週刊READING LIFE vol.127

いつも心にY A Z A W Aがいれば、どんな理不尽な出来事も克服できる。《週刊READING LIFE vol.127「すべらない文章」》


2021/05/10/公開
記事:タカシクワハタ(READING LIFE公認ライター)

「どうも。矢沢です」
理不尽な出来事があったときに、僕は必ずそっと呟く。
もちろん僕は矢沢ではない。タカシクワハタという名前で記事を書いている。
これはあくまでルーティンだ。
理不尽な出来事に直面したとき、絶望に負けそうになっている自分を奮い立たせ、困難に立ち向かっていく。そのためのルーティンだ。

生きていると、たびたび理不尽な出来事に直面することがある。
例えばクライアントのミスであるのになぜかこちらが怒られる。
S N Sでいわゆる「クソリプ」と呼ばれる的外れな批判が返ってくる。
家に帰ると妻がひどく不機嫌で口をきいてくれず、
「どうしたの?」ときいても「別に」としか返ってこない。
例を挙げたらきりがないほど、日常には理不尽な出来事があふれている。
この文章もそのような理不尽な出来事の一つである。
この文章は「すべらない話を、人を笑わせる文章を書いてくださいね」というテーマで書いている。
すべらない話を書いてくださいね。
そう言われてすべらない話を書ける強者はいるのだろうか。
そもそも僕は芸人ではない。そんなことは無理だ。
いや、芸人だって無理だ。彼らだって一つのネタのために
多大なる時間と労力をかけている。
もはやこれはただのハラスメントに過ぎない。
理不尽極まりない要求であることは明らかだ。

しかし、僕も社会人である。
どのような理不尽な要求であっても、何らかの答えを出さなければならない時もある。
理不尽な要求を目の前にして立ち竦んでばかりはいられないのだ。
一度冷静になり、その困難を乗り越えるために何らかの行動を取らなければならない。
そのための対処法を身につけておかないとこの社会を渡っていけないだろう。
そのように思っていたところ、インターネットの記事で、女子アナウンサーの宇垣美里さんがこのような事を話していたのを思い出した。
「聴く必要がないことに関しては、『私はマイメロだよ、この人マイメロに向かって何いっているんだろう。よくわかんないけどイチゴ食べたいでーす』みたいな感じで一度聞き流した方が精神衛生上いいかも」
なるほど、理不尽なことに直面したときは何か別の人格を憑依させてやり過ごすのか。これはなかなか良い方法なのかもしれない。
ただ一つ問題がある。「マイメロ」だ。
マイメロとはマイメロディという愛らしいキャラクターだ。確かに彼女のような可憐な女性だったらマイメロで良いかもしれない。しかし残念なことにこちらは40代半ばのくたびれたおっさんだ。さすがにマイメロはきついのではないだろうか。
「私はマイメロだよ、イチゴ食べたいでーす」
一人でこっそりと呟いてみたが、やはり厳しい。
冷静になるどころか、一体何をやっているのだろうという虚しさを覚えた。
これはいけない。何かマイメロに変わるような別の人格を用意しなければならない。
そう考えていたところで、僕はある一人の人物を思い出した。
彼なら、きっと彼ならこの困難にも打ち負けないはずだと。

