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週刊READING LIFE vol.127

朝起きたら、「泥棒」に入られていた話《週刊READING LIFE vol.127「すべらない文章」》


2021/05/10/公開
記事:森 団平(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
あれは暑い夏の日、早朝のことだった。
「起きて! 早く、起きて!」
妻の切迫した声が響く。僕はまどろみを振りほどけないまま、ぼんやりと答える。
「どうしたの~? 何かあった」
「なにか、おかしいの? 泥棒に入られたみたい」
 
えっ! どろぼう、泥棒? 泥棒!!!
一瞬で目が覚めた。見開いた眼に映ったのは、部屋中に残る足跡「土足痕(ゲソ痕)」だった。
思えば、僕らの人生はあの時終わっていたようなものだ。
今、僕たちは人生の余暇を送っている。
 
当時住んでいたのは、1LDKのマンションだった。
築30年を越える古い物件だが、数年前に購入した持ち家だ。
部屋は10階建ての2階で、日当たりも風通しもよくて中庭にある緑に癒される。けっして広くはないけれど、僕らのお気に入りの家。
 
間取りは、内廊下にある玄関を抜けると約10畳のリビング、6畳の寝室が引き戸で繋がっていて、僕らはいつも引き戸を開けて部屋を広く使っていた。
こんな感じだ。
 
ベランダに面した部分は大きく開く「掃き出し窓」があり、中庭側も「引き違い窓」なので2面から光が入り2階でも室内は明るい。
しかし、そんな明るいはずの室内も、今は暗く沈んでいるように見えた。
泥棒だって……。
 
起き上がって、改めて室内を見渡す。間違いない、侵入されている。
家の中には、見覚えのない足跡が無数についていた。かなり大きい足跡で、少なくとも僕や妻が履いている靴ではこんな大きい土足痕はつかないだろう。
 
そこまで見て、ハタと気が付いた。妻に声をかける。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「大丈夫! あなたこそ大丈夫?」
僕も、自分の身体を見渡すが、どこからも血は出ていないし、痛いところもない。大丈夫そうだ。
 
えっと、こんな時はどうするんだっけ?
突然の事態に、正直頭が回っていない。そうだ、110番だ! 警察呼ばないと。
スマホを取り出して、110番を押すと、短い呼び出し音の後に繋がった。
「はい、110番警視庁です。事件ですか。事故ですか」
あ、ほんとにそのセリフ言うんだ、現実逃避した頭で考える。
 
僕は「事件です、泥棒に入られたようです」と伝えると、
「直ぐに巡査が向かうので、家にいてください」と指示された。
とりあえず、初めにやるべきことは果たした。
妻と、着替えをすませて、お巡りさんが来るのを待つ。近所にある交番のお巡りさんが来たのは電話をかけてから10分後くらいの事だった。
 
お巡りさんが、警察手帳を見せながら、「大変でしたね」と声をかけてくれる。
もうすぐ、刑事と、鑑識も来ますので。とのこと。
それからは、お巡りさんに状況を説明したり、被害届を記入したりして刑事さんを待った。
 
そう、被害届と言えば被害だ。うちに被害はなかったのか?
妻が無事だったので、安心して被害の事まで考えていなかった。
お巡りさんにも問われ、妻と二人で、家の中を確認する。
財布、ある。カード類もちゃんとある。通帳、ある。時計、ある。貴金属、ある。妻、ちゃんといる。
少なくとも、パッと思いつく貴重品や大事なものは盗られてはいないようだった。
疑問符が浮かぶ。泥棒、入られたんだよね? ほんとに?
 
刑事さんと鑑識が到着して実況見分が始まる。
まずは、侵入経路の確認からだ。
実は侵入経路は明白で、ベランダ側の掃き出し窓からだった。
昨夜は暑かったので、窓を開けて網戸だけにして就寝したのだった。
よもや、泥棒に入られるなんて想像もしないままに。
そこから入った泥棒は、まずはリビングの中を物色していたようだ。
 
僕らも刑事さんから事情聴取を受けることになった。
「とりあえず、なにも盗まれていないようでよかったです。それにしても、だいぶ荒らされていますね。かなり長く物色していたようです」
妻と、目を合わす。そしてお互い気まずそうに眼をそらした。
合意はとれた。
僕から刑事さんに伝えた。
「えっと。それは、荒らされたわけではないんです。泥棒に入られる前からそんな感じでした」
……。 刑事さん、気まずそうだ。
「そうですか、分かりました」
ごめんなさい。二人ともあんまりきれい好きな方ではないので……。
 
鑑識の皆さんは、黙々と土足痕を一つ一つ採取していく。妻も、土足痕を指さして分かりやすいようにしたりと手伝ってくれている。
鑑識の皆さんは写真を撮って、セロファンのようなものを押し当てて、土足痕を転写していた。これ、ドラマで見たことあるやつだ。緊急事態にも関わらずドラマの登場人物になったようで興奮してきた。
 
しかしそんな高揚も、刑事さんの一言で一気に覚めることになる。
「土足痕がかなり奥まで付いていますね。寝室の入り口にもあります」
えっ、気づかなかった。
だってそこは、僕たちが寝ていた場所。そこから1mも離れていない。
そして、寝ていた頭のすぐそばの壁にも軍手痕が発見された。
そんな近くまで忍び寄られていたのか。全く気が付かなかった。
 
刑事さんは言う。
「よかったですね。もし、お二人が起きていたら泥棒ではなく強盗になって、危害を加えられていたかもしれません。」
 
そうか! 僕たちは寝ていたから助かったが、中途半端に起きていたら、泥棒に殺されていたかもしれない。今こうして話している時間も存在しなくて、二人の死体がそこに転がって、誰かに気づいてもらえるまで放置されていたかもしれない。
そう考えると、背筋が凍る思いがした。
 
