週刊READING LIFE vol.153

残り時間が不明の時限発火装置に狙われている側の心構え《週刊READING LIFE Vol.153 虎視眈々》

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2021/12/27/公開
記事:吉田みのり(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部
 
 
自分の中に眠る火種、震源、時限発火装置……。
どんな表現がしっくりくるのか自分でもわからないが、何かが、そしてそれは大きな力を持った何かが自分の中に眠っている。
それは突然覚醒し、その力を制御するのは難しく、他人を、そして自分自身をも傷つけてしまう。
子どもの頃から感情の起伏が激しく、コントロールが難しかった。それで多くの失敗を繰り返してしまった。
しかし、自分の中にそういう火種、というかマグマのような力を抱えていると自覚できるようになってからは、自分なりに対策を考えられるようになった。単純に自分の感情に気づく努力をするとか、人と距離を取るとか、自分なりの感情の発散の仕方を模索するとか、そんな程度ではあるが。そうやってまともに社会生活を営めるように気をつけている。
 
しかし、自分の中に、それとはまた別の時限発火装置が眠っていることが判明した。
ある日突然に。

 

 

 

40代を迎え、体の衰えを感じてはいたが、それに周りからは「40になったらガクッとくるよ」とたくさん言われていたが、それほどは感じずに過ごしていた。
子どもの頃から健康だけが取り柄だった。
20代はサービス業で休みもなくとんでもない残業時間だったが健康と若さで乗り切れたし、30代からは特養の介護士として不規則な生活で夜勤もこなしてきた。
「もう無理!」と言いつつもたまに少し体調を崩す程度で大きな病気もせず、40代を迎えた。
ところが、ある日。
 
その日は夜勤だったため、午後昼寝をして、夕方に起きた。
犬の散歩をして、ごはんを食べて……とこの後の出勤までの段取りを考えつつ身支度をしていて、ふと手のひらを見ると、青かった。
最初、右手の青さに気づいたのだが、左手も見てみると、左手も同じように青かった。
本当に青かった。
何か青いインクでも触って手のひら一面に伸ばしたかのように。
手のひらから5本の指の隅々まで。
 
なんだこれ……。
びっくりし過ぎて、そのときにいた脱衣所の電気の具合がいけないのかと、他の部屋へ行って違う明かりの下で手のひらを見てみたが、青さは変わらなかった。
自分の手なのか、なんなのか、何が起きたのか、昼寝をする前の手のひらを思い出そうとしたが、そもそも手のひらをまじまじと見た記憶もなく、途方に暮れた。
手の色はどうにもおかしくなっているのだが、痛みやかゆみや違和感も何もなく、またそれが怖かった。
愛犬が、「散歩行くんだよね?」と目を輝かせて私の足元でちょろちょろしていたが、「ちょっと待って」とスマホで検索してみた。
「手のひら 青い 病気」とか、「手のひらが突然青い」とかいろんなワードを入れて検索してみた。いろいろ情報が出てきたが、「レイノー現象」とか「レイノー症候群」というワードと、手のひらやその一部分が青紫色だったり白かったり、という画像がたくさん出てきた。
しかし、情報量が多すぎ、頭が追いつかず理解もできない。いろんな病名が出てきて、ただただ怖くなった。
そこでいったん諦めた。
とにかく仕事には行かなくてはならないし、愛犬の散歩もある。今体調が悪いわけでもない。気にはなりつつも、目の前のことに気持ちを引き戻した。
忙しい夜勤をこなし、ぐったり家へ帰って来ても、手は変わらず青かった。
 
