週刊READING LIFE vol.148

無責任男 高田純次に学ぶリーダー学《週刊READING LIFE Vol.148 リーダーの資質》


2021/11/22/公開
記事:椎名真嗣(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「歳とってやっちゃいけないことは3つだね。説教、昔話、自慢話。歳を取ってこの三つはしちゃいけない。だから(俺は)エロ話しかしない。ハッハッハッ」
by 高田純次
 
あるベンチャーIT企業の営業としてこの会社に入社した時の目標。
それは主任、課長、部長と昇進して、大きな組織のリーダーになること。リーダーの最高峰が経営者だ。そのために一生懸命頑張った。何とか努力の甲斐もあり、部下を持ったのは30歳になってから。
部下は大学新卒の女の子。
今は女性営業なんてどの業界でも腐るほどいるが、その当事は珍しかった。俺は自分が指導された新人時代を思い出し、厳しく彼女に接した。電話でアポイントがとれないと、「気合が足りねぇんだよ!!」といって彼女を怒鳴った。受注が取れない日が続くと「やる気あるの?」となじった。
俺にとっては「普通の教育」を続けて3カ月がたったある日。
「椎名さんのやり方にはついていけません!!」
と彼女は叫び、社内でうぉんうぉんと泣き崩れた。
俺は泣き崩れる彼女に冷たい視線を送りながら
「だから女は嫌なんだ。辛くなると途端に泣きやがる」
と心の中で思った。
しかし、何とか彼女を一人前にしなければ俺の評価も下がるのだ。なんとかせねば。
 
「コーチング」
今では一般的な言葉にもなり、企業のリーダーシップ研修のカリキュラムの一部にもなっているこの技術。
俺が部下を持った20年ほど前、まだコーチングはそれほどまでには普及していなかった。コーチングという言葉を知ったのはほんの偶然。
たまたま会社帰りに立ち寄った、紀伊国屋書店のビジネス書コーナーに「コーチング入門」なる本が目に留まったのだ。
本をペラペラめくる。
するとこんなことが書いてあった。
『コーチングの本質的な目的は、クライアントが目標に向けて必要な行動をしたり考えたりすること。そしてクライアントの成長やクライアントの人生をよりよいものにするためにサポートすることです。コーチとクライアントの関係は上下関係ではなく、共に目標を目指す協働関係です』
なるほど、こちらから指示して挙句の果てに泣かれるよりはこのやり方を役立つかもしれない。俺は早速その本を購入して読み込んだ。
そして読了して一週間後。
俺は早速コーチングを試してみることにした。
 
たった一人の俺の女性部下 矢沢を会議室に呼ぶ。
また、俺に怒られると、びくびくしながら俺の正面の席に座る矢沢。
少しの雑談の後、俺はこんな感じで口火を切った。
「矢沢さん、今日は矢沢さんの目標について聞いておきたいと思って」
戸惑う矢沢。しかし思い直したように
「会社から頂いた営業目標を達成する事です」
「いやいや、そうじゃなくて。矢沢さんが個人的に思っている人生の目標だよ」
「えっ?!」
といって、しばらく考え込む矢沢。しかし意を決したように
「私の夢は、自分の会社を持ち経営者になりたいという事です。この会社に入ったのも将来の独立のために、営業センスが必要だと思ったからです」
「それはよい考えだね。ところで今はどんな感じ?」
「正直言うと、椎名さんはアポイント取れとか、受注しろ、っておっしゃられますよね。しかし私はというと、うちの会社の製品の事があまりよくわかっていなくて、お客様にもうまく説明できないのです」
なんだ、そんな事だったのだ。じゃあ、どこがわからないのだ? と聞こうか。いや待て。コーチングではコーチはアドバイスしないで、クライアントから答えを引き出すんだった。
「矢沢さんはお客様にうちの製品をうまく説明するにはどうすれば良いと思う?」
「製品知識を持つことが重要だと思います。それにはうちの製品に関して詳しい人に聞くことが第一歩だと考えます」
「社内でうちの製品に関して詳しい人って誰だと思う?」
彼女は少し考え
「技術部の太田さんに聞いてみようと思います。技術部の方は正直皆さん怖そうなのですが、太田さんは素人の私にも優しく教えてくれそうです」
「よし! じゃあ、太田に聞いてみてくれ。そしてその結果を教えてくれ」
その後、矢沢は営業成績をみるみる上げ、3年後にはトップセールスとなった。技術部の太田とはその後結婚して、2人の子供を持つ、ママさん営業課長だ。
 
