週刊READING LIFE vol.127

田舎のたいくつな毎日から脱却できそうでできなかった思春期の話《週刊READING LIFE vol.127「すべらない文章」》

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2021/05/10/公開
記事:安堂(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
昭和40年代から昭和の終わりにかけて、ボクは岐阜県のとある町で育った。
名古屋から列車に揺られ1時間ほど。
小学校の低学年まで住んだ家は、町はずれの隣町との境界線のすぐ横、
国道と国鉄の線路に挟まれた、まるで中洲のような土地に数軒が並ぶところにあった。
 
昭和という時代と立地から、のんびりとしておおらかな田舎だった。
 
家は、昔ながらの農家の造りで、敷地は広く、土壁の蔵と納屋もあった。
ボクが生まれる前までヤギを飼っていたらしく、納屋はもともとヤギの小屋だったらしい。
エサとなる干し草を置いていた名残からか、納屋には、いつも藁が大量に積まれていた。
その横には松が植えられた庭と池もあって、よく肥えた錦鯉と黒鯉が泳いでいた。
時折、祖父が黒鯉を釣り上げては、庭で捌いて夕餉の食卓に鯉の洗いが出ることもあった。
 
その家から外に目をやると、2軒先には卵を売る家があった。
普通の民家なのに、玄関先から居間あたりに無数の鳥かごが置かれ、
たくさんの鶏が飼われていた。
やせたおじさんが一人で住んでいて、朝に訪ねると、産みたての卵を分けてくれた。
 
「一体、おじさんはどこで寝ているのだろう」
 
そんな疑問が沸くほど、家中が鶏だらけだった。
街中なら鳴き声やニオイに苦情が出るところを、
家族は新鮮な卵が手に入ると喜んでいたように思う。
おじさんは、時折、鶏を狙ってやってくるタヌキやイタチが罠にはまると、
自慢気にボクに見せてくれた。
 
町のはずれで、近所に同じ年ごろの子どもがいなかったから、
ボクは、いつも祖父や父の野良仕事について回った。
田植えをしたり、稲刈りをしたり。
畑ではきゅうりやとうもろこしの収穫の合間、退屈しのぎに走り回っては、
時折、畑の端に埋められた肥溜めにハマり、泣きながら助けを乞うこともあった。
 
また、山ではタケノコやキノコを採り、
「へぼ」と呼ぶ地バチの巣を探しては掘り起こした。
巣を取るのは駆除のためではない。食べるためだ。
成虫も幼虫も、みたらし団子のタレよりも少し醤油辛い佃煮にして食べた。
田舎の貴重なたんぱく源で、当時、ボクの大好物だった。
他にも、祖母が田んぼでイナゴを採っては同じように佃煮にして、
タニシの煮物なんてものもあった。
ある時は、父と親戚のおじさんについてへぼ採りに出かけたのだが、
ついぞ、へぼを見つけることができず、代わりにスズメバチの大きな巣を持ち帰った。
すると、親戚のおばさんが、スズメバチを黄色と黒の縞模様の姿形そのままに
素揚げしてくれた。
当時はなぜかその縞模様に食欲がわき、
口にすると、まるで川エビの唐揚げのように香ばしかった。
確か、それをおかずに、ごはんを茶碗2杯お代わりしたっけ……。
 
祖父や父が不在の時は、広い家の中を探検した。
普段入ることがない祖父母の部屋や土蔵の中をうろうろとした。
ある日、家に一人きりで、退屈しのぎに納屋の藁の上に飛び乗った時のことだった。
藁の下に何か固いものを感じた。
手を突っ込んでみると、分厚い雑誌が数冊。
大半が細かな文字でびっしりと埋められたページだったが、
巻頭にはカラーページで裸の女性の写真が何枚かあった。
まだ、幼稚園に通っている頃だったが、
それが父の持ち物で、こっそりと隠しているものであることをとっさに悟った。
今思い返すと、その雑誌は決してエロ本と呼べるようなものではなく、
むしろ小説が連載される、いかにも本の虫の父が好みそうな小説の月刊誌だった。
しかし、納屋の藁の中にひっそりと置かれていることから、
幼稚園児のボクには、とてもいやらしいもののように感じた。
 
「お父さん、こんなエッチな本を見るんだ」
 
見てはいけないものを見てしまった気がして、家族に話すことはなかった……。
 
小学校に上がるとしばらくして、その大きな家から引っ越すこととなった。
家があった中洲のような土地をつぶして、国道のバイパスを通すためだった。
新しい家は以前のものより小さくはなったが、
少しだけ町の中心部寄りに建てたことから、「随分便利になった」と家族は喜んだ。
ボクも、近くに同級生が住んでいたこともあり、うれしかった。
以来、学校終わりや休日には、友人たちと過ごすようになる。
 
