週刊READING LIFE vol.123

手相が表す本当のこと《週刊READING LIFE vol.123「怒り・嫉妬・承認欲求」》


2021/04/12/公開
記事:伊藤朱子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ちょっと手を見せてくれませんか?」
突然の申し出に私は少し戸惑った。でも、拒否する理由もない。
何をされるのかと思いながらも、恐る恐る向かいに座るクライアントに手を差し出した。
 
年の瀬が押し迫った日、プレゼンが終わり新しいプロジェクトを任せてもらえることが決まった後、クライアントに食事に誘われた。その食事の席、プロジェクト関係者が揃っている中で、急に手を見せて欲しいと言われたのだ。
 
クライアントはじっと私の手のひらを見つめて、そして、指先を持って手のひらのしわを伸ばすようにした後、私に年齢を聞いた。
 
「今度、50歳になります」
 
みんなの前で年齢を言うなんて少し恥ずかしいと思いながらも、嘘をつくわけにもいかず、正直に答えた。すると、クライアントは私と目を合わせてすごく嬉しそうに、
「50歳から、ものすごくいい人生ですよ。これからもっと人生が良くなる」
と言ったのだった。
 
クライアントは長年、手相に興味があり、自分の手相も含め色々と勉強してきたという。そして私に自分の手のひらを見せながら、自分がたどってきた人生を少し話してくれた。
 
「手相はちゃんと人生を表していますよ。副社長にも、私がこうやっていつも手相を見てあげていて、どんどんいい手相になってきていまから」
 
クライアントに確信を持って言われると、私も自分のこれからの人生がとても幸せなものになるような気がしてきた。
 
「すごく嬉しいです。私の人生、これからですね」
 
新しいプロジェクトも決まり、年が明けたら忙しくなる。スケジュールがタイトなプロジェクトだけれど、きっとやりきって、これを機会にもっと沢山のプロジェクトに関われるのかも……。淡い期待を胸に抱きながら、食事の時間を楽しんだ。
 
その帰り道、私は高校1年生のある日を思い出していた。学校から帰ると、母が熱心に本を眺めている。そして、帰ってきた私に、「ちょっと手を見せて」と言ったのだった。
母は、本と私の手のひらを見比べて
「ここの線がはっきり出るとね、仕事を持って、社会に必要とされ、貢献する人になるんですって。いつかそういう人になるのかもしれないわね」
と一人頷いていた。そして、私の手のひらにうっすら現れているその線を指でなぞった。
 
私はその時、初めて手相というものに出会った。それまで、自分の手のひらに全く興味がなく、意識して見ることはなかった。しかし、母に言われ改めて見ると、うっすらと線が入っている。私はその線で「社会に必要とされる」ということを意識した。母がなぜ急に手相の本を見ていたのかはわからない。そして、その本になんて書いてあったのかもわからない。
 
高校1年生の頃の私は、特に夢中になっているものもなく、学校生活が楽しいわけでもなかった。義務教育の延長線上で、ただ、学校に通っていた。そんな状態だから、雨が激しく降ると学校を休み、朝、すっと目が覚めなければそのまま布団の中にいるような高校生だった。
 
「社会で必要とされるって、いったい何になっているのかな?」
と母に聞くと、
「手相ってどんどん変わるんですって。きっとこれから変わっていくのよ」
と答えてくれた。
もちろん私は、まだ何者になるのか、全くの未知の状態だった。
 
それから、何かの折に手相が話題になることがあると、私はその線がどうなっているのか確認した。普段はほとんど意識することがない手のひらを眺めると、いつの間にか母が言っていたその線は濃く、長くなっていた。
その度に「社会に貢献する運命が強くなってきたんだ」と、自分がとても必要とされる人間になってきたような気がした。

 

 

 

