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週刊READING LIFE vol.126

堂林くん、球界の田中邦衛たれ!《週刊READING LIFE vol.126「見事、復活!」》

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2021/05/03/公開
記事:安堂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
有名人を好き過ぎて、まるで自分の親族のような錯覚に陥ることはないですか?
 
例えば、国民的ヒロイン・フィギュアスケートの浅田真央さん。
小学生から活躍する彼女を応援し、
いつしか自分の娘や親せきの子のような目で見守る人は多いはず。
そう言うボクも、その一人。
彼女と同じ名古屋に住み、彼女が幼少期から練習していたスケートリンクや
その近くにあり、彼女が通った食堂にも馴染みがある。
食堂に立ち寄れば……。
 
「真央ちゃんは、ここのチャーハンが大好きなんだよねえ」
 
などと、ボリューム満点で昔ながらのハムが入ったチャーハンをワケ知り顔で頬張る。
一度たりとも彼女に会ったことはないのに。
ただ、テレビを通して応援しているだけなのに。
さも「親戚の子」のように彼女について語ってしまう。
 
「アンタ、誰?」
 
そう突っ込まれれば、「ただファンです……」そう答えるしかないのに。
 
他にも芦田愛菜ちゃんや鈴木福くんだったり、寺田心くんだったり。
往々にして小さな頃から見ている有名人に抱きがちな
「勝手に親戚の子」枠、ありますよね。
 
そんな存在が、ボクの中には何人かいるのだが、とりわけ思い入れの強い人がいる。
プロ野球・広島東洋カープの堂林翔太選手。内野手で右打者。
今年で30歳になる彼は、2010年にプロ入り。
3年目に一軍入りを果たすと、14本のホームランを放つなどして注目を集めた。
光沢のある赤いヘルメットがよく似合うベビーファイスのイケメンで、
シュッとしたスタイルを持ち、多くの女性ファンを虜にした。
付いた愛称が「鯉のプリンス」。
まさに、その言葉通りの容姿をしている。
 
彼を知ったのは、彼の高校生時代。2009年の夏。
ボクが住む名古屋の野球の名門・中京大中京高校の野球部に所属していた。
夏の甲子園、第一試合で初めて見た。
当時は今よりも線が細く、手足の長さが際立った。
そして何より、少年のようなうぶさを残すかわいらしい顔つきで、
白地に袖の部分にだけ青と赤のラインが入るユニフォームがとても似合っていた。
 
スターバックスでアルバイトしていたら、女子高生が殺到しそうなくらいのルックス。
それでいて、エースで4番。
投げれば相手をぴしゃりと押さえ、打っては豪快なホームラン。
完璧なキャラクターだった。
野球漫画のドカベンに登場したとしても、
主人公・ドカベンこと山田や葉っぱを加えた巨体の漢・岩鬼、
アンダースローの美少年投手・里中くんにも引けを取らないほどの存在感だと思う。
 
「名古屋に、こんなすごい子おったんや……」
 
その夏、彼率いる中京大中京が甲子園で優勝すると、完全に彼の虜となった。
 
カープに入団すると、名古屋と広島でなかなか情報が入ってこなかったが、
入団3年目にして一軍に上がると歓喜した。
 
「堂林くん、ついにプロでも頭角を現してきたな」
 
これまたワケ知り顔で納得し、彼のことをあまり知らない友人には、
さも昔から知っていると言わんばかりに「堂林くんがさ……」などと熱弁をふるった。
この頃から、ボクの勝手な「親戚の子」枠の筆頭として堂林くんを数えるようになった。
 
ただ、その時の彼の成績は、必ずしも突出していたワケではない。
ホームランは、プロ入り3年目の20歳にして14本とまずまずの成績を残したが、
打率は2割4分2厘で、三振は150。
この三振の数は不本意ながら、そのシーズンのリーグワーストを記録。
また、守備についた三塁での失策は29と、これもリーグ最多。
スカッとさせてくれる好プレーもあったが、ダメなところも多かった。
 
それでも。
 
それらを含めて魅力的なんだよね。
 
時折出るホームランは意外性があり、見ていて華があった。
ナイスプレーの後にチラリと見せる笑顔もかわいらしく、
男ですら惚れ惚れするのだから、女性ファンの心を相当くすぐっただろう。
三振してもエラーをしても、なんだか画になった。
「親戚の子」として、ひいき目で見ていることもあるが、
この感情は決してボクだけのものではなかったようだ。
というのも、そのシーズンオフ、
ホームグランドのマツダスタジアムで
彼の三振シーンだけを集めた写真展が開かれたほどだから。
三振で客を呼べるなんて、ミスタープロ野球こと長嶋茂雄さん以来ではなかろうか。
当時の彼は、スターとしての素質を十二分に秘めていた……。
 