友人との遊びは、もっぱら野山を駆け回ることだった。
小山の中で見つけた崖のふちを木々につかまりながら渡ったり、
化石を掘ろうと川原へ降りると、夕暮れまで土を掘ったり、
また、誰も通らなそうな小さな赤い橋の下を「基地」と名付けて、
読み古され捨てられた雑誌だの、
底の抜けたバケツだのガラクタを拾っては、そこに集めた。
 
しかし、そうした遊びが面白かったと言うワケではない。
実は、他にやることが取り立ててなかったから、
がむしゃらに体を動かしては時間をつぶしていたいうのが本音だった。
ボクは成長するごとに、居心地のいいのんびりとした町を
刺激の欠ける退屈な場所と感じるようになっていた……。
 
ところが、ある日、その退屈な日常に変化が起きた。
 
それは、友人の一人が基地に持ち込んだ雑誌の燃えカスがきっかけ。
それには、女性の裸の写真を見て取ることができた。
 
「空地の家のおじさんがさ、これ、燃やしててさ」
 
空地の家とは、その呼び名の通り、家屋の横に広い空き地を持つ家のこと。
友人の話によると、その家の主が、空地でよくゴミを燃やしていると言う。
友人は、その燃えカスの中に漫画雑誌がないかと漁ったところ、
エロ本のページで燃え切っていないものを見つけたようだった。
 
ほとんどが燃えカスだから、多くを見ることはできなかったが、
女性の裸の写真を部分的に見ることができ、ボクたちは妙な興奮を覚えた。
 
以来、ボクらは定期的に、その空地の家を巡回するようになり、
新しいエロ本の燃えカスを見つけては拾い集め、基地へと持ち帰った。
 
性に芽生える年頃であったことと、親には言えない秘め事、
さらにはその家の主に見つかるのではないかというスリルに、さらに興奮した。
その一方で……。
 
「お父さんの子やから、ボクも相当エッチなんやなあ」
 
心の中では、そんな罪悪感とも取れる思いもあった。
 
しかし。
それも長くは続かなかった。
 
ある日、基地へ行くと、まるで火炎放射器でも放ったかのように、
集めていたガラクタは、すべて誰かの手によって燃やされていた。
もちろん、エロ本の燃えカスは、ただでさえ燃えカスだったから
跡形もなく灰となっていた……。
近所の人が、不審者が住み着いたとでも思ったのだろうか。
これでもかというほど全てを真っ黒に焼き尽くしていた。
その日を境に、ボクらは基地遊びとエロ本の燃えカス集めを卒業。
丁度、小学校を卒業する間際の出来事だった。
 
中学に上がると、環境は大きく変わった。
ボクらの小学校は町はずれにあったため、同級生はわずか15人だった。
だが、中学は町の中心にある小学校の卒業生と合流することになっていた。
彼らは1学年に120人ほどいたから、
ボクらは中学に上がると同時に、同級生がおよそ10倍に増える形となった。
その環境に慣れるのに少しだけ時間は必要だったが、すぐに親しい仲間ができた。
中でも同じ野球部のSとは気が合い、部活以外でもよく遊ぶようになった。
 
中学生になって初めての冬休みを目前に控えた頃、
部活帰りに、Sにエロ本の燃えカスの一件を話した。
すると、カラカラッと大きな声で笑われた後、意外な言葉が返ってきた。
 
「エロ本なんて、いくらでも持っとるよ」
 
Sが言うには、彼の兄やその仲間たちが読み古したものが、部屋に溜まっているという。
Sの自宅は駅近くの町の中心部にあったため、彼の兄の友人たちのたまり場になっていた。
 
確かに、Sも町外れに住むボクと違って、随分と大人びていたように見えた。
ボクが密かに松田聖子ちゃんに淡い恋心を抱きながら彼女の歌を聞いている頃、
彼は兄の影響か大瀧詠一のシャレた曲を好んで聞いていた。
当時、町に一軒だけあった駅前のレコード店にも通い慣れていて、
LPレコードを物色したりしていた。
そう言えば、駅前のレストランでステーキを食べたことを自慢していたっけ。
ステーキなんてテレビや漫画でしか見たことがない代物で、
都会の金持ちしか食べられないと思っていたから、羨望というよりも驚きだった。
小遣いの使いっぶりからしても、彼の家は裕福そうだった。
そうしたお金に余裕のある様子も、思春期のボクにはまぶしく見えた。
 
