週刊READING LIFE vol.129

七夕に遭遇したのは、歌う織姫と彦星だった《週刊READING LIFE vol.129「人生で一番『生きててよかった』と思った瞬間」》


2021/05/24/公開
田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
私にとって、新幹線は一番身近な乗り物であるといっても過言ではない。
なぜなら、大学時代4年間ずっと新幹線通学をして、社会人になった今でも新幹線通勤を続けているからである。
しかも、片道300円!
日本一安い新幹線としてニュースで取り上げられたこともあるので、鉄道マニアな方はご存知かもしれない。
乗り慣れてしまうと、ごくごくフツーの電車という感覚なのだが、実は「隠れ乗り鉄」としては、たまにテンションが爆上がりする時がある。
それは、いろんなキャラクターとコラボした新幹線。
ここ最近で言えば、「エヴァンゲリオン新幹線」や「ハローキティ新幹線」である。
1日に博多駅と新大阪駅を1往復しかしない、ちょっとレアな新幹線なのだが、帰るのは同じ車両基地ということで、「よっしゃ、帰るついでに乗せていってやるか」という感じで近隣住民はその恩恵を受けて、いつもの定期券で乗車できるのが魅力である。
ホームに上がったときに、たまたまそのコラボ新幹線が待ってくれているのを見ると、たとえどんなに仕事がうまくいかなかった日でも、「なんだか今日はいい日だったな」と思えるのだから、不思議だ。
 
同じ新幹線でも、山陽新幹線と九州新幹線はちょっと違うことを皆さんはご存知だろうか。
2011年3月12日に全面開通した九州新幹線は、JR九州が管轄しているのだが非常に面白い試みをしている。
それは、「ラッピング新幹線」。
先程のエヴァンゲリオンやハローキティはJR西日本の管轄なのだが、同じJRでも特に九州は思わず「やるな」とニヤリとしてしまうほど、私好みの企画をバンバン打ち出してくるのが特徴だ。
ピクサーの全キャラクターが全面にデザインされた「ピクサー新幹線」や、大河ドラマ「西郷どん」が放映されていた時期には「西郷どん新幹線」が運行され、大いににぎわった。
普段はあまり見ない大河ドラマに珍しく親子でハマってしまい、鹿児島旅行にまで行ってしまったくらいである。
しかも新幹線運行中は関連グッズも一緒に売り出すので、「うーん、ずるいよ」と思いつつ、ついつい財布のひもが緩んでしまう、実に心憎い演出。
開業当初、本来は大々的にオープンイベントが行われるはずであり、「祝! 九州縦断ウェーブ」(ただし、長崎県と大分県と宮崎県は残念ながら九州新幹線が止まらないので、あらかじめご承知おきいただきたい)のコンセプトをもとに、有名なアーティストを呼んでのライブや、普段はなかなかお目にかかれないブルーインパルスの航空飛行ショーが行われる予定、だった。
博多駅がお祝いムード一色になるはず! だった。
そのまさに前日、東日本大震災が発生したのである。
あれだけの被害があったのだから、当然、オープンイベントは中止になった。
私も含めて鉄道を愛するものにとっては、幻のイベントになったことは言うまでもない。
 
それでも九州新幹線はめげなかった。
事前に各停車駅にたくさんの人を集め、通過する箇所(学校の周辺や、川べり、道端からみんなが笑顔で手を振ったり、横断幕をかかげたりした。
また、愛犬や部活の仲間たちと走りながら手を振る映像が、ワクワクする音楽とともにYouTubeにアップされた。もしかしたら、映像をご覧になった方もいるかもしれない。
CMこそ流れなかったが、九州から被災地へ「元気を送っていた」のである。
 
全面開通からしばらく経った、2015年3月。
私は最寄り駅である告知ポスターを目にした。
「SPECIALドリカム新幹線」が期間限定で運行されるという。
それは、あのアーティスト「DREAMS COME TRUE」の二人が、とびきりの笑顔で写っており、「夢をかなえに、今日行こう」というキャッチコピーとともに、今にも走り出しそうなインパクトのあるものだった。
「こんな旅がしたい」というテーマに夢の募集をする。採用されればドリカムの写真とともに新幹線にラッピングされる。さらに運がよければ、第一便に乗車できるオープニングイベントに参加できて、鹿児島中央駅まで行けると書いてあるではないか。
これは、応募しろってことだな。
私は居ても立っても居られなくなり、急いで帰宅するとインターネットで応募要項を食いいるように見つめた。7月7日の七夕の日に出発。なんて、素敵な企画をしてくれるんだ!
思わず心が震えた。
私の夢が、新幹線にラッピングされる?
それが2か月もの間、博多駅から鹿児島中央駅まで走る?
そんな、まさに夢のようなことが叶う?
最高じゃないか!
 
