週刊READING LIFE vol.124

春の訪れ、長命寺と道明寺《週刊READING LIFE vol.124「〇〇と〇〇の違い」》


2021/04/19/公開
記事:和来美往(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ケーキとお饅頭、どっちが好き?」
通っていたヨガ教室で、おもむろに質問をされた。彼女とは何度か顔を合わせていたが、言葉を交わしたのは初めてだった。
たまたま2人になる時間があって、その空気感に居たたまれなくなって、その場を繋ごうと、話かけてきたのだと思う。共通の話題もない。当たり障りのない話題をふってきたのだと思った。
ほぼ初対面の人間の食の好みに興味あるはずがないだろう、と心の中で少し冷ややかに思いつつ、
「やっぱ、ケーキですかね。イチゴのショートケーキ」
と、適当な返事をした。

 

 

 

私は、1年前から東京で暮らしていた。上京してから、いろんなお店で、店員さんに話しかけると、「関西の方ですか」と必ずと言っていいほど聞かれる。私の言葉が関西弁に聞こえるらしい。しかし、私は関西弁ではない。三重県育ちなので、三重弁である。正真正銘の関西人からみれば、全くイントネーションが違うのだが、東京の標準語というものを話す人からみれば、同じように聞こえるようだ。
確かに、地理の授業では、三重県は近畿地方だと教わったし、生活様式的には、やはり関西圏だと思うことは多い。マクドナルドはマックではなくマクドというし、料理の味付けも「関西風」である。
そのため、説明も面倒なこともあり、「関西の方ですか」と聞かれると、いつも「はい、そうです」と答えることにしている。
 
仕事の関係で、東京で暮らすことになり、始めたいことの1つにヨガがあった。これまでも興味はあったが、近くに教室はなかったため、半ばあきらめていた。しかし、東京にはたくさんのヨガ教室がある。電車も多くて通いやすい。そこで、最寄り駅近くの教室に通うことにしたのだった。
 
そのヨガ教室で、ケーキか饅頭のどっちが好きかを、おもむろに聞かれ、考えることになった。いや、正直なところ、考えてはいない。イチゴのショートケーキが、とりわけ好きなわけではなかった。そう答えたのは、ただ考えるのが面倒で、最初に頭に浮かんだものを言っただけだ。自分の好きなものは洋菓子なのか和菓子なのか、ケーキなのか饅頭なのかをじっくり考えることをしなかっただけのことである。私のほうこそ、単なる場繋ぎで、適当な返事をした。
 
「イチゴのショートケーキ」という私の回答は、彼女には大ヒットだったようだ。めっぽう詳しいらしく、二子玉にある店のショートケーキは最高だとか、目黒のナントカというお店は良いとか、次々とお店紹介をしてくれた。彼女にとっては、場をつなぐことができ、自分の得意分野で話すことができ、最高のクエスチョンになったようだった。彼女の熱さとは裏腹に、私はどこか上の空で、「へー」と気のない相槌をうちながら聞き流していた。
 
ヨガ教室からの帰り道、結局私は何が好きなんだろうと改めて考えていた。ケーキは好きだが、頻繁には食べない。誕生日とかクリスマスとか、何かイベントがあるときくらいだ。一方、和菓子は、日常的によく食べている。日本には、美味しい和菓子がたくさんある。
 
私の故郷である三重県にも有名な和菓子がある。「赤福もち」である。
三重県伊勢市には、伊勢神宮、通称お伊勢さんが鎮座する。お伊勢参りは、江戸時代に盛んになり、1年間の参宮者が500万人を超えたこともあったようだ。無事にお伊勢参りできるのは、神様のおかげ、そして、施行(せぎょう)と呼ぶ様々なお世話のおかげ、ということで、お伊勢参りは、おかげ参りと呼ばれていた。
 
その参道にあるのが創業1707年の「赤福」であり、名物の「赤福もち」がある。餅をこし餡でつつみ、餡には3つの筋が付く。それは五十鈴川の流れを表しているという。五十鈴川にかかる宇治橋は、聖俗界を分ける境界と言われており、そこにメッセージ性を感じる。
 
赤福もちは、全国的にも名が知れているが、そのなかの「朔日餅」をご存知だろうか。
伊勢には、毎月1日に普段より早く起きて、神宮へお参りする「朔日(ついたち)参り」というならわしが残っていて、無事に過ごせた1カ月を感謝し、また新しい月の無事を願うのである。その参拝客をもてなそうと、いろんな店が早朝から営業していて、その中の1つが赤福の朔日餅である。
 