しかし、プロ野球の世界は甘くない。
その年をピークに、年を追うごとに一軍での出場試合数は減り、
2019年には、故障もあって、わずか28試合。
打ったヒットも7本にとどまった。
プロ入りしてちょうど10年目と、正念場を迎えていた。
 
しかも、彼がもがいている間、
チームは2016年から3年連続でリーグ優勝と絶好調。
人気は広島という一地方にとどまらず全国に広がっていた。
 
彼は、その輪の中心に入ることができなかった……。
 
プロ10年目にして二軍生活が長く続けば、正直、厳しい現実がちらつく。
 
でも、仕方がない。
プロ野球は、生き馬の目を抜くような厳しい世界。
どれだけ鳴り物入りで入ったとしても、必ずしも誰もが大成するとは限らない。
例えば、メジャーリーグのヤンキースでも活躍した田中マーくん。
彼は今や球界を代表する大投手だが、彼と甲子園の決勝で競り合い、
見事優勝を手にしたハンカチ王子こと斎藤祐樹投手はプロで苦しんでいる一人。
彼以外にも「大物」と言われながら、なかなか目の出ない選手はいくらでもいて、
人知れずユニフォームを脱ぐこともざらだ。
 
「そんな厳しい中で、よく10年頑張ったよ」
 
ボクの中で堂林くんは「親戚の子」だから、さも親族が感じるようにそう思った。
彼のユニフォーム姿を見られなくなることを想像すると胸が痛むが、
もう十分頑張ったと心の中でエールを贈っていた。
 
ところが。
 
そこで終わらなかった。
去年、2020年。
新型コロナの影響で試合数は減り、観客を入れることもままならなかった
前例のないシーズンで、見事、復活を果たす。
 
7月まではセ・リーグの打率トップを走り、一時は4割をキープ。
このまま、夢の4割バッターが生まれるのか……などとすら話題に上った。
さすがに後半は失速したものの、打率はキャリアハイとなる2割7分9厘を記録。
1軍に上がった年と同じだけのホームラン14本を放った。
この様子に多くのスポーツ紙が、こう見出しを打った。
 
「堂林、復活!」
 
ようやく彼のあの爽やかな笑顔が戻ってきた。
相撲で言えば、徳俵に足がかかった状態からの巻き返し。
誰もが期待しながらも、誰もがあきらめかけていた中での見事な復活劇を果たした。
 
そんな彼に魅入り、改めて彼のことを考えると……、
 
なぜかボクは、その姿に俳優の田中邦衛さんの面影を重ねてしまう。
 
最近、鬼籍に入った国民的俳優。
ドラマ「北の国から」の黒板五郎役で愛されたあの人。
誰もが一目で心を許してしまいそうな愛敬のある垂れ目に、おちょぼ口で、
脇役をやっても主演を食うほどの存在感を放つ稀有な存在だった。
その容姿は、堂林くんとは似ても似つかないが、
どうしても田中邦衛さんと重ねてしまう。
 
「北の国から」を演出した杉田成道氏は、追悼のコメントで、
役柄の黒板五郎は彼そのものだと語った。
五郎は邦衛さんであり、邦衛さんは五郎だったと。
 
また、彼と家族ぐるみで親交があった
映画「男はつらいよ」でも知られる山田洋次監督は
ある新聞のインタビューにこう語っている。
 
「映画俳優にとって必要な資質は、一にも二にも人柄。
つまり人間的魅力であり、演技力はその後である」
 
と。
中でも田中邦衛さんは、
カメラの前に存在するだけで値打ちのある稀有な存在だと言う。
つまりボクらは「北の国から」や映画「若大将シリーズ」、
「仁義なき戦い」などの役柄を通して、
田中邦衛という人物そのものを見ていたことになる。
 
実は、一度だけ、彼に会ったことがある。
 
学生だった1990年。
その日は、リメイクされた時代劇映画「浪人街」の舞台挨拶の日だった。
主演の原田芳雄さんを筆頭に勝新太郎さん、樋口可南子さん、
そして田中邦衛さんと錚々たる面子が揃う注目の映画だったが、公開直前、
勝新太郎さんがハワイの空港でパンツに大麻とコカインを隠し持っていたことで逮捕。
公開が随分と延期されてしまった上での舞台挨拶だった。
当時、ボクは大学の映画サークルに入っていて、
そのサークル名が「浪人街」だったことから
余興の一部として、サークルごと呼ばれたようだった。
緊張するサークルのメンバー達。
その一方で、舞台挨拶中、記者から事件に関する不躾な質問が飛び交うのではと、
スタッフの大人たちはピリピリしていた。
その時だった。
田中邦衛さんが、サークルの輪の中にふらりとやってきて、
すぐそばに立っていたメンバーの背中をバーンと叩いた。
 