実はもともと、私はドリカムのファンだった。
というのも、高校生の時にお付き合いをしていた人からドリカムのアルバムを薦められて聴き始めたのがきっかけだった。まだCDからカセットテープへダビングする時代(あ、年齢がバレるな)だったので、そのテープを毎日のように擦り切れるほど聴いて、歌詞もすべて、覚えているくらい大好きだったのだ。ドリカムも彼氏のことも。
 
さて、どんな夢を書こうかと思ったときに私の頭に二つ浮かんだ。
1. パラグライダーに乗って阿蘇(熊本県)を飛びたい!
2. 大学時代のサークル仲間と新幹線で同窓会をしたい!
 
この二つを書いて、名前や連絡先など間違いがないか、何度も何度も見直した。
絶対叶えたいという強い気持ちがそこにはあった。
そして、なぜか「これ、当選する気がする!」と妙な自信があったのだ。
応募した翌日、まだ4か月も先だというのに当たった気満々で上司に有給休暇の申請をした。
「なんか申請するの、早くない?」と言われたが、「どうしても用事があるんです!」と早々に承認をしてもらった。
たとえ、落選したとしても当日は必ず博多駅に見に行こうとすでに決めていたからである。
この執念たるや。自分でもびっくりする。
親からは「アンタは、その情熱を仕事とか婚活とかに向けたらいいのにねぇ」なんて笑われたが、そんなことどうでもよかった。
 
応募してからしばらく経ったある日。
仕事中にスマホにメッセージが届いた。JR九州からだった。
「おめでとうございます! ご当選されました。あなたの夢がラッピングされます。そして、第一便へのご乗車にもご招待いたします」
それを見た瞬間、心が再び震えた。私はスマホを握りしめて会社のトイレに駆け込んだ。
「やったぁぁぁ!」とトイレで叫んだ。傍から見たら、いきなり叫ぶ変な人である。
当選してからというもの、仕事でどんな嫌なことがあっても、7月7日があるから頑張れるようになった。
当日の乗車券と案内が自宅に届くと、さらにその実感が湧いてきた。
案内に「当日はマスコミの取材が入ります。車内での撮影はお断りしておりますのでご了承ください。また当日、車内のコンセントはご利用頂けません」と書いてあるのを見て思った。
「もしかして……、ドリカムの二人、来るんじゃないの?」
 
そして、迎えた7月7日。
予定より早く博多駅に到着すると、マスコミ関係者があちこちにいるのがわかった。
「関係者」の腕章を着けたそれぞれのテレビ局や新聞社の人が、撮影場所を確保するために打ち合わせをしたり、JR九州の広報担当に話を聞いている。
うわぁ、本当に第一便に乗れるんだと思うとワクワクが止まらなくて、思わず顔がニヤけてしまう。どうしよう、うれしすぎる!
第一便に乗れるのは抽選で選ばれた98名。
「ご当選の皆様、乗車券の号車番号の列に、お並びくださーい!」
係員に促されて、本人確認の順番を待つ。
握りしめた乗車券はすでに手汗でしっとりしている。
私の座席は2号車後方、15-C。本人確認は無事OK。
いつもは通らない通路を修学旅行のように先導されながら、老若男女が列をなして歩いていく姿を、行き交うお客さんにジロジロと見られる。
「なんだろうね、イベントかなぁ」という声が聞こえる。
「そうなんです! 今からドリカム新幹線の第一便に乗るんです!」と声を大にして言いたい気持ちをぐっと抑えて歩く。
同じ列車に乗る方から、「めっちゃ笑顔ですねぇ」と言われてしまった。
そりゃ、なるよ、なりますよ。こんなこと一生に一度あるかないかだもの。
 
ホームに上がってから、実はかなりの時間、待たされた。
新幹線が私の最寄り駅方面から到着するたびに、ホームがざわつく。
「来た? あれかな?」
「違う、違う。あれじゃない」
という会話が何度か繰り返されたあと、アナウンスが流れた。
「皆様、お待たせしました。第一便が到着します!」
ついに、待ちに待っていた新幹線がゆっくりと姿を現した。あちこちから歓声が上がる。
その歓声とともにテンションも上がる。
今まで、毎日乗っている新幹線をこんな高鳴る気持ちで待ったことはない。
ホームにゆっくりと滑り込んできた第一便を見て、度肝を抜かれた。
ドリカムの二人の写真が車体にこれでもかというほどの大きさでラッピングされており、応募した一つ一つの夢がブルーの星マークの中に白抜き文字で並んでいるではないか!
「すごーい! うれしい!」
「あっ、私の夢、ココに載ってる!」
その夢を一つずつ眺めながら、私は車内にある異変に気付いた。
座席が取り外されている箇所に専門の音響機材がドーンと陣取っていたのである。
しかも、座席が車両の中央を囲んで向かい合わせになっており、なぜか中央のスペースが空いているではないか。
しかも私の座席は15-C。なんと中央から3列目の席である。
ヤバい! これは絶対二人が来る! と確信した。
 