その後も色の濃淡はあるものの、手のひらが青い状態が続き、数日悩んだが、施設の同僚の看護師に相談してみた。まだ20代の若い看護師は、「なに、これ! どうしたの! なにしたの! 青いもの触ったの!」とまくし立ててきたが、いやいや、それを聞きたくてあなたに相談しているんですよ、と。
その看護師もやはり「レイノー症候群」かと、ただ原因はたくさんあるからやっぱり病院できちんと検査をした方がいいよ、と。
当時働いていた施設は、同じ敷地内に特養だけではなくてケアハウスや診療所などがある複合施設だったため、まずはその診療所で見てもらえるようにとその看護師から診療所へ連絡してくれ、仕事が終わってから診療所へ行った。
先生も「あらー、これはなにかしらね」と手を触ったり、他は何か症状はないのかと聞かれたり、手を氷水で冷やしてみたり反対にお湯で温めてみたりした。そして、「血液検査をしましょう。健康診断のときの検査項目だけではわからないだろうから、可能性のある検査項目を増やして。それでもわからなかったらさらに検査項目を増やすことにしましょう。少し検査料が高くなるけど」と言われて血を採られた。
血液検査から数日後、診療所から連絡があり、最初の検査項目では原因がわからなかったから、さらに検査項目を増やすので結果はもう少し待つように、とのことだった。
その後1週間ほどすると、手のひらは青いときもあるし、いつも通りの色に戻っていることもあった。色の変化はあるが、変わらず体調の変化はなく、だんだんと手のひらの色を気にすることも減っていき、何か怖い病気かもしれないと心配する気持ちも薄れていった。
 
検査結果が出たと連絡をもらい診療所へ行った。
「リウマチ因子」が異常値を示している。通常15以下なのだが250近くある。紹介状を書くから一度大きな病院で見てもらうように。家の近くに総合病院はある? 膠原病内科がある病院がいいんだけど……。
健康が取り柄で40年間生きてきた私は、先生の説明がちっとも自分の中に入ってこなかった。何を言っているんだろう? 私は病気なの? どういうこと……。
私の家の近くの総合病院には膠原病内科はなかったため、都内の病院の紹介状をもらった。
 
大学病院の初診まで1か月ほどあり、その初診の頃には手のひらが青くなることはすっかりなくなり、これって治ったってことかなぁ、とか楽観的に考えるようになっていた。
しかし、初診で医師から言われたこと。
関節リウマチなどの免疫疾患になる可能性が高い。今はまだ発症しているわけではなく、血液検査の結果からその可能性が高いというだけで診断名もないけれど、かなり高い確率で発症するでしょう……。
 
「何か環境の変化とか、大きなストレスがかかるような出来事が最近ありましたか?」
そう聞かれて、思い当たることがおおいにあった。
長年一緒に暮らしてきた彼と別れて数日後に、手が青くなったのだ。
しかし、いくら医師とはいえ、初対面の大学病院の先生に、「先日彼氏が出て行っちゃって」とはさすがに言えず、「仕事のストレスは多いですが、なんだろうな……」と曖昧な返答をした。
別れが、大きなストレスとなり、私の体を蝕んだのだろうか?
そう考えると、なんだか悔しかった。
別れで心を蝕まれるのはわかるが、体まで蝕まれるなんて、なんだか負けたような、勝ち負けではもちろんないのだが、そう思ってしまった。
 
そして、医師から「とにかくストレスのない生活をしてください。ストレスが引き金となって、病気の発症につながりますから」と。
ストレスのない生活って、生きていく上でできるのかな? 単純にそう思った。
その上まさにストレスの多い仕事をしているんですけど、生活も不規則で体力も使うんですけど、と医師へつっこみたくなった。
他に何に気をつけたらいいのか聞くと、「とにかくストレスをためないことです。疲労をためないように。頑張り過ぎてはいけません」
なんだ、それ。
もっと日常生活でわかりやすくできることを教えてほしい。これを食べてはいけないとか、これをやってはいけない、とか。「ストレスをためてはいけない」なんて、そんなの病気にならなくたってわかっている。
症状がないのでしばらくは3か月に1回血液検査をして経過を見て行きましょうと言われ、もやもやしながら初診は終わった。
 
