週刊READING LIFE vol.123

もうタバコは要らない! 〜ちょっとした禁煙成功秘話〜《週刊READING LIFE vol.123「怒り・嫉妬・承認欲求」》


2021/04/12/公開
記事:白銀肇(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
意外なところで、承認欲求というか、人の顔色を伺うとか、人になんてみられるのだろうか、といったことを自覚なく意識にしていたりすることがあるように思う。
そして、そのことに気がついて、その意識を取っ払うと、できなかったことができたり、自分の思い通りの結果をもたらしたりする。
 
そのことを感じた体験のひとつに「禁煙」がある。
 
タバコをやめたのは、今から2年半ほど前だった。
 
やめるまでに、タバコは毎日最低一箱、もしくは一箱半は吸っていた。
夜、外で飲む時などは、その飲んでいる時間帯だけで、一箱いってしまうことも少なくない。
いわゆる「ヘビースモーカー」だった、
死ぬまでタバコは手離せないだろう、と思っていた。
 
そんな人間だったけど、禁煙をしてから本日にいたるまで、タバコは一切口にしていない。
 
過去にも禁煙を試みたことがあった。
だが、そのときは失敗に終わった。
いずれも、体のことと、財布事情のことを考えて、取り組んだものだったが長続きしなかった。
 
このときは、「禁煙」とまではいえなかったかもしれない。
お酒を飲むときは、どうしてもやめられなかったので、それだけを自分に許した禁煙だった。
ちょっとだけ自分に逃げ道をつくった。
厳密にしすぎると、かえって長続きしないかもしれない、と思ったからだ。
実際に、この方法で1年近くは続いた。
そのうちに、お酒の時でも吸わないように、と思っていたが、やがて仕事が忙しくなるにつれて、仕事中にタバコに手を出してしまい、この禁煙は不成功に終わった。
 
それに比べると、今回の禁煙は、本当にうまいこといった。
今となっては、まったくタバコを吸いたいとも「微塵」にも思わないからだ。
むしろ、タバコの匂いがつくと、気になる側になったぐらいだ。
今まで、散々匂いを撒き散らしていた元凶のくせに、このようなことを言うのもおかしな話だが、本当にそこまでの状態にまで、今はなっている。
ちなみに、ここまで来るのに、禁煙外来や、禁煙グッズなどといったものは一切使っていない。
 
2年半前に禁煙をしようとした理由は、些細なことだった。
きっかけは、タバコの値上げだ。
これからも値段は上がっていくだろうし、それでもタバコを吸い続けていくのもどうか? と疑問に思い、もう一度禁煙に挑戦しよう、と思ったのだ。
 
過去には再発前科がある。
中途半端な気持ちでは、また同じことの繰り返しだ。
ここをどうクリアするか、が問題だった。
 
同じことの繰り返しでは、意味がない。
このときばかりは、真剣に考えた。
やるなら、キッパリとやり遂げよう、と。
どうしたら、やめられるか悩んだ。
そうして悩んだ挙句に思いついたのが「自問」だった。
「自分にとってタバコを吸う意味はなんなの?」ということを、真剣に自分に問いただしてみたことだった。
 
なぜ、自分はタバコを吸いたいと思うのか?
タバコを吸うことで、自分はどんなメリットがあるのか?
そのメリットは、ホンマもんのメリットなのか?
自分にとって、本当に必要なものなのか?
 
そんなことを、タバコを吸い始めた頃までさかのぼって、真剣に自問した。
その自問で出てきたのは、自分が「本当に必要と思ってタバコを吸っていない」、という気づきだった。

 

 

 

私がタバコを覚えたのは19歳のときだった。
高校を卒業して、予備校に通い出してからだった。
高校と違って予備校には「校則」といったものはない。
お酒やタバコは二十歳から、とは言いつつも、いまと比べたら当時は大らかだった。
予備校側も、記憶力に支障が出るからでやめておいた方がいい、とは立場上そう言うものの、そこには強制的な姿勢はまったくない。
分煙といった意識も今と違って薄く、あちこちでタバコが吸えた。
 
その予備校には、高校時代の同級生が数名いた。
いずれも、予備校に通い出してから堂々とタバコを吸い出した。
その姿があまりにも違和感がなかったから、聞いてみれば、案の定、彼らは高校在学中から吸い始めていた。
高校時代は、あまり興味なかったのだが、授業の合間に気持ち良さげにタバコをふかしている友人たちの姿を見ていくうちに、タバコに好奇心がむいていった。
また、そんな友人たちが、少しばかり大人びて見えたことも、さらにその好奇心を刺激した。
 