でも、こんなに近寄られていて、室内も物色されて、なぜ何も盗られていなかったのだろう? 思い浮かんだ疑問を問いかけると、刑事さんは良くある事例として僕たちに説明してくれた。
 
通常、泥棒は侵入した後、物色をしながら、就寝している人達をも乗り越えて、奥にある押し入れなども開けて金目の物を探すのだそうだ。あまりにも大胆!
今回は、おそらくだが、リビングを物色し終えた後、寝室も物色しようとしたときに、僕たちの内、どちらかが寝返りか何かをして、目が覚ましそうと感じたのだろう。それで早々に撤収したようだ。
 
僕たちはぐっすり寝ていて覚えていないが、そんなことがあったのではと説明された。
ともかくよかった……。
僕たちは、今無事ここにいる。
 
鑑識の方も作業が終わったようで、僕は自分の時計にも軍手痕が付いていたことを知らされた。
愛用の時計。軍手痕付けられたいうことは手に持った!?
でも盗まれなかった……。
確かに、ロレックスとかオメガとか有名メーカーではないけどさ、これだって自動巻きでいい時計なのに。けっこういい値段したんだよ。
盗られなかったのは嬉しいけれど、なんだか自分の時計の価値を見誤られたのが悔しい。
 
家の実況見分後、刑事さん達と、マンションの外回りを確認しに行く。
外回りは壁の補修のために足場が組まれていた。
そういえば最近工事を行っていたっけ。そこから伸びる塀を伝っていけば、簡単に僕たちの部屋にたどり着くことができる。工事をしていたことが泥棒にも有利に働いたのかも。
マンションでも大規模修繕していると足場を組んだりするので要注意だ。
 
無事、実況見分が終わったころにはすっかり日が昇り切っていた。
あっ会社! 気づいて電話をしたら上司がカンカンに怒っていた。
泥棒に入られたことを伝えると。それなら仕方ないとすぐ許してくれたが。
もっと早く電話できればよかったのが、さすがに焦っていたのかすっかり頭から抜けていた。
 
こうして、僕たちの泥棒騒ぎは幕を閉じる。ここからは後日談だ。
 
実は警察が来たこともあって、マンションの管理人さんに、泥棒に入られたことを告げ、掲示板に注意喚起の張り紙をしてもらうように話したところ。
驚愕の事実が判明したのだ!!
 
なんと、1週間前に最上階の部屋も泥棒被害に遭っていたらしい。
そちらは、何も盗まれなかったなんてことはなく、金庫が破られ大金が盗まれたとのこと。
なんてことだ! それ、掲示板でお知らせしてくれました? 張ってない!?
もし、一週間前に注意喚起を出してくれていたら、僕たちもさすがに戸締りをしっかりして寝るようにしていたのに。
半分、八つ当たりで「掲示板! ちゃんと注意喚起してくださいね!」と伝えると、三日後くらいに、くたびれた紙で注意喚起が張られていた。
やる気が感じられない。これが東京なのか? 泥棒慣れしてるってことですか?
 
それから僕たちは、とりあえず補助鍵を付けて防犯対策を強化したのだが、正直怖い。2回も泥棒が入るようなマンションに住み続けることは、危険を感じざるを得ない行為だった。前回は無事だったが次も無事とは限らない。
せっかく、命が助かったのに。
 
そういうわけで、僕たちは引っ越しをすべく家探しを始めた。
しかし、どういう家に引っ越せば安心できるのだろう?
それを決めてくれたのは、刑事さんの一言だ。
 
「泥棒は、身軽に上ってくるので、1階はもちろんですが、2階と3階も侵入される危険性があります。あと、屋上から入られる可能性があるので、最上階も気を付けた方がいいですね」
 
その言葉通りに僕たちは、「4階以上、最上階の一つ下の階まで」を求めて家探しを始めた。
丁度、近所に新築マンションが売り出されて始めていたので、ショールームに駆け込む。それは運命的な出会いと言ってもよいのだろう。
偶然、一室だけ僕たちの条件に合う部屋が残っていた。
直ぐに申し込んで、抽選も勝ち抜き無事僕たちは安全な場所を手にすることが出来た。
鍵のセキュリティも高くて、オートロックと防犯カメラも完備したマンションでその点も安心できる。
もちろん、暑い日はエアコンで乗り切ることにして、戸締りは欠かしていない。
住み始めてから今まで、幸いまだ泥棒には入られていない。
 
僕らは、あの時一度死んでいたかもしれない。そして新しい家、安全な環境で新たな生活を送る。
今の人生は余暇だ。せっかく生きながらえた命、充実した日々を謳歌しようと思う。
 
残念ながら、あれからも僕たちの家に入った泥棒が捕まったという話は聞こえてこない。きっと、今もあの泥棒は前の家の付近で悪事を働いているに違いない。
 
住み始めた当初は安全な住宅地だったとしても、街が栄えるにつれ悪い人も集まってくる。
そう、泥棒はどこにでもいるのだ。あなたの街にもいるかもしれない。
 
もし、今から家を買うという人がいれば、「マンションの4階から最上階の一つ下の階」までの部屋を強くお勧めしたい。
既に買った後、もしくは一軒家の方は、防犯カメラを付けたり、窓を侵入しにくいものにすることを検討していただきたい。大事なのは、泥棒に「この家は、入るのが面倒そうだ」を思わせることなのだ。そう思わせられれば、もっと入りやすい家に行くことだろう。
泥棒はどこにでもいるものと考え、出来る限りの防犯対策を施して、いつか襲い来るかもしれない泥棒に備えていただければ幸いだ。 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤謙介(READING LIFE編集部公認ライター)

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2021-05-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.127

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