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週刊READING LIFE vol.131

完全に「好き」と思えなくても《週刊READING LIFE vol.131「WRITING HOLIC!〜私が書くのをやめられない理由〜」》

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2021/06/07/公開
記事:三景夕季(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あなたは「書く」ことが好きですか?」という設問があったとしよう。
そして履歴書の性別欄のように、「はい・いいえ」の二択が用意されているものとしよう。
あなたは、どちらに丸を付けるだろうか。
 
ライターズ倶楽部に所属している私は――つまり、おそらく一般的な人より文章を書く機会が多い私は。
「はい」と「いいえ」の間の「・」に丸を付けるタイプだ。
 
3月から始まった今期のライターズ倶楽部も、この記事を持って終わりを迎える。今回が初参加だったのもあり、私は並み居る精鋭ライターの後ろをついていくことに必死だったような気もする。
とはいえ、後ろをついていければよいほうだった。現実は、周回遅れくらいにはなっていたと思う。書き途中でタイムオーバーになってしまった週もあったし、一章分も浮かばない週だってあった。それくらいにライターズ倶楽部の壁は高く、分厚いものだった。正直、書くことの苦しさを存分に味わった12週間だったと言えるだろう。
けれど不思議なことに、それだけの苦痛を味わっても、私の手はペンを握ったままだ。この記事のようにちゃんとした形式の文章ではないけれど、私は毎日何かを書いている。あるときは心の内をルーズリーフに書き殴り、あるときは弾かれるようにノートパソコンを開いて無我夢中にキーボードを叩く。
 
この通り、今や書くことは私の一部となってしまっているわけだけれど。
私は別に、書くことが特別好きなわけではないのだ。文章が書きあがった瞬間や、文章表現に趣向を凝らすのは楽しい。しかしそこに至るまでは修羅の道だ。だから完全に好きとは言い切れない。そもそも生活の中になじんでしまっているために、好き嫌いなどといった次元で語れるものでもない。これを端的に表そうとしたものが、冒頭のたとえ話だ。
 
世間は「好きなことでなければ物事を続けることはできない」なんて言うが、私は必ずしもそうではないと思う。現に、完全に「好き」と思えなくても書き続けている私がここにいる。
 
だからどうか、何かを好きにはなれないことに苦しんでいる人へ。
そんな自分を責めないでほしい。否定しないでほしい。物事を完全に好きになれなくたって、それをしてはいけないなんてことは決してない。そのような人間の一例として、ここに私がたどってきた道を開示する。どうか私の物語が、あなたの支えになればよいと思う。
 
私は占いや診断に対して興味が強い。とはいっても、結果を絶対のものとして信じ込むとか、それに傾倒するということはない。信じたい部分だけを信じるスタンスだ。
そのスタンス通り、毎朝の星座占いは半分も当てにしていない。12星座中12位でも「1/12の確率なら、自分と同じ人は結構いるし大したことはない」と思うし、黒猫が目の前を横切ったって、「猫はかわいいなあ」くらいにしか思っていない。ある程度は現実的な人間として生きてきたつもりだ。
 
しかしそれらへの興味が強いためか、私には少し困った悪癖がある。それは「診断と名の付くものにとりあえず手を出してしまう」癖だ。
色々なものに触れた。星座占いはもちろん、誕生日占いに数秘術、手相にMBTI診断にオーラカラー……。
 
これはあくまで持論だけれど、自分がどんな人間かというのは、自分が一番分かっていないものだ。分かっていたら同じような失敗を幾度も繰り返したりしないだろう。
私は、私を知りたかった。どうやったって知りようのない自分という人間を、誰かに教えてほしかった。だから数多くの診断に手を出した。
 
その結果、確かに「これ私じゃん!」と思えるような回答は多く得ることができた。気分屋、理想主義者、気分屋、完璧主義者、好きなことには一直線。どれもまさしく私の特徴と言っていいものだ。
これらを切って貼れば、きっと私の取扱説明書になるだろう。そう思って、診断結果を心のスクラップブックに並べた。
 
けれどそれらを寄せ集めてできたものは、出来の悪いコラージュだった。
 
自分の納得する結果だけを寄せ集めても、矛盾点は一つ二つ、三つあれば四つ……といったように、次々と出てきたのだ。
落ち着いた環境を好む一面がある一方で、好きなことのためならばリスクを度外視して猪突猛進してしまう面もある。なるほど、お前はいったいどっちなんだ。平穏を保ちたいのか突っ走っていたいのか、自分で自分が分からない。
 
一度立ち止まって、自分の手札を見つめ直してみる。
冷静に考えてみれば、自分で自分のことが分からないのは当然のことだった。
私は、誰かに与えられた手札しか持っていなかった。自分自身の手札を、一枚も持っていなかった。
外に答えを求めるあまり、私は自分の内側に問うことを疎かにしていたのだ。
 