僕が彼を初めて目にしたのは、2016年9月に行われた「氣志團万博」であった。
夏の終わりの三連休、千葉県の袖ヶ浦海浜公園には多くの人が詰めかけていた。
氣志團万博は多数のミュージシャンが集まるライブフェス形式で行われるため、
会場には様々なミュージシャンのファンたちが集まっている。
その中でも毎年目立つのは、昭和の暴走族やヤンキーのような格好をした氣志團のファンと、やたらカラフルな服装を身につけたももいろクローバーZのファンである。例年なら、会場のほとんどがヤンキーか極彩色集団かのどちらかというくらいの2大派閥であった。
しかし、その日は少し様子が違った。
ヤンキー服とカラフルな集団を凌駕する、ある服装の集団が現れたのだ。
頭上に鎮座するリーゼント。
夏の終わりには暑すぎる革ジャン。
そしてその襟首に燦然と輝く赤いタオル。
そのタオルに書かれた文字は「E .Y A Z A W A」
そう。あの伝説のロックンローラー、矢沢永吉のファンたちだった。
矢沢永吉、日本ではその名を知らない人はいないといわれるロック界の大御所だ。
この年の氣志團万博では彼が出演することが大いに話題になっていた。
僕は矢沢永吉の音楽についてはあまり詳しくなかった。
世代的なこともあって、具体的にどんな曲を歌って、どのようにすごいかについてはあまり知ることはなかったからだ。
その代わりに、彼の著書から矢沢永吉の人となりやその凄さを感じることはできた。
彼のベストセラーでもある「成り上がり」では、彼が広島の貧しい家庭に生まれ育ってから上京し、ミュージシャンとして大成功を収めるまでのストーリーが描かれている。
もちろんこのストーリー自体が秀逸のは確かだ。ジャパニーズドリームといって良いほどの大成功劇、そしてそこに至るまでの苦労と彼の生き方は平凡な人生を送る僕らに強い刺激を与えてくれた。
しかし、それ以上に僕が矢沢永吉を凄いと思ったのは彼の言葉選びのセンスの良さだ。
「僕はいいけどY A Z A W Aはなんて言うかな?」
「お前らの一生かかって稼ぐ金、Y A Z A W Aの2秒!」
「望むと望まないに関わらず、なんだか生き方がドラマチックな方に行っちゃうんだよね」
「1回目、散々な目に遭う。2回目、落とし前をつける。3回目、余裕」
中には本当に本人が言ったのか疑わしい言葉もあるが、使われている単語や組み合わせが絶妙に本人のキャラクターとマッチして、一つのエンターテインメントになっている。ひょっとしたら彼の言葉を適当に組み合わせるだけでもそれなりの作品が出来上がってしまうのではないかと言うくらい、彼が吐き出す言葉は魅力的だった。
これだけの才能を持つ人が、実際にどのようなライブパフォーマンスを行うのか、僕は楽しみにしていた。

やがて袖ヶ浦海浜公園に夕暮れが訪れ、矢沢の出番が近づいてきた。
ライブステージの周りには、革ジャンリーゼントの男たちが集まり始め、
彼らの神様がステージに現れるのを今か今かと首を長くして待っていた。
「今日は永ちゃんのステージなんだ、みんな応援ヨロシク頼むな!」
ふとその声の主を見ると、そこには矢沢がいた。
いや、よく見ると矢沢に非常にそっくりなファンであった。
それにしても見事だ。彼の声、口ぶり、見た目、どれをとっても矢沢にそっくりなのだ。
よく見てみると、他の矢沢のファンもどことなくみんな矢沢に似ているような気がする。
彼らはただ矢沢が好きなのではない、矢沢と一体化しようとしているのだ。
そこまで彼らに愛される矢沢永吉とはどんな人物なのだろうか。
そう思いを馳せている間に、舞台からギターの音が聞こえてきた。
夕闇の中、薄暗い舞台ではバックバンドの演奏が始まっていた。そして、ついに矢沢がステージに姿を現した。
「永ちゃあああん、今日もカッコいいぞおおお」
先ほどの男が興奮して叫んでいた。
舞台上では、純白のスーツを身につけた男にスポットライトが当たっていた。
彼はとても眩しく見えた。まるで宇宙の中で、彼だけが恒星のように光を発しているかのように輝いていた。矢沢についてあまり詳しくない僕でさえも、これがスーパースターのオーラであることがはっきりと分かった。彼の低く色気のある歌声、一挙主一行動の全てが魅力的だった。
そしてステージが進行してきたある時、ひゅうっと強い風が吹いた。
「あっ」
僕は短く声をあげた。矢沢が被っていたハットが風に飛ばされて舞台の床に落ちてしまったのだ。
ところが、矢沢は慌てず騒がず、あたかもそれが演出の一つであるかのようにパフォーマンスを続け、曲に合わせながら帽子をひょいと拾い上げて再びかぶり直した。凄い。この人は自然現象をも自分のパフォーマンスの一部にしてしまうのか。僕は舞台の上のスーパースターに心を奪われていた。
やがて最後の曲が終わると、矢沢は客席に一礼し、無言で舞台袖に消えていこうとした。その時、舞台袖から赤いタオルが飛んできた。矢沢はそれを受け取ると、黙って首にかけゆっくりと舞台袖に消えていった。すごかった。最初から最後まで矢沢はスーパースターだった。かっこいいぞ、永ちゃん。先ほどの男の心情と僕の心がシンクロし、僕の頭に見えないリーゼントと見えない革ジャンが装着された。矢沢永吉という男はあっという間に一人の初見のお客さんを魅了してしまったのだった。
これまで、矢沢は、自身の「ドラマチックな」人生で、幾多もの困難をくぐり抜けてきた。
その結果が、あの自然現象をも意のままに操るパフォーマンスなのだろう。
矢沢のファンたちは、そんな彼の生き様を見て、自然と彼に似た姿になっていったのであろう。矢沢のように、強く、前向きに生きていけるように。そんな思いが彼らに宿り、自分の一部に矢沢をシンクロさせることにより、日々を一生懸命生きているのであろう。そんな彼らの姿が眩しくもあり、うらやましくもあった。そしてそんなファンに囲まれている矢沢はなんと幸せな男なのだろうとも思った。

