週刊READING LIFE vol.179

言葉は、いらない。~人生最後の19日間に寄り添う~ 《週刊READING LIFE Vol.179 「大好き」の伝え方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/08/01/公開
記事:飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「母に、会ってもらえないかな?」
隣に座っていた友人はちょっと考えた後、遠慮がちに夫と私に切り出した。久しぶりの一緒のランチ。そろそろ食べ終わるという頃だった。
彼女のお母さんは末期がんを患い、余命宣告をされた。彼女が自宅で看病をしていた。
4月の時点で夏までもたないかもしれないと医師に言われた、と聞いて衝撃を受けた。
看病や心配で友人が心身ともに弱っているのが分かった。ゴールデンウィークも終わりに近くなったある日、そんな彼女を連れ出して彼女の家の近くでランチに誘った。しばらく会わないうちにずいぶん痩せたな、と心配になった。心労で食が細った友人は、その日のランチの半分も食べられなかった。
明るく元気な友達と言われて真っ先に思い浮かぶのが彼女だったが、すっかり笑顔を失い、疲れて元気の無い様子だった。
 
いいのかな? と躊躇しながら夫と私は家にお邪魔した。ベッドに横になったお母さんに挨拶する。とりとめのない世間話をしているうち、お母さんは何度もベッドから身を起こすようにして続きを話そうとした。気分が乗ってきた、そんな感じだった。時折、楽しそうに声をたてて笑うこともあった。
お母さん元気そうで良かった。生き生きと話すお母さんに、そう思った。外出はもう難しいと医師に言われるほど病状が悪化しているようにはとても見えなかった。
お母さんの希望は、最期まで自宅で過ごすことと、チューブにつながれないことだった。その希望を叶えるために、友人は懸命にお母さんを支え続けた。細かな所まで気を配り、献身的に母親のお世話をする彼女の姿に心を打たれた。
 
「大好き」を伝えるのに、言葉はいらない。
友人がかいがいしく看病する姿には、お母さんへの「大好き」が溢れていた。大好きなお母さんのために、お母さんが喜ぶことをしたい。その思いが彼女を突き動かしていたに違いない。
一方でお母さんも、娘からの「大好き」を全身で受け止めていたはずだ。
お母さんの柔らかな表情を見るだけで、友人の看病のおかげでお母さんが穏やかな日々を過ごしていたことが伝わってきた。
 
ベッドに横たわったお母さんは話してくれた。娘にはとても感謝している。娘には好きなことをして人生を歩んでほしい。お母さんから娘への「大好き」が込められた言葉を聞くことができて私も嬉しくなった。
あの言葉を聞いてじーんと来ちゃったよ、と後日友人にこのことを話したら、そんなこと言ってたの? と驚いていた。そういえばこの話の時、彼女はキッチンにいた。聞こえなくてもおかしくない。
お母さんの「大好き」の思いが詰まった大切な言葉を聞かせてもらうことができた。またその言葉を直接聞けなかった友人に伝えることができた。お母さんに会いに行って本当に良かったと思った。
 
普段の自宅はお母さんと友人の2人の空間だ。家にあがるのはほとんどが訪問の医師や医療スタッフで、どうしても病気に関する話ばかりになる。気が滅入ることも多かったそうだ。
そんな中、ぽーんと会いに行った私達は、病気とは関係の無い話ばかりをした。お母さんが仕事していた頃の話をあれこれ聞いては話してもらったので気晴らしになったと思う。
友人は驚いて、最近の母があんなに沢山話すのも、それに笑うのも久しぶりに見た、と言っていた。
お母さんに体力的に無理させちゃったかなあと心配しつつ、また来ますと約束して失礼した。
 
2度目に自宅にお見舞いに行った時、友人は腰をやっちゃって、と辛そうだった。重いものが持てないので代わりにおつかいをしていく約束をした。お願いされたのは、大きなペットボトルのカルピスソーダだった。
お母さんの病状は進行し、ものを食べることができなくなっていた。唯一口にしたいと言ってくれるものがカルピスソーダだった。4本買ってきてのお願いに1本プラスして、5本の大きなペットボトルを彼女の家で次々に取り出した。そんなに買ってきたくれたの、とお母さんも驚いていたそうだ。
お母さんのベッドの横に座った私達は、この前の話の続きを聞かせてもらった。仕事をしていた当時の飲食業界のウラガワみたいな話は初めて知ることばかりで興味深く、もっともっと聞いていたいと思った。小さい頃、寝る前に親にお話をせがんだのを思い出した。面白くなるとお話の続きを聞きたくなって、ちっとも眠くなくなるんだ。そんなワクワクを思い出していた。
話がひと段落すると、お母さんはしばらくの間目を閉じて休んだ。ああ、疲れさせてしまったなと申し訳ない気持ちになった。そろそろ失礼しますと家を後にする。
 
