いつか訪れる旅立ちの日の為に、今すぐに出来る会議《週刊READING LIFE vol.130「これからの旅支度」》
2021/05/31/公開
記事:中川文香(READING LIFE公認ライター)
桜が満開を迎えた、三月ももう終わろうとしている頃だった。
夕食の準備をしていると、旦那さんから電話が入った。
普段はほぼLINEのやりとりなので「めずらしいな」と思いながらでると、電話口の彼はとても焦った様子でこう言った。
「Aの奥さんが亡くなった。葬儀に参列しようと思う」
Aというのは旦那さんの小学校時代からの友人で、私はまだ直接会ったことが無かったけれど、よく話を聞いていた。
子供の頃、何人かで集まって一緒にゲームをして遊んだり、学生時代はバンドを組んで誰かの家に集まって夜中まで練習したりしていた。
そのうちの一人で一番仲が良かったんだ、と。
社会人になってからも一緒に旅行に行ったり、仲間内でひとり、またひとりと結婚して子供が出来たりしても、年に一度くらいは集まって家族ぐるみで食事をしていたのだ、と。
昨年旦那さんと結婚した私は、いつかその会に混ぜてもらえるのかな、と楽しみにしていた。
Aさんの奥さんが病気を患っているらしい、と聞いたのは、昨年の秋頃だったと思う。
その時も旦那さんは落ち込んだ様子で、「なんでAの奥さんが……」と繰り返しつぶやいていた。
そのうち、「Aに電話してくる」と言って部屋を出ていった。
帰ってきた旦那さんに話を聞いてみると、病状は深刻なようだった。
回復の見込みは、正直分からない。
入院しているけれど、コロナウイルスの感染拡大防止のためにお見舞いにも行けない。
小さいお子さんもいて、お母さんに会いたがっているけれど、どうにも出来ない。
そう言っていたそうだ。
何と声を掛けたら良いのか分からなくて、私はただただ「そうだよね、辛いね」と繰り返すばかりだった。
それから数か月、Aさんの奥さんはこの世を去った。
39歳だったそうだ。
あまりにも早すぎる旅立ちだ。
旦那さんが持ち帰ってきた葬儀のお礼状を読んで、苦しくなった。
そこにはAさんの、奥さんへの思いが優しく綴られていた。
お子さんの成長をどんなに見たかっただろう。
私自身、実際に見てきたわけでも無いのに、そのお礼状からは確かにAさん家族が過ごしてきた日々のぬくもりを感じることが出来た。
それをもう一度読んで、旦那さんがぽつりと言った。
「身体には、気を付けてね。長生きしてね」
これまで私自身、自分の死を意識するような事故や病気に遭遇したことは無い。
小さな不調はあったものの、比較的健康に過ごしてきた。
20代の若い頃は特に、健康であるのをいいことに、身体に無理をさせて遅くまで仕事をしたり、飲み歩いたりしていた。
少々生活リズムを崩しても、ちょっと休めば平気だった。
私一人が飲み食い出来て、雨風をしのげる場所があって、自分の楽しみに少し使えるくらい稼げばいい。
私が自分自身を生かしていけるくらいの生活でいい。
高校卒業してから家を出て、自分一人だけの暮らしにすっかり慣れていた。
それが30代になり、20代までと比べて少しずつ体の衰えを感じ始めた。
30歳になって実家に戻り、久しぶりに両親や祖母と生活を共にして、みんな確実に歳を重ねてきたのだ、と感じるようになった。
そして、意識の転換点として大きかったのは、結婚したことだった。
入籍して二人で暮らし始め、初めは結婚や引っ越しに伴うあわただしさの中で毎日を過ごしていた。
それがだんだんと落ち着いてき始めてから、ふと思った。
私はこれまで何でも一人で決めて一人で行動してきたけれど、これからはこの人と一緒に家庭を作っていくのだ、と。
生きるということそのもの自体は、これまで通り、自分の責任であるのに変わりは無いけれど、共に暮らす人が出来た。
まだ分からないけれど、将来もしかしたら子供を育てたりするかもしれない。
どちらかの親の介護が必要になることがあるかもしれない。
誰かと結婚する、ということは、相手の持っているものを半分ずつ分けっこして、お互い背負い合う、ということなのかもしれない。
“結婚” という制度に限らなくとも、誰かと生活を共にするということは、そういった責任や、助け合うことや、煩わしさも同時に生ずることだろう。
