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週刊READING LIFE vol.124

30半ば筋骨隆々の男子アスリートを50のおじさんが好き過ぎるワケ《週刊READING LIFE vol.124「〇〇と〇〇の違い」》

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2021/04/19/公開
記事:安堂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「やっぱ、フェデラーだね」
「いや、ラファでしょ!」
「おいおい、今はジョコじゃないの」
 
これ、テニス好きの人なら分かる会話。
スイス人のロジャー・フェデラーに、スペイン人のラファエル・ナダル、
そして、セルビア人のノバク・ジョコビッチ。
この3人は、「ビッグ3」と称えられるテニス界の巨星。
2000年代から今なお活躍する現役のプレーヤーだ。
 
グランドスラムと呼ばれる全豪・全仏・ウィンブルドン・全米の4大大会で、
フェデラーとナダルは史上最高の20勝、ジョコビッチがそれに続く18勝を誇る。
彼らに続くのが、一世代前のピート・サンプラスの14勝。
当時、破られることはないだろうとされていた記録をあっさりと塗り替え、
大きく引き離すほど、彼らは突出している。
また、一昔前なら20代半ばが選手としての最盛期とされたところを、
3人ともが30代でなお活躍し、若手の精鋭たちをものともしない。
これまでの常識を覆すほど、トップの座に君臨するレジェンドだ。
当然、人気も他の追随を許さない。
中でも、最年長のフェデラーは、
「史上最高のテニスプレーヤー」の呼び声が高く、特に人気だ。
 
だが。
 
僕はナダルのファン。
圧倒的にナダルだ。
好き過ぎてると言っても過言ではない。
 
好きすぎて……、万が一にも彼の負ける姿を見ることが怖くて、
リアルタイムで試合中継を見られないくらい。
ファンのくせに試合をまともに見られないとは本末転倒だが、
我が子の戦う姿を見ることが怖く、
仏壇の前で手を合わせながら勝利を願う母親の心境に似ている。
また、彼が試合に負けると、この世の終わりのようになり、ごはんがのどを通らない。
 
「よく頑張ったよ、うん。君がコートに立ってくれるだけで十分さ」
 
そう自分に言い聞かせては、一人、涙する日が一週間くらい続く。
 
特に記録更新がかかるグランドスラムは、一喜一憂。
彼が試合に勝てば全てがバラ色だし、彼が負ければこの世の終わりのようになる。
これは仏壇に手を合わせる母親というよりも、まるで恋する乙女。
ただし、ボクは50を過ぎたおじさんだが……。
そのおじさんが、30半ばの筋骨隆々のテニスプレーヤーに心底惚れてしまっている。
 
自分でも思う。
 
「一体、どうしてそこまでナダルのことが好きなのか」
 
ラファエル・ナダル。愛称はラファ。
1986年、スペインはリゾート地・マヨルカ島生まれ。
身長185センチ、体重85キロのサウスポー。
ギリシャの彫刻を思わせるような筋肉質で、精悍なマスクとはにかんだ笑顔を持つ。
若くして頭角を現し、15歳でプロデビュー。
コーチで叔父のトニー・ナダルのもと厳しい練習を積み、4年後、
19歳にしてグランドスラムの一つ、全仏オープンで優勝という快挙を成し遂げた。
 
彼の持ち球は、トップスピン。
ボールに強烈な回転を掛けることで大きく跳ね、相手プレーヤーをコートから遠のかせる。
また、フットワークも持ち味。
「これはさすがに取れないだろう」と思われるボールにも、
あごから汗をしたたらせながら、まるでサラブレッドのそれのような四肢で追いつき、
崩れた体制からも鋭く相手コートのサイドラインぎりぎりのところに打ち返す。
 
どんな球にも食らいつく。
 
その情熱的で超人的なプレーに、
英語を全く話せないボクですら「アメージング! (すごい! )」と叫んでしまう。
映画「アメージング・スパイダーマン」を見た時以上に、そう叫んだと自信を持って言える。
 
特に、20代半ばまでは長髪で、その髪をなびかせながらビッグプレーを繰り出す様は、
おそらくテニスを知らない人でも心が揺さぶられただろう。
 
さらに、彼の魅力を引き出すのが、最大にして永遠のライバルがいること。
 
それが、世界最強のテニスプレーヤーとされるロジャー・フェデラー。
彼ら、公表する記録では、同じ身長にして同じ体重。
しかし、それ以外は、面白いくらい正反対だ。
ナダルが、筋骨隆々にしてワイルドなイメージに対して、
フェデラーは、まるでニューヨークのウォール街で
大口の顧客を手玉に取るようなエリートサラリーマン風。シュッとしている。
 
