思春期の子育ては、苦しくて辛い恋愛に学べ《週刊READING LIFE vol.121「たとえ話で説明します」》
2021/03/29/公開
記事:石川サチ子(READING LIFEライターズ倶楽部)
週末、鳴らない電話を待ちわびる。
リリリリーン
とうとう電話が鳴った。
目の前がパッと開けて心が弾む。そして数秒深呼吸して受話器を取った。
「もしもし」
電話の向こうの声が、期待外れだと分かった瞬間、急激にテンションが下がる。
なぜ彼からの連絡は、待てど暮らせど来ないのか。なぜ突然途絶えてしまったのか。
好きな子でもできたのだろうか?
仕事が忙しい?
やっぱり遊ばれていたのかな?
急に素っ気なくなった恋人の態度に気持ちが暗くなる。
あんなに頻繁に連絡をしてきてくれていたのに。
数週間前、思い切って連絡してみた。返事が来たのは3日以上経ってから。
何があったのだろう?
私、何か悪いことしたかな?
相手の今の気持ちを聞くのが恐かった。
もうこちらからは連絡しない方が良いのだろうか?
古内東子の曲をエンドレスに流して、寂しい夜を過ごした。
仲の良かった頃、彼の言ったひとこと、ひとことを反芻して恋愛の、残り香のようなものに浸る。
そして、一ヶ月、二ヶ月と時間は過ぎて、恋愛関係は自然消滅していた。半年位して、一方的にフラれていたことにやっと気づく。
恋愛下手の私の恋愛のパターンは、いつもこんな感じだった。
最初だけ盛り上がって、急に連絡が来なくなる、いつの間にかフラれて、終わっていた。
失恋の曲のサビの部分が痛い心に響いて何度となく涙を流した。
恋愛ノウハウ本は何百冊読んだか知れない。
一般に売られている恋愛ノウハウなんて、そもそも銀座ホステスとかキャバクラのナンバーワンなどの経歴を持つ、小悪魔的な女性が書いているから、地味で普通な私にあてはまらなかった。
私が真に受けて小悪魔的な彼女たちの教えを、その通りにしてしまったらおかしなことになるなんて分かりきったことなのに、私は精神的に病んでいたからその通りやった。そして嫌われたんだと思う。
私は、元々機能不全家庭で育った。
機能不全家庭とは、ストレスが日常的に存在している家族状態のことだ。要するに、家庭内で弱い立場にいる子どもに対して身体的または精神的な虐待が日常茶飯事に行われている家庭だ。
酒乱で暴力を振るう祖父、祖父に心を傷つけられて、物事を悪い方にしか考えられなくなってしまった父、他人の話をまったく聞かず、自分の思い通りにならないと機嫌が悪くなる母。
最初に人間関係を学ぶ家庭が異常だった。だから、人間関係の基本的なことがまったく分からなかった。
普通の人間関係が築けないから、学校では仲間はずれになったし、友達とも上手に付き合えなかった。小中学校で課外学習などがあって、グループを作ると必ず私は一人だけ余った。
しかし、色んな偶然が重なって、こんな私でも結婚できた。奇跡と言ってもいいくらいだった。私を知る人たちは「まさか」と疑った。私もキツネにつつまれたのか、結婚詐欺に遭っているのかとしばらく疑っていた。
結婚して、子どもが生まれた。
私は、自分のような子に育てないように、私の育ち方とは真逆の育て方をした。
子どもの前で夫婦喧嘩はしない。
一方的な感情で子どもを叱らない。
子どもの話を聞く。
親の価値観を押しつけない。
子どものやりたいようにさせて、伸び伸び育てたはずだった。
しかし、子どもが思春期にさしかかった頃、私の宿業の片鱗が出現してしまった。
小学校六年生になった頃だった。
「クラス中の子たちからいじめにあっている」と言って帰ってくるなりワンワン泣いた。
私は、クラス担任に、すぐに相談した。このときは、自分の子どもが悪いと言うよりも、悪ふざけするクラスメイトたちが悪いと思っていた。
うちの子は被害者だと思っていた。
クラス担任に対応してもらっても、子どもは仲間はずれになったり、バイ菌呼ばわりされたりしていると言って学校に行くのを渋った。
結局、子どもが不登校になることで、誰が悪いのかうやむやのまま小学校の卒業を迎えた。
中学に進学すれば、環境が変わるから子どもの気持ちも切り替わるだろうと考えた。小学校の頃から仲の良かった子が一緒なので、いじめられることは無いだろうと思った、しかし、子どもと仲の良かった子が不登校になってしまった。子どもも「学校に行きたくない」と言って、サボりだした。
学校に行かない日は、毎日家でスマホばかりしているので、むりやり行かせた。しかし、授業中、ずっと机に伏せって寝ていたようだった。
家にいると、スマホばかりしていた。取り上げと私を蹴ったり、叩いたりした。
子どもは、家庭内で暴言を吐くようになって、家の中で暴れた。
お風呂場の扉を壊し、ふすまに穴を開け、壁を蹴って何カ所も歪ませた。
いったい、私は、子どもの育て方を間違えてしまったのだろうか?
