週刊READING LIFE vol.179

伝わらないから、伝えたい《週刊READING LIFE Vol.179 「大好き」の伝え方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/01/公開
記事:石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
気持ちを伝えたい時に、障害になるものはなんだろう。
 
演劇の世界ではよくあることだが、演出家やスタッフはある程度同じようなメンバーで組むことが多い。
分かりやすい例で言えば、今の大河ドラマに代表される三谷幸喜の作品たちだ。
注目を浴びている今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、三谷作品ではお馴染みの俳優陣が勢揃いしている。
もちろん、その俳優に人気があるとか数字が取れるとか、そういうことも大切かも知れないが、同じ俳優と何作もドラマや映画の現場を共に制作するということには、別の利点がある。
 
つまり同じメンバーだと、意思伝達が“楽”なのである。
その人とは同じ経験をした同士ということになる。単純に仲が良くなる、というのもあると思うけど、もちろんそれだけではないだろう。同じ環境を経験したから、コミュニケーションがとりやすい。言葉の齟齬が生まれにくい、ということかと思う。
意図が伝わりやすい、とも言えるかも知れない。
 
コレはもちろん、演劇や映画などの創作現場だけに限った話ではない。
例えば仕事でチーム編成をしなければならない時。何も知らない初めましての人だらけでは、不安だろう。なぜそこで不安になるかと言えば、その人との共通項つまりコミュニケーションの鍵となる“同じ経験”が見出せないからだ。
「同じ修羅場をくぐったあいつなら、ここは任せられるな」
というふうに、見通しが立たない時ほど、手の内を知り合った仲間が欲しいものである。
 
つまりコミュニケーションには、共通する“何か”が必要だ。それがあると“楽”なのだ。
例えば、言語。
例えば、国。
例えば、赤いバラは“真実の愛”を表すという共通認識。
何かが共通していれば、コミュニケーションの不安は極端に減る。同郷だとわかると急に親近感が増すのと同じである。
 
しかし、日本語話者と多言語の話者が、言葉だけで想いを伝え合って、分かり合える可能性は低い。
そのコミュニケーションを言葉の音声情報だけとするならば、その音色や語気なんかを参考にするしかないが、それも文化による違いがある。
一般的に怒っている時に、人間は語気が強くなるが、それはあくまで自分の文化圏での話であって、例えばヒンドゥー語圏ではそうでもないかもしれない。
なんとも可愛い響きの単語が、想像もつかないようなスラングかも知れないのである。
 
もしそういう相手と打ち解けることができたとして、僕らは大好きという言葉、いや「大好き」という想いを伝えることができるのだろうか。
 
 
 
だが、こう考えることもできる。
例えば相手の第一言語が英語でもフランス語でも、なんとなくそれが想いを伝えるための「言語」である以上、伝わり方の差はあるにせよ、完全に伝わらないということはないのかも知れない。
というか「伝わるはずだ」と信じていないとやってられない、というのが本音だ。
たとえ、それが相手の言語にはない言葉でも、「私はあなたを思っています」という感情や、相手のことを思いやる“想い”は伝わっていてほしい。
それは、想いを伝える側のエゴだろうか。
 
 
同時に、想いを持った瞬間に相手になんの齟齬もなく伝わってしまっては、つまらないとさえ思う。
僕は結婚していて奥様がいるが、街中で女性を見かけて「あの人、美人だな」くらいは思うことはある。だが、当然、妻と一緒にいるときにそれを口から出すことはない。程度の差こそあれ、妻が不快に思うであろうことは、分かりきっているからだ。
何も言葉を用いなくても、意思疎通が完璧に出来るなら、別に共通認識を持つ必要なんてないし、なんならコミュニケーションという概念すら存在しないかも知れない。
思いは当然伝わるものだ、という常識の中であったら、それはあまりにも自然に、当たり前のものとして行われる。なので、伝わるかな、伝わらないかな、と考えることもない。
 
 
 
『サトラレ』(作:佐藤マコト 講談社)という漫画があった。
“サトラレ”とは、あらゆる思念波が周囲に伝播してしまう架空の病気で、漫画はその病気を持った青年・西山幸夫を主人公とするヒューマンドラマだ。2001年には映画化、翌2002年にはテレビドラマ化もされた人気作品だ。
僕はこの作品を見た時にゾッとした。自分の考えが、全て周囲に筒抜けだったら、一体どれほど恐ろしいだろう。
 