朔日餅は、毎月1日にしか買えない。2月1日は立春大吉餅、3月1日はよもぎ餅というように季節ごとに月替わりの和菓子になる。どれも美味しいが、私が一番好きなのは、年に一度、4月1日にしか販売されない「さくら餅」である。この日ばかりは、買うための行列に並んでしまう。
 
それが、現在は東京在住のため、4月1日に伊勢に行くことができないでいた。しかし、春になると、無性に桜もちが恋しくなる。
 
東京には、明治や大正時代の有名な文豪たちが、こよなく愛した和菓子が今もあるという話は聞いていた。そういえば、全国に流通していない最中、大福、芋ようかん、草団子など、お土産でいただいたことがあった。昔ながらの和菓子は、とてもシンプルで、だからこそ引き立つ素材の良さと職人技を感じることができる。東京には有名な和菓子屋さんがたくさんあるに違いない。そんな和菓子屋さんの桜もちは、一体どんなだろうと興味がわいてきた。

 

 

 

「桜もち、買ってきて」
4月のある日、夫が出かけるというので、おつかいを頼むことにした。
有名どころの和菓子屋さんを探し、桜もちを買ってくる、というミッションだ。
和菓子屋さんがどこにあるのかもよくわからなかったが、ネット検索すれば分かるだろうし、きっとおいしい桜もちを見つけることができる。
期待に胸を膨らませながら、私は、夫の帰りではなく、桜もちの帰りを待っていた。
 
車の音がした。夫が帰ってきた。
「桜もちさん、お帰りなさい!」
いつになく、玄関で出迎えた。
有名どころの和菓子屋を探すのがどんなに大変だったかを話そうとする夫を後目に、手提げ袋を受け取り、先に部屋に戻った。久々の桜もちに、気分が高揚する。有名店の桜もちは、一体どんなだろう・・・・・・。
とっておきの日本茶を入れることにした。
 
「さてさて、いただきます」
ワクワクしながら、包みを開けた。一瞬、息が止まった気がした。
 
「これ、桜もちじゃない!」
 
夫が買ってきた「ヤツ」は桜もちじゃなかった。確かに桜色した和菓子であったが、クレープのようなフォルムであり、どこから見ても桜もちじゃない。
 
「何これ? 私が頼んだのは、これじゃない!! 桜もち! さ・く・ら・も・ち!」
 
こんな簡単な買い物もできないのか。
少し憤りながら、なじるような勢いで夫に詰め寄った。
だって、私は、桜もちがやってくるのを、心待ちにしていたのだ。
美味しいお茶だって入れた。
なのに、事もあろうに、桜もちを間違うなんて!ありえない!!
 
「ごめん、間違ってた?」
すまなそうに夫がつぶやく。
 
「これ、どっかからどうみても、桜もちじゃないですよね?」
なぜか分からないが、腹が立つと、敬語になる。
 
目の前にある和菓子も、結構美味しそうではある。しかし、私が今食べたいのは、桜もちなのだ。私の口が、桜もちしか受け付けません! と言っているのである。
 
だれでもあると思う。「今日はカレー」と事前に言われると、口がカレー待ち状態になる。それなのに、実際に出てきたものが、焼き魚だったりすると、私のカレー待ちの口はどうしてくれるのか?という行き場のない感情になる。焼き魚は確かに美味しい、けど、私の口は、カレーになっている。
この時、まさにそんな心境だった。私の口は、もう桜もちしか受け付けない。
 
私のぶっちょ面は天下一品と言われる。誰がみても、完全にご機嫌斜めの顔だったろう。居たたまれなくなった夫は「もう一回、買いに行ってくるわ」と言って、身支度を始めた。いや、こんな大事なことを夫に任せてはいられない。今回ばかりは、私も付いていくことにした。
 
夫が苦労して見つけたという和菓子店に到着した。
ディスプレイには、たくさんの和菓子が並んでいる。
さっき夫が買ってきたヤツがいた。
「これを間違って買ったのか」
そう思うか思わないか、と同時くらいに、ラベル表示が目に飛び込んできた。
 
「桜もち」と書いてある。
 
お店の表示が間違っているの?
そんなことを考えていたとき、ディスプレイの端のほうにある、見慣れたフォルムが視界に入った。
「あ、桜もちだ!」
私が知っている、会いたかった桜もちが、そこにいた。目的のもの見つけた嬉しさと同時に、戸惑いもあった。なぜなら、ラベル表示が「道明寺」となっていたからだ。
「道明寺なんて聞いたことがない。そういえば、“花より団子”で、嵐の松潤が「道明寺」っていう役を演じていたけど、団子だから、それが関係あるのか?」と訳の分からないことを考えていた。
もう、完全に混乱していた。
 