そんな視線にSは気付いたのか、続けてこう切り出した。
 
「見飽きちゃったからさ、持ってく?」
 
まるで夢を見ているような心地だった。
幼稚園時代、父の隠していたヌード付きの雑誌にドキリとして、
燃えカスのエロ本に興奮…。
ほとほと田舎の生活に退屈さを感じていた思春期真っ盛りのボクは、
エロ本という刺激を求めていた。
いや、正直に言おう。
父親ゆずりのエッチな性格が、ただただ欲していただけだった。
Sのありがたい申し出に、即答で「もらう」と言い放ち、
冬休みの初日に、Sの自宅へ受け取ることを約束して別れた。
 
当日。
その日はカラリと晴れていたが、随分と風が冷たかった。
いつも乗っている自分の自転車にカゴがついていないため、
母親が乗っているママチャリを適当な理由を付けて借り出した。
川沿いの土手を、冷たい風を頬に浴びながら、
一心にペダルを漕ぎ、全速力でSの家へ向かう。
 
そして、彼の部屋に通されると、確かにエロ本はあった。しかも予想以上に。
せいぜい10冊くらいかと思っていたが、その3倍、いや4倍くらいはあった。
どれもが、ほぼカラーページで、女性の裸だらけ。
父が隠し持っていた雑誌とも、空き地で拾った燃えカスのものよりも、ワンランク上!
いかにもエロ本と呼べる代物ばかりだった。
 
「全部、持ってってくれる?」
 
Sは廃品回収にでも出すような口ぶりで言った。
あまりにも数が多いため、
Sの家から結婚式の引き出物でも入っていたようなマチの広い紙袋をもらい、
それに入れて持ち帰った。もちろん帰りも全速力で。
 
家に着くと、ここからが勝負。
家族に知られないように裏口に自転車を止め、勝手口横の窓からこっそりと家に入り、
急いで2階の自分の部屋に飛び込んだ。
 
自分の部屋には、勉強机にベッド、こたつ、
それにいろんなものを詰め込んだ小さなクローゼットがあった。
本来ならすぐにクローゼットに押し込んで隠すところだったが、
寒かったことと気が急いていて、コタツに入ると
持ち込んだエロ本40冊ほども一緒にコタツの中に押し込んだ。
 
いざエロ本を開けてみると、正直言うと、さほど興奮しなかった。
中学1年生のボクには、写真に写る女性たちはやや年齢が高く感じた。
中には親戚のおばさんと同年代かと思うような人の裸も映っていた。
それでも、どこかに自分のタイプの若い女性が映っているのかもしれないと
丁寧に一枚ずつページをめくっていった。
結局、その日、ボクは夕食も適当に済ませて、ずっと部屋にこもった。
そして、夜も深くなり、一通り目を通したところで、
興奮からの疲れとコタツの暖かさに深い眠りについた……。
 
翌朝。
 
目が覚めると、頭がボーッとしていた。
コタツでそのまま寝てしまったからだろうか。
それでも、コタツの天板にあったエロ本が見つからないようにと
クローゼットの奥に押し込むと、素知らぬ顔で1階の台所に降り、遅めの朝食を摂り始めた。
 
それから。
 
しばらくすると。
 
大きな音に驚かされる。
 
ドタドタドタッ。
 
階段を勢いよく駆け下りる音だった。
そして、台所の引き戸が勢いよく開くと、母がものすごい形相でどなった。
 
「あんた、これ、なんやの!」
 
手にしていたのは、昨日、Sから譲ってもらったエロ本だった。
 
「あちゃ~。やってしまった……」
 
確かにコタツの上にあった数冊をクローゼットに隠したのだが、
それ以外のエロ本はコタツの下に置きっぱなしだったことを忘れていた。
そこへ、母が、ボクが食事をしている間に掃除を済まそうと部屋に入り、
コタツをずらすと大量のエロ本が出てきた……というワケだ。
 
そりゃ、こうなるよね。
 
普段、滅多にボクを叱ることのなかった母親が、ボクを睨みつけて仁王立ち。
結果、問い詰められて、クローゼットに隠したエロ本も見つけられ、
空き地のおじさんがするように、その日のうちに全てを燃やされてしまった……。
 
これまた、ボクとエロ本との付き合いは、あっけなく幕を閉じた。
 
父はと言うと、その騒動を横でじっと黙って聞いていた。
 
「あなたも何か言ってやってよ!」
 
ヒステリックに言い放った母が、その場を離れると、父が真剣な顔でこう言った。
 
「お前さ、もう少しうまく隠せよ」
 
いやいや、あなたも、さほど隠すの上手じゃなかったから。
そう言い返したい思いを、ボクはぐっとこらえた……。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
安堂(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

名古屋市在住 早稲田大学卒
名古屋を中心とした激安スーパー・渋い飲食店・菓子
及びそれに携わる人たちの情報収集・発信を生業とする

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2021-05-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.127

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