自分の親の逆をしたのが行けなかったのだろうか?
機能不全で育った私の方が、自分の子どもよりもまだマシだったのはどうしてだろうか?
なぜ、他の子どものように勉強なり部活を頑張れない子になってしまったのだろうか。
子どもの姿を見ては、鬱々とした日を過ごしていた。
今さら、子育ての本を読む気にもなれなかった、もう手遅れだと思った。どこか、全寮制のスパルタ教育をしてくれる学校に放り込もうと本気で考えた。
それでも、中2になれば、クラスが変われば、担任が替われば、受験生になれば、目的を持って勉強するかもしれないと、ほんの少しだけ希望を持ってみたりもした。
しかし、目の前にテストが迫ろうが、周りの子たちが受験モードに入り、ピリピリした状態になっても、高校受験の直前になっても、まったく勉強などやる様子はなかった。
アホのように、毎日YouTubeをかけて歌を歌っていた。
小五くらいまでは、「お母さん、お母さん」となついていたのに、すっかり心が離れてしまった子ども。
あんなに私のことを大好きだったはずなのに……
これって、何かに似ている……
そうだ、あの時の、切ない恋愛だ。
子どもとの関係に、切ない恋愛の記憶を重ねていた。
ちょうど一年ほど前、私は、子どものことを誰に相談したら良いのか分からず、インターネットで検索して、何でも良いので解決方法を探していた。
思春期の子育てに関する情報は手当たり次第に読んだ。YouTubeも観たし、セミナーにも参加した。おすすめの本も読んでみた。
目からうろこが何百枚も落ちるくらい気づきと発見が多かった。子育てと言うよりも、基本的な人間観兼の方法だった。
例えば、親業を提唱するゴードン博士による、「人間関係の四角形」。単純な図形なのに、あてはめてみると、あらゆる人間関係の悩みが解決できた。
「人間関係を阻む12のコミュニケーション」は、知らずにやっていて、子どもだけではなく、相手との関係を壊していた。私は、よかれと思ってやっていたことなのに、相手の気持ちを嫌な気持ちにさせていのだ。
「受動的な聞き方」、「能動的な聞き方」については、「人の話を聞く」というコミュニケーションの基本姿勢が解説されていたし、東山綋久先生の「会話のTパターン」は、これ、もっと早く知りたかった。
実際、書いてあるとおりにやってみると、子どもとの関係が変わった。
あれほど、病んでいた子どもの心が、どんどん元気になっていった。
暴言も暴力も激減した。スマホも自分で自制するようになっていた。
たった一年やっただけなのに、15年分の子育ての負債を返済したようだった。
子どもの心のエネルギーについては、親子関係はもちろんだが、恋愛関係に応用できると思った。
小手先の恋愛テクニックなんかが吹き飛んでしまうくらいのインパクトがある。知っている人だけがこっそり使える秘宝と言っても良いかもしれない。
例えば、すごくモテる男性が「え、なぜ?」と思うほど、パッとしないよう見える女性を選んでびっくりした経験はないだろうか?
