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週刊READING LIFE vol.127

日本最大のテーマパーク・京都《週刊READING LIFE vol.127「すべらない文章」》


2021/05/10/公開
記事:西野順子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
修学旅行などでガイドさんが案内してくれるバスツアーに参加したことは、これまで一回くらいはあるのじゃないだろうか? ガイドさんのなかにはまるでコメディアンのようにジョークを連発するガイドさんもいて、すごいなあと思っていた。
 
京都のお庭やお寺に行くのが好きだった私は、少しの間、外国人の方向けにガイドをしていたことがある。好きな京都を案内しながら、ちょっとお小遣いができるのは魅力的だった。幸い知り合いの方がインバウンドの旅行会社をしておられ、そこの京都半日観光のバスツアーが私の初めての仕事になった。
 
セミナーやプレゼンテーションをするとき事前準備が必要なように、ガイドにも準備は欠かせない。ただ、セミナーなどとの違うのは、現地に行かないとわからないことが多いこと。駐車場や各施設の洋式トイレの有無など、実際に見るまで安心できないのだ。
 
私も初めての仕事に備えて何度も京都に行った。バスツアーの経路を市バスでたどって車窓に何が見えるかを確認し、どこで何を説明するかや、実際に金閣寺や龍安寺に行って、どう動いてどこで説明するかを確認した。
 
事前に受けたガイド向けの京都研修の内容もしっかり復習した。いつもにこやかで、ユーモアを交えながらのお話上手なベテランの先生は私の憧れであった。
 
その先生が、バスに乗って挨拶をした後に、ハッピーバースデートゥーユーの日本語の替え歌を歌うと、場の雰囲気が和んでとってもいいわよ、と教えてくれたので、その歌も練習した。

 

 

 

そして、はじめてのガイドの仕事の日。緊張してロボットのようにカチンコチンになっていた私は、8時に京都駅近くのホテルでお客様たちとお会いし、バスに案内した。快晴で暖かく絶好の旅行日和の3月下旬の日曜日だった。
 
私はバスの中で、マイクを手にして自己紹介をした後、さっそく満面の笑顔で、練習してきたハッピーバースデートゥーユーの替え歌を披露した。
 
「おーはよう、みーなさん
お元気ですか?
ご機嫌いかがー?
今日も、よろしく」
 
歌い終わってお辞儀をする。
お客様みんなの笑顔がはじけて、バスの中の雰囲気が笑いでつつまれ、なごやかな瞬間

 

 

 

になるはずだった。
しかし、お客様は「一体全体何事が起こったの?」という顔して、目を見開いてきょとんとしている。バスの中が一瞬凍りついたようだった。
 
顔がひきつるのが分かった。ひゃー、どうしよう、いきなり滑っちゃった。どうフォローしたらいいんだろう? フォローの仕方まで聞いてない。
 
私のパニックとは全く関係なく、バスは京都駅を出発し、二条城に向けて走り出していた。 落ち込んでいる暇はない。気を取り直して京都駅の説明を終えると、大きなお寺の門が見えてきた。西本願寺だ。
 
「あそこに大きなお寺が見えます。京都には、実にお寺が1600、神社が300もあるんです。全部のお寺と神社に行くと一生かかっちゃうので、大変ですね。だから、今日はその中から選りすぐりの所ばかりにご案内しますね」
なんて言いながら、今日の行程をざっと説明する。
 
最初に行く二条城までは、少し時間があるので京都の歴史と地形の話を続ける。
「ここ京都は1100年間、日本の都でした。京都の前の都は奈良でしたが、国が乱れたので、当時の天皇が新しい都を探したのです。当時の人たちは、幸運は南から来ると信じていたのですが、京都は、南だけが開けて、その他の東、西、北の三方を山に囲まれていたので理想的な場所でした。それで京都が都として選ばれたのです。そのまま京都は、千年以上も都であり続けたんです。
 
京都の市内は碁盤の目ように縦横の道が交差してるのでわかりやすいです。もしどこかで道に迷ったら、四方を見回してくださいね。山のない方角が見つかれば、それが南です。南に向かってひたすら歩いて行くと、京都駅に着きます。みなさまのホテルは京都駅のすぐ後ろにありますよー」
 
なんて話をしていると、やっと二条城が見えてきた。簡単に二条城の説明をしたあとで、結構重要な説明をする。
 
「みなさまの国では家の中でも靴を履いたままですが、日本では家の中では靴を脱ぎます。今から行く二条城でも、建物の中に入る時は、入り口で靴を脱いで下さいね。
みなさま、靴下に穴はあいてませんねー?」 とにこやかに尋ねると、お客様が笑顔になってくれたのでほっとする。
 
