週刊READING LIFE vol.148

ホシが来店「先輩、事件です!」~ファミレス刑事の事件簿~《週刊READING LIFE Vol.148 リーダーの資質》


2021/11/22/公開
記事:西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
リーダーの資質と言われたら、私はあの人を思い出す。
ファミレスのバイト時代にお世話になったS先輩だ。
日常の仕事をそつなくこなし、周囲への気配りや連携を忘れない。しかも4年間のバイト時代の中で一番大きかったあの事件をスマートに解決してみせたのだから。
 
高校卒業後すぐに始めたバイト先で、私はS先輩の下で「フロアー」という仕事についていた。いわゆる給仕係だ。約20年前のファミレスといえば、今みたいに全てがセルフサービスという時代ではなく、お客様のお食事に関することは全てこのフロアーが担当していた。
 
ご来店時の案内、お冷のサービス、オーダー取り、料理の種類や品数に合わせてシルバー類をお持ちする。お飲み物も今と違ってドリンクバーなどは無く、ひとつひとつバックヤードで作ってお持ちした。コーヒーならマシンがボタン一つで入れてくれたが、カフェラテ、ロイヤルミルクティー、レモンスカッシュなど全部手作りでやっていた。出来立てのお料理は熱々のうちに運び、バックヤードに戻る際にはフロアー内のテーブルを見渡し、空いたお皿をお下げする。その間にも新たなお客様のご案内、お会計、お冷のお替りのサービス……じっとしている暇はないほど次から次に仕事はあった。
 
しかも、このお店が高速道路のインターの近くということもあり、土日はもちろん平日もなかなかの繁盛ぶり。来店のピーク時にシフトに入れられた新人は必ず一度はパニックになる、くらいに忙しかった。
 
そんなお店を正社員のマネージャーと、もう一人切り盛りしていたのが当時大学生のS先輩だった。スーパーやコンビニ、カフェ、お弁当屋さん……他にもトップが正社員で、その下はほぼアルバイトやパートで成り立っているという雇用形態は珍しくないだろう。そんな状況では「できるバイト」というのがとても重宝される。来店が増え忙しくなるにつれカオス化する調理場を仕切るため、調理場に入りっぱなしになるマネージャーが「なんかあったら頼むな!」とS先輩には絶大な信頼を寄せていたのだ。
 
S先輩は何でも器用に仕事をこなす。いつも冷静沈着で周囲の状況を瞬時に把握する。出来る男なのだ。こう書くとクール一本鎗と思われそうだが、それがそうでもなくバイト仲間の健康状態や気持ちの不安定さにもすぐに気づくような思いやりの心も持ち合わせていた。ある日、お客様から再三の理不尽な要求をリクエストされ、さすがに嫌気が差した私がバックヤードに入ってくるなりS先輩は私の顔色を見逃さず、こう言った。
 
「あれ? 珍しいやん。ハナエがそんな顔して」
「あ、すみません……。あのお客さんが……」
「あーね。いつものことよ。気にすんな! 『はいはい』って言ってあとは聞き流しとき!」
 
私は100%穏やかな性格というわけでもないが、バイト中だけは日頃マネージャーからうるさく言われている「スマイル」を絶やさぬようにしていた。しかし、お客様のあまりの理不尽さにスマイルを見失ってしまった私にすぐさま気づき、声を掛けることで冷静さを取り戻させてくれた。S先輩に感謝しながら、その日は無事に最後まで仕事をすることができた。
 
その他にも、揉めたカップルがテーブルに皿を叩きつけ割れた時、チンピラみたいなお兄さんたちが怖い話し合い途中にコーヒーをぶっかけ合った時……今思い返しても、やたら事件性の高いファミレスだが、そんな時いつも必ずスッとS先輩が現れ助けてくれた。
「他のお客様のご迷惑になりますので」と冷静さの中にわざと怒りの感情をにじませて見せ、その場を難なく収めるのだった。
 
そんなS先輩が日曜などの超ピーク時に颯爽と出勤してくると、私はいつも心の中で(救世主、あらわる!)と歓喜した。お客様入店を知らせる「ピヨピヨ」という案内音のセンサーに感知されないように忍者のごとく入口から入ってきて、裏の更衣室に入るまでの間にお店全体を見渡し、お客様の入り方と調理場の混雑状況、正常にお店が回っているかを把握した。そして、着替えを終えてバックヤードに入ってくるなり、熱々の出来立て料理を運びながら数名のバイトたちにどの仕事を優先するべきかの役割分担を指示する。
そうして、ピーク時は忙しいながらにも毎度落ち着きを取り戻すのであった。
(おいおい、スーパーマンかよ)
出来すぎのS先輩にもう尊敬を通り越して笑いが出てくるほど、かっこよかった。
 
小さい事件はありながらも平穏にファミレスは稼働していたが、ある日マネージャーの顔色が変わった。
 
「あかん。 売上とレジが合わへん」
大阪出身で日頃呆れるほど底抜けに明るい店長の顔色が青ざめている。聞けば、レジでお会計が終わってない伝票が発生し、未収金が発生しているという。しかも今日が初めてではないというではないか。
 
単なる事務処理上のミス? それとも従業員がわざと……? であれば、何のために?
それとも、お客様が置いて帰った! ? も、もしかして食い逃げ? ?
 