先ほど述べたように、「あの人、可愛いな」くらいだったら、そんなに問題にはならないかも知れない。
だが、“いやぁ迷惑だなぁ”と内心思いながらも、「ありがとうございます」ということは日常茶飯事だし、“あっぶね〜、予想外だった〜”と思いながら「想定内ですね」とキメ顔することもある。
自分の思っていることは相手に伝わっていないという前提のもとに、人間は言葉を紡いでコミュニケーションしているのである。それこそ魅力的な異性を目の前にした時の心の声が、全部そのまま伝わってしまったら、まだ言葉としては何も発していないのに、白々しい視線に晒されることになるだろう。いやぁ想像しただけでも、恐ろしい。
 
そうなのだ。
つまり、僕らが想いを伝えるために必死に言葉を紡いだり、なんらかの行動や態度で表現しようとするのは、「思っていることは、伝わらない」という前提があるからなのだ。
だから僕らは、相手への愛しい想いを伝えるために「月が綺麗ですね」と言ったりするのだ。
言葉にするのが苦手な少年は、気になっている女の子に、雨の中黙って傘を差し出すのだ。
 
その前提があるからこそ、僕らは何かしらの方法で意思を伝達しようとする。つまりは“表現”しようとするのだ。
そしてその“表現”は、時代や状況に応じて、人間が試行錯誤してきた歴史でもある。
 
 
劇作家・ウィリアム・シェイクスピアも、同じように試行錯誤した一人だった。
世界で一番有名な劇作家であろう彼の言葉は、現代の僕らが読むと、まぁ正直言ってとてもまどろっこしい。
相手の美しさを表現するために平気で二、三行も言葉を重ねて表現する。神話の女神や、伝説・伝承の神々に喩えたり、自然現象などのスケールの大きいものや、小さな小さな花に喩えたりしながら、何度も何度も似たような例えで表現をするのだ。
その特有の“まどろっこしさ”が読みずらさとなって、シェイクスピアの作品は敷居が高いとみなされているのが現状だろう。
確かにこちらが意気込んで読み始めても、すぐにウンザリしてしまうような長ったらしいセリフばかりである。
 
 
しかし、ここで考えてみたいのは、なぜシェイクスピアはそんなに長ったらしい言葉を紡いだのか、ということだ。
その秘密は、当時の劇場の構造と、観客のスタンスにある。
 
今のようにスマホもテレビもない時代、人々の娯楽は、特にシェイクスピアが活躍したロンドンでは、演劇がまさに主役だった。
安い入場料で入れる平土間の立ち見席は、人でいっぱいだったらしい。
しかも当時は劇場は飲み食いは自由。人々は殻付きのピーナッツをつまみにビールを飲み、友人たちとの世間話に花を咲かせた。
 
しかも彼が活躍した1500年代後半〜1600年代初頭は、ヨーロッパを中心にペストが蔓延していた。劇場は人が多く集まる。現代のコロナ禍のように、当然劇場は規制の対象となる。
たまにしか開かない劇場を、人々は友人たちと会える機会を待ち望んでいたはずである。
そういう観客は、果たして舞台を真剣に見るだろうか。
 
そう、当時の観客は目の前の舞台を、真面目に見ていなかったのだ。
むしろ片手間。友人たちとの談笑のB G Mのようにセリフを聞き流していた。「お、そろそろいいシーンだな」と思ったら、やっと舞台上を見て演技を楽しむ。
 
つまりほとんどの観客は、“ながら見”していたのである。
 
そういった真剣には見ていない観客が、少々セリフを聞き逃しても今がどういうシーンかわかるように、シェイクスピアは何度も何度も似たような修飾語や例えを重ねてセリフを書いていた、というのが通説である。
 
舞台は、俳優同士つまり登場人物同士のコミュニケーションであると同時に、舞台上と観客とのコミュニケーションでもある。
まさにシェイクスピアは、相手に合わせて表現を試行錯誤し、自分の物語を伝えようとしていたのだ。
 
 
僕らが想いを伝えたい時、目の前にはいろんな障害がある。
言葉、文化の違い、種族の違い、相手の聞く態度。挙げていけばきりがない。
でも僕ら人間はそれでも、「伝えたい」と思う生き物なんだと思う。「大好き」だと伝えたい。そのためには、数々の試行錯誤も厭わない。
しかし、それでも意図は読み取ってもらえず、勘違いされてしまうのが、コミュニケーションというものなんじゃないだろうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
石綿大夢(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1989年生まれ、横浜生まれ横浜育ち。明治大学文学部演劇学専攻、同大学院修士課程修了。
俳優として活動する傍ら、演出・ワークショップなどを行う。
人間同士のドラマ、心の葛藤などを“書く”ことで表現することに興味を持ち、ライティングを始める。2021年10月よりライターズ倶楽部へ参加。
劇団 綿座代表。天狼院書店「名作演劇ゼミ」講師。

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2022-07-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.179

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