ちょうど30歳を迎えようとしていた時、中学時代の友人たちと久しぶりに集まり、お酒を飲む機会があった。男女合わせて8人が集まり、自分たちが抱えている悩みや思いをお酒の勢いに任せて吐き出していた。仕事にも十分に慣れて、後輩もいる。これからのキャリアのこと、付き合っている彼や彼女のこと、結婚のことなど、話し出せばきりがないほど、様々なことに節目を迎えているような時期だった。
 
お店から出ると、誰が言い出したのかわからなかったが、駅前に座っている手相の占い師にこれからの自分たちの運命を見てもらうことになった。
酔った勢いもある。これからどうしたらいいのか自分では結論が出せないなら、いっそ占いで決めてもらおう、と言い出す友人もいた。
 
駅前には、お爺さんと言ってもいいくらいの年配の占い師が座っていた。小さな机の上に、「手相」と書いた明かりが灯っている。手相占いをしてもらったことがある友人が、はじめに声をかけた。
鑑定料を尋ねると、数人の若者がそこに立っているのを見て、「一人、1000円でいいですよ」と言った。
 
私はそれまで一度も手相を見てもらったことがなかったので、何を言われるのか、少し緊張していた。なんとなく、一番、最後に並び、みんなの様子を見ていた。友人たちは特にびっくりするようなことは言われていないようで、転職を考えている子にはどういう職業が向いているのか、結婚を考えている子にはその時期の見通しを話しているようだった。
 
いよいよ、私の番になり
「これからどうなりますか?」
と一言だけ言い、そっと手を出す。
私の手のひらに懐中電灯を当てながら、じっと見ている。私も一緒に自分の手のひらを覗き込んだ。
 
「デザインの仕事とか、そういう仕事をしているの?」と尋ねられ、「はい」と答える。
何でわかるのだろう? 私は何の仕事をしているのか話していない。
 
私の返事に対して、彼は続けた。
「何も心配することないですよ、仕事もうまくいくし。ただ……」
 
「ただ?」
 
「もう少し、落ち着いて。怒ったり、嫉妬したり、そういうのをしやすいから、ちょっと冷静になる時も必要ですよ。そうじゃないと、離婚するから」
 
「離婚……、ですか?」
 
私は驚いて聞き返した。手を差し出しただけで、何を悩んでいるかも言っていない。ましてや結婚しているとも言っていなかった。そして、指輪をしている左手も出していない。
 
その時、友人たちの中で一人、私だけが結婚していた。しかし、私の悩みと不安は、漠然とした将来のことや仕事のことあって、家庭のことは全く悩んでいなかった。ましてや、その当時、パートナーとの間に特に問題を感じていなかった。それなのに、「離婚」という言葉が出てきたのだ。
 
「離婚しないためにはどうしたらいいのですか?」と私が聞くと、
「まあ、心穏やかに。気をつけて……」
占い師はそう言った。
まさか、「離婚」なんて考えられない。そんなこと、あるはずない。
私は彼のその曖昧はアドバイスもあり、「離婚」という言葉を笑い飛ばし、あまり重く受け止めなかった。
 
しかし、その約2年後に占い師が言っていたことが現実になる。
 
離婚することなった時、私は手相を見てもらったあの時のことを思い出した。原因は私が怒ったり、嫉妬したりということではなかったものの、なんだかあのお爺さんに「私の運命を当てられてしまった」という気持ちでいっぱいになった。
 
あの時、私の手相には何が現れていたのか。何を見て、「離婚する」ということを感じたのか。
もっとちゃんと聞いておけばよかった。
憎しみあって離婚をすることにしたわけではない。お互いの行きたい先が同じ方向ではなくなったから離婚するのだ。
 
あの占い師に言われるまで、当たり前だけれども、当時者である私たち以外の口から、私たちの離婚の可能性が語られることはなかった。喧嘩をした時、勢いで「もう、離婚する!」と言い放ったこともあった。だが、あの占い師以外の誰かに「将来、離婚するかもしれない」と言われたことは、もちろんない。

 

 

 