途中まで送ってくれた友人は、お母さんの普段の様子を教えてくれた。最近しんどそうで眠っていることが多く、私と話す時は1分も持たないの、と残念そうに語った。
とてもそうとは見えなかったのでびっくりした。と同時に、彼女のやるせない気持ちも痛いほど分かった。
母が嬉しそうに話すのを久しぶりに見て、私も嬉しかったよ。
彼女からそう聞いて、救われた気持になった。
 
友人はまともに食べていない様子だった。在宅勤務をしながらのお母さんの看病で、自分のことは後回しになっていたに違いない。心を覆い尽くす心配事を前に、食欲も湧かなかっただろう。胃が痛くて今病院に来ている、といったメッセージを受け取った時は心が傷んだ。
 
その日彼女から受け取ったLINEには、目を疑うようなことが書いてあった。
さっき訪問のお医者さんが家に来て、6月になるまで持ちこたえられないかもと言われてしまった、とあった。
あと1週間だ。
お医者さんが家に来る日は、悲しいことを聞くばかりなので嬉しくない、と彼女が言っていたのを思い出す。お母さんと、お母さんを支える彼女のそばにいたかった。私に何ができるってわけでもないけれど、一緒にいるよ、というエールをおくりたかった。
 
突然だけど、夕方おうちに行っても良い? と送った。
メッセージを送った後、突然で迷惑かな? 強引だったかな? と自己嫌悪に陥る。
予定していなかったのに部屋を片付けなきゃ、とか嫌がられるだろうか。行くなんて急に言わないほうが良かったかな、と自問しつつも、食欲が落ちてあまり食べていない友人に何か差し入れだけでもしたかった。
 
彼女から返信が来た。
来てもらえるのは嬉しいけど、先生が来た後、母が体調を崩し今は落ち着いて寝ている。母と話せないと思うけど、良い?
玄関先で差し入れを渡すだけで良いから行くねと返信する。
本当は迷惑だったらごめん。でも会いに行きたかった。「来てもらえるのは嬉しいけど」を額面通り受け取ることにして、押しかけお見舞いのためにいそいそと家を出た。
 
お母さんに何かお持ちしたい。でも何を?
水分も飲み込めなくなったので、飲み薬の代わりに貼る薬に変更する、と聞いた。私達が買っていった、あのカルピスソーダも難しくなったかと思うと辛い。
お母さんが何か元気づけられるようなものって無いだろうか。
私からの「大好き」と「頑張って」が伝えられるものって無いだろうか。
考えた。
 
そうだ、お花。
この前会いに行った時、母の日のカーネーションがベッドの横の花瓶に飾られていたのを思い出した。あそこに何か、飾ってもらおう。少しでもお母さんの心がなごめばと思った。
 
医師の言った、夏まで持たないかもしれない、がだんだんと現実味を帯びてくるのが怖かった。
その言葉をご本人が聞いたかどうかは分からないが、そんな言葉は覆したかった。やっぱりその通りになってしまったとお母さんに思わせるのは、どうしてもどうしても嫌だった。
 
夏まで頑張ったね、お母さん。
夏が来たよ!
そんな思いを届けたかった。
お花屋さんの店先で、私は迷うこと無くひまわりの花束を手にした。
夏が、来たんだ。
 
玄関先で失礼するつもりだったが上がっていって、となってお母さんにお会いすることになった。体調的にきつい中、申し訳ありません、でもありがとうございます。両方の気持ちが入りまじる。
お母さんは目を閉じてベッドに横になっていた。眠っているほうが長いの、と友人が言う。
 
お母さんに、とひまわりの花束を友人に渡した。鮮やかな黄色い花たちは、ぱあっと光を放ってそこだけ夏の暑さをまとっているように見えた。
彼女が目を閉じているお母さんに呼びかける。うっすらと目を開けてくれたが言葉は思うように出ない。ああ、辛いのに起こしてすみません、と心の中で謝った。
 