伝票から拾い上げられるデータからいえば、処理漏れ伝票の発生は必ず平日の夜であるということ。お客様の人数はいつも二人。そしてハンバーグや人気のチキンステーキにごはんセットをつけるという、カフェのみの利用などでは無く、毎回きちんと「お食事」をされているお客様だということだ。
 
未処理で残された伝票はどれも似たり寄ったりだった。
この辺りから推察するに混雑する夕食の時間帯にあえて来店し、きっちりご飯を食べ、料金を支払わずに退店しているお客様がいるのでは……という結論に至った。しかし、困ったことにどのあたりのお客様なのかがまったくわからない。
 
「うーん」とみんなで考え込んでいると、S先輩が口を開いた。
「最近来る、お母さんと中学生くらいの娘の親子おるやん? 急によく見かけるようになったよね」
「え?」一瞬ポカンとなったが、確かにそういう母娘がいる。
まさか、ね……。ドラマなどで見る食い逃げ犯とはまったくイメージが異なる。
 
やたら勘のするどいS先輩に言わせると、今まで全然見なかったお客様を連続で見るようになるとより印象に残る、とのことだった。しかし、もし違っていたらそれは相当失礼な話ではないか。事が事だけに慎重に当たらねばならないのは間違いなかった。
 
そんな話をした日から約1週間が経った時、事件解明のフラグが立った。
あの母娘が来店したのだ。みな、いつも通り笑顔で接客しているが、バックヤードでは妙な緊張感が走っていた。注文を取り、料理をテーブルまで運ぶ。母娘は特に目立った会話をすることもなく黙々と食事をしている。店はいつも通り段々と混雑する時間帯に突入していった。来店のチャイム、ボタンを押して店員を呼ぶテーブル、次々に出来上がる料理、その合間にもお帰りになるお客様の会計を処理する、従業員たちはせわしなく動き、店内はガヤガヤと賑やかだった。
 
(あれ? お母さん、どこ行ったんだろ……)
さっきまで娘の対面に座り食事していたお母さんと思われる女性の姿がない。トイレかな? 娘は食べ終わった食器を前に静かに座っていた。
「はい、ただいま伺いまーす!」
そんな事を考えていると他のお客様に呼ばれ、私はポケットから注文を取るハンディー機を出しながら小走りでテーブルに向かった。
 
注文を取り、バックヤードに戻ってくるとS先輩が舌打ちでもしそうな苦い表情で言い放った。
「くそっ。逃げられた!」
 
なんと、さっきまで静かに座っていた娘までもがいつの間にか姿を消し、そこには未処理の伝票が置き去りにされていたという。やられた……。目途はつけていたのに取り逃がしてしまった事が余計腹立たしさを覚えさせた。もし、次来た時は……もう逃がすものか! ! この一件でみな一気にファミレス刑事となり、ホシを捕まえることに全神経を集中させることになった。
 
そんなある日、私は賄いを食べてから働こうといつもより早めにお店に着いていた。このファミレスには格安で店頭メニューを食べられる従業員の食事制度、略して「従食」があった。大体は夜に仕事が終わったあと、それを食べていたのだが、この日はお腹がペコペコで先に食事を取ろうと早入りしたのだ。作ってもらった料理を食べるため控室に入ろうとする私に、その日は先に仕事に入っていたS先輩が息を切らして私のところにきた。
 
「あの母娘が来た! ちょっと協力して!」
S先輩の計画はこうだ。無銭飲食疑惑のお客さんの近くのテーブルで、私が私服のままお客さんのふりをして食事をする。もし、何か動きがあれば即座にS先輩に伝える。そしてS先輩が疑惑の犯行を突き止める、という流れだった。
 
「わかりました!」
なんだか刑事ドラマのような展開に、不謹慎だが興奮した。なんかめちゃくちゃ緊張する! 冷静を装った私はお客さんを気取ってテーブルに着き、S先輩に賄いの料理を運んでもらった。
「ごゆっくりどうぞ」
S先輩はいつものセリフを後輩の私に向かって言うと、こくんと頷きアイコンタクトをしてバックヤードに戻っていった。
 