年末に実家に帰った時、クライアントに言われたことを母に話した。
すると、母は「そんな、占いなんて信じて……」と、笑っている。
 
「そんなに笑っているけど、高校生の時に手相の本を見ながら、将来、社会に貢献できる人になるかもって言ったじゃない」
と私。
「そうだったかしら?」と母はすっかり忘れているようだ。
私も正直、クライアントの言うことを全て信じているわけではない。でも、いいことを言われれば少しは信じたい気持ちはある。
 
私はクライアントから言われたことが気になって、インターネットで手相のことを検索してみた。手のひらに現れる様々な線が意味すること、そしてその線は変わっていくことが書かれていた。
 
そして、思ってもいなかった情報を見つけたのだった……。
 
「手相は脳から生まれる」
 
手相と脳は関係が深く、手のひらに刻まれているしわは「外に出た脳」である。そして、右脳の影響は左手に、左脳の影響は右手に出る、ということだった。
 
一般的に右脳は直感や五感を通した感覚、左脳は論理的思考を扱っていると言われている。ということは、右脳に直結している左手に感性が出て、左脳に直結している右手に理性が出ると言えるのだろうか。感性は無意識に出るものであるが、理性は意識的に、また経験によって育まれるものだと言える。つまり、左手には無意識のその人の性質、性格とも言えるものが現れる。右手には意識して変えていった性質、性格、努力した才能とも言えるものが現れるのではないか。
 
もし、本当に右手のしわが文字や言葉の認識を司る左脳が反応してできているとしたら、毎日聞いている言葉によって、そのしわが変わる可能性がある。
 
私は右手で手相を見てもらっていた。
母が私の手相を見てくれた時から、ずっと自分の運命を右手で見ていたのだ。
 
母が私に、「仕事をもって、社会に必要とされ、貢献する」と承認欲求を満たしてくれるような言葉を言ってくれた時、確かにうっすらとその線はあった。その上で、私の脳には母のその言葉が刷り込まれたのだ。そして、それを何かあれば思い出し、また、その言葉をきっかけに、そうなるような行動をするように、なっていったのかもしれない。
私の右手のしわは、どんどんその行動に影響され、濃く長くなっていったのではないか。さらに、そのしわを見ながら、私はまた母の言葉を思い出す。
 
結果的には、私は、ほぼ母の言葉通り、今私の右手に刻まれているしわが表している通りに、「仕事をもって」社会に携わっている。関わる社会は小さいかもしれないが、必要とされ、お客様に喜んでもらっているという実感がある。
 
「離婚」についてはどうだろう。
あの占い師が「離婚」と言った時、初めて他人の言葉によってそのことを意識した。あの時点で、何か「離婚」につながるものが右手に現れていたとする。それがあの占い師の一言で「離婚」への行動がさらに強化されたとしたら……。
 
それはさすがに考えすぎだと思いながらも、言葉の影響の大きさを、右手の手のひらを眺めながら考えた。
 
言葉が私の意識を変えていた。私は言葉で暗示にかかる。
そして、小さな手のしわが変わり、そのしわによってできる手相がさらに私の行動を変えていた。
手相は「運命」を表していたのではなく、聞いていた言葉と起こした行動の結果を表していたのだ。
 
クライアントはこれからのプロジェクトがうまくいくようにと、あの時、私に暗示をかけたのかもしれない。
 
「これからもっと人生が良くなる」
 
こう言われれば、私は人生を良くするために、仕事をもっと楽しみ、努力をすることになる。これから進めるプロジェクトで少々問題が起こったとしても、楽しんで取り組んでいれば、乗り切ることができるだろう。
 
あの占い師の暗示とは違い、今回は素敵な暗示である。
私は気持ち良く受け入れたいと思った。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
伊藤朱子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

建築設計事務所主宰。住宅、店舗デザイン等、様々な分野の建築設計、空間デザインを手がける。書いてみたい、考えていることをもう少しうまく伝えたい、という単純な欲求から天狼院ライティング・ゼミに参加。これからどんなことを書いていくのか、模索中。

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2021-04-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.123

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