「な~に暗い顔してんだよ。明るくいこう! 明るく!」
 
カカカッと笑い、映画やドラマの役柄そのままにボクらを励ましてくれた。
実際、長く一緒にいたワケではないが、
彼はスクリーンやテレビ画面で見る役柄そのままの人だった。
山田監督や杉田氏の言葉に、当時の様子を鮮明に思い出す。
おそらくそうした温かい人柄が演技の端々からにじみ出て、
多くの人が彼に心奪われたのだろう。
 
ボクが堂林くんに、田中邦衛さんの面影を重ねるのは、
彼が野球選手として必死にプレーする姿に、
堂林翔太その人そのままの人柄が見えるから……。そう思うから。
必死に野球に取り組む彼は、グラウンドで全てをさらけ出していると。
 
例えば、甲子園での優勝後のインタビューで彼は号泣し、こう言った。
 
「すみませんでした」
 
決勝戦もマウンドに上がったが、6回に降板してライトへ。
実はこの時、肘や肩が相当疲弊をしていたらしい。
それでも最終回の9回。
リードしていたこともあり、
志願して再びマウンドに上がり2アウトまで取ったのだが、
相手チームの猛追で、最後の1アウトが取れなかった。
結局、別の投手にマウンドを譲ることになったことへの詫びだった。
それでもチームは優勝。
しかも、その試合、彼は先制ツーランに、6回の2点タイムリーと大活躍し、
優勝の立役者であったのだが、まるで敗戦投手のようなインタビューだった。
優勝を手にしたからと、決して有頂天にならない。
自分のふがいなさに対する口惜しさとチームメイトへの申し訳なさを
素直に吐露した彼に、多くの人が心を打たれた。
 
また、プロ入り3年目にして一軍に上がって注目を集めた時。
20歳になったばかりだったが、決して自分を見失うことはなかった。
周囲から随分とちやほやされただろう。
それでも、遊びに溺れることなく、
スターを気取ったり虚勢を張ったりと自分を飾ることはなかった。
 
「自分はチャンスを与えられているだけで、自分で勝ち取ったものではない」
 
彼はよくそう口にする。
いつも謙虚で、冷静に自身を見つめている。
 
だからこそ、自分ができる最大限のことをと必死に野球に打ち込み、
プレーの一つ一つに、等身大の彼が滲み出ているように感じるのだ。
3年目での活躍を終えたシーズンオフ、三振の山の写真展が開かれたのも、
そうした「彼そのものの姿」が画になり、多くの人の目を奪ったのではなかろうか。
 
有名な話だが、彼の復活にはあるきっかけがある。
どん底の中で、彼は3つ下の後輩で同じ右打者の選手に教えを乞う。
同じチームの4番、球界きってのスラッガー鈴木誠也選手に。
後輩に頭を下げて指導を仰ぐ……、プライドをものともしなかった。
虚勢を張らない、常に自然体の彼だからこそできたことだった。
 
実直で、いつも一生懸命。それに飾らない姿勢。
こんな親戚の子、いたら自慢したくなりますよねえ。
本当にいい子。と言っても、ボクはただの一ファンですが……。
 
最も苦しかった2019年のシーズン。
堂林くんはドラゴンズ戦でサヨナラヒットを打った。
その時、ファンがポロポロと涙を流してくれたことを報道で知り、こう言ったという。
 
「ボクのために、ここまで泣いてくれる人たちがいる。一人で悩んでいる場合じゃない」
 
そう思わせたファンもすごいが、そう素直に感じた堂林くんの人柄も素晴らしい。
 
そんな彼には、もっともっと活躍してほしい。
あの田中邦衛さんが映画界やドラマ界で掛け替えのない存在となったように、
プロ野球界で唯一無二の存在を目指して……。
今シーズンの堂林翔太に、復活から覚醒へと期待する。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
安堂(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

名古屋市在住 早稲田大学卒
名古屋を中心とした激安スーパー・渋い飲食店・菓子
及びそれに携わる人たちの情報収集・発信を生業とする

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2021-05-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.126

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