ナダルが汗をしたたらせながら情熱的にプレーするのに対し、
フェデラーはどれだけ身体を動かしても、
「汗一つかいていないんじゃないの?」と思わせるほど、冷静にしてスマート。
華麗なるステップから生み出される無駄のない動きと計算された素早い攻め、
それに加えて、これまた精悍なマスクから「テニスの貴公子」と呼ばれたこともあった。
 
また、フェデラーが、ウィンブルドンを始めとする芝のコートを最も得意とするのに対し、
ナダルは、全仏オープンなどのレッドクレー、赤土のコートを得意とする。
 
さらに言うと、フェデラーがユニクロのウエアに袖を通す前、
2人はナイキと専属契約をしていた。(ナダルは今も契約)
ナイキも考えたもので、
まさにテニス界のキングと呼べるフェデラーのシャツは、襟付きの正統派。
時に金色を配色するなど、王道と気品さを重視した。
一方、ナダルのウエアはラフで大胆なデザインが目を引く。
襟なしのTシャツが多く、時にタンクトップでワイルドに。
配色にはピンクやブルーなどの原色を使い、
同じメーカーのものでありながら全く違うスタイルを打ち出した。
 
冷静沈着で華麗なプレーに対して、情熱的でアメージングなプレー。
緑の芝のコートを好むのに対して、赤茶けた土のコートを好む。
そして、ウエアは正統派に対して、ラフ。
 
スタイルが対象的な2人だけに面白い!
 
まるで、昭和のスポ魂漫画「巨人の星」に登場する
星飛雄馬と花形満のライバル関係を彷彿とさせる。
貧乏ながらド根性でのし上がる投手・飛雄馬に対して、金持ちで天性の才能に恵まれた花形。
相まみえることがなさそうな2人が、グラウンドで死闘を繰り広げる。
ボクは、ナダルを飛雄馬に、フェデラーを花形に重ね合わせてしまう。
そんな漫画のようなライバル関係と、王者・フェデラーに果敢に立ち向かう姿に、
ついナダルを応援してしまいたくなるのだ。
 
だが。
 
彼を心底好きになったのは、それだけが理由ではない。
ナダルと他の選手とは決定的に違うものがある……。
 
彼は、極めて日本人なのだ。
いや、もう少し正確に言うと、彼の立ち居振る舞いが日本人の美徳をくすぐる。
 
何よりまず潔い。
例えば、試合に負けた時。決して言い訳をしない。
どんなトップアスリートでも体調不良や調子の悪い時はあるだろう。
でも、頑なにそれを口にしない。
また、審判から納得のいかない判定が下された時、多くのプレーヤーは徹底して抗議をする。
海外の選手にとって、自分を主張することは常識で正しい振る舞いなのだろうが、
中には延々と抗議を続けて観客を白けさせる者もいる。
確かに、1つのポイントで試合が大きく左右し、
そのポイント1つ1つに彼らの勝利と賞金と名誉がかかっているのだから、
熱くなるのも分かる。
だが、ナダルが審判に対して抗議をすることは滅多にない。
不利な判定のように思えるものでも、右の眉を少し上ずらせるだけで、
審判に食って掛かることはない。
 
潔く、常に平常心。
これぞ、日本人の好む美徳ではなかろうか。
 
また、誰に対しても敬意を払う。
例えば、試合中のブレイクタイム。
プレーヤーがコート横のベンチに戻ろうとして相手とすれ違うことがある。
その時、ナダルは決まって相手に道を譲る。
例え、格下であっても、年下であったとしても。
トップ中のトップである彼ならば逆に道を譲られそうなものを、それをしない。
記者会見でもそうだ。
負けた後の会見でもメディアに真摯に対応し、対戦相手を称える。
紳士淑女のスポーツとされるテニスは相手を称えることがマナーではあるが、
負けた直後の最も神経が昂っている時、
メディアに対してまで丁寧に対応できる者はなかなかいない。
他にも、ファン、特に子どもたちにせがまれれば、いつまでもサインをし続ける。
 
これらすべては相手の立場を慮り、きちんと敬意を払っている表れだとボクは見る。
もちろん、彼の優しさというスパイスもあるが。
誰に足しても公平に敬意を払う姿は美しい。
 
そしてもう一つ、最も心を惹かれることがある。
 
それは。
 
試合中、激高してラケットをたたき折ることが絶対にないこと。
 
テニスの試合を見たことがない人は知らないだろうが、
試合中、感情が赴くままにラケットをたたき折るプレーヤーが驚くほど多い。
それが、専属契約の会社から支給されているものでもお構いなし。
子供たちがかぶりついてスタンドから見ていようが関係なし。
ランキングがどれだけ上位であっても、知ったことではない。
自分の思い通りにいかないと、ラケットをコートにたたきつけて、
くしゃくしゃにしてしまう。
「そうすることで気持ちをリセットしている」などと正統化する人もいるが、
ボクにはそれが全く信じられない。
 
