週刊READING LIFE vol.123

「嫉妬」という魅惑的な道具《週刊READING LIFE vol.123「怒り・嫉妬・承認欲求」》


2021/04/12/公開
記事:住田薫(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
私は、彼の作品を前に、激しく嫉妬していた。

 

 

 

2020年8月、一番厳しかった最初の非常事態宣言が解除され、なんとなく町が動き出した頃だったと思う。
 
4月に発令された非常事態宣言の影響で、いろんなことが止まった。
美術館の展覧会も、あちらこちらで中止や早期の会期終了が決まっていった。
見に行こうと、楽しみにしていた展覧会が、いくつも見に行けなくなった。
 
大阪の国立国際美術館でおこなわれていた「インポッシブル・アーキテクチャー展」は、見に行った友人たちから評判を聞き、ぜひ見に行きたいと思っていた。
時間をつくって、大阪まで行き、閉まっている美術館の前で入り口に貼られていた張り紙をみて呆然とした。非常事態宣言にともない、会期を早めに終了したと伝える内容だった。もう見ることが叶わないことがわかり、打ちのめされた。「ホームページで確認したのに、おかしいな」と思って見直したけれど、私が確認した場所とは別の場所に、会期終了の記載があるのをみつけた。
もともと、もっと前に行く予定を立てていたのだ。それがスケジュールが詰まってきたので、予定を強行するよりは、ゆとりのあるときに見に行こう、と延期した訪問だった。
もとの予定で行っていれば見ることができたのに……! と思うと、悔しさがあふれてきた。
 
東京都現代美術館で開催されていた「オラファー・エリアソン展」は、会期が始まる前からチェックしていて、見に行くのを本当に楽しみにしていた。
だけど非常事態宣言が明けても、まだまだものすごく多い東京の感染者数をみて、泣く泣く見に行くことを断念した。
 
そのほかにも、いくつも見に行くことが叶わなかった展覧会があった。

 

 

 

そんななかで、京都の岡崎にある京セラ美術館がオープンした。
もとは京都市美術館だったものが建築家の青木淳さん設計でリニューアルされたものだ。
仕事で建築に携わる身としては、建物ももちろん興味はあったけれども、なによりも写真家の杉本博司さんの「瑠璃の浄土」展が楽しみだった。杉本博司さんは私の好きな作家の一人だ。そんな人の大規模な展覧会が近くである。それだけで、ワクワクがとまらなかった。
ベネチアで展示されていたガラスの茶室『聞鳥庵(モンドリアン)』も展示されるという。これもぜひ見てみたい。
 
状況はいつまた急展開するかわからない。
4月に開館する予定だった京セラ美術館も、開館を遅らせ、開館してからも京都府外や団体客の利用を制限したりしていた。
 
行けるうちに行っておかないと、また後悔することになるかもしれない。
今できることは、チャンスがあるうちに、と美術館に向かった。
 
バスを降りて、京セラ美術館に向かう途中、細見美術館の横を通る。
美術館の案内掲示板に、『飄々表具』と題した展覧会のポスターが貼られていた。
展示期間を延長して開催中とある。
よく見たら、「杉本博司」の表記がある。
京セラ美術館の企画と連動しているのかもしれない。
 
――なんだかオモシロそうだ。京セラ美術館を見た後に、見に行こう。
「今日は杉本博司づくしだな」
なんて思っていた。

 

 

 

この、偶然入った展覧会が、なんとも刺激的な展覧会だったのだ。

 

 

 

展覧会は、杉本さんが仕立てた表具(ひょうぐ)の展覧会だった。
表具とは、掛軸(かけじく)や屏風(びょうぶ)などのことをいう。
 
主な展示は掛軸だった。
掛軸は、茶道の茶席では、その会のコンセプトをあらわす、かなり重要なアイテムだ。
杉本さんは現代美術家らしい感覚で、茶室をつくったり、茶会を開いたりしている。
そして古美術のコレクターでもある。
 
そんな杉本さんの世界を存分に堪能できる展示だった。
 
ある掛軸では、エジプトの『死者の書』の断片を軸装してあった。
まわりの縁はパピルスで表装し、一番端についている軸棒には、古い青銅でできた対の杖が使われていた。
古代エジプト繋がりの品々で装われた、掛軸だった。
 
アンディー・ウォーホルのサインを表装した掛軸の前には、ウォーホルの絵を連想させるキャンベルスープの缶が飾られていた。
楽譜を表装したものがあった。
縁に古い民族布を使っているものがあった。
軸先に磨いていない水晶の結晶を使っているものがあった。

 

 

 

――そうか、掛軸ってこんなに自由なんだ。

 

 

 

目からウロコが落ちる気分だった。
どれも、一般的な「表具」では、あまり見かけないような素材や造られ方をしていた。
だけど、掛け軸の作法を大切にしながらときには遊び、「こういうものも、あっていい」と思わせられる完成度の高さと、「素敵だ、欲しい」と思わせる魅力があった。
 
