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週刊READING LIFE vol.130

旅のお供はコバルトブルーから水色へ《週刊READING LIFE vol.130「これからの旅支度」》

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2021/06/06/公開
記事:東ゆか(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
初めてパリを訪れたのは2010年冬のこと。当時はまだガラケーが主流で、なおかつ閲覧できる情報が豊富ではなかったため、旅のお供の主流はまだまだ紙のガイドブックだった。
 
しかし、「ガイドブックを持ってウロウロしていると悪い人が近寄ってきます。悪い人たちは『地球の歩き方』の黄色い表紙を目印に近づいてきます。現地の人も使う地図を持ち歩くのがいいでしょう」というアドバイスを真に受けた私は、パリに着くなり現地のジュンク堂を目指し、パリジャンも御用達のパリの地図を買った。コバルトブルーの表紙で、中の紙もつるつるしていて、水にも強そうな素材だ。
 
パリは10mほどの短い通りにさえ名前が付いていて、この地図にはそれが余すところなく網羅されている。通りの名前を索引で引くと、例えばバルザック通りなら「8 G12」と表記されている。これは「8区のページ 縦Gのマス 横12のマスの交差したところに載っているよ」という意味だ。
 
つまり現在地の通りの名前さえ分かれば、自分が地図上のどこにいるかが分かるという、パリ歩きには欠かせない1冊だった。
 
「現地の人も使う地図なら、観光客だとは思われません」
 
世界一の観光地・パリ。通行人の5人に1人はきっと観光客なんだろうから、今から思えばそんなに自分が観光客であることを隠さなくても……と思うのだか、一人旅ゆえに「安全第一」をスローガンにしていた私にとって、それは金言だった。
 
街中で旅行ガイドを見てはいけないと思い込んでいた私は、最寄りのオペラ駅からジュンク堂に行くまでの道のりをノートの切れ端に書き写し、こそこそと見ながらにたどり着いた。ホテルに戻って行きたいお店や場所を全部、その地図に書き写した。
 
地図の上に自分が付けた目印が増える度にわくわくした。しかし、私は毎日パリで迷子になった。私は地図の読めない女だったのだ。
 
地図が読めないどころではない。ガイドブックから地図に書き移すときもよく間違えていた。図形の比較ができない女でもある。言い訳をさせてもらうと、ガイドブックの地図は小さな通りをかなり省略しているし、通りと通りの交差の角度が違うとなんだかよく分からなくなってしまっていたのだ。
 
それでもなぜか私は頑としてガイドブックを持ち歩こうとせず、冬の寒さの中でよく露頭に迷っていた。それでも「通りの名前は間違っていないから!」といって、目当ての画材屋を見つけるまでに長い通りを行きつ戻りつした挙げ句、実は全く違う通りを歩いていたなんてこともあった。
 
「地図、全然ダメじゃん」と突っ込みたくなるが、私は「迷子がストレスにならない女」だったのだ。全く使いこなせなかったパリの地図に対して、愛着だけを深めていった。
 
そんな私のパリの地図は2014年夏の友人との旅行で引退を余儀なくされた。
 
「奇跡のメダイユ教会に行きたい」
 
奇跡のメダイユ教会とは、修道女がマリア様からお告げを受けてメダイユを作ったことがそのいわれとなっている。スカイブルーを貴重とした祭壇画と、白い壁が美しい礼拝堂があり、パリ屈指の観光スポットだ。
 
友人のその発案に、まかせなさいと件の地図を片手に胸を張った。前回の旅行のときにリストアップ済みで、地図には既にボールペンで丸が付けられていた。
 
ジリジリと焼き付ける太陽の下、地図を片手にさまよう。あと10mというところで、私は違和感を覚えた。人気のある観光地なのに、なんだか閑散としているのだ。「休みなのか?」と思ったが、教会に休みなんてないだろう。おそるおそる近づくと、たしかに教会が現れたのだが、明らかにメダイユ教会ではない、いたって普通の教会が現れた。
 
「……。え? ここ?」
友人がいたく「K」をはっきりと発しながら言った。
 
「……。ごめん、違うかも……」
 
私よりも20センチ近く背の高い友人の顔を恐る恐るのぞき込む。いや、申し訳なさすぎて、まともに顔を見ることができなかったかもしれない。
 
気まずい沈黙が訪れ、目だけ周囲をキョロキョロさせると、パリの観光地の行き先を示してくれる青い看板が目に留まった。奇跡のメダイユ教会はまった違う場所にあるらしかった。
 
「ごめん……。なんか、あっちみたい」
 
私が消え入るような声で看板を指差しながら言うと、友人が勘弁ならぬと声を上げた。
 
「もーーー!!!」
 
夏の暑いさなかである。無意味に歩かされた友人が怒るのは無理もない。私たちは結局、道端の看板を頼りにメダイユ教会へ向かった。
 
そして、この旅の私と愛用のパリ地図の不案内はこれだけに尽きなかった。結局、友人はホテルでもらったパリのおおよその道と観光地の書かれた地図を片手に「あんたの持ってる地図はさ、詳しかもしれないけど、結局こういう地図の方が使い勝手がいいんだよ!」といちいち通りの名前と地図とを見比べながら右往左往する私を傍目に、ずんずんと歩を進めていった。愛用書は私の右手で、ただ冷や汗を吸い込んでくったりとしていた。
 
ガイドブックを持って歩いているのが危険なのではない。
ガイドブックを持って不安げにたたずんでいる様子が危険なのだ。いくらパリジャン愛用の地図といっても、不安げに道に迷っていれば、それでもう観光客丸出しなのだ。元も子もなかった。
 
