週刊READING LIFE vol.159

何をやっても脱力できなかった私を救った2つの方法《週刊READING LIFE Vol.159 泥臭い生き方》


2022/02/28/公開
記事:河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
キックボクシングジムでは、シャドーボクシングの後に、3分2ラウンドのミット打ちをする。
パァーン! パァーン! と気持ちのいい音が鳴り響くのも最初の1ラウンドだけ。
2ラウンド目になると、「っしゃー!!!」という声とは裏腹に、ペチ! ペチ! と頼りない音が、かろうじて聞こえる。
「声だけですかぁーー!!」
インストラクターの喝がとぶ。
私はすでにヘロヘロ状態。
3分間の終わりを告げるインターバルタイマーの音が聞こえた瞬間に崩れ落ちる。地べたを這いながらリングの外へ出て、大の字で床に寝ころぶと、ぜぇぜぇと何度も呼吸を繰り返す。
 
私の呼吸が整ってきたころを見計らって、インストラクターが声をかける。
「マユミさん、動けたのは最初の1ラウンドだけじゃないですか! 2ラウンド目なんて、声と動きが連動してないですよ!」
「いや、そんなに言われても、きつすぎて……」
「なんでそんなに疲れるかわかりますか? ワンツーフックみたいなコンビネーションで打つときは、全部全力で打たなくてもいいんです。マユミさんは、全部全力で打ってるから、すぐ疲れるんです。そんなんで打ち続けてたら、3分持ちません。」
「えっ、じゃあどうすれば……?」
「ワンツーは軽く当てるくらいで、打つよりもスピードを意識してください。最後のフックを全力で行けばいいんですよ。はい、やってみてください!」
ミットを構えるインストラクターに向かって、言われた通り、軽めのワンツーを打って、渾身のフックをミットに叩き込む。
「そうです! そんな感じです! あと一個だけ言うとですね、もっと“脱力”してください。脱力してないから、スピードが遅いし、パンチが弱いです」
 
“脱力”?? えっ? 力を入れた方が強いパンチを打てるんじゃないの???
脱力したパンチは最強である。それは、私がキックボクシングを始めて間もない頃に、一番衝撃を受けた事実だった。
例えば眠っている子供を抱っこするとき、起きているとき以上に子供を重く感じる。これは子供が脱力しているからだ。これと同じ原理で、脱力してるときの方が、パンチも重くなるのだ。
 
初めて『脱力することの大切さ』を知ってから、脱力について、いろんな本を読んで、いろんな動画をみて、いろんなトレーニングを調べた。調べてみてわかったことは、格闘技に限らず、どうやらスポーツ全般において脱力することは大切なようだ。サッカーの長友選手は、脱力トレーニングを取り入れている。脱力することで、相手と接触したときに、相手の力を利用して前に進むことができるらしい。
スポーツだけではない。ピアノやドラムなどの楽器の演奏でも、脱力を必要としていた。
 
私の尊敬する女性は、マーケッター、鍼灸師、ヨガ講師、臨時の高校教師をしながら、大学にまで通っている。並行して4種類の仕事と、学校にまで通っているのに、全く必死さが伝わってこない。忙しいはずなのに、いつもゆったりしていて、気持ちと佇まいに余裕がある。
一度気になって聞いたことがあった。
「どうして、これだけたくさんの仕事を抱えているのに、そんなに余裕があるんですか?」
「なんかね、いろいろやってると、力の抜き方がわかってきたからかな。やっぱり全部同じ力でやってると、さすがに持たないから、力の抜きどころを自然と身につけれるようになってきたよ」
 
あれ? もしかして、人生のすべてのことにおいて、脱力するってものすごく重要なんじゃないの?
何においても、脱力することで自分の本来の実力を発揮できるんじゃないんだろうか。
いよいよ、本格的に『脱力することの大切さ』に気づいてしまった。
 
それなのに、私は脱力ができていない。
古武術、格闘技、人体力学の本を読んで、Youtubeにある脱力トレーニングを試しているのに、結局ちゃんと脱力ができていない。
私は常に“脱力”ではなく、“全力”なのだ。
 
 
キックボクシングの練習で、ミットの他にインストラクターと対人練習もする。
対人練習は本当に相手にパンチを当てたりしない軽い試合のようなものだ。
真正面から全力でぶつかっていく私に対し、インストラクターは、そんな私をかわし、いなし、ここぞというところで蹴りやパンチを入れてくる。いなされた私は、空ぶって、足を引っかけられて、その場に倒されて、何度も立ち上がって、何度も挑んでいく。
きっと客観的に見れば、インストラクターと私は、闘牛士と闘牛のように見えるだろう。
私はこの対人練習は、まさに私の生き方そのものを表しているなぁと思っている。
 