あれから20年
営業部の責任者となった俺は成績不振の入社10年目、中堅社員の山田を自分の部屋に呼んだ。
俺の部屋がノックされる。
山田が緊張した面持ちで、失礼します、と会釈をしながら入ってきた。俺は彼に俺の正面の椅子に座るように促す。
「ところで、お前の夢はなんだ?」
俺は雑談の後、山田に尋ねる。
山田はいかにも困った、という顔をしてボソッといった。
「さー、特にありません」
いやー、それじゃあ、困るんだけどな。コーチングにならないだろう。
「夢くらいあるだろ。俺も昔は経営者になりたくって、それでこの会社に入ったんだ。2課の太田課長も新人の時にはしょっちゅう泣いていたな。ただ辛いことがあっても夢さえあれば乗り切れるもんだよ」
俺の話を黙って聞いている山田。しかし結局山田から将来の夢は聞けず、山田は俺の部屋を出ていった。そして1年後、山田は会社を辞めた。
なんだよ。最近の若者は将来の夢もないのか。
 
「『ゆとり』だからしようがないんじゃないか」
本部長で俺より3つ年上の岩清水が中ジョッキをあけながら、俺に言った。
岩清水は続ける。
「山田のような『ゆとり世代』は運動会の徒競走でも、手をつないでみんなでゴールしたっていうぜ。とにかく俺らのような、『バブル世代』とは全然違うんだよ。俺らって『バブル』っていう良い時代も経験したけど、『バブル崩壊』も経験してきた。そんなジェットコースターのような目まぐるしく変わる状況に適応して必死に生きてきたんだ。だけど奴らは『ゆとり』というぬるま湯に浸かりすぎて、競争心もなけりゃ、夢なんてものもない。俺に言わせれば腑抜け世代だ。だからいくら夢をもて、なんて言っても聞きゃしないし、そういう奴らに時間を使う事はないさ。山田が辞めたのはお前のせいじゃない。『ゆとり』っていう奴らが育った環境がよくなかった。それだけだ」
そんな事を言った後、岩清水はアタリメをしゃぶりながら、
「ところで今日はこれから、ギラギラガール、いこうぜ。セイラちゃんからLINEも来てるしな」
俺と岩清水は山田の事もすっかり忘れ、1時間後には歌舞伎町で露出度の高いドレスを身にまとった女の子に挟まれ、飲みつぶれたのだった。
 
山田退職の後、晩秋を迎えた銀杏の木から葉っぱがハラハラ落ちるように1人、また1人と退職者が続いた。新入社員の退職より、入社10年くらいの中堅社員に辞められる方が、会社には打撃が大きい。
俺は頭を抱えた。以前うまくいっていたコーチングも今ではうまくいかない。
「これからどのようにすべきなのか?」
そんな事を考えながら、YouTubeを見ていた時だった。
 
居酒屋の個室で撮ったような、そんな感じの画像が俺のスマホに映し出される。
赤ら顔の高田純次が突然カメラ側を向いて話はじめる。
 
「歳とってやっちゃいけないことは3つだね。説教、昔話、自慢話。歳をとってこの三つはしちゃいけない。だから(俺は)エロ話しかしない。ハッハッハッ」
と言って、あっという間にその動画は終わった。
 
