、当時の追い詰められた心境を思い出すたびに切なくなるのだ。
 
そんな時に私を救ってくれたのは、やっぱり「無心に片付ける」ということだった。せっかくもらったおさがりも、着ることができる適切な枚数だけを残して、捨てた。誰かに回すとかそんな余裕は全くなく、みんなの善意を無にするようで申し訳ない気持ちにはなったけど、それで、イライラして育児がままならなくなるよりは絶対にいいと信じてサヨナラした。
 
産後2か月のまだそんなに動き回っては身体に障ると言われる時期に無心に作業をした。4畳半の部屋の床が埋まるくらいのごみをまとめて捨て、家の模様替えをして、ようやくすっきりした。その時に、
 
「私、めっちゃ病んでた……」
 
ということに気づいたのだ。今振り返ってもゾッとするくらいどす黒い気持ちに支配されて行き場がなかった。気づかずに溜め込んでいたイライラを子供達にぶつけて事件にならなくて本当によかった、と今振り返っても思う。
 
このコロナ禍で命を絶つ若年層が増えている、というニュースを目にするたびに、自分の絶不調に気づいてSOSを出せなかったのかなあと切なくなってしまう。何か無心で手を動かしてみたり、片付けたり、何かするだけで、ふっとスッキリする、自分の心身の切り替え方というのを知っておくのって重要なのではないかと思うし、子供達にも知らせておいてあげたいなあと思うのである。
 
人間生きていれば、常に好調ではいられない。不調があるから、好調で幸せや達成感を味わうことができる。多少の不調は人生を彩るエッセンスみたいなものだと考えれば、必要な時期ではあると思う。
 
大切なのは、不調であるということをまずはきちんと自覚し、その上でどうしたらいいのか、その時に何が原因で絶不調なのか、というのを分析して対処していくのも、実は大事な生きる力、なのかもしれない。
 
皆さんは、絶不調だと感じた時、どうやって抜け出しますか?
 
もしも何かで行き詰まったら、まず、無心に手を動かして、思い切りたまっているものを捨ててみるのはどうでしょう?
 
どうにもならない、と思った時には、テトリスをやってみてもいいかもしれない。ほんのちょっとしたことが積み重なって、今、心身があふれちゃっているんだよって冷静に眺めてみたら何かが変わるかもしれない。
 
それに、テトリスで、ゲームオーバーになっても一貫の終わりってわけじゃない。また新しくやればいいじゃない。やり直しがきかないことなんてきっとないはず。
 
心に雨を降らせるのも、心を晴らすのもきっと自分次第なのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

広島県在住。慶応義塾大学文学部卒。フリーライター力向上と小説を書くための修行をするべく天狼院のライティング・ゼミを受講。小説とイラストレーターとのコラボレーション作品展を開いたり、小説構想の段階で監修者と一緒にイベントを企画したりするなど、新しい小説創作の在り方も同時に模索中。

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2021-03-29 | Posted in 週刊READING LIFE vol.121

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