 
私は仕事においても、常に全力で、前にしか進めない。
仕事をしていて、複数のプロジェクトに参画したり、並行していろんなタスクを抱えているとき、みんなどうやって仕事のエネルギーを配分しているんだろう、といつも疑問に思う。
私は、全ての仕事に全力でエネルギーを注いでしまう。
もうこれ以上、仕事を抱えてしまったら、手に負えなくなる状況でも、ちょっとでも興味のある仕事を頼まれると、「やります!! やりたいです!!」といって、新しい仕事を引き受けては、どの仕事も必死になって取り組んでしまう。
 
そして、前にしか進めない性格は、上司との打ち合わせで私を苦しめる。
例えば、上司に何か話を通さなければならない時、この上司にはこういう持っていき方をすれば、うまくことが運ぶということをわかっていて、事前に根回しをする人がいる。
私はそういうことが下手くそで、全力で正面からぶつかっていくので、上司からカウンターを食らって、ぶっ倒れて、またリベンジで立ち向かっていく。何度も何度もぶつかっていって、ようやく話が通ったときは、もうヘトヘトになっている。
きっと他の人は、要領よく1回で上司の承認をもらうのに、私は4回も5回も挑んでいる。
 
 
周りから見れば、私はいつも必死に見えるだろう。
ジムのインスタクターのように、常に脱力して、上司をかわして、いなして、ここぞというところに、渾身の一撃をバシッと決めれたら、どれだけいいか。
力を抜かなきゃ! そう思っているけど、どうしても抜けない。抜き方がわからない。
それだけ何もかも全力でやっていると、仕事が終わって家に帰ってきたときは、キックボクシングのミット打ち終わりのように、カーペットまで這いつくばって、大の字になって倒れている。
このときだけが私が唯一脱力できているときかもしれない。
 
限界を感じていた。私もいい年だ。こんな調子でやっていたら、体が壊れてしまう。
帰ってきた夫に相談した。
「またやってしまった。あれもこれも必死になってやってしまった。なんで私はいつも全部全力でやってしまうんだろう。緩急つけて、うまく仕事したいのに、脱力ができないんよね」
 
すると夫から、意外な言葉が返ってきた。
 
「それって、脱力っていうよりも、力を入れるところがわかってないんじゃない?」
 
ズコーン! と頭を殴られた気分だった。
私は、脱力ができないことに囚われすぎて、“どこに力を入れるか”には目を向けられていなかったのだ。
 
そういえば、Youtube動画の中でも、何人かの整体師の方が、口をそろえて同じことを言っていた。
「脱力しようと思ったらダメです。脱力しようとすると、逆に力が入ってしまいます」
脱力しなさいと言われてできる人もいるけど、できない人はなかなかできない。そういう人は、力を抜こうとするのではなく、力が抜けるにはどうしたらいいかを考えないといけない。姿勢を変えたり、深く呼吸したり、重心を意識してみたり、別の視点からのアプローチで、脱力に近づけていくそうだ。
 
 
“どこに力を入れるか”に目を向けてみる。
ジムのインストラクターが言っていたワンツーは軽く当てる、フックに全力で渾身の力をこめるワンツーフックのコンビネーションと同じだ。
私のように仕事をコンビネーションという攻撃でとらえて、全てを全力で打ちこむのではなく、相手が必要としているものが何かを考え、力を入れなくていいところ(ワン)、自分じゃなくてもできるところ(ツー)、自分が優先して取り組むべきところ(フック)を見極めることが大切だったのだ。
 
それに気づいてから、私は少しずつ、自分の仕事を後輩に回せるようになってきた。
そうすることで、たくさんのメリットもあった。
自分がやるべきことに集中できる。後輩に指示を出すことで、自分の理解も深まる。後輩も成長できる。後輩の仕事から新しく学ぶこともたくさんあった。
いらない作業を捨てて、他の人に任せることで、自分が抱えていた力が、少しずつほどけていくのを感じた。まだまだ、脱力しているとまでは言えないが、少なからず力が抜けたことは確かだ。
 
今回、夫の言葉をきっかけに、私は2つのことをやってみた。
1つ目は、“脱力する”ではなく“力を入れる”ことについて考えてみるということ。
“脱力をしよう”としているのに、“力を入れる”ということを考える発想がなかったが、あえてその正反対のことを考えることで、見えてくることがあるのだと気づくことができた。
 
2つ目は、要素を分解してみるということ。
仕事でもなんでも、難しいことは要素を分解してみると、ひとつひとつは実はシンプルで、そんなに難しくない。分解することで、全体が整理されるし、誰かに渡すこともできる。
 
何か解決できないことがあるときは、視点を変えて、分解してみてみることが解決の糸口になるかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河口真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県在住。システムエンジニアとしてIT企業に17年間勤務。
夢は「おばあちゃんになってもバリバリ働いて、誰かの役に立ち続けること」
40歳で人生をリニューアルスタート(予定)。ライティングをはじめ、新しいことにチャレンジしながら夢に向かって猪突猛進中。

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2022-02-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.159

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