思わず一人、部屋でニヤッと笑ってしまった。
さすが高田純次。
確かにそうだ。
俺も若いころに部長から「俺の若い時には、とにかく粘って粘って訪問しまくり、今の地位がある。お前も俺のようになれ!」
とか言われて、あなたの時代とは違うんだよ! って心の中で叫んだっけ。
あれ?
だけど、そういえば俺も同じような事、最近いってな。そうだ、やめた山田にもそんな事いったな。
こりゃ、いかん。
俺もそれなりの歳にもなって、気がつきゃ、古き良き昔を自慢して、お前も俺のようなれ! と説教している。高田純次がいう通りかもしてない。こんな事今すぐ止めないとな。そう思った俺は翌朝、早速行動に出た。
 
「太田。お前に折り入って頼みがある」
俺は俺の部屋に太田を呼んで、中堅が次々辞める件に関して相談する事にした。
「なんでしょう? 私ができることならなんでもいってください」
太田はなんて頼もしくなったのだろう。
20年前の泣き虫太田とは雲泥の差だ。
20年前の太田の泣き顔を懐かしく思い出しながら、俺は言った。
「お前に営業部員のキャリア相談のリーダーになってほしいんだ」
太田はキョトンとしながら
「キャリア相談は人事の仕事ではないのですか?」
「そうだ。確かに人事部の仕事だが、部署の実情を知らない人事部がやることなんて、外部機関を使って、座学を計画したりするのが関の山。血の通ったキャリア相談なんてできやしない。実は部下を持って以来、俺は部下のキャリア相談は俺の仕事だと思ってやってきた。しかし最近、中堅社員の退職も続いているし、もう俺では無理なんじゃないかと思い始めたんだよ」
「椎名部長、まだまだ大丈夫ですよ。思えば20年前に椎名部長が『お前の人生の目標はなんだ?』って聞いてくださった。あれも今から考えるとキャリア相談だと思いますが、あれをしてもらったおかげで私も今ここにいるわけですし。椎名部長の代わりにそんな大役、とても私にはできません」
太田の正直な気持ちだろうな、と思いながら俺は
「太田、俺が営業部員の時とは時代も変わった。俺の頃は仕事が人生の全て。そうやって生きてきた。それが当然の世の中だった。しかし、時代は変わった。今は自分のプライベートと仕事をどのようにバランスさせるかのワークライフバランスの時代。俺もワークライフバランスくらいは知っている。だけど実感がないし、経験もしていない。そこへ行くと 太田。お前は営業としてのキャリアを積みながら、しかも子供を立派に育てている。ワークライフバランスを正に体現しているじゃないか。今の時代お前のような人間がキャリア相談の窓口になるべきなんだ。俺のように昔話や説教を垂れる人間はもう、お前のような人間に道を譲るべきなんだよ」
太田は神妙にうなずき
「わかりました」
と言った。
そして1年後
 
「椎名。 今回昇進させたい奴いるか?」
岩清水に聞かれて俺は即答した。
「太田を俺の後任の部長にしてください」
「なんだって? お前はラインを外れるという事か?」
「はい、どうせ俺もあと5年で定年です。太田は優秀です。しかし部長らしくなるにはそれなりに時間がかかります。俺は太田が部長らしくなるまで、太田を影で支えようと思います。そうすれば俺が定年の頃には太田も立派な部長になっているでしょう。これから俺は岩清水さんとセイラちゃんのエロ話でもしながら太田を見守りますよ」
岩清水はカラカラと笑った。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
椎名 真嗣 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

北海道生まれ。
IT企業で営業職を20年。その後マーケティング部に配置転換。右も左もわからないマーケティング部でラインティング能力の必要性を痛感。天狼院ライティングゼミを受講しライティングの面白さに目覚める。
現在自身のライティングスキルを更に磨くためREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に所属

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2021-11-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.148

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