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週刊READING LIFE vol.123

あの時の嫉妬は今の原動力~許せない思いを昇華させる《週刊READING LIFE vol.123「怒り・嫉妬・承認欲求」》


2021/04/12/公開
記事:芦田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ふざけるな」とLINEを閉じる。
「さようなら」というぶっきらぼうなメッセージに反応して。
たかが流行りのマッチングアプリで出会った相手。冬の一時期、ちょっと騙されただけ。私も疑うことを知らずに浮かれていた。
その男は、小柄で若いころから鍛えぬいた筋肉質の体、スポーツマンだった。茶目っ気があって、何でも一生懸命で仕事一筋、朝の時間帯しか連絡が来ないのは仕事に集中していたからだと思っていた。それなのに、パートナーがいて、生まれたばかりの子供がいたとはね……。
もはや過ぎ去ったことではあるが、自分が一番思うようにならなかったことだった。
「私の何が悪かった? 人を見る目がないのか?」
悩んで、悲しさでぐしゃぐしゃになって、人並みに私も壊れた。仕事で作るべき書類が期日にできていないとか、ミーティングの段取りを間違えるとか、集中力を欠いてミスを重ねた。一人でいられなくなって、毎晩外食した。酒に弱い私が呑んだ。気持ちを吹っ切れなくて、やたらと相手にメッセージを送りつけた。が、すべて無視された。
 
というのが事の顛末なのだが、人間関係に関して、私は自分に自信がない。ひどく騙されたのはこの時だけだったが、人間関係がいざこざすると自分を失ってしまう。私をわけのわからない行動に走らせるものは何だろう?
たぶん、一つは嫉妬心。私の場合、それは相手のもう一人の女性に対してだけではなく、男性が持っているものを私は持っていないということも含まれる。地位とか、家族とか、財産とか。
そしてもう一つは承認欲求。私のいいところを見て、努力している私を見て、ということ。この時は、相手の関心が私の得意分野になかったことが悔しかった。
 
振り返れば、私は男性関係こじらせ系かもしれない。もともと愛情表現が下手だから、男性に対して妙にそっけないそぶりをする。
「あなたにあげたくてケーキ買ってきた!」
と言えばいいのに
「ケーキ、好きだったら食べる? 口に合わなかったらいいけど」
と言う。伝わってないな。
そのくせ、
「もう関係を終わりにしよう」
という話になると、
「そうね、仕方ないかも」
と平静を装いつつ、
「でも、友達ってやり方もあるんじゃない?」
とか
「あのとき、もうだめだって言ったけど、もう一度……」
とか未練がましい発言をする。何なのだろう? ブロックしたSNSを時々解除してみたり、相手のブログを覗いてみたり。
そういうところは、やり直したいというより、相手に自分を認めさせたくて、負けたくないんだろう。こちらに反応して「そうだね」と言ってほしいんだろう、私は。
 
前述の彼は、マッチングアプリでメッセージを重ねてから、リアルで会った。教育系の事業をやっていて、私が相手の仕事に興味あると言ったら、自分の事業所を見せてくれた。それで疑わなかった。子供好きに悪い人はいないだろう。人間性に問題はないように思えたけれど、まあ、ご多分に漏れず、真面目に仕事をしているかどうかと、どんな女性関係を持つかは別のことらしい。
離婚して、離れて住む子供がいたことは事実。親だから責任がある、と離婚後も定期的に子供をと会っていたことも事実。
「なかなか会えないんだよね」
と、私は時々ぐすっとなっていた。
彼は、会社勤めの内部のいざこざで割りを食って、外に出されたという。その後民間の教育事業を自分で立ち上げた。「自分も発達障害だね」と言い、仕事をし出すと過度に集中してしまうようだった。将来は、ビルをいくつか買うくらい事業を大きくしたい野望がある……。夢は叶う、すべての人の夢を叶える。そう語る姿にも惹かれた。
私は実際どうなりたかったんだろう? 彼は忙しすぎる人だから、私と一緒に過ごす時間もわずかになる。それはさみしがりやの私には耐えられないはずだ。それでも見切らなかったのは、「彼女」にしてもらう事よりも、対等だと認めてほしかったのだろうか。
 
彼は、子供のころ母親に認めてもらえなかった思いがあるとか、留学先の大学ではサッカーで名を馳せたとか、饒舌に語った。私は、困難を乗り越えた相手を尊敬の眼差しで見た。異性としての関心、そこに将来のビジョンを持った人という像が重なると、私は弱い。
 
マッチングアプリで会った相手のバックグラウンドを即座に把握することは、至難の業だ。登録者は玉石混合。真面目にパートナーを求めている人もいれば、そうでない人もいるようで、多種多様だ。
彼の前に数人と顔を合わせ、顔を合わせただけで終わったけれど、見た感じは真面目そうな人たちだった。SNSの出会い自体は否定しない。ある時点で決断して「会ってみよう」とか「恋愛関係もありか」とか、動かなければ奇跡の出会いも起こらない。でもそうやって動くことでリスクも負う。できる限り慎重に賭けをしよう、としか言えない。リアルな出会いなら安全というわけでもないから。まだあきらないよ、私。
 
