週刊READING LIFE vol.170

テント泊は自然を楽しむだけではない楽しみ方がある《週刊READING LIFE Vol.170 まだまだ、いける!》


2022/05/23/公開
記事:izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
まわり一面、緑色だった。
森の木を見上げると、緑色の木の葉が見える。
深い色をした緑や、淡い色の緑、コントラストがきれいだ。
太陽の光が、木々の隙間から入ってくる。
空気が澄んでいるようだ。
自然によって、浄化されているような気がする。
大きく深呼吸をしたくなった。
すうーと息を吸って肺に空気をためて、ふーッと一気に息を吐く。
わたしと友達はゴールデンウイークに、日本百名山で知られる奈良県の大峯山に登っていた。
 
アクシデントばかりの旅になった。
今回の山旅は、山小屋ではなく、テント持参でテント泊するのだ。
前日、遅くまで仕事が終わらず、買い忘れていたものをお店が開いている時間にすべりこんで買った。
テント泊初心者のわたしは、持ち物について散々悩み、当日の朝になってもまだ用意をしていた。
電車に1本乗り遅れてしまい、登山開始時間は、予定より40分遅くなった。
 
プランは、電車とバスを乗り継ぎ、山のふもとまで行く。
そこから、タクシーを使い、最短ルートの登り口まで目指す。
バスを降りて、観光案内所でタクシーを利用したいと尋ねた。
「登山口への道は、通行止めで車は入れません。違うルートから登ってください」
え! なんだって……。
うそでしょ。
タクシーを利用して、ショートカットし、4時間かけて山を登る予定だ。
リュックにはテント、寝袋、食料、着替え、水などが入り13キロほどある。
いつもなら4時間歩くのは負担ではない。
だが、重い荷物を背負って歩くために、4時間でもきつい。
 
観光案内所の人に聞いた、別ルートの登り口は近かった。
登り6時間のルートだ。
「えー……。このルートで登るしかないのかな」
不安で思わず友達に聞いた。
「とりあえず、行こう。もし時間的に無理なら引き返す方法も考えよう。近くにオートキャンプ場があるので、無理ならキャンプ場にテントを張ろう」
友達は、すでにダメな場合も考えていた。
わたしが、遅刻したためにスタート時間が遅れている。
さらに、ルートが変更されたため、余計に到着時間が遅れる。
夕方までに、テント場まで到着していないのは危険だ。
スタートから不安になった。
 
どの山も同じなのだが、登り始めは傾斜がきつくて、息が切れる。
ハアハアと息をしながら、一歩ずつ足をあげた。
「きっつう……。リュックがめちゃくちゃ重い」
背中に大きな60リットルサイズのリュックがある。
普通に歩く分には、気にならなかった13キロの重さが、登りとなると負担でしかない。
ダイエットして痩せると、この分の重さが体から減るのだ。
痩せると健康にもよいし、行動もしやすい。
次回までに、まずは痩せようと心に誓った。
リュックが重く、目的地までたどり着けるのだろうか。
 
ゴールは山頂近くの山小屋で、お金を払ってテントを張る。
山小屋までは、緊急事態時に非難する簡単な小屋を2つ経由する。
大峯山を選んだのは、わたしだ。
友達が事前に選んでくれた山のテント場には、トイレがない。
人生経験を積んだおばちゃんでも、トイレを外でするのは避けたい。
インターネットで、「関西、テント泊、トイレ」と検索ワードで出てきた山だ。
「ここでいいんじゃないかな。トイレもある」
トイレがあるというだけの理由で選んだ山は、後から近畿最高峰だと知った。
大峯山、八経ヶ岳は1915メートルの場所にある。
よく下調べをしないで決めてしまう、自分の適当さ加減がいやになった。
 
今回の山登りは、軽い練習の予定をしていた。
1人で山に登り、テント泊するという夢がある。
そのために、まずはハードルが高くない山で練習するつもりだった。
選んだのは、いきなり6時間かけて登る山だ。
練習ではなく、ハードルが高い本番となった。
 
できるだけ体力が奪われないよう、黙々と登った。
聞こえてくるのは、ハアハアという自分の荒い息遣いのみ。
やっと、1つ目の避難小屋に来れた時は嬉しかった。
リュックをおろし、水分をとりながら思わず言った。
「魔法で、いきなり山頂までいかないかな」
本気で思ったが、魔法はかからなかった。
 
山は自己責任であり、自力であがって、帰ってくるしかない。
大変な分、道中で見られる景色に感動する。
たとえば、山の中に咲いている花を見つけると、テンションがあがる。
花に声をかけたくなる。
「可愛いねえ」
頂上に登った時の達成感は、なにものにも変えられない。
非日常を味わうために、苦労して登るしかないのだ。
 
コースの時間通りに、6時間かけて山小屋に到着した。
ついた時に思わず「やったー!」と叫んだ。
時計を見ると、16時をまわっていた。
小屋に到着するには、ギリギリの時間だ。
これ以上遅くなると、日も落ちるので足元も悪くなり危険だ。
 
 
テント場で、テントを張る。
友達は、スイスイとテントを組み立て、荷物をテントの中に入れていた。
すでに、心地よい寝床を作るために、ごそごそとしている音が聞こえる。
テント泊が2回目のわたしは、テントがうまく組み立てられない。
説明書を取り出し、何度もやり直して、やっとテントを張れた。
次回は、ちゃんとスムーズにできるように練習しよう。
1人で、テントを組み立てられない事態だけは、避けたい。
 