「これ、道明寺って言うんですか」
「そうですけど……」
私の質問に、菓子屋の主人は怪訝そうに答えた。
夫は自分が間違っていなかったと確信し、ほっとしていたように見えた。
 
やっと状況がわかった。
関西人がいう桜もちは、東京では「道明寺」という名で出ていること、そして、関西人からみれば、東京には、これまで見たことのない和菓子が桜もちという名のもとに存在するということだ。
 
関東の桜もちは、クレープのようだと評したが、実際にはなめらかな円形のもちにあんこを挟んだ筒状になっている。主原料は小麦粉で、発祥の地に由来して「長命寺」と呼ばれているらしい。
関西の桜もちは、ツブツブとした見た目をしている。丸くて、ぼたもちやおはぎのような形が特徴的だ。原材料に道明寺粉というもち米を蒸して乾燥させた粉で、ねばり感が、関東の桜もちとは大きく異なる。
 
ここからは、関東の桜もちを「長命寺桜もち」、関西の桜もちを「道明寺桜もち」ということにしよう。
 
長命寺桜もちは、1717年に、東京都墨田区向島にある長命寺門前の菓子店「山本屋」で売り出したのが始まりである。創業者の山本新六は長命寺の門番をしており、隅田川の桜並木から落ちる葉っぱを掃除することに苦労していた。そこで土手の桜の葉を醤油樽で塩漬けにし、餡を巻くことを思いついたそうだ。
 
その頃から、桜の名所であった墨田堤は、花見の人で賑わっており、長明寺桜もちが多いに喜ばれたという。その後、江戸の人々の間で大人気のお菓子となった。
長命寺桜もちは主に、東京をはじめとした関東地方と、隣接する山梨県・静岡県・長野県で流通している。江戸との交易があった秋田県や島根県にもある。
 
一方で、道明寺桜もちは、江戸で人気を博した長命寺の人気にあやかって、1830年から1844年頃に誕生した。道明寺桜もちを作って最初に販売したのは、北堀江にあった土佐屋という店だと伝わっている。
なぜ、道明寺というのか。
それは、原料が道明寺粉というものであり、大阪府藤井寺市にある道明寺で最初に作られたからのようだ。保存食とされたのが起源とされ、1000年以上もの歴史があるそうだ。
 
道明寺桜もちは、主に近畿地方、中国地方、四国地方、九州地方や、北陸地方、東海地方で食べられているが、北海道でも主流である。その理由には、江戸時代の北前船による流通がある。北前船は、日本海を通って瀬戸内海と北海道を結ぶルートであったから、道明寺桜もちが伝わったとされている。
 
どちらの桜もちが主流かを考えることで、日本の歴史の奥深さを感じることができる。
 
また、関東と関西の嗜好の違いも感じられた。
双方ともに、塩漬けにした桜の葉っぱが欠かせないが、葉の塩分濃度が関東の方が濃い傾向にある。これは、濃い味を好む関東と薄味が好まれる関西の違いからきているのだろう。関西人が東京で桜もちを食べると、葉のしょっぱさに驚くという。
そういえば、うどんのだしでも、関東は色も味も濃く、関西は薄いと言われている。
和菓子にも、そんな違いが取り入れられているのだ。
 
地方によって長命寺と道明寺に分かれて流通している桜もちだが、それらは全く別物であり、それぞれに実に美味しい。他の地域の桜もちを食べてみるのも面白いと思う。桜の葉のしょぱさの違いも楽しめるに違いない。

 

 

 

「関東の桜もちと関西の桜もち、どっちが好き?」
 
そう誰かに聞きたい心境だ。
桜もちが大好きだからこそ、他人がどっちを好むのか知りたいと思う。
私にケーキや和菓子の好みを聞いてきた彼女も、ただの場繋ぎではなく、そんな気持ちだったのかもしれない。
彼女が勧めてくれたお店に、今更ながら興味をもった。
今度は私から話しかけてみようと思う。
 
 
 

□ライターズプロフィール
和来美往(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ、東京在住
2020年の天狼院書店ライティングゼミに参加
書く面白さを感じはじめている

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

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2021-04-19 | Posted in 週刊READING LIFE vol.124

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