思えば、私はいわゆる「いい子」として育ってきた。
空気を読んで、物わかりの良い子どものふりをした。家計のやりくりに苦心する親の事情を察していておやつのお菓子をせがまないような、手のかからない子どもを演じた。はじまりはいい子の仮面をつけていただけだったのに、いつしか私と仮面の境界は薄れてしまって、自分を見失ってしまっていた。自分に問うことを忘れてしまっていたのだ。
 
私は、コラージュに直接言葉を書き足していくことにした。
今まで外界に答えを求めてきた私が今すぐにその評価を捨てて自分の軸だけで生きていくなんてことは、不可能に近い。いずれはそうしなければいけないのだとしても、まだその段階には達していないだろう。
だからまずは外界を足掛かりにして、自分の底へ降りていくことにした。
理想主義者の自分とは、気分屋の自分とは、具体的にどんな人間だろうか。自分の深いところを目指して、ボールペンとルーズリーフを携えて、自問自答を繰り返した。
 
仕事や趣味の合間の時間をかけて、コラージュ・改はついに出来上がった。
結果から言えば、その出来栄えは最初とあまり変わらなかったように思う。
 
それでも、私はその過程で確かに変わった。
誰でもない私自身の言葉で自問自答することで、私は私という人間の本当の姿を知ることができたように思う。
それは診断巡りをしていた時をはるかに勝る快感でもあった。
どれだけ設問が多くてタイプ分けが細かく分けられているものであっても、診断は診断。百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、100の診断よりも自分で導き出した1の答えの方が説得力を持っていた。
 
何より、書くことは救いだった。
書けば書くほど、自分を知ることができた。自分が見て見ぬふりをしてきた路傍の花を、もう一度見つめ直すことができた。書くことは、ないがしろにしてきたかつての自分自身とも再会の機会だったのだ。
 
最近は殊更に、「何をするにもまずは楽しむべき」という言説が流布しているように思う。
「好きこそものの上手なれ」という言葉があるように、それはある意味では正しいのだろう。好きなこと・楽しいことをすればこそ、その先へも進んでいこうという活力が湧いてくるのであり、好きではないこと・楽しくないことを続けていては湧いてくる活力も減ってしまう。苦痛が伴うことだってあるだろう。だから恐らく、好きなことやっている方が良い結果が得られるだろう。
しかしそれは、呪いの一種でもあるのではないだろうか。その物事を好きになることができなければ、行うに値しない行為なのか。好きなことでなければ、上達できないのか。何かを成せなかった自分は、なかったことになってしまうのか。ポジティブなものしか肯定されない世界というのは、あまりにも哀しい世界なのではないだろうか。
 
ところで、私のバイブルでもある本(『天才による凡人のための短歌教室』木下龍也)では、短歌について以下のように語られている。急に短歌? と思われるかもしれないが、とにかく紹介させてほしい。
 
短歌は過ぎ去った愛を、言えなかった想いを、見逃していた風景を書くのに適している。それらを、あなたがあなた自身のために、あなたに似た誰かのために、結晶化させておくには最適な詩型だ。記憶の奥にある思い出せない思い出を書くことには最適なツールなのである。
 
これは短歌について語られたものだけれど、文字として記すという点においては、文章を書くという行為も同様の性質を持っているのではないか、と私は思う。
 
つまり文章も、匙なのだ。
瓶底に固まった砂糖を、余さず掬い上げるように。
ホットミルクに沈殿したはちみつを、全体に行き渡らせるように。
過ぎ去った愛を、言えなかった想いを、見逃していた風景をやさしく拾い上げてくれる、私を再確認するための匙なのだ。
 
生きていくうえで、人間は恐らく何かを切り捨てながら生きている。
あるときは、合理的ではない選択肢を。あるときは、自分の本心を。
それは責めるべきことではない。社会にはそうしなければ生きていけない場面は山ほどある。
 
けれどそうやって切り捨てたものは、なかったことになってしまうのだろうか。
――そんなことは、ないはずだ。
苦しいことも悲しいことも、すべてがその人の原動力だ。救いを求めて文章を書くのでもいい。悲しいことを昇華するために創作するでもいい。何をするのに否定されてもよいものなんて、きっと一つもないのだ。
そう叫ぶために、私からこぼれてしまった私自身を掬い上げるために。私は匙を握り続ける。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
三景夕季(みかげ・ゆうき)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

埼玉県生まれ。社会人四年目。
昔から文章を書いてはいたものの、あくまで趣味の範疇であったため極めようとはしていなかったが、一念発起して天狼院書店のライティング・ゼミを受講。

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2021-06-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.131

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