「タバコって、美味しいの?」
休み時間に、タバコを吸っている友人に質問した。
「おや、珍しい。そんなことを聞くなんて。興味があるなら、はいどうぞ」
ついに、こいつも喫煙仲間になるか? といわんばかりにニヤニヤ笑いながら、その友人はタバコを一本差し出してくれた。
 
それを口に加えると、友人がライターで火をつけてくれた。
が、なかなか、つかない。
「加えながら、そのまま息を吸って」
友人に手ほどきを受けながら、タバコを加えながら息を吸った。
その途端にむせた。
まるで、ドラマや映画でも見るような、お決まりのシーンだ。
 
これは、キツイ。
ちょっと、これは無理かもしれない。
 
「そのまま吸うと、キツイだろうから、ほんのわずかな煙を口の中でためつつ、外の空気と一緒に吸ってごらん、そうするとむせることがなくなるで」
友人が、そういって丁寧にレクチャーしてくれた。
 
その通りにしたら、確かにむせることなく、スムーズに吸えた。
 
初めて一本を吸いきった。
吸った後に、頭がグラグラした。
これも、なかなかに応えたが、その後も、休み時間のごとに、一本もらっては吸い出す、みたいなサイクルとなり、そして、ついには自分で買い出した。
こうして、喫煙生活が始まった。
 
初めてタバコを買って、それを親父の目の前で吸ったときの気持ちもよく覚えている。
親父もタバコを吸っていた。
 
目の前でタバコを吸ったとき、親父との距離感が縮まった感じを抱いた。
縮まったというか、背比べをしたときに同じ背丈になった、みたいに感じだろうか。
「タバコ=大人の象徴」という子供っぽい思いがあったのだろう。
自分もそんな立場になったのだよ、といわんばかの気持ちを込めてタバコをくゆらしたことを、覚えている。
そんな自分になったことをちょっと認めてよ、的な思いもあった。
そんな思いに反応するかのような返しを待っていたが、親父の反応はまったく違った。
親父は「お前も、ついにタバコに手をつけたか……」と淡々とした表情をしていたのが、ことさら印象的だった。
 
母親は、タバコが嫌いだった。
だから、自分に味方ができたようでもあり、敵対する人間が母親ひとりになるということに、ちょっとした複雑な思いを感じたような顔にも伺えた。
だから、特に是でも非でもなく、淡々としていたのだろうか。
自分の子供っぽい思いと、あまりに裏腹だったので、その光景が焼きついた。

 

 

 

「タバコ=大人」という思い込みと、その好奇心。
そして、タバコが、友人たちともつながり持つ位置づけのツール、と認識したとこと。
タバコを吸い出したきっかけは、子供っぽい憧れと、友人たちと共通性、同調意識を保とうとしたことがあったことは間違いない。
 
予備校だけでなく、入学した大学でも、周りの喫煙人口は多かった。
クラスでも、サークルでも、吸わない人を数えるほうが早いぐらいだったと思う。
実際に、ちょっと調べてみたら、この当時の20歳代の喫煙人口は、68%と7割に近い数字だった。
当時のイメージと、ほぼ合致しているだろう。
そんな背景もあって、共通性・同調意識になりやすかったのかもしれない。
 
そして、もうひとつ気がついたことがあった。
この仲間との共通・同調意識こそが、タバコを長年吸い続けた理由であった、ということだった。

 

 

 

いまほど、徹底していないが、分煙はなんとなく始まっていた。
大学でも特定の喫煙場所があったし、入社した会社でも、2年ほど前まではデスクでも吸えていたが、喫煙所が設けられていた。
この喫煙場所が、思いのほかコミュニケーションの場になっていた。
上司から先輩後輩まで、とにかくタバコをすう人間が多かった。
ここでの交流が、人脈を作る場であったことは否めないところだった。
だけど、一方ではそれが思い込みになっていた。
「タバコ=コミュニケーションツール」という単純図式。
 
喫煙所では、仲のいい上司、先輩、同僚、後輩、ともちろん会うし、会話もある。
タバコをやめることを考えたとき、このことが引っ掛かった。
「タバコをやめたら、この交流がなくなる」、「人間関係が希薄になるのではないか」と、そんなことを漠然と思っていたのだ。
その触れ合いで入ってくる情報も薄れてしまうのではないか、というちょっとした疎外感の思い。
 
実は、この感情こそが、盲点だった。
 
本当にそうなのか?
疎外感のような感情があることに気がついたとき、ここをさらに掘り下げて考えてみた。
 
喫煙所で、いつも誰とどんな会話をしているのか。
そこでの会話から本当に何か重要な事柄のやりとりがなされるのか。
そのやりとりは、自分の中で、本当に有用だ、と思える時間と内容なのか。
 