生命保険のお知らせの郵便物や、健康診断の結果、そういった生活に関わるありとあらゆることを、これまでは私一人が自分一人分のことを把握していれば良かったけれど、それでは足りないのかも、と思うようになった。
それと同時に、旦那さんの会社関連の手続きや、自動車税のお知らせといった、私宛てでは無い事柄も、自分事になった。
今現在、特に体に不調を感じているわけでもないけれど、
「あの書類はここにしまっておくね」
「この引き出しの中にはこれが入っているよ」
というのを、思いついた折に旦那さんに少しずつ伝えるようになった。
「もしも、私に何かがあって、家に帰れない状態になったとしたら、大事な書類とかはここに入っているからね」
そう伝えると、旦那さんは「そんなこと言わないでよ」とびっくりした顔をした。
けれど、人生何が起こるか分からない。
何気ない、今日のような日が明日以降も続くと無意識に思ってしまいがちだけれど、確実に今日は今日で、明日のことは誰にも分からない。
もしかしたら事故に遭って明日死んでしまう、なんて可能性も本当はゼロなんかじゃないのだ。
そんなこと考えないように、自分が死ぬなんて想像できない、なんて思っているけれど、本当は心の奥底では、自分だっていつかいなくなるのだ、ということをぼんやりと分かっているのだ。
そんなこと、日常生活で意識することはほとんど無いけれど。
そうやって、少しずつ自分と旦那さんで共有する情報を増やしていっていたら、あるとき出会った聞きなれない言葉が、しっくりと腹に落ちる瞬間があった。
“人生会議” という言葉をご存じだろうか?
厚生労働省が啓発している活動で、ホームページを確認してみると「もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組みのこと」※1 だそうだ。
こう書くと、「年配の方に関係のあることだ」と思われるかもしれないが、高齢者だけに限った話ではない。
思いがけない事故や病気は何歳の人でも起こる可能性はあるし、事故に遭って突然、自分の意思を他人に伝えることが出来ない状態になることだって考えられる。
そうした時を想像して、自分の大切な人たちに自分のことを伝える、そして大切な人のことを自分も理解する、それが “人生会議” なのだそうだ。
ここまで読んでみても、まだなんとなく自分事として落とし込めない。
読み進めていくと、人生会議のやり方、として紹介されている3ステップがあった。
まずはステップ1として、 “大切なことは何か、考えてみよう” というものだ。
自分が大切にしていること、大切に思っていることは何だろう?
好きなことが出来るということ、一人の時間を過ごせること、痛みや苦しみが無いこと、仕事や社会的な役割を続けられること。
人それぞれ、大事にしたいことは異なる。
大切なことを挙げられたら次のステップとして “人生会議のメンバーを決めよう” 。
自分の気持ちを分かってくれる人は誰だろう?
自分の大切な人と話し合うことで、相手の考えていることを知ることが出来たり、もしもの時にお互いに助け合うための準備が出来たりする。
もしもの事態にならなくとも、大切な人が大事に思っていることやその人の価値観に触れるのはお互いにとって良い機会になるだろう。
そして、最後のステップとして、 “話をしよう、伝えよう” ということだ。
信頼できる、自分の人生会議に参加して欲しい、と思う人たちと実際に話し合うことだ。
自分の希望や思っていることを自分の大切な人たちに伝え、もし必要な状態だったとしたらその情報をかかりつけの病院の方や、ケアをして下さる第三者にも伝える。
病気の時、症状が変化したり気持ちが揺れ動いたりして、考えが変わることは誰でもよくあることだそうだ。
その時には、再度話し合い、定期的に考えを整理して、人生会議を積み重ねて進化させていく。
こういった取り組み全体のことを “人生会議” と呼ぶらしい。
最初に “人生会議” と聞いたときはなんだか物々しい感じがしたし、説明を読んでみても「私にとってはもう少し先のことかも……」と消極的にとらえてしまった。
けれど、これを紹介してくれた友人と話したり、自分のここ最近の行動を振り返ってみたりすると、実は気付いていないだけで、自分も “人生会議” をしていたんじゃないか? という気がした。
自分が大事にしていることを、自分の大切な人と話し合う。
これって私と旦那さんが最近心がけていることと同じなんじゃないだろうか?