見て、真由美さんが花束を買ってきてくれたよ。
友人が黄色いひまわりをお母さんの顔に近づけて見せた。
声を出すのも辛そうだったお母さんが一言、
「すてき」
と言ってくれた。胸がいっぱいになった。ものすごく、嬉しかった。
 
夏が来たって思ってもらえただろうか。まだ梅雨入りもしていない5月の終わり。
でも私達には来たんだ、夏が。
 
母の日のカーネーションの花瓶に、私のひまわりを足してベッドのそばに飾った。
元気さが空回りしているようなひまわりの姿に自分の思いを託した。お母さん、頑張って。私応援してるから。
また来ますね、ありがとうございます。とお母さんに言った。涙声だった。元気づけたかったのに、涙声になってしまった自分が悔しかった。その時、ベッドのそばに置かれたひまわりが一瞬目に入った。明るく光を放つひまわりを見てパワーをもらい、お母さんに笑顔で手を振って玄関に向かうことができた。
 
外の空気が吸いたいと下まで見送りにきてくれた友人と話す間も、お母さんのことが気にかかった。一人にするとお母さん不安だろうから、早く戻ってそばにいてあげてほしいと頼み、彼女と別れた。
 
私が急に来たのにも関わらず、「一緒にいてくれてありがとう」と彼女は喜んでくれた。
外の空気が吸いたいと言っていた。お母さんと部屋にいると不安に押しつぶされそうになるのだろう。帰り道、友人の気持ちを想像するとまた涙が出そうだった。
 
翌朝早く、彼女からLINEが来た。
 
母が亡くなりました。
 
絶句した。何か返信しようとしても、全く言葉が見つからなかった。スマホの画面を見たまま数分が過ぎた。
お見舞いに行ったのは前日の夕方だった。私はお見舞いに行った最後の人になってしまったのだろうか。
時間はまだ残されていると思ったのに。事実、帰り際にまた来ますねとお母さんに言った時、私は本当にそのつもりでいた。次は何曜日に来られるだろう? と手帳のページを頭に浮かべたのだ。
最初に家にお邪魔してからわずかに19日。無念だった。
 
1年半の闘病生活の間、辛い治療に耐え、痛みと不安と恐怖と戦ったお母さん。
お母さんは娘に対して、申し訳ない、でも感謝している、その両方の気持ちの間で揺れ動いているようにも見えた。優しい娘を持って、お母さんは幸せを感じていたに違いない。
 
一方で友人は、在宅での看取り、チューブにつながれないといったお母さんの希望を叶えるために、お母さんに寄り添い支え続けた。訪問した医師や医療スタッフも驚いていたそうだが、お母さんは病気で衰弱していくにも関わらず、顔も穏やかで体もきれいで、痛みも少なく非常に稀な良い状態だったそうだ。友人の看病のおかげで安心しているからだと思う、と言われていた。
お母さんが自宅で穏やかに日々を過ごせるよう、友人はできる限りのことをしていた。その甲斐あってのお褒めの言葉だろう。
その後彼女から送られて来たメッセージからは、母親を失った悲しみの中にも、全力でやりきったという何かすがすがしいような思いが伝わってきた。
 
お母さんも友人も、2人とも二人三脚で本当に頑張った。
私は母と娘の濃密な時間に少しだけお邪魔させていただいた。
母から娘へ、娘から母へ。言葉にならない「大好き」の受け渡しを何度も見た。
直接言わなくても伝わる、にじみ出るような、あふれ出るような「大好き」がそこにはあった。
 
ひまわりの花を見ると、彼女のお母さんのことを思い出すだろう。
「お話の続き」はもう聞くことはできないけれど、頑張って生き抜いたお母さんはこの先も私達の心の中に生き続ける。黄色いひまわりのように、明るくあたたかく私達の心を照らしてくれる気がする。
 
お母さん、本当にお疲れ様でした。ゆっくりお休みください。
 
お母さん、夏が、来ましたよ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京在住。立教大学文学部卒業。
ライティング・ゼミ2022年2月コース受講。課題提出16回中13回がメディアグランプリ掲載、うち3回が編集部セレクトに選出される。2022年7月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
国内外を問わず、大の旅好き。海外旅行123回、42か国の記録を人生でどこまで伸ばせるかに挑戦中。旅の大目的は大抵おいしいもの探訪という食いしん坊。

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2022-07-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.179

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