帰り道、電車に揺られてぼーっとしながら、病気になった実感もなく、診断名がないのだからまだ病気ではないのか、とか、ぐるぐるいろんな思考が巡っていた。
仕事柄、リウマチを患っている方と、今までそれなりの人数関わってきている。
手や足、指などの関節がものすごく変形してしまい不自由な人もいたし、見た目にはそれほど症状は出ていなくても、痛み止めを内服しても365日とにかく痛みがあると辛そうな人もいたし、とてつもなく大変な病気だと思った。
スマホで、リウマチについて調べたら、リウマチは自己免疫疾患で……と長い長い説明があった。とても読む気になれず、自己免疫疾患ってなにかしら? と調べたら膠原病、膠原病は病気の名前ではなくて総称で、それに含まれるのはリウマチの他に、全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群、強皮症……とたくさんの病名が出てきて、またまた長い長い説明が書いてあり、もう私のキャパシティを超えたと判断し、調べるのをやめた。それに、「ストレスをためないこと」以外気をつけられることがないのであれば、あまり気に病んでも仕方がない。そう思うことにした。
 
そうして、その初診から3年が経過し、今に至る。
今のところ何も病気は発症していないし、手のひらが青くなることもない。
しかし検査のたびにリウマチ因子は基準値が15以下なのに対し、安定の200超えを毎回してくる。
ストレスがない生活は、ちっとも実践できていない。もちろん溜めないように、発散するようには気をつけているが、仕事のストレスなんてなくせたら奇跡だと思うほど毎日ストレスがある。2年半程前に転職して規則正しい生活はできているため、その分ストレスは減ったかとは思うが、やはり仕事でストレスを感じないなんて無理だと思う。
 
通院するようになって2年目からは、血液検査は4~6か月に1回でいいですよ、心配ならこまめにやったらどうですか? となんとも患者としてはどうしたらいいのかわからない選択肢を与えられ、だいたい年に3回ほど検査をしている。
特に何も体調に変化がないため、「このまま発症しないで済むってこともあるんですか?」とのんきに聞いてみると、「うーん、ないとは言い切れないけれど、これだけ値が高いから、なにかしらはあるかな」とさらっと先生は答えた。
そして、「でも大丈夫。今はいい薬がたくさんあって、うまく症状と付き合っていけるから」と慰めたのか勇気づけたのかはわからないが、私にとってはなんの気休めにもならない言葉を満面の笑みでくれた。
そうなんだ、なにかしら、これからあるんだ。
できれば、症状とうまく付き合えたとしても、病気との関わり合いはご遠慮願いたいんですけど……、と誰でも思うであろうことを思った。

 

 

 

私の中に眠るリウマチ因子という名の時限発火装置。
そのカウントダウンが始まっているのはたしかなのだが、その残りの時間がどのくらいあるのか、急にカウントダウンのペースが速くなったりするのか、はたまたもう残りわずかまで迫っているのか、あるいは命のカウントダウンの方が早く迫ってくるのか、それはわからない。
血液検査の数値を専門医が見たってそれはわからないのだから、私にわかるわけがない。
そうやって、病気の源が、私の中で眠りながら、もしくは徐々に活動をしながら、虎視眈々と覚醒する機会をうかがっているのだ。なんだか、その病気の源が、私の恐れや不安をあざ笑っているかのように思えてならない。
病気になる、ならないは運命としか言いようがないと思っている。もちろん不摂生から病気を招いてしまうのは自業自得の部分もあるかもしれないが、でも不摂生の塊のような生活をしていても元気に長生きする人だっているし、清く正しく健康に気遣って生きてきた人が思わぬ病気になるケースだって山ほどある。お年寄りと関わっていると、その人の人生と病気の発症の因果関係はあまりないように思う。
だから、この先発症するのか、したとしてどの程度の病状になるのか、先生が言うようにうまく症状と付き合っていかれるのか、もしくは幸運にも発症しないまま一生を終えるのか、もっと違う病気になってしまうのか、それは運命に従うしかない。
病気の源が虎視眈々とその機会をうかがっているのならば、私は反対に泰然自若とした態度で、必要以上の心配はせず、運命と向き合っていきたい。
 
 
 
 

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2021-12-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.153

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