そして、あの日矢沢のステージに魅了された僕も、少しだけ彼を意識して日々を過ごすようになった。もちろん熱心なファンのように、頭をリーゼントにしたり、革ジャンを着こなしたりするわけではないけれど、常に心の中のどこかに「Y A Z A W A」を置いておくことにした。そう、僕は「Y A Z A W A」になり切って世の中の理不尽に立ち向かうようになったのだ。
その効果はてきめんだった。
例えば、無茶なお願いをされて、なんとなく流されてしまいそうになった時、
「僕はいいけど、Y A Z A W Aがなんと言うかな?」
と心の中の矢沢がひとことつぶやいてくれることにより、キッパリと断ることができるようになった。
また、嫌な取引先の担当者に当たった場合でも、心の中で
「お前らの一生かかって稼ぐ金、Y A Z A W Aの2秒!」
と叫ぶことで、怯まずにプロの仕事を提供することができるようになった。
これまで悩んでいた理不尽な出来事が、矢沢というフィルターを通して見ると
なんだかとても小さなことに感じられ、余裕を持って対処できるようになったのだ。
そして今、私は矢沢を心の中に抱えながら原稿を書いている。
本文の冒頭で「どうも、矢沢です」と述べた時から、僕のそばには矢沢がずっとついていてくれている。
「僕はいいけど、Y A Z A W Aが何と言うかな?」
このテーマを見て、矢沢はニヤニヤしながらそう言っている。
そして僕の文章が出来上がるのを楽しそうに見つめている。
こんなふうに矢沢でもマイメロでも誰でも構わない。心の中に一緒に戦ってくれる誰かがいてくれるだけで、人生の理不尽には十分対抗できるのだ。
もし、理不尽な出来事に悩むことがある方がいるなら、あなたも、自分だけの矢沢やマイメロを探してみて欲しい。そうすれば、望むと望まないに関わらず、なんだか生き方がドラマチックな方に行っちゃいがちなあなたの日常も、きっと何倍も楽しくなるはずだから。

□ライターズプロフィール
タカシクワハタ(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)

1975年東京都生まれ。
大学院の研究でA D H Dに出会い、自分がA D H Dであることに気づく。
特技はフェンシング。趣味はアイドルライブ鑑賞と野球・競馬観戦。

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2021-05-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.127

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