結局、彼は自分の事業のアピールをして協力してくれといい、数回デートに誘ってくれて……、あとは私を大事に扱ってくれなかった。最初から彼の中では結論は決まっていたから、当たり前だ。
 
「もう終わりだよ、子供が生まれたんだ」
突然、車の助手席にいるときに言われて、言葉が出なかった。
「嘘でしょう。からかわないで」と心の中で言って、すぐに涙は出なかった。
そのまま車を降りて去っていけば、私も格好良かったかもしれない。でも
「そうなんだ」
と言ってそのまま、呆然と私は座っていた。
 
承認欲求とは厄介なものだ。認めてほしい、認めてもらえない……。それが募ると怒りにも変化する。
私も頑張っているんだよ、と対等に見てほしくて、私は、詩のパフォーマンスをしているとか、書道で展覧会に出しているとか知らせたり、教育に関心があるならこんなサイトがあると彼に紹介したり、事あるごとに自分を伝える努力をしていた。が、ひとつも良い反応は返ってこなかった。余計にイラついた。彼は彼自身のことにしか関心がない。
 
承認欲求とは厄介なものだ。人間関係は他者と互いに認めあうことで成立する。しかし、承認欲求がありすぎると行動の目的が歪んでしまう。「あなたさえ私を見てくれればいいの」と、エスカレートしていく。
あるとき、コーチングの初級講座に参加して、アドラー心理学では承認欲求は不要だと伝えていることを知った。例えば、人がほめてくれるから適切な行動をとる、ほめてくれないからしない、となると他人に行動が左右され、人は自由に行動できない。本来、他者とは関係なく自分はどうしたいのか、将来どうなったらいいのか、という目的に向かって人は動くものだ。軸は自分にあり、他者にあるべきではない……。
 
「馬鹿にしないで」
と啖呵を切れなかった私は、それからしばらくしても
「ねえ」
と媚びるようなメッセージを送って、会うことをやめられなかった。最終的に
「得るもののない相手とは付き合わない」
と冷たいメッセージが来たときは、本当に心が砕けた。それから、ふつふつと怒りが湧いた。
証拠を取って損害賠償請求くらいしてやればいいとも思った。実際はそこまでの原動力はなかった。街を歩いて赤ちゃんの姿を見ると、かわいいな思う一方で涙が流れて、止められなかった。
「みんな、あんたが悪いんだよ。人を騙すなんて許さない!」
 
すぐにすっきり終わらせられなかったのは、人間関係以外の嫉妬心があったからだ。私が持っていないものを彼は持っている。事業所の経営者という肩書きに対して対抗心があった。私はまだ何も成し遂げていない。子供がいる、さらに実際のパートナーに新生児が生まれたということに対する嫉妬もあった。私は、まだ自分で作った家族がない。ひとりは寂しい。いつか見返してやる。
そんな怒りはエネルギーにもなった。私は、空いた時間を埋めるように心理学系の講座を受け、親しい仲間と朗読と音楽のライブを行い、書道教室の追加レッスンを入れて作品を作って展覧会に出し、仕事も目いっぱいして、とにかく空き時間がないように夢中で動いた。
昔、友人が言っていたな。
「失恋した後って、空いた時間をすべて仕事に充てるから、仕事が捗るんだよね。私、昇進しちゃった」
彼女は、結婚を前提とした関係を相手の浮気で解消せざるを得なかった。その時は「そうだね」と聞いて本当には彼女の気持ちがわからなかったけれど、今ならわかる。必死だったんだね。
 
私はこんな恋愛経験に何を学んだのか。何も学ばなかったのか?
面白いことがある。節約家で無駄な出費をしたくなかったのか、または証拠になるようなものを私の元に残したくなかったのか、彼は私にプレゼントらしきものは何一つくれなかったけれど、唯一私にくれたものが大きな瓶の消毒薬だった。そしてなぜか、私がその前に付き合った人も小瓶の消毒薬のスプレーを私にくれていた。
実際は、私が気管支炎持ちで風邪を拗らせすぐ気管支炎を起こしていたから、「これをまめに使って、衛生に気をつけなさい」ということだったのだけれど。
「どちらも、私にくれたものが消毒薬とはね、私はバイ菌かい?」
「なんで!」と声を出して言い、それから一人で笑ってしまった。
一通り泣いて、怒って、笑ったら元気が出た。私は、バイ菌よりもしたたかに生きてやる。
どんな未来を私が描いているか? もちろん、素敵なパートナーがいる未来。そのために何をする? 出会いの機会を求めて、再度努力してちゃんとアプローチします。自分を磨きます。
結局、これからもやることは変わらないようだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
芦田みのり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

教職に就いて働く傍ら、自作詩の朗読パフォーマンスをしたり、やカフェ朗読会を主催している。趣味は書道と登山。

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2021-04-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.123

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