夕ご飯を自炊する場所を探していると、女性に声をかけられた。
「ここどーぞ!」
え? わたしに言っているのかな。
まわりをキョロキョロと見渡した。
どうやら、わたしに声をかけてくれたようだ。
30代と思われる女性が声をかけてくれた。
彼女はメアリー。(名前は分からなかったので、あだ名をメアリーとした)
ドイツから来て、日本在住7年。
日本語がペラペラな、山が好きな女性であると分かった。
 
「すごく時間をかけて、テントを張ってたから大丈夫なのかなと心配して見てた」
わたしが、四苦八苦している姿を見られていたのだ。
テントは初心者なのでと苦笑いしながらご飯を食べた。
晩御飯は、サラダとお湯をいれるとパスタになる携帯食。
いつもなら足りる食事は、全く量が足りなかった。
6時間歩き続けた体には、栄養が必要なのだ。
なんでサラダなんか持ってきたんだろう。
もっとハイカロリーな食材が必要だったと後悔した。
メアリーからも、運動しているのにこんな量では足りないと教えてもらった。
 
友達のご飯を少し分けてもらい、それでも足りない分は、お菓子でおなかを満たした。
21時には寝袋に入ったが、寝られない。
5月の山の気温は低く、ダウンを着て寝ても寒い。
カイロと分厚い靴下が必要だ。
風のビュービューと吹く音が気になり、足の寒さでなかなか寝られなかった。
寝たり、起きたりを繰り返して気づけば、朝になっていた。
朝の気温はマイナス1度。
寒いはずだ。
 
8時過ぎに出発して、下山を開始する。
そこでもアクシデントが起きた。
親指の爪が痛くて、下るたびに負担がかかる。
「全然進まないけど大丈夫?」
心配されるほど、少しずつしか歩けなくなった。
トレイルランニングのシューズを選んだからだ。
本当なら、底が硬い登山靴を履いてくるべきだったのである。
とにかく、全ての行動が、こうすればよかった、ああすればよかったと反省点ばかりだ。
1人で山に登ってテント泊するには、まだまだ経験値が足りない。
楽しかった反面、出来ていない点が目につき、落ち込んだ。
 
出来なくて落ち込むことも多かったが、楽しかったこともあった。
メアリーとの出会いだ。
テント泊が、国際交流の場になるなんて、思いもしなかった。
下りの道中、同じ道なので、何度も会って話をした。
町に下りた後の食堂も、偶然一緒になった。
ここまで、偶然が重なると親近感がわく。
メアリーが名古屋に住んでいて、奈良に前泊をして、山に登ったと知った。
以前から大峯山に登りたくて、天気予報とにらめっこしながら、天気がいい日にきたそうだ。
1人で前泊して、山にテント泊するメアリーは行動力がある。
 
日本語は流暢に話せるが、実はカタカナが苦手だと教えてくれた。
7年前日本に来た時、全く日本語が読めないにもかかわらず、山に登りに行って標識が読めずにえらい目にあったと笑っている。
さすがに、日本語が分からないのに危険じゃないのか。
勇気ある人だなあと思った。
 
メアリーを好きになった会話がある。
「人は好きだけど、人が多く集まる場所は苦手なの」
わたしと一緒だ。
たとえば、大人数の飲み会は、誰に何を話せばいいのか分からなくなる。
そうそう! 人は好きだけど、人が多く集まる場所は避けたい。
同じ思いをしている人がいると分かり嬉しかった。
 
「名古屋では、リュックの重さを9キロにして、登山の練習しているんです」
その言葉に驚いた。
女性1人でテント泊を実現できている彼女は、相当な経験者なのだと思っていたからだ。
1人でテント泊ができるのは、彼女の努力の結果なのだ。
山が好きで、1人で山に入るために練習をする。
メアリー位のコミュニケーション能力があれば、誰かと山に行くのも可能だろう。
だが、1人でのんびりきままに行きたいのだろうな。
今年の夏山は、長野に行く計画だと教えてくれた。
 
「お元気で。またどこかの山で会いましょう」
メアリーは、笑顔で去っていった。
連絡先を交換しようと思ったが、しなかった。
またどこかで必ず会える気がするのだ。
 
うまくいかなくて、失敗ばかりしていた今回の山旅。
1人テント泊は、夢の話だとへこんだ。
だが、メアリーの姿勢に励まされた。
山が好きで、カナカナが得意でなくても、怖がらずに行動する。
メアリーは、目標のためなら着々と努力ができるのだろう。
わたしのテント泊は、まだ始まったばかりだ。
まだまだいける。
できないと、諦めるのはまだ早い。
今回の反省点を元に、改善できる所はあるはずだ。
 
山を登り続けている限り、きっとまたメアリーに会える。
やりたいことは、すぐに実現しなくても大丈夫。
1人でテント泊するのを目標にしてきたが、経験値をあげてからでも遅くはない。
ゆっくりいってもいいんじゃない?
出来ない点ばかりを見て、焦るのはやめよう。
メアリーに教えてもらった地道に努力するということ。
天気がよい週末に青空を見た時、彼女が思い浮かんだ。
今日も重いリュックで練習しているんだろうな。
よし! わたしも練習しよう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年7月よりライティング・ゼミ超通信コースを受講。2022年1月よりライターズ倶楽部に参加。ランニング、トレイルランニング歴10年。最近山登りにハマってテント泊を実現したい。誰かの応援になる文章を、書けるようになりたいと日々特訓中

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2022-05-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.170

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