食事をしながら、ついチラチラとあの親子を確認してしまう。今日も母娘は特に言葉を交わすわけでもなく、ただ静かに食事をしている。いかんいかん、勘づかれないようにしなければ。なるべく自分のテーブルに視線を落としてチキンステーキとライスを食べる。私が席について30分が経った頃だろうか。お母さんとみられる女性が席を立った。
(あっ!)思わず声が出そうになるのを堪える。
 
今日親子が座っているテーブルは禁煙席のエリア。このファミレスでは喫煙席のエリアと禁煙席のエリアがレジを挟んで完全に分離されている。喫煙席から見た禁煙席は完全に死角だ。そんな配置だということもあり、緊張感が一気に増した。S先輩が喫煙席エリアの給仕をしている時に新たな動きがあったら間に合わないかもしれない。
 
密かに鼻息荒く、横目でそのテーブルを観察していると今度は娘が立った! 娘は何事も無かったかのように伝票は置いたまま店を出て行こうとしている。前回もこうやって時間差で出て行ったのか。
私は素早く席を立ちS先輩を呼びに行こうとしたその時、不穏な空気を嗅ぎ付けてバックヤードから足早にS先輩が現れた。アイコンタクトをすると「まかせろ」と言わんばかりに胸の前あたりで軽く手を挙げる。その動きは捜査に慣れた刑事そのものだった。娘が完全に退店したのを見届けてからS先輩はダッシュで追い掛けて行った。
 
(わー、どうなるんだろう! !)
ドキドキしながらS先輩の帰りを待つ。
数分後、S先輩が未処理の伝票と一緒に母親を連れて帰ってきた。母親は特に取り乱したりする様子もなく淡々としていた。そして今日食べた分をレジで支払うと今度こそ本当に退店したのだった。
 
S先輩に外でのやり取りを聞くと内容はこうだった。
外に出ると少し前を歩いていた娘の後を追う。娘は駐車場に停めた車の運転席で待つ母親の元に帰ったという。車に駆け寄り運転席側の窓ガラスをコンコンと叩く。すると母親は「はい?」となんの悪びれた様子もなく窓を開けたらしい。
「お客様、まだお代を頂いていないのですが?」
「あぁ! すみません。車にお財布を忘れたので取りに来て……」
しらじらしく言い放つ母親。先輩はそんな母親に向かって追い打ちをかけた。
「わかっているんですよ。一度目じゃないですよね? こちらとしては警察に突き出してもいいんですよ?」
この言葉でようやく状況を飲み込めた母親は、それを認め観念して車から降りてきたという。
 
マネージャーとの事前の打ち合わせで今回のお代を頂ければ「よし」とすることになっていたらしい。その母娘が二度とお店に現れることは無かった。証拠を集めて警察に通報することも可能だったが、犯罪に加担させられた娘の事を思うとそこまでするのはどうなのかという話になったのだ。確かに娘には同情してしまうような悲しい出来事であった。
 
先輩はその後涼しい顔で通常業務に戻り、その日も最後までリーダーシップをいかんなく発揮した。どんな時でもお客様のお食事を適切にサポートすること、店内の動きがスムーズに運ぶように配慮すること。先輩の変わらない働きぶりに後輩たちは安心感をもらった。
 
今思い出しても「さすが」の一言に尽きるのに当時は彼も大学生のひとりだったのだ。先輩は大学卒業と共にバイトも卒業した。それ以来先輩には会っていない。社会人になってたくさんの大人たちに会い、その中には尊敬できる諸先輩方もいた。しかし、あの若さであの安定した仕事ぶりが鮮やか過ぎてどうしても心に残るのだ。
 
リーダーの資質を問われれば条件は色々あるだろう。けれど、その働きぶりが気持ちよく、同僚・部下・後輩たちに意識せずともその人間的魅力をふりまいてしまう、そんな人がいたら私は喜んでついていきたくなる。S先輩はそんな人だった。
あれから約20年。どの世界でもS先輩なら一流のリーダーになっていることだろう。いつ思い出しても先輩の働く姿はずっとかっこ良いままなのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西元英恵(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年4月開講のライティング・ゼミ受講をきっかけに今期初めてライターズ倶楽部へ参加。男児二人を育てる主婦。「書く」ことを形にできたら、の思いで目下走りながら勉強中の新米ゼミ生です。日頃身の回りで起きた出来事や気づきを面白く文章に昇華できたらと思っています。

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2021-11-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.148

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