おそらく、すごくモテる男性から選ばれた女性は、その秘宝を使いこなし、モテる男性を手なずけたのに違いない。
自分の思いを伝える方法についても、単純な型にはめこんで伝えるだけだが、すごくストレートに伝わり、言われた方もストンと落ちる。
この伝え方は、「私メッセージ」と呼ばれている。
その型は、
相手の行動・事実 + 自分の感情
例えば、心が離れてしまった恋人に、連絡を入れたとしよう。
私メッセージを使う前の私は、こんな言い方をしていた。
「どうして連絡してくれないの、連絡して」
「なんで、最近冷たいの?」
「もしかして、私のこと嫌いになったの?」
「好きな人でもきたの?」
冷静になってみると、こんなこと言われた相手は、逃げたくなると思う。私が男だったら完全に逃げる。
どの言葉も、相手を責めているようなのだ。通称「あなたメッセージ」と呼んでいる。
しかし、「私メッセージ」で伝えた場合、同じ状況でもこうなる。
「最近、あなたに連絡しても、なかなか返事がないので、あなたに嫌われているかと思って悲しい」
もし、嫌いになりかけている恋人でも、こう言われて、どう思うだろうか?
相手が悲しんでいる、その原因が自分自身の行動なのだという事実を知る、人の心も持った相手ならば、何かしらのフォローを返してくれるはずだ。
「ごめんごめん」
とか。
子どもに対しても、「私メッセージ」を使う前の私だったら、こんな感じだった。
「いつもスマホばかりしていて、何で勉強しないの?」
「何で自分のことなのに、他人ごとなの?」
「中3にもなって、自分の将来のことも考えられないの??」
それが、私メッセージで伝えると、素直に聞いてくれるようになった。
「お母さんは、あなたがスマホを長時間していると、勉強する時間がなくてバカになるんじゃないかと心配になる」
これ言っただけで、子どもの反応が変わった。
恋愛は、思春期の子育てでほぼ説明できる。
批判を恐れずに断言すれば、恋愛上手は子育て上手だし、恋愛下手は子育て下手になる。
恋愛の上手・下手は、育った家庭環境に左右される、と思っていた。
何の問題も無い家庭で育った人にとって、恋愛も思春期の子育ても楽に乗り越えられるが、私のように機能不全の家庭で育ってしまった場合、恋愛も思春期の子育ても恐ろしく難しい問題を突きつけられる。
と、思い込んでいた。
しかし、子育てについて長年研究され、実践されて、理論をブラッシュアップされた結果、その答えはシンプルな方法で解決できることが分かった。
その方法を使えば、機能不全の家庭に育っても、子育てを上手くできるようになる、
子育ての基本は人間関係であり、人間関係の基本を突き詰めれば、コミュニケーションのことだ。
つまりは、相手の話を「聞く」ことと自分のことを「伝える」ことの二つを、スマートにできれば、どんな人とのコミュニケーションも上手くいく。
シンプルな方法だから、あらゆる人間関係に応用ができる。特に恋愛に使ったら最強になるに違いない。
苦しい恋愛もこの世から無くなるかもしれないし、機能不全の家庭も消滅するかもしれない。子育ての問題も無くなるだろう。
そうなったら、そうなったで、待てよ。
人間関係の悩みがこの世から消えたら、どうなるんだろう。
そうなったら、ドラマも失恋の歌も流行らなくなるだろう。
心の痛みや苦しみも無くなってしまったら……
何か物足りない。
鳴らない電話を待っていた頃の痛みは、あれはあれで懐かしい。
切なくなる人間関係は、少しくらい残しておいた方が、人生は味わい深いのかも知れない。
□ライターズプロフィール
石川サチ子(READING LIFEライターズ倶楽部)
宮城県生まれ、宝塚市在住。
日本の郷土料理と日本の神代文字の研究をしている。
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