私の学んできたお茶に似ているな、とも思った。
 
私が学んでいる稽古場のお茶は、おそらく他の多くの茶道教室にくらべて、自由度が高いように感じている。
いや、“自由”というと語弊があるかもしれない。
 
もちろん、基本的なことをきちんと教わる。
だけどその上で、たのしく“遊んでいる”節がある。
 
お稽古では、その日使いたい道具を、棚に並んでいる道具の中から選んで準備する。
そして、たとえば茶杓(ちゃしゃく。抹茶の粉をすくうためのスプーンみたいなもの)のコーナーには、一般的な竹の茶杓と一緒に、様々な茶杓“っぽい”ものが並んでいる。
ヨーロッパだか中東だかの不思議な形状のスプーン、韓国のものらしき匙、薬匙、真鍮の棒を叩いたもの、木の切れはし……
へんなものも沢山あるけれど、どれもモノとして美しく魅力的だ。
 
試しに“茶杓”ではないものを「本日のメンバー」にいれてみる。
茶で使うことを前提としていないから、“置き場所”にうまく収まらなかったり、扱いが難しかったりする。
臨機応変に対応するために四苦八苦するのだけど、そういうときお師匠は、たいてい悪そうな顔でニヤニヤする。すごく楽しそうだ。
 
「困る」ことの先には「どう解決するか」がある。
 
いつもの動きができないなら、別の動きで置き換えられないか。
そもそもなんのためにその動きが必要なのか、別のやりかたで美しく見えるだろうか。
さまざまなことを考える。
 
いろいろなことを考えるきっかけになって、思考が鍛えられる。
それに色々な場面に臨機応変に対応できれば、この先にまた同じようなトラブルが起こっても、うまく対処できるかもしれない。
 
この場所でおこなわれている“お茶”は、「お茶とは何か」を楽しみながら模索しているように見える。
 
私はこの場所で起こっている“お茶”が好きだ。

 

 

 

杉本さんの表具には、同じニオイがした。
 
今のお稽古場に通いはじめて、茶と茶室の世界は広がった。
お茶でできることは、はじめに想像していたよりずっと広いことが分かった。
そしてそれは、掛軸の世界でも同じなんだな、と展示を見て気がついた。
 
「素敵だな」と思った。
 
……と同時に、激しい嫉妬に駆られた。
 
こんなにも楽しそうなことを、大ぴらに、大勢の聴衆の注目を集めながら、お金をかけてやっている。
 
……ああ、なんて羨ましい……!!!
 
と思ってしまった。
 
久しぶりの展覧会で、気持ちは昂ぶっていたのかもしれない。
激的な感情が、こみ上がってくるのを抑えられなかった。
 
うらやましい、すてき、私もこんなことをやりたい……!
 
京セラ美術館の展示も素敵だった。
とりわけ、ベネチアの企画で職人さんにつくってもらったという「正倉院のガラスの器の写し」を前に、よだれが垂れそうだった。
こんな器で茶会がしたい……!
 
ガラスの茶室は、完成度の高いものだった。
もちろん素敵だったけれど、一番最初に思ったのは、
「私もお金をしっかりかけて、こんな完成度の高い茶室をつくりたい……!!」だった。
 
思いかえせば、杉本さんは小田原文化財団を立ち上げて「江之浦測候所」という芸術文化施設をつくっている。
大きなお金を動かして、コレクションしてきた美術品を収容し、集めてきた魅力的な材料で美しい建物をつくり、心躍る企画を立ち上げている。
ああ、なんて楽しそうなことをしているんだ……!!!
 
杉本さんは、世界的な地位を築いている作家だ。
 
その立場を利用して(?)、なんとも楽しそうな活動をしている。
はぁ、羨ましい。

 

 

 

「嫉妬」という感情は、ときに人を突き動かす原動力になるという。
 
……私も、おおいに奮い立った。

 

 

 

「嫉妬」という感情は、一般的には「よくないもの」とされている。
なんでだろう。
 
「うらやましい」「いいな」と思うことは恥ずかしいことだろうか。
 
嫉妬するあまり、憎んだり、感情的な行動で人に迷惑をかけてしまうのは、確かに良くない。
「嫉妬」していることを認められず、感情を歪めてしまうことも良くないだろう。
 
だから、良くないのは「憎むこと」や「迷惑をかけること」、「気持ちにウソをつくこと」だ。
 
「嫉妬」すること自体は、悪くない、と私は思う。
 
身の丈にあってなくてもいいじゃないか。

 

 

 

「嫉妬」という感情は、刃物と同じだ。
付き合い方には理性とコツがいる。
 
刃物は、使い方を間違えればケガをする。
だから、使い方を練習する。
うまく扱うことができれば、便利な道具だ。
 
刃物は、やろうと思えば人を殺すことだってできる道具だ。
だけど、そんなことには使わない。
そんなことをしたって何の得にもならないと知っているからだ。

 

 

 

「嫉妬」だって、「怒り」や「承認欲求」だって、理性をしっかり働かせて、取り扱い方を訓練すれば、きっと便利な“道具”になる。
 
大いに嫉妬して、大いに奮い立とうではないか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
住田薫(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

数年前にお茶をはじめてドハマりする。現在、お茶が楽しい町、京都と金沢で二拠点生活中。

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2021-04-12 | Posted in 週刊READING LIFE vol.123

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