時はさらに下って2016年。3度目のパリ観光を、前回とは違う友人にすることになった。前回の反省を踏まえて、ホテルでもらった「ザ・観光マップ」という感じの地図を片手にエッフェル塔を目指そうとしている私に友人が言った。
 
「Google Mapで良くない?」
 
初めてパリに降り立ったときから早6年。スマホを持つことすっかり当たり前になっていた。しかしこのスマホも、取り分けiPhoneは高額で転売されるのでスリの被害に遭いやすく、道端でうかつに手に取るなという話を聞いたことがあった。友人も私も愛用していたのはiPhoneだったので「iPhoneは危ないらしいよ」と、警告したものの、友人は「そうなんだ」とだけ言って、Google Mapでエッフェル塔にピンをぶっ刺し、現在地を示す水色の丸を頼りにずんずんと歩いていった。お陰で道に迷うこともなく、順調に観光ができた。その日の終わり、ホテルのベッドに寝転がりながら「いや〜Google Mapって超便利だね」と、明日巡る観光地にピンを刺しながら友人は言った。
 
「iPhoneを持っているのは危ない」というのは間違いではないけれど、すられないような場所にしまっておいたり、カフェの座席に置きっぱなしで中座したりしなければ、そこまで用心することはないのである……。
 
そう、Google Mapは便利だ。Google Mapは目的地のリストとしても使える。
 
昔の職場で同僚をランチに誘ったときに「どこに行きましょうか?」というメッセージと共にGoogle Mapのリンクが送られてきたことがあった。開いてみると、会社から半径500mほどの区域にたくさんのピンが刺さっていた。当時働いていた会社は、多数の飲食店がひしめく区域にあったので、ランチをする場所には事欠かないどころか、選択肢が多くて選びきれないほどだった。なんじゃこりゃと思っていると、追加のメッセージが送られてきた。
 
「行ってみたいお店をGoogle Mapにピンを刺してリスト化しているんです」
 
このGoogle Mapのリスト機能はいたって簡単。地図を開いて、行きたい場所を表示する。「保存」をタップするといくつかのリストが出てくるので、デフォルトの「行ってみたい」を選んで保存する。そうすると、次に地図を開いたときに「行ってみたい場所」として、ピンで表示してくれるのだ。
 
私がこの機能を初めて使ったのは、2019年のパリ、4度目の滞在のときだ。
その日はおしゃれスポットで有名なマレ地区に行こうと考えていたのだが、マレ地区は見どころが多すぎる。一番行きたいのは「ヨーロッパ写真美術館」だったのだけれど、「ピカソ美術館」も捨てがたい。もちろんあてどなく散歩もしたい。気になった通りにフラフラと入っていくのも好きだ。
 
そうなると予めルートを決めておくことは旅の目的は果たせても、セレンディピティを味わうような「旅情」は果たせない。さてどうしたものかというときに思い出したのが、このGoogle Mapのリスト機能である。
 
旅行ガイドのマレ地区のページを広げて、とりあえず気になるスポットに片っ端からピンを刺していく。「ヨーロッパ写真美術館」「ピカソ美術館」「カルナヴァレ博物館」「ヴィクトル・ユゴー記念館」「狩猟自然博物館」と、いくつかの雑貨屋とカフェ。
 
とりあえず第一目的地の「ヨーロッパ写真美術館」を制したあとは、ランチを食べるべくピンを刺しておいたカフェに向かう。しかし、脇道に素敵な路地を見つけてしまった。フラフラと進んでいく。開けた道に出たと思ったら、今度は可愛らしい小さな庭園があった。ひとしきり写真を撮ったところで、お腹が空いていたことを思い出す。ここはどこだろう? とGoogle Mapを開く。今いる庭園と思しき緑地に、現在地を示す水色の丸が表示されている。本当は「カフェ・フィロソフィー」に行こうと思っていたのだけど、ここからだと「テリーヌの王様」というケーキ屋さんのほうが近い。行きたい場所だったし、ケーキでもいいかと思ってケーキを食べる。
 
そんな感じで、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしても現在地はマップが示してくれるし、現在地から一番近い行きたい場所への道のりも、すぐに調べることができる。目的も旅情も果たせるのだ。そんなのガイドブックや紙の地図でもいいじゃんと思うかもしれないが、迷子になったときに自分の現在地は示してくれない。ガイドブックや本を目で追いながら現在地と目的地の関係を測るタイムロスから開放されるのだ。
 
9年前、間違った場所を目指して、地図と現在地の通りの名前とにらめっこしていた私に、こんな未来があることを教えてあげたい。
 
日本に帰ってきてもパリの気になるスポットを見つけると、Google Mapのリストに保存した。次の旅行に向けての下準備だ。パリじゃなくても良いのではないかと気がついて、とにかく日本中、世界中の行ってみたい場所にピンを刺している。
 
小さいけれど珠玉の逸品が集められたボストンの美術館。音楽家の暮らしたドイツの家。台湾の書店街。プラハにある世界一美しい図書館。沖縄のハンバーガー屋さん。
 
「いつか行ける日が来れば」と思いながら、行ってみたい場所を見つける度にピンで刺している。今度、旅行をする日が来たらパリだけでなく、より多くのピンが刺さっている国や地域に行くのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
東ゆか(READING LIFE編集部公認ライター)

湘南生まれの長野育ち。音楽大学を声楽専攻で卒業。フランスが大好き。書店アルバイト、美術館の受付、保育園の先生、ネットワークビジネスのカスタマーサポート、スタートアップ企業OL等を経て、現在はフリーライターと編集者見習い。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

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2021-06-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.130

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