私が「もしも何かあったら困るから」とあらゆる書類の保管場所を旦那さんに伝えたり、旦那さんが会社の手続きに関して私に共有してくれたり、そういったことも人生会議の一つになるだろう。
大切な人に何かあった時のことを考えて、自分だけが保有している情報を一緒に知っておいてもらうことは、不測の事態が起こってしまった時の助けになる。
他にも、普段の何気ない会話の中で分かる、好きな食べ物とか、どんなことをして過ごすのが好きなのかとか、仲の良い人は誰で、どんな時に幸せを感じるのか、そういったことは全て、相手に何かあった時に役立つ情報になるだろう。
私たちは夫婦になったばかりだけれど、相手のことを知ろうとお互いが無意識的に行動していたのかもしれない。
“会議” しかも “人生” なんてつくとちょっと重たい感じがしてしまう。
けれど、普段の生活の中でする何気ない会話が、その積み重ねこそが、相手がどうやって生きていきたいと思っているのか、そして自分はどうやって生きていきたいと思っているのかを映し出す鏡のような役割を果たすのだろう。
その人が大切にしたいと思う事柄は、日常の暮らしの中にこそ現れてくるものだ。
私たち夫婦は、今お互いのことを理解しようと努めているただなかにいる。
今は、普段の会話や行動で察する程度だけだけれど、その次のステップとして、お互いが言葉に出してしっかり確認し合う、ということもやっていきたい。
いくら一緒にいる時間が長くなっていくとは言え、相手のことを全て理解するなんてことは出来ない。
自分の思い込みだけで相手のことを決めつけずに、本当に相手が望むことをきちんと言葉として受け取ること。
それこそが、人生会議を行う大きな意味になるのだと思う。
つまり、たくさんの会話こそが相手への理解につながるということだ。
旦那さんと人生会議が出来たら、両親やその他の家族とも人生会議を開いていきたい。
長く一緒に生きてきた両親や祖母とは、気恥ずかしさを感じてしまってなかなか本音で話し合うことが難しい。
まして、もしもの時のことなんて、何と切り出して話をしたら良いのか、と迷ってしまう。
けれど、誰でもいつかは直面する “死” について、その時に相手にとって何を尊重することが幸せなのかを知っておくことは、家族として必要なことだろうと思う。
生物学的に考えると、私よりも祖母や両親が先に亡くなる確率が高い。
残される私は、相手に何をしてあげられるかを考えることが出来るのは、みんな元気にしている今のこの時間だけだ。
気負い過ぎず、構え過ぎず、まずは自分の家族が何をするのを幸せに感じるのか、どんなことを嫌だと思うのか、そんなところからでも話していきたい。
誰かと一緒に生きるということは、難しさも、大変さもあると思う。
けれど、それを超えるほどの喜びも、感動も、きっとこれから待っているはずだ。
縁あって私と一緒になってくれた旦那さんや、自分の家族、そして結婚したことで新しくつながったもう一つの家族のみんなが、それぞれの人生をより良く過ごしていくために、私が出来ることは何だろう?
折をみて少しずつ、会話する時間を作っていきたいと思う。
いつか絶対に来る、家族の旅立ちの為に。
そして、いつか絶対に来る、自分の旅立ちの為に。
≪参考≫
※1
厚生労働省ホームページ、「人生会議」してみませんか
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html
□ライターズプロフィール
中川文香(READING LIFE編集部公認ライター)
鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。
Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。
興味のある分野は まちづくり・心理学。
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