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週刊READING LIFE vol.129

自分に嘘をつき続けるのをやめた時《週刊READING LIFE vol.129「人生で一番『生きててよかった』と思った瞬間」》


2021/05/24/公開
本山 亮音(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
自分の嘘に気づいた……いや、やっと自分を認めてあげられたのは、もうすぐ30歳を迎えようという頃。
 
自分を偽って生きること程、辛いことはない。
 
20年以上も自分をだまし続けて来た僕は、それが当たり前になり、自分を認めることが辛過ぎて、全てを投げ出したくなった。
 
 
 
自分を見つめ直すきっかけになったのは、好きだった女の子にフラれたことだった。
30歳と言う節目を目前に、目の前には暗闇が広がったように落ち込んだ。
 
地元関西で、高校の時に付き合っていた彼女に、大人になってから再会した。2度目の一目ぼれをしたけれど、元カノには彼氏がいた。
その後も連絡は取り続け、ついに「彼氏と別れた」と連絡が入った時には、舞い上がったのは言うまでもない。当時僕が赴任していた東北まで遊びに来ると言いだしたので、期待を膨らませていた。
 
だが、遊びに来る頃には彼氏と復縁していて、僕の出る幕はなかった。
 
 
 
1泊2日は何とか乗り越え、元カノを空港まで見送った夜。家に帰ってから自問自答を繰り返した。
自分は何がしたいのだろう。どうして恋愛がうまくいかないのだろう。それに、何故働いているのだろう。
自分の存在価値を見出せなくなっていた。
 
けれど、本当は分かっていた。自分の歪みを。
元カノのことは本当に好きだった。けれど、僕の心には、隠し続けて来たことがあった。
ずっと自分を偽って来た。もう小学生の頃からその傾向があることを分かってはいたはずだけど、認められなかった。
同じぐらいの頻度で女の子のことを好きになっていた。だから、自分は「普通」だと言い聞かせてきた。
 
 
けれど、もう自分に嘘をつくのには限界が来ていた。
自分に嘘をつくために生き続けているわけではない。
 
女の子のことを好きになると同じぐらいに、もしかするとそれ以上に、男の子のこともこれまで好きになってきた。
けれど、それを自分でずっと認められなかった。
 
その夜、部屋で一人涙を流し続けた。
分からなかった。
これから先、どうやって生きて行けばいいのか。
 
周りに同性を好きになったという友人はいなかった。そのこともあっただろう、どちらかと言うと同性を好きであることは「気持ち悪い」こととして育ってきてしまった。自分はこれから変な人、気持ち悪い人として生きていくのだろうか。それとも、また嘘をついて生き続けるべきなのだろうか。
いや、もうその選択肢はもうない。これ以上、自分に嘘をつき続けて生きるには疲れすぎた。
 
普通ではなくなった自分として、このまま生きていくのか?
それとも……この人生に終わりを告げるのか。
 
時間にして数十分だったのか、数時間だったのかもう分からない。
ただベッドに寄りかかり、涙を流しながら、決断できずにその二つの問いをずっと自分に問い続けていた。
 
 
 
すぐに死を選ぶことはしなかった。
まだ早すぎる。死ぬのは全てを受け入れ、それでも辛くなってから。
もしこの世から離れるとしても、それからでも遅くないはずだと。
 
それに、悪いことは得てして重なるもので、転勤で東北に来たことにより周りに知り合いがいなかったことも、仕事がうまくいないことも、小さな積み重なねが僕を苦しめていた。
 
少し落ち着いてから、頭を整理してみた。
給料は申し分のないほど稼いではいた。けれど、辛いことも多かった。
何故こうまでしてお金を稼ぐことに固執しているのだろう? と考えるとすぐに答えが見つかった。
「普通」に憧れていたからだ。この時の僕にとっての「普通」とは、結婚して子供を育ててと家庭を持つことを意味していた。ただ、男の人も好きなことを受け入れた自分は、それを承知で結婚してくれる女の人が現れるのは難しいだろうと考えた。将来的には出逢えるかもしれないが、スグに知り合える可能性は低いだろうし、男性と寄り添うことになるかもしれない。
 
 
結婚して子供を育てるにはこれぐらいの年収が必要でと、自然と頭の中で計算していたのだと気づき、一旦止めてみようと考えた。すると、(東北は大好きにはなったけれど)知人のいない土地に赴任してまで、今の仕事を続ける理由はないという結論にスグに達してしまった。早計に感じるかもしれないが、この時の判断は今でも間違っていなかったと思う。
 
 
仕事を辞めて、地元に戻ることを頭の中でシミュレーションしてみると、少しずつ未来が見えてくる気がした。
もしかすると家族も自分のことを受け入れられないかもしれない。大事に想っていた友人たちでさえ、離れていくかもしれない。
そう思うとまた、涙が出そうになる。
 
けれど、それでも別にいいじゃないか。
 
本当の僕を受け入れられない人たちもいるだろう。けれど、そんな人が現れれば、その人とはそれまでの関係だったということだろうと、そう思い始めていた。
 
それから、半年後には仕事を辞めることを会社に告げた。
会社の中では同性愛を非難する声も、冗談とはいえ聞こえていた。だから、誰にも辞める本当の理由は伝えなかった。
けれど、これからも付き合いの続く家族、友人には本当のことを知っていて欲しかった。
 
残念ながら付き合いの薄くなった友達が数名いるのも事実だ。
けれど、一番の親友である男友達は一通り驚いた後、「お前の印象が変わると言っても、180度変わることはないな。強いて言うなら13度ぐらいかな」と、妙な例えと共に受け入れてくれ、今でも付き合いは変わらないし、他の友人たちも思ったほどの驚きの声は聞こえず、「へー、そうなんや。辛かったね」と言ってくれる程度で、あまり気にしていない様子だった。未だに付き合いが変わらない友人も多い。
 