駐車場でバスを降りて、 チケットを買い、二条城に入る。私は身長が170 センチ あるので、だいたい混雑した時でも、お客様から見つかりやすいのが取り柄である。
 
二条城に入場すると、お出迎えしてくれるのは門番姿の人形たち。「あの侍たちは400年前のガードマンです、誰かヘンな人が来ないか、チェックしているんですかね」なんて話をしながら中に入る。
 
二条城のメインは国宝にも指定されている二の丸御殿。ここの廊下は鶯張りと呼ばれ、人が通るとキュッキュッと音がする独特の作り方をしてある。
「この廊下は鶯張りと呼ばれ、当時の最高のセキュリティシステムなんです。ここに忍び込んだ人がこの廊下を歩くとキュッキュッと音がして、すぐに見つかったのです」と言うと、お客様が「オー、ニンジャ」とか言いながら、実際に廊下を踏んで、キュッキュっと音を鳴らしているのが微笑ましい。
 
当時の二条城には、将軍や謁見している大名たち、老中や小姓などのマネキンがたくさん置いてあった。それを見ながら説明できるので、お城や侍をはじめて見る外国のたちにもわかりやく、説明していても楽しかった。
 
そのあとは、非常に美しい日本庭園を散策してもらい、ゆっくりと出口に向かう。3月後半から4月にかけての二条城は、枝垂れ桜が満開で、絵のような美しさだ。この時期は、お客様が桜の美しさを満喫し、思い思いに写真をとったり、楽しい時間を過ごせるようにあまり説明はせず、ゆっくりと日本の桜を楽しんでもらう。ガイドが少しほっとできるひとときだ。
 
この後、お客様に出口で集合してもらって、人数を確認すると1人足りない。さーっと血の気が引く。うわっ、どこに行っちゃったんだろう? このまま見つからなかったらどうしよう。
 
他のお客様にはバスに戻ってもらい、顔を引きつらせながら二条城に戻る。バスの出発時間まであまり時間がない。この人混みの中でお客様を探せるだろうか? ざっと主なところを見てみたが、やはり見当たらない。
 
最後の頼み、とバスの運転手さんにもう一度電話をすると
「みなさん、お戻りになられましたよ。今電話しようと思ってたところでした」
と、のんびりした声が聞こえた。
 
えー、いつの間に?
後で聞くと、少し早く出たものの、みんなとはぐれたので、バスを探して戻ったらしい。初めてのことで私は寿命が縮む思いがしたけど、あーよかった。
 
ほぼ時間通りに二条城を出ることができ、まっすぐ北へ向かう。着物で有名な西陣を通り過ぎ、次の目的地は金閣寺。道を曲がる直前に真正面の山に左大文字の「大」という字が見えてくるはずだ。その前に大文字焼きの写真を出して、京都の夏の風物詩で、あの世から帰ってきた祖先を送る大事な行事なんです、と説明をする。
 
そして、バスの真正面に「大」の字が正面にくっきりと見えた瞬間、「みなさまの真正面の山に人間が手足を伸ばしたようなマークがくっきりと見えます。このマークは、大きいという意味の日本の文字です」
 
「大」という字がバッチリ見えるベストタイミングで説明ができた、と私は満足だった。このために、何回も京都で市バスに乗って練習した甲斐があった。山にくっきりみえる「大」の字を見て、「オー」という賛嘆の声が聞こえてくるだろうと思っていたら、一番前に座っていたおばさまが、笑いながら私にこう言った。
 
「あなたがじゃまで、前がなんにも見えないわよ」

 

 

 

えー、なんてこと。ノッポの私は、壁となってお客様の視界を完全にブロックしていたのだった。あららー、と思っても後の祭り。ホント、何でも実際にやってみるまではわからない。
 
金閣寺でまたしてもお客さまとはぐれそうになったり、龍安寺では激混みの縁側から石庭に落ちそうになったり、といろいろあったが、なんとか半日のガイドをやり終え、私の初仕事は終わった。満足感と、やり残した感と両方を感じながら、私はぐったり疲れ切って帰途についたのだった。
 
実際に自分で案内してみると、京都はまるで外国人が憧れる現代と昔の日本がギュッとコンパクトに詰まった最大のテーマパークだ。京都に来る外国人観光客が増えるわけだ。

 

 

 

こんな感じで、たまにガイドをしていたが、外国の方とお話していると、時々自分の持っている思い込みという枠を、コテンパンにたたき壊されることがある。
二条城で10人くらいのアメリカの高校生たちを案内した時のこと、みんな鼻や耳にピアスをした、今風の若者たちばかりで、お城とか興味あるのかなあ、マンガミュージアムのほうがいいんじゃないかしら、なんてひそかに思っていた。
 
二条城では、私はいつも15世紀の群雄割拠の時代に3人の英雄が出てきて日本を統一し、最終的に徳川家康がここにお城を作ったという歴史の話と、将軍から天皇に主権が戻ることを決めた場所がここなんですよ、という話をしている。
 
しかし、その時私は高校生の彼らはあんまり歴史に興味ないだろうなぁと思って、歴史の話はほとんどせずに、将軍や大名の人形が置いてある大広間で、部屋の装飾や、来ている装束のことや、隠し扉の中には士が隠れていて、いざという時は飛び出して将軍を守ったんですよ、などと目に見えるものの説明だけをしていた。
 
建物の内部の説明をほとんど終えて、さようならを言おうと思ったとき、彼らの一人がおもむろに私に質問した。
「ねえジュンコ、質問があるの。カマクラの次の時代ってなんて名前だったけ?」
 
「は?」
思わず耳を疑った。
「カマクラの次?」
 
一瞬頭が混乱した。カマクラって鎌倉時代のことか? 次は何だっけ? 安土桃山? いや室町時代だ。でも本当にそのことを聞いているのか?
 
現代風のアメリカの高校生から「カマクラ」なんて言葉が飛び出してきたことに驚き慌てて、私はおそるおそるこう言った。
「室町だけど……」
 
とたんに彼らの顔がぱっと輝いた。
「そうだそうだ。ムロマチだった。ありがとう」
 
ますますわからない。室町幕府の事を知っているなんて、この子たちは一体何者だろう?
「日本の歴史に興味を持ってくれてありがとう、随分歴史に詳しいのね。どうしてそんなに詳しく知ってるの?」
 
「私たち日本語専攻でね、学校で日本の歴史も習っているのよ」
 
あー、なんてこと。日本の歴史を勉強しているんだったら、この二条城で江戸時代のはじめに豊臣秀頼と徳川家康が話をしたことや、江戸時代の終わりにここで大政奉還を決めたことなど、もっと詳しい話をしてあげればよかった。高校生に歴史の話をしても面白くないだろうと決めつけて申し訳ないことをしてしまった、と思ってももう遅く、彼らは爽やかに去って行った。
 
その話をガイド仲間にしたところ、彼女もこんな話を聞かせてくれた。
「そういうことってあるのよね。この前私も姫路城で、アメリカのちょっとファンキーな感じの若い男の子を案内したの。いつものように、姫路城の建築の構造とか歴史とか一通り説明したら、おもむろに、彼が私にこう聞いたのよ。
 
『ねえ、君が一番好きな戦国武将は誰だい?』
えっ、好きな戦国武将って?
私はそんなに歴史好きじゃないし、考えたこともなかったのよ。
もごもごしていたら、彼は、嬉しそうにこう言ったの。
 
『僕はね、シンゲンが好きなんだよ。フーリンカザンって、すっごくクールだと思わない?』
 
「フーリンカザン?」
彼の発音もあってフーリンカザンはてっきり英語だと思ってたから、私ははじめ何のことだかわからなかったのね。
 
そうしたら彼は、風林火山がいかに素晴らしいかについて、とうとうと語ってくれたの。私はまさかアメリカ人の若いお兄ちゃんから武田信玄と風林火山について講義を聞くと思わなかったわ。
一人でわざわざ姫路城まで来るような人は、やっぱり超マニアックなんだよね」
 
クールなのは日本のアニメだけではないらしい。
それにしても「風林火山」とは……シブすぎる。 

 

 

 

私たちは一人一人が、今まで自分が生きてきた経験から作り上げた物差しを持っていて、無意識のうちにその物差しを当てはめて考えがちだ。このときも、若い外国人だから日本の歴史に興味なんかないだろうと、自分の物差しを当てはめてしまって、このときお客様に十分なサービスができなかったのがちょっと悔やまれる。
 
私の物差しと人の物差しは違う。頭ではわかっていても、なかなか肚落ちまではしていない。まずはいったん自分の物差しを捨てて、真っ白になってお客様の話を聞いて、相手の方がどんな方か、どんなことに興味があるのか、どんな考えをもっているかを知ろうとすることが大事だ、と心から考えさせられた出来事だった。
 
少しの期間ではあったけれど、日本のことを知らない外国のお客様に日本のことを話すのは、自分の物差しを壊す経験にもなったし、外国人の視点で日本を見てみるという経験ができた。やっているときはいろいろ大変なこともあったが、楽しい思い出になったし、何よりいろいろなお客様と出会い、視野を広げる経験をさせてもらったことには感謝している。今後もし機会があれば、また久しぶりに京都を案内してみたいな。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西野順子READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神戸出身。大手電機メーカーで人材開発、労務管理、採用、システム開発等に携わる。趣味は旅行と美術館、劇場めぐり。
仕事もプライベートも充実した豊かな生活を送りたい人のライフキャリアの実現を支援している。
キャリア・コンサルタント、通訳案内士

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2021-05-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.127

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