こうして、自分に問うてみて、出した自分の答えは、全て否定的なものだった。
 
そこでの会話は取り止めのない話が多かった。
本当に必要な会話がされているか、と思えばさほどでもない。
本当に必要な情報であれば、その情報を持っている人に直接聞きにいけばいい。
何も、喫煙所でなければ得られない情報などというのはない。
 
何よりも、タバコやめて崩れる人間関係だったら、ただそれだけの関係だった、ということだ。
そんな人間関係に執着していること自体、おかしくないか? という、そんな疑問が逆に出てきた。
タバコに頼らないと気づけない人間関係自体が、そもそもおかしいではないか。
ここで、タバコはコミュニケーションツールだと、なんやかんや変な思い込みをして、ただダラダラとタバコを吸い続けていた、だけではないか、ということに気がついてしまった。
 
実際に、このこと以外で「タバコは絶対に必要だ」と思って吸う理由は、考えたとき、思いつくことが何もなかった。
 
これだけではない。
 
昨今においては、タバコを吸うのにも時間がかかる。
個人差や、嗜好しているタバコの長さもあるだろうが、大体一本当たり3分ほどだろう。
これだけだと、わずかな時間を思いがちだが、タバコを吸うのに費やす時間はそれだけではない。
 
昔と違って、今はあちこちで吸えない。
ちょっとした職場であれば、喫煙場所はオフィスからかなり遠のいた場所にあるだろう。
最近では、ビルの中で吸えないところもあることも目にする。
そうすると、この喫煙場所までの移動時間も考えなくてはならないのだ。
さて、そう考えると、一本吸うのにそれだけ時間を要するのか、ということだ。
ちなみに、前職のオフィスでは、喫煙所までの往復時間プラス実喫煙時間で、ざっと15分ぐらいだ。
これが、1日に何回必要になるのか?
ここまで考えたとき、タバコを吸う時間が「もったいない」と感じる意識になった。
 
それこそ、このコロナ禍となったとき、前の会社では喫煙所に入れる人数を制限した。
確か、二人までしか入れないようなルールだった。
そうなると、吸える場所までの往復時間に加えて、喫煙所に入る待ち時間まで加算される可能性があるのだ。

 

 

 

本当に必要な人間関係には、結局のところ何のツールもいらない。
疎外感というのも自分の勝手な思い込みだった。
そんな思い込みに時間を費やしていた、ということに気がついたとき、自分にとってタバコって本当に必要ないな、ということがストンと腑に落ちた。
そう思ったら、抵抗なくタバコを手離すことができた。
不思議なぐらい、そこに抵抗はなかった。
「もうタバコは要らない」
素直にそう思えたのだ。
今となっては、吸いたいとも思わない。
 
この禁煙の自問は、タバコが手離せたことだけがメリットではなかった。
思わぬところに、人との繋がりに対する執着を持っていたことに気がついたことも、また大きな収穫だった。
この執着感情は、ほんの些細なものなのかもしれない。
それでもそんな、些細な人間関係に思う執着、それこそ些細な承認欲求とか、人の顔色、人の目とか、それが思い込みとなっていて行動を制約しているということがあることが、よくわかった。
しかも、それが自分で勝手に思い込んでいる、ということも。
実際に、そこに気がついたからこと、死ぬまでやめられないだろうと思っていたタバコを手離すことができたわけだ。
 
おそらく、こうした人間関係にまつわる思い込みは、この禁煙にまつわる話だけではない。
きっと、いろんなシーンでもありうることは、十分に考えられる。
 
そういえば、会社の仕事でも、自分が思うようにできなかったときを振り返ると、人の目や、評価を気にしていたことが多かったことにも気づくこともある。
 
だから、ちょっとしたときでも、わずかでも人の顔色や、視線などを感じていないだろうか? と立ち止まると、違う景色が伺えるきっかけになるかも。
 
確かに、この気づきでタバコを手離せたし、そのタバコ代は、まるまる我がお小遣いとなった。
時間と健康を手に入れた。
そして、何より、タバコを嫌がっていた家内や娘たちが大喜びしている。
 
この気づきで得たものの効果は計り知れない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
白銀肇(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

京都府在住。
2020年6月末で29年間の会社生活にひと区切りうち、次の生き方を探っている。
ひとつ分かったことは、それまでの反動からか、ただ生活のためだけにどこかの会社に再度勤めようという気持ちにはなれないこと。次を生きるなら、本当に自分のやりがいを感じるもので生きていきたい、と夢みて、自らの天命を知ろうと模索している50代男子。

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2021-04-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.123

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