止まらない胸の高鳴りを抑えつつ、車内に乗り込み、注意点などのアナウンスに耳を傾ける。
あらかじめ座席に用意されているグッズ類(記念Tシャツや星の形をしたウチワ)を見ながら、テンションはもうかなり上がっている。
出発セレモニーも終わり、新幹線が走り始めてしばらくした頃……。
2号車の自動ドアがすうっと開いた。
「みんなー、ドリカム新幹線にようこそー!!!」
ドリカムの二人と、いつもライブツアーで演奏しているバンドメンバーがとびきりの笑顔で、私たちの前に現れた!
今まで参加したライブのどの席よりも近い。
だって、私が座っているすぐ目の前、3列前にあの吉田美和さんと、中村正人さんがいるんだもの。
「列車内で歌うって初めてだよねぇ! すごいよね!」
なんて笑いながら美和ちゃんが、正人さんとともに素晴らしい歌声を披露してくれる。
洋服の皺が一つ一つ見える至近距離に二人がいるなんて、信じられなかった。
大好きな曲をたくさん歌ってくれて、乗車している私たちも一緒に歌った。
だって歌詞はすべて覚えている。あの高校生の時から毎日聴いてきたんだから。
 
39年間生きてて本当によかった!! 最高の人生だ!! と涙ながらに思った。
 
車内ライブは博多駅から熊本駅まで、楽しいトークも交えてものすごい盛り上がりだった。
各停車駅に第一便を心待ちにしていたお客さん(応募したけれど乗車できなかった方にも、停車する時間帯は伝えられていたそうだ)が、ホームで待っていてくれた。
そして、車内にドリカムの二人がいるのを見るやいなや、ものすごい歓声が上がるのが車内にいても聞こえた。
実は、途中の久留米駅には私の大学時代のサークルの先輩(生粋の鉄道マニア)も待っていてくれて、車内にいる私を見つけて写真を撮りながら、うれしそうに手を振ってくれた。
どの駅でも知らない人たちが「よかったね! いってらっしゃい!」とちぎれんばかりに手を振ってくれることもまた感激だった。
さらに、招待された中にはお付き合い中のカップルが同じ車両に座っていた。
なんと、彼氏さんからのサプライズで「車内プロポーズ」があったのである。
ドリカムの二人が見守る中でのプロポーズなんて、絶対にあり得ないシチュエーションだ。
車内のみんながしーんと固唾を飲んで見守る。
そして、プロポーズが見事成立した瞬間、車内の全員が歓喜し、長く大きな拍手に包まれた。
きっと、あのカップルにとっても、人生で一番「生きててよかった」と思った瞬間だっただろう。
 
あとで、新聞等を見て知ったことだが、このSPECIALドリカム新幹線には、全国から5032件の応募があったそうだ。
その中から抽選で選ばれた夢が7月7日にちなんで、77個ずつ6両編成の両側に描かれていた。
そのスペシャルな車内ライブを体験してから、しばらくは放心状態になってしまった。
夢、叶っちゃった、と余韻に浸っていたからである。
 
あれから6年。
辛いことや楽しいこと、いろんなことがあったけれど、七夕が近づくたびにあの日の感激が昨日のことのように鮮やかに蘇ってくる。
新幹線に織姫と彦星のような二人が突然現れて、その場にいたみんなの夢を一瞬で叶えてくれたあの時間。
あの日の思い出があるからこそ、今日も私は生きていけるのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)

長崎県生まれ。福岡県在住。
西南学院大学卒。
主に人材サービス業を経験する中で、人の生き方に大いに興味を持つ。
自分自身に取り入れることが出来るものと、自分から発信できるものを探す日々。
天狼院書店の「ライティング・ゼミ冬休み集中コース」をきっかけに、事務として働きながら、ライティングの技術を学んでいる。
仕事やプライベートで電車に乗るうちに、いつの間にか「乗り鉄」になっていたアラフィフ。

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2021-05-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.129

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