 
一番伝えるのに躊躇したのはやはり家族だった。特に親にはなかなか言い出せなかった。
友人たちからは、「わざわざ家族に言う必要はあるの?」と言われたけれど、言わなければ、嘘をつき続けて来た自分を何も変えられないと、その時はそう考えていた。家族には言い出せない人がたくさんいると、後から知ることにはなったが、この時には他の人がどうしているのか、相談できる人もいなかった。
 
まずは兄に伝えた。「そうかもとは思っていた」と、やはり良く分かってくれていた。兄の友人にも同性を好きと言う人はいるらしい。その時に兄が言ってくれた話は今でも忘れられない。
「俺は生まれつき目が悪い。脚が悪い人もいれば、耳が聞こえへん人もいる。それは自分で望んでそうなった訳ちゃう。それと同じように、自分が好きになる人のことを自分で選ぶことはできない。それを障害と呼ぶのか、特徴と呼ぶのか。それだけ」と。
歳が離れていることもあり、幼いころから恋愛の話など一切しなかった兄は、どちらかと言うと同性愛者を毛嫌いしていると思い込んでいた。まさか自分が考えたこともないような考えを持っているとは、思ってもみなかった。
 
姉は全く気づいてはいなかったようで驚いていたが、スグに受け入れてくれた。ただ、親にも伝えたいと話すと、少し考えて姉なりの考えを話し始めた。
「親も99パーセント受け入れてくれると思う。でも、育ってきた世代が違うだけに、親がどんな反応を示すのか、私にも想像が付かへん。100%大丈夫とは言ってあげられへん。でも、もしも、どうしても受け入れられないと言われた時、これだけは忘れんといて。お兄ちゃんもお姉ちゃんもあんたの兄姉であることは変わらへん」と。
 
この時大人になってから、初めて姉の前で涙した。
友人にも兄姉にも感謝しかなかった。
 
それから数カ月後、ついに両親と3人で話す機会がやってきた。
この頃には変わらずにいてくれる友人、兄姉がいることがもう分かってはいただけに、かなり前向きに捉えられるようになっていた。
もう、死という選択肢は残っていなかった。
 
これで、勘当を言い渡されても仕方がない。一人で生きていく覚悟はできている。名前を捨てることになるかもしれない。それも仕方がない。
でも嘘はつかず、自由に生きていきたい。
 
親を目の前にすると、やはり緊張した。
けれど、話があると伝えている以上、もう引き下がれない。兄や姉に伝えたように、順を追って、両親にも説明をした。
 
両親ともに絶句した様子で、父親は「訳が分からん、信じられん」の一点張りだった。
 
ダメ……だったのか?
どこかで大丈夫だろうと思っていた自分がいたことに、ここで初めて気が付いた。
兄姉はともに結婚していて、すでに孫の顔を見ているとはいえ、家の中に異物が混じっていることは許せれないことなのかもしれない。
 
気持ち悪い
 
もしも親の口からその言葉が発せられればもう終わりだと考えた。
この家を出るしかないと覚悟を決め始めた頃、母親が口を開いた。
 
「全く予想してなかったことに驚いているけど、お前が幸せなら、誰と一緒でもお母さんはかまへん」
 
その一言に、横で聞いていた父親も、うなずいてくれた。
その後、両親と話をしていると、勘当とかそんなことは全く考えていなかったようで、ただ、これからどう接すればよいのか考えていてくれたようだ。
 
結局誰からも「気持ち悪い」の一言は発せられず、その一言は自分に向けての言葉だったと、自分が一番本当の自分を避けていたのだと、この時初めて気が付いた。
 
 
 
あの時死を選ばずに良かった。生きる選択をしてよかった。
 
僕の場合は大切な人、これから付き合っていきたい人に、全て打ち明けるという判断をした。今でもそれは間違っていないと思う。
けれど、それはあくまで僕の場合だということも忘れてはいけない。人それぞれ違う。同性愛者や両性愛者全員がオープンになれば良いのにとは、思っていない。打ち明けることの辛さを知っている。
必ずしも、打ち明けることが幸せへの一歩だとは言い切れない。
 
姉に打ち明けた後、一度だけこんなメールが届いたことがある。
 
「あんたの話を聞いた後、私も調べてみた。トランスジェンダーってのもあるらしいけど、あんたはどうなん?」
 
LGBTを姉なりに調べてくれたようだ。「T」のトランスジェンダーは男性として生まれてきたけれど心は女性の人、もしくはその逆で、女性として生まれて来たけれど心は男性の人のことを指す。
僕の場合、自分は男性であると自認していて、男性も女性もすきになることがある。おそらく「B」のバイセクシャル(両性愛者)に分類されるのだと思うが、個人的にはあまりその分類に意味はないと思っている。
ただ、人として好きになることがあるかどうかと言うだけのことなのだ。
心が女性であれ、男性であれ、関係がない。ただその人がどういった人なのか、いろんな人がいてそれぞれ特徴を持っているとだけ考えれば、分類など大した意味を持たないように思う。
会話や文字にする上で、伝わりやすいぐらいのことだろう。
 
「今まで通り接して欲しい」
その一言の返信で、姉には十分伝わったようだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
本山 亮音(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

京都生まれ京都育ち。
2020年10月開講のライティング・ゼミを受講、2021年3月よりライターズ倶楽部へ。
ワーキングホリデーで、フランスに1年間の滞在経験あり。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

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2021-05-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.129

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