「何が紳士のスポーツだ……」
 
と、すら思う。
 
例えどんな状況だったとしても、
ラケットをたたき折るなんて行為があっていいものか。
 
それを作ったメーカーや、その社員たちはどう思うのだろう……。
コートにたたきつけるなんて、コート整備をする人たちはどんな気分なのだろう……。
それを見た子供たちは、それが正しい行為として大人になるのか……。
そう思うと、とても悲しくなる。
 
ボクは中学の時、野球部に所属していた。
ある雨の中での試合。
打席に立ったボクはヒット性の当たりを打つと、一塁を目掛けて走った。
 
すると。
 
半ば泥のようになったグラウンドに足が取られ、
右足のスパイクがするりと足から脱げて宙を舞った。
手入れが行き届かなかった皮のスパイクが固くなっていて、
足になじまない中、ぬかるみに突っ込んだのが原因だった。
それでもなんとか一塁にたどり着き、セーフをもぎ取ると、
チームメイトからは大きな笑い声が上がったが、監督にはこっぴどく叱られた。
 
「いつも言っているだろうが! 道具はちゃんと手入れしろと。
道具に愛情を注がない奴は絶対に上達はせん」
 
この時に限らず折に触れて、
スパイク、グローブ、バット、それにボールといった
ありとあらゆる道具を大切にすることを叩き込まれた。
おそらく、似たように多くの人がスポーツを通じて、
道具や物を大切に扱うことを教わったのではなかろうか。
 
トップアスリートになっても、それを実践する人は多い。
代表的なのが、イチロー。
大半のバッターがボールを打った後、バットを放り投げるが、
彼は置くようにしてから一塁を目指す。
ロッカールームでは専用の除湿器を置いて余分な湿気を取り、
わざわざ日光浴をさせることもあったという。
もちろん、バットだけでなくグローブやスパイクも毎日オイルできちんと手入れをして。
 
最高の状態の道具で、最高のパフォーマンスを目指す。
そうした思いはあるだろう。
しかし、道具や物を大切にすることは、古来、日本人の習慣から生まれた行為。
そこには、日本独自の信仰の概念があるのではなかろうか。
 
八百万の神。
「すべてのものに神が宿る」と信じるように、
「物にも心がある」そう感じるところが大きいような気がする。
 
つまり、道具ではなく、ともにプレーをする相棒……。
そうした思いが日本人にはあるのではないだろうか。
 
ボクは、ラケットを決してたたき折ることのないナダルに、
そうした日本人独特の心に共通するものを強く感じる。
だから、他の選手と全く異なる、一線を画す存在として目に映るのだ。
 
昨今のニュースには
「これは本当に日本で起きた出来事なのか」と目を疑うものが散見される。
ドライブレコーダーに映るあおり運転に、
公共の場でも周囲を顧みない身勝手な行為などなど……。
今や、日本人は本来持ち得ていた美徳を
どこかに置き忘れてしまったのではなかろうかと思わせる事象が多い。
かく言うボクも「自分さえよければ……」そんな空気に押し流されてもいる。
 
そんな毎日だからなのかもしれない。
ナダルの姿は、日本人が忘れかけていたものを思い出させてくれる。
彼に、本来あるべき理想像を追い求めて……。
 
そう言えば、もう一つ。
 
随分前、衛星放送のWOWOWが、彼に密着するドキュメンタリーを制作した。
タイトルは「太陽の男 ラファエル・ナダル ~No.1テニスプレーヤーの原点~」。
 
その中で、ディレクターが、スーパーサイヤ人孫悟空が活躍するアニメ
「ドラゴンボール」のグッズをナダルにプレゼントした。
劇中で夢をかなえるというシェンロンの玉、ドラゴンボールのレプリカを。
とてもよくできたものだったが、しょせん、おもちゃ。
しかし、それを受け取ったナダルは、童心に帰ったような笑顔を見せた。
この時すでに巨万の富を築き上げていたのに。
 
実は彼、「ドラゴンボール」の熱狂的なファン。
日本中が誇るアニメを愛してくれることに、勝手に親近感を覚えた……。
 
あれから10年以上の時が過ぎたが、
ボクのナダルを好き過ぎる思いはいまだに止まらない。
いや、年を追うごとに、その思いは増している。
相手は30半ば、ボクは50のおじさんなのに……。
 
 
 

□ライターズプロフィール
安堂(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

名古屋市在住 早稲田大学卒
名古屋を中心とした激安スーパー・渋い飲食店・菓子
及びそれに携わる人たちの情報収